♪ ♪ ♪ ……「――あっ、電話だ」 頭を抱えてウンウン唸(うな)っていると、机の上の充電済みのスマホが鳴った。着信音で分かる。原口さんだ! 私は通話ボタンをタップしてから、そのままスピーカーフォンにした。「はい、巻田です」『巻田先生、お疲れさまです。執筆の方、今はどんな感じですか?』 応答すると、第一声は本当に編集者の彼らしいセリフ。「えっと、あちこち取材し終えてプロットにかかってるところです」『そうですか。仕事が早いですね』 ……ん? この電話の声、ものすごく近い気がする。彼はどこから電話しているんだろう?『実は今、先生のマンションの近くまで来てるんですけど。先生にお渡ししたいものがあるんですが、これからおジャマしても大丈夫ですか?』 私は時刻を確認した。夜の八時過ぎ。お宅訪問の時間としては、まあ常識の範囲内だ。もし万が一潤にツッコまれたとしても、今回は大丈夫だろう。彼は多分、仕事で来るはずだから。「いいですよ。どうぞ。玄関のロックは外しておきますから」『ありがとうございます。では、あと十分くらいで伺えると思いますので』「はい、待ってます」 終話してから、私は首を捻った。原口さんが私に渡したいものって何なのかな? とりあえず、玄関のロックは外しておかないと。「不用心だ」と言われそうだけど、このフロアーの住人に不法侵入をするような不届き者はいないので安全だ。 ――それから本当に十分くらいして、玄関のインターフォンが鳴った。「はい」 モニターで確認すると、訪問者はやっぱり原口さん。ちゃんと電話で予告してくれているのに、わざわざインターフォンまで鳴らすなんて律儀(りちぎ)な人だ。『原口です。こんばんは』「ロック開けてあるのでどうぞ」「おジャマします。夜分にすみません」 自分でドアを開けて、彼は入ってきた。 今日は何だか荷物が多い。特に、持ち手つきの紙袋がやけに重そうだけど、一体何が入っているんだろう?「いいですよ。そんなに遅い時間でもないですし。どうぞ座って下さい。いまお茶淹れてきますね」「いえ、お構いなく。――それじゃ、失礼して」 彼はお茶は遠慮したくせに、ソファーには遠慮なく座る。――まあ、このソファーは彼の指定席みたいなものだし、ここで一晩寝たこともあったし。「本当はもっと早い時間に伺いたかったんですけど
Last Updated : 2025-03-15 Read more