All Chapters of シャープペンシルより愛をこめて。: Chapter 61 - Chapter 70

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6・伝えたい想い Page3

 ――麦茶のグラスを置くと、私はアルバムの山を抱えてソファーに戻った。「重いだろ? 父さんも手伝おうか」「あっ、ありがと。助かるよ」 父にも手伝ってもらって、全部のアルバムをソファーに運び終えた。「ゴメンね、お父さん。狭くなっちゃたけど……」 ソファーの上をほとんどアルバムに占領(せんりょう)されてしまい、端っこに追いやられてしまった父に、私は申し訳ない気持ちになった。「いいって、気にするな。父さんはカーペットの上にでも座ってるから」「うん……、お父さんがそれでいいなら」 この家の主(あるじ)は父なんだけど、本当にいいのかなあ?「――さて、どれから見ようかな」 アルバムは小・中・高校・大学の卒業アルバムからポケットアルバムまであり、卒アル以外はいつ撮(と)られた写真かすぐに分かるように背表紙にラベルシールが貼られている。 ここはやっぱり年齢順でしょうと、私はまず幼い頃の分を開いた。「わあ、懐(なつ)かしいな。私、小さい頃ってこんな感じだったんだー」 お宮参り、お食い初(ぞ)め、初(はつ)節句に七五三。保育園の入園式にお遊戯(ゆうぎ)会。何かの節目(ふしめ)や行事のたびに、私の両親はフィルムのカメラやデジカメで私の写真を撮ってくれていた。「――あ、コレ……」 大学時代の写真は半分以上、潤との2(ツー)ショット写真だ。私が自分のスマホで自撮(じど)りした写真をコンビニプリントしたのだ。 その中には、成人式の時に二人で撮ったものもある。潤と別れる数ヶ月前の写真だ。アイツと二人、こんなにいい表情(かお)をして笑っていられた時期もあったんだなあ……。「――奈美、少しは参考になった?」 大学の卒アルまで見終えると、母がそう訊いてきた。「うん。おかげで私、自分がどんな人間なのか客観的に分かった気がする」 自分自身を第三者的な目で俯(ふ)瞰(かん)する機会なんてめったにないから。この仕事を通じていい機会をもらえたと、原口さんに心から感謝したい。 ――そうだ! ちょうどいい機会だし、両親に改めて訊いたことがないからこの際訊いてみよう!「ねえ。お父さんとお母さんから見て、私ってどんな子だった?」 クッションを抱き締め、私は初めて両親を〝取材〟した。――ノートと筆記具を出そうかとも思ったけれど、両親相手にそこまでするのは大げさかな、と思った
last updateLast Updated : 2025-03-11
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6・伝えたい想い Page4

「いや、〝迷惑〟なんてとんでもない。その頑固さがあったから今のお前がいるんだろ? もし父さんの言いなりになってたら、お前は今頃悔(く)やんでたんじゃないか」「……うん、そうかもね」 私は元々、刺激のない毎日も、誰かに使われるのも好きじゃない。性(しょう)に合わないのだ。 普通に就職して会社勤めをしていたら、確かに安定はしていたと思う。毎月キチンとした収入が入り、正規雇用で将来も安泰(あんたい)。 でも私は、誰かのご機嫌(きげん)伺いをしながら退屈な毎日を送るなんてまっぴらごめんだった。やりたいことがあるなら、それを仕事にするのが一番いい。生活は大変だけど、認められた時の喜びは大きいしやり甲斐もある。「私、作家になったこと後悔してないよ。楽しいことばっかりじゃないけど、自分が選んだ道だもん」「そうか。それを聞いて安心したよ。父さんも母さんも、これからも応援してるからな」「そうよー。困ったことがあったら、いつでも連絡してらっしゃい」「うん! 二人とも、ありがと!」 やっぱり、家族が味方っていいな。小説家って孤独(こどく)な職業だけど、こうして支えてくれる人達がいるから「私、一人じゃないんだ」って思える。それってすごくありがたいことだと思う。「――そろそろお昼の準備しなきゃ」 母が壁(かべ)の時計を見て言った。時刻は十二時五分前。あれだけのアルバムを見て、両親に話を聞いていたら、もうそんな時間になっていたのだ。「チャーハンとスープでいい?」「うん。――あ、手伝うよ」 母と二人で台所に立つのもお正月以来だ。でも、独(ひと)り立ちしてからずっと自炊をしているから(たまに手抜きで外食やテイクアウトも利用するけど)料理の腕は日に日に上達している……はず。 親子三人で食べる久しぶりのゴハンは、楽しい両親のおかげで賑(にぎ)やかだった。 お昼ゴハンが済むと、私は後片付けを手伝ってから実家を後にした。「今日はありがと。慌ただしくてゴメンね。またゆっくり来るから」 出がけに玄関まで見送ってくれた両親にお礼を言うと、母に逆に謝られた。「こっちこそ、大した手伝いもできなくてゴメンね。美加ちゃんによろしく伝えてね」「うん。伝えとくよ。じゃあまたね!」
last updateLast Updated : 2025-03-11
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6・伝えたい想い Page5

 実家を出たその足で電車を乗り継ぎ、私は新宿にある美加の職場へ。 ――ジューンブライドにはまだ早いけど、結婚式場のチャペルには式を挙(あ)げている幸せそうなカップルと、彼らを祝福する大勢の参列者がいた。 今日がいいお天気でよかった。人生の新たなスタートを切った二人の未来が明るいものになるようにと願いつつ、私は美加が働いている事務棟(とう)に入っていく。「――あ、奈美! 今日は来てくれてありがと! 待ってたよ~!」「美加ー! 久しぶり~~っ!」 エントランスで待ってくれていた美加と私は、ここが彼女の職場だということも忘れて会った瞬間に抱き合った。時間が一気に高校時代に戻った気がする。「奈美、元気そうだね。本読んでるよ、あたし!」「ありがと、美加! 仕事中にゴメンね!」 結婚式場のユニフォームである紺色のスーツを着ている彼女はすごく誇らしげだ。首元のオレンジ色のスカーフが眩しい。「いいってことよ☆ 上司にはちゃんと言ってあるから。『今日、作家の巻田ナミ先生が取材に来るんです』って」「美加ぁ~……」 確かにその通りなんだけど、お願いだからハードル上げるのはやめてほしい。「ウチのチーフがね、巻田ナミの大ファンでさ。奈美が来るって聞いた途端にテンション上がりまくっちゃって」「へえ、こんなところにも私のファンがね」 親友の上司も私の本を読んでくれているなんて。世間(せけん)って狭いというか何というか。「っていうかあたし、奈美が一人で来るなんて思ってなかったよー。てっきりついでに彼氏でも紹介してくれるもんだとばっかり」「いないよ、彼氏なんて」 私はキッパリ否定した。というか、どこの世界に恋人を取材に連れてくる作家がいるんだろうか。……いや、探せばいるかもしれないけど。「だってさあ、アンタのその格好がなんか気合入りまくってるから」「あー、そういうことか」「……は?」 さっき実家で、「予定がある」って私が言った時に両親が「デートか?」ってやたら騒いでいた理由がやっと分かった。 私が今日着ているのは七分袖のフワッとしたカットソーに白のチノパン、そしてスニーカーではなく若草色のフラットパンプス。実家に帰るだけならまだしも、「取材だから」とやたら気合を入れてめかし込んできたら、誤解を生んでしまったらしい。「ううん、こっちの話。――あ、そうそう
last updateLast Updated : 2025-03-11
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6・伝えたい想い Page6

「電話した時にちゃんと説明すればよかったね。――今日私が美加に訊きたいのは、昔の私自身のこと。この結婚式場とは何の関係もないの」「ほえ……、〝取材〟ってそういうこと。あたしはてっきり、ウェディングプランナーがヒロインの話でも書くのかと」 ……おっ。美加、ナイスパス! まさかこんなところで小説のネタをゲットできるなんて! 私は内心ガッツポーズを作りつつ、話をさりげなく元に戻した。「その案は次の機会に使わせてもらうけど。――実は私、八月にエッセイを出版することになって。今日もお昼まで実家にいて、両親に話聞いたりしてたの」「なるほどねー、〝過去の自分への取材〟ってワケか。それであたしを訪ねてきたんだねー」 美加は私を、事務棟の中にある小さなカフェスペースに連れてきた。「ここね、あたし達スタッフが休憩取ったり仕事の打ち合わせに使ったりしてるの。ここでならゆっくり取材できるでしょ?」「うん。ありがと、美加」 ここには椅子もテーブルも備(そな)わっている。ベンチで横並びよりはゆったりと話を聞けそうだ。「――じゃああたし、自販機で飲み物買ってくるよ。アイスカフェオレでいい?」「うん」 ホットにしなかったのは、彼女も私が猫舌なのを覚えてくれていたからだろう。「――お待たせ。あたしも同じのにした」 美加は紙コップを二つ、テーブルに置く。「ありがと。……あ、お金――」 私は財布の小銭入れを探(さぐ)った。せっかく取材を受けてくれるのに、取材費は払えないからせめてコーヒー代くらいは返さないと。……と思ったけれど。「あー、いいよいいよ。それより、エッセイの話、詳しく聞かせてくんない?」 美加はやんわりとそれを断り、私の向かいに座って自分の分の紙コップを引き寄せた。 私もアイスカフェオレを一口飲み、今回エッセイ執筆を依頼された経緯を話した。「――ふーん? 出版業界もけっこうブラックなんだねえ。原口さんって編集者さん、なんかかわいそう」 美加は何でもズケズケ言う性格(タチ)なので、圧力をかけてきた蒲生先生に怒っているのかと思いきや、意外にも原口さんに同情的な感想を漏らした。「でもさあ、転んでもタダじゃ起きない人みたいだね。異動を逆(さか)手(て)に取って、新しいレーベル始めちゃうなんてスゴいよねー」「うん、それは私も思った」 パワハラに屈するどこ
last updateLast Updated : 2025-03-12
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6・伝えたい想い Page7

「それはさあ、〝新たな試み〟ってヤツなんじゃないの? 〈ガーネット〉と違って作家の素顔も知ってもらおう的(てき)な」「あー、なるほど」 美加がどうして作家業の私以上に出版業界の内情に詳しいのかはさておき、彼女の推理はあながち間違ってないかもと思った。 〈ガーネット〉は秘密主義のレーベルで、作家のプロフィールは顔写真も含めてほとんど公開されていない(知り合いがファンなら顔を知られていても不思議はないけど)。 だから、作家がファンと直接触れ合える機会(サイン会とか)もない。原口さんにはそれも不満だったんじゃないかと思う。「――さて、じゃインタビュー始めるね」 私はバッグからプロット用ノートとペンケースを取り出し、ノートのページを開く。「オッケー☆ で、どんなこと聞きたい?」「えーっとねえ。美加から見て、私ってどんな子だったと思う?」 お父さんとお母さんにも同じ質問をしたけれど、親と友人とでは見え方も違うと思う。「そうだなぁ……。〝まっすぐ〟っていうか〝猪突(ちょとつ)猛進(もうしん)〟っていうか。いつも夢に向かって一直線な感じだったね」 それ、両親とほぼ同じ答えだよ。――私はシャープペンシルを握ったまま固まった。「あー……そう。他には?」 せっかくのインタビューなんだし、もっと別の言葉が聞きたい。「うーんと、読書好きで、いつも何か書いてたよね。わき目もふらずに作家になることばっかり考えてるなあ、ってあたし思ってた」「それって褒めてるの? 貶してるの?」 私は書き留めようとした手を止め、口を尖(とが)らせた。「いや、もちろん褒めてるんだよ? アンタのそういうところ、羨ましいなあって思ってた。あたしも負けてらんないなあって」「……そうだったんだ。そりゃどうも」 一応褒め言葉らしいので、私はそれをノートに書き留めた。 〝いつも夢に向かって一直線〟 〝読書好きで、いつも何か書いていた〟 いざ文字にしてみると、自分のこととはいえ何だか照れ臭い。でも、これが自分を俯瞰するってことなのかもしれない。「――そういや、どうでもいいんだけどさ。奈美って今でも原稿手書きなんでしょ?」「……? うん、そうだよ?」 何を今更。美加は前から知っているはずなのに。「じゃあさ、大学の卒論(そつろん)は?」 卒業論文……。確かにあれが教授に認められ
last updateLast Updated : 2025-03-12
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6・伝えたい想い Page8

「でもね、教授には褒められたの。『自分のスタイルを貫(つらぬ)いてるのは偉いですね』って」 「ふーん? でもそれって結果オーライなんじゃないの?」 「……そうとも言うよね」  そういえばその教授にこうも言われた。『今のデジタル時代に手書きなんて珍しいですね』と。それでも教授が私の卒業を認めてくれたのは、私がすでに文壇(ぶんだん)デビューを果たしていたからだろう。 「――じゃあ、次ね。恋愛について、私はどんな感じだったと思う?」  何だか立場が逆転しかけていたので、私は急いで次の質問に移(うつ)った。 「どんな、って。――う~ん……、一言で言えば〝一途(いちず)、でも不器用〟って感じ?」  美加の返答を聞いて思い出したのは、高校時代に付き合っていた同級生の男子について。  ――当時、高校二年生だった私には生まれて初めてできた彼氏がいた。とはいっても私の方から好きになったわけではなく、彼の方から告白されて付き合うようになった。どうも私は、潤の時といい告白されて付き合うパターンが多いらしい。 ――それはともかく。あ
last updateLast Updated : 2025-03-13
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6・伝えたい想い Page9

「――なるほどねえ。今回の仕事にアンタが気合入ってる理由が分かったよ」 「へ?」 「好きな人のための仕事だもんね。そりゃ気合も入るってもんだわ」 「……うん」  もっと冷やかされるかと思ったけど、美加は親友らしい言い方で私を気遣ってくれた。 「アンタは昔っからムリして男に合わせようとするとこあったけど、今度は大丈夫そうだね。同じ小説を愛する者同士なら」 「うん」  彼女はよく知っている。私の過去の恋は、ほとんど私が背伸びをしすぎたせいでダメになっていたことを。でも、今回は背伸びする必要なんてない。原口さんはもう二年以上、こんな私をすぐ近くで見ていたのだから。  私と美加は、氷が解けて少し薄くなったアイスカフェオレを飲んだ。お互いに喋りまくっていたので喉がカラカラなのだ。 「――でもいいなー。小説家の想い人が編集者さんなんて。まんま小説の世界みたいでロマンチックだよねえ」  うっとりと目を細める美加。夢を叶えたとはいえ、雇われの身である彼女はこういう世界に憧れるのかもしれない(それを言うなら私もバイトとして雇われている身だけど、それはこの際置いといて)。……でも。 「作家の世界ってそんなにキラキラしたものじゃないよ? 現実はけっこうシビアなんだから」  この二年、現実(リアル)に作家をやってきた私だから分かる。印税だけで優雅(ゆうが)
last updateLast Updated : 2025-03-13
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6・伝えたい想い Page10

「あたしも奈美に影響(えいきょう)されたうちの一人だからさ。アンタが頑張ってる姿を励みにしてここまで来られたんだよ」「そっか……」 彼女は高校卒業まで、ずっと私を励まし続けてくれた。デビューが決まったと連絡した時にも、自分のことみたいに喜んでくれていた。 進路が別々になってからも、彼女はきっと書店で私が出した本をみるたびに「自分も負けてられない!」と奮起(ふんき)していたんだろう。「ところでさ、これは取材とは関係ないんだけど。ウェディングプランナーってホテルでも需要(じゅよう)あるよね? なんでそっちに就職しないでここを選んだの?」 他のスタッフさんもいる手前、この質問は声をひそめた。 この業種の給与形態(けいたい)についてはあまり詳しくないけれど、大きな式を任せてもらえる方がお給料もいいんじゃないだろうか? そもそもそれ以前に、ホテル従業員の方が基本給自体も高い気がする。「そりゃあね、ホテルのブライダル部門の方が、有名人のお式とか任せてもらえて箔(はく)はつくと思うけど。あたしがやりたい仕事はそんなんじゃないの。規模は小さくても、一件ずつ真心を込めてプランニングしたいんだ」「へえ……、いいねそれ。なんか美加らしくて」 彼女は何事にもこだわる子だった。全てにおいて妥協(だきょう)せず、それでいて自己満足で終わらせることもせず。今いるここでの仕事にも、きっと誇りを持ってやっているに違いない。「結婚式ってさ、カップルにとっては人生の一大イベントになるワケじゃん? だからできるだけお二人の思い出に残るような、ご希望通りのお式にしたいの」「うん。分かるよ」 カップルによって、挙げたい式のカタチはそれぞれ違うから。ホテルの式場よりもここみたいな小さな式場の方が、一期(いちご)一会(いちえ)のプランニングはしやすいのかもしれない。 予算は限られるだろうし、難しいことも多いかもしれないけど、やり遂げた時の達成感もその分大きいんだろう。「今ね、来月ここでお式を挙げられるカップルのプランニング、一件任されてるんだ」「えっ、もう? スゴ~い☆ 頑張って!」「うん!」 入社して一ヶ月でプランを任されるって、なんかスゴい。それだけ会社側も彼女に期待しているってことなんだろうな。 それを言ったら私も? 原口さんは私に期待しているから、創刊第一号を私に任せ
last updateLast Updated : 2025-03-14
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6・伝えたい想い Page11

「いつか、自分の友達の式をプランニングする夢」 そう言って、彼女は私に冗談とも本気ともつかない口調でのたまった。「奈美。原口さんと結婚する時は、ぜひあたしにプランニング任せてよね」「うん。……ええっ!? いや、結婚も何も、まだ告白すらしてないのに!」 私は思いっきりまごついた。「大丈夫っ☆ きっとうまくいくよ。あたしが保証する!」 ……いや。「保証」も何も、アンタ彼に会ったこともないでしょ? それなのにうまくいくなんて分かるの? ――とツッコみたかったけど、美加が「大丈夫」って言うなら私も何だか大丈夫な気がしてきた。「……うん、ありがと。もしそうなったら、その時は美加にプランニング頼むよ」「りょーかい☆」 美加は私におどけて見せた。そして再びレポーターと化す。ただし、今度は真面目な質問だった。「奈美には新しい夢ってないの?」 夢……か。私は紙コップを弄(もてあそ)びながら考える。「人気作家の仲間入りをすること……かな」 一ヶ月前、電話で原口さんに宣言したことだ。それが多分、今の私の目標であり夢なんだと思う。「でもいいのかなあ? 『作家になる』って夢だって、まだ叶ってるか叶ってないかビミョーな状態なのに、もう次の夢ができちゃうなんて。私って欲張りなのかな?」「いいんじゃないの? 夢は果てしないんだから。向上心のある人間なら、やりたいこととかなりたい自分とか、次々浮かんできて当たり前だって」「そっか……、そうだよね」 今、美加はすごくいいことを言った気がする。――私はその中で一番心に残ったフレーズをノートに書き留めた。 〝夢は果てしない〟「――ところでさ、原口さんって今フリーなの? さっき訊き忘れてたけど」 美加は今更なことを訊いてきた。さっき、結婚式は云々(うんぬん)とか盛り上がっていたのに。「だと思うよ? 本人から聞いたワケじゃないけど、知り合いの女性作家さんが教えてくれたから」「女性作家? ふーん」 彼女には何かが引っかかったみたいだけれど、私には何が引っかかったのか分からなかった。「……? 何か気になる?」「ううん、別に」 私の気のせいだったのかな? この件についてはこれ以上突っ込んで訊いても答えてくれそうにないので、私は追求を諦めた。
last updateLast Updated : 2025-03-14
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6・伝えたい想い Page12

「――さて、取材はこんなもんかな。美加、今日はありがと。仕事のジャマしてゴメン」「ううん、こっちこそゴメン! 色々突っ込んだこと訊いちゃったみたいだし、結局奈美の役に立てたかどうか……」 美加は殊勝にシュンとなったかと思えば、次の瞬間にはけろりんぱと表情を変えた。「実は仕事は早めに終わってたの。午前中にプランニングにはOKが出てて。午後は奈美が来るって分かってたから、会社に残ってただけなんだ」 本当は早く帰れたはずなのに、私のためだけに残っていてくれたなんて。「そうだったんだ? ありがとね、ホントに助かったよ。――じゃ、私はそろそろ」 私はノートと筆記具をバッグにしまい、紙コップを手にして立ち上がる。「仕事頑張ってね! 私もいいエッセイが書けるように頑張るから」「うん! 本出たら絶対買うよ☆ ……あ、紙コップはあたしが片付けとくから」「うん? 悪いね、ありがと」 彼女はここのスタッフなんだし、そうするのが筋なんだろう。そう思って、私は持っていた紙コップを美加に手渡した。 結婚式場を出ると、時刻は午後三時を過ぎていた。〝取材〟という名目で来たわりに、けっこう長居(ながい)をしてしまったらしい。 ちなみにこの後、取材の予定は入っていない。バイト先の書店は土日は忙しいし、学校の先生は平日じゃないと会えない。というわけで、今日の取材はこれで終了。私は初夏の陽気の中を家路についた。   * * * * ――その翌日からも、私はバイトに勤しむ傍ら取材としてあちこちを訪ね、色んな人から話を聞いた。中学・高校時代の恩師、昔よく本を借りていた図書館の司書さん、昔親しかった友達、バイト仲間(由佳ちゃん・今西クン・清塚店長も含む)――。 そうして書き溜めた取材メモを元にして、依頼されてから十日ほどでプロットの作成にまで漕(こ)ぎつけた。 メモのページをめくりながら、そこに書いたフレーズを大まかな文章に起こしていくのだけれど、私はかなりの苦戦を強(し)いられていた。 何せ、エッセイ執筆は初挑戦。なので、小説を執筆する時とは勝手が違うのだ。 小説はジャンルにもよるけれど創作なので(ノンフィクションは除く)、自分の想像力で文章を組み立てることができる。でも、エッセイは材料となる事柄(ことがら)がすでに揃っているので、それありきで文章にしなければならない。
last updateLast Updated : 2025-03-14
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