秘めた過去は甘酸っぱくて、誰にも言えない のすべてのチャプター: チャプター 201 - チャプター 210

287 チャプター

―スピンオフ― 潔白・純愛 『赤坂成人・川井久実編』1

―スピンオフ― 潔白・純愛『赤坂成人・川井久実編』プロローグいつからだろう、あいつをこんなに愛しはじめたのは……。ただの子どもだったのに、こんなにも好きになってしまった。久実と出会ったのは、俺らがデビューしてまだ間もない、やっとラジオの仕事が決まった時だった。少しずつ知名度を上げてきた頃でファンレターが日々、届くようになり自分は芸能人だと自覚するようになってきたそんなある日、事務所に寄った。そこで一通のファンレターが渡された。コーヒーを飲みながらなんとなく目を通した。 『赤坂さんへはじめまして。川井久実(かわいくみ)です。十二歳です。私は今、病気で入院しています。夜中、眠れない時にラジオを聞いていたらCOLORの赤坂さんが出ていました。頑張れば絶対にいいことがあると言っていた赤坂さんのお話を聞いて勇気をもらいました。どんな人なのかなと思って見たら、すごくカッコよかったです。COLORの音楽も最高です。大ファンになりました。いつも音楽を聞いています。いつか、元気になってコンサートに行きたいです。赤坂さんに会いたい!私の夢は赤坂さんと結婚することです(笑)』丸くて可愛らしい字で綴られていた。小学生の女の子からファンレターをもらったのは、はじめてだった。まだ幼い子どもなのに……頑張ってるんだな。俺らみたいな存在が少しでも勇気づけられていることを知って、胸が熱くなる。自分たちの活動がしっかり届いていたのだ。鼻がツーンなってすすった。俺の母親は病気で亡くなっている。そんな母と重ねていた。全然、親孝行ができなかったなと反省しつつ、封筒を見ると、もう一通手紙が入っていた。『赤坂様久実の母親です。久実は心臓病を患ってしまい現在治療しております。いつも泣いてばかりだった久実が、赤坂さんを知ってから笑顔を見せるようになりました。母親として笑顔を見られるようになったことが心から嬉しいです。本当にありがとうございます。お身体に気をつけて、ますますご活躍されますよう祈っております』封筒の中にはツインテールの女の子の写真が入っていた。大きめな目に長い睫毛の女の子がにっこり笑っている。しかし、顔色が悪い。体が細くて今にも折れてしまいそうだ。写真から、必死で生きていることが伝わってくる。自分が誰かの生きる励みになっているなんて、思わな
last update最終更新日 : 2025-01-20
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―スピンオフ― 潔白・純愛 『赤坂成人・川井久実編』2

俺と久実は、こうして出会った。俺が十八歳。久実が十二歳。もちろんはじめから恋愛感情があったわけじゃない。ただのファンとして、妹のような存在として大事に思っていた。なんせ相手は子どもだったから。俺は少しでも彼女の力になりたくて会いに行くことを決意した。はじめて会いに行ったのをきっかけに、俺は久実と何度も会い、本当の友人になった。俺も久実もそれぞれが恋愛をし、生活をし、生きてきた。久実は入退院を繰り返し、病と戦っていたし、俺はスキャンダルを起こしたりして、その度に久実が励ましてくれた。三十歳になった俺は……もう、久実なしでは生きられない。俺は久実のために働いて、頑張っている。二十四歳になった久実は、今でも俺のことを一人の芸能人として見ているのだろうか。ツインテールだった久実は、今じゃさらさらのボブ。メイクもするしいい香りもする。細かった体の線も女性らしくなった。俺は久実をファンとしてではなく、妹みたいな存在としてではなく、一人の女性として愛している。久実は昨日、移植するためにアメリカへ旅立った。撮影現場に向かうため、車移動をしている俺は空を見ていた。早く――同じ空の下で空気を吸いたい。きっと、もう一度……、久実に会えるよな?
last update最終更新日 : 2025-01-21
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―スピンオフ― 潔白・純愛 『赤坂成人・川井久実編』3

1 ―出会い―久実十二歳・赤坂十八歳赤坂side仕事をしながらふっと思い出すことがある。それは、先日届いた久実ちゃんからのファンレターのことだ。心臓の病を抱えているということは、生きられる時間も短いのだろうか?どんな治療をしているのだろう。薬を飲めば治るのかな。手術をすればよくなるのか?知識がまったくない俺はなんとなく考える。今日はCOLORとしての雑誌の取材だ。デビュー間もない俺らは、与えられた仕事を一生懸命こなしている。そのおかげで少しずつ知名度は上がってきたが、はっきり言ってまだまだだ。紫藤大樹、赤坂成人、黒柳リュウジ。三人共苗字に色が入ってるからグループ名はCOLOR。事務所の大澤社長がつけてくれた。「じゃあ、今度は三人共カメラ目線で笑って」にっこりと作り笑顔を向ける。COLORのリーダー紫藤は、金髪で甘いマスクをしている。ふわふわしている黒柳は黒髪にゆるくパーマをかけている。俺、赤坂は赤い髪で切れ長の目。必死でこの世界で生きていこうと誓っていた。デビューできたことに感謝をして、でもそれだけに満足しないでさらに上を目指していこうと毎日努力を重ねていたのだ。休憩に入り、楽屋で弁当を食べているが、あんまり会話はしない。グループだとはいえ、知り合ってまだ間もない。お互いのことをあまりわかっていなかった。無言なのも嫌だったから、話題を探す。……が見つからん。「俺、病気の女の子からファンレターもらったんだけどさ……」ポツリとつぶやくと二人は俺を見る。「なんか、元気もらったって言われてさ。そんなこと言われたことがなかったから、嬉しくて」「へー……俺らでも希望なんか送れてんだね」黒柳がふんわりとした口調で言う。「お見舞い行こうと思うんだけど。よくあるじゃん。芸能人がお見舞いしてる話。どう思う?」「いいんじゃない? 勇気づけたいって心から思うなら」大樹が言う。「心から……か」写真を思い出し文面を思い浮かべる。もしも、久実ちゃんが笑顔になるなら、やっぱり行きたい。「まあ、本気で元気になってほしいと思うけど」「それならいいと思う」大樹が賛成し、黒柳も賛成してくれた。
last update最終更新日 : 2025-01-21
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―スピンオフ― 潔白・純愛 『赤坂成人・川井久実編』4

数日後、大澤社長に久実ちゃんを励ましに行きたいと伝えに社長室に向かった。「そう。そういうことならいいけど。でも、ファンが増えてきたらそんなわけにもいかないからね」「わかってます」「その子だけにしなさい。あなたたちはトップアイドルになるんだから。自覚を持つのよ」俺にファンなんてこの先、できるのか? 自分で自分のことを信じなければいけないと反省する。まあ、後ろ向きなことばかり考えても仕方がない。今は前向きにレッスンに励んでいくしかない。早速、休みが取れた日に会いに行く予定を入れた。手紙に書かれていた母親の携帯番号に連絡を取って、病院の玄関で待ち合わせている。二月二七日。春が近いがまだまだ寒い日が続いていた。久実ちゃんは都内の病院に入院しているらしい。午前中のうちに会いに行こうと思って朝早くから電車に乗っていた。夜は付き合ってる彼女と会う約束がある。恋愛禁止なんて言われているが……バレなきゃいい。久実ちゃんは喜んでくれるだろうか。電車に乗りつつぼんやりと考えていた。到着したのは十一時。大きな総合病院だ。玄関で立っていると、一人の女性が声をかけてきた。「あの……赤坂さんでしょうか?」「はい。はじめまして、赤坂です」「わざわざ、ありがとうございます」「いいえ」深く頭を下げてくれた久実ちゃんの母親は、優しそうな雰囲気だ。しかし、どこか疲れているように見えた。看病して気疲れをしているのだろうか。玄関で軽く挨拶をして、早速病室に向かって歩いて行く。広いロビーだ。俺はまだそんなに有名じゃないから、平日で人がいっぱいいるが気がつかれない。それはそれで悲しい。「きっと、喜ぶと思いますよ。来週、手術なので怖がっている時だったんです」エレベーターのボタンを押した母親が言う。「赤坂さんのことが大好きで、いっつも赤坂さんが写っている雑誌を見てるんです。そして、いつも赤坂さんみたいな素敵な彼氏を作って結婚したいって言うんです。あの子の生き甲斐になって下さり、本当にありがとうございます」「いえ……とんでもない」到着したエレベーターに乗り込んだ。母親は八階を押す。エレベーターは静かに上がって目的の階にすぐについた。エレベーターを降りるとナースステーションがあり、左に曲がると、長い廊下があった。歩いて行くと二人部屋がありカーテンがされている。こ
last update最終更新日 : 2025-01-21
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―スピンオフ― 潔白・純愛 『赤坂成人・川井久実編』5

「久実、お客様よ」「誰?」可愛らしい声が聞こえてきた。中に入ると母親が俺に合図をする。俺はうなずいて病室に入った。ベッドの背を上げて、もたれるように座っていた久実ちゃんは、俺を見ると目を見開いた。ベッド周りには俺が雑誌に掲載された切り抜きが飾ってあり、俺のイメージカラーの赤いものが多く置かれていた。二人部屋だが今は一人だけしかいないらしい。「……えぇ、嘘っ……!」人がこんなにも驚く姿をはじめて見た。現実なのか、夢なのか理解できないような表情で、口が半分開いている。「こんにちは。赤坂成人です。手紙ありがとう」「…………」顔がだんだんと赤くなって、俺を見つめる瞳には涙が浮かび上がってきた。えっ、俺……泣かせるようなこと言ったか? 軽くパニックを起こしていると、久実ちゃんは泣きながら手を差し出してきた。「握手してください」「あ……うん」両手で久実ちゃんの手を包み込むように触れると、すごく冷たい。至近距離で見る久実ちゃんは可愛らしい女の子だった。細くて折れてしまいそうな弱々しい体をしている。「わぁ、赤坂さんだ……。信じられないよ。夢みたい」「現実」「お手紙読んでくれたんだね! ありがとうございます!」「いいえ。頑張ってるんだって?」視線を合わせながら会話をする。病気なのに明るさに圧倒された。久実ちゃんの母親は、俺に椅子を出してくれた。腰をかけて久実ちゃんに袋を渡す。「まだ寒いからブランケットなんだけど、使ってくれるか?」「もちろんっ。もらってもいいの?」目がキラキラしている子だ。吸い込まれそうな瞳をしている。「ああ、久実ちゃんのために買ったんだから」「ありがとうございますっ」この子だからこそ、大変な病になったのかもしれないと思った。久実ちゃんだからこそ、乗り越えられる困難なのかもしれない。「見てもいい?」「久実、失礼でしょう」久実ちゃんの母親は叱責した。悲しそうな表情をする。「どうぞ。見てほしいな」俺のキャラクターと少し違うかもしれないが微笑んで言う。恥ずかしそうに久実ちゃんは「ありがとうございます」と言って袋を開けた。中にはチェックのブランケット。ぬいぐるみとかもいいのかなとは思ったのだが、これはこれでいいかなと考えて選んだ。「わぁーかわいい。あったかそう」ブランケットをぎゅっと抱きしめて喜
last update最終更新日 : 2025-01-21
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―スピンオフ― 潔白・純愛 『赤坂成人・川井久実編』6

「こんなに……応援ありがとな」「本当に大好きです。元気になったらライブ行きたいの。いっぱい勉強して大きくなったら働いて、COLORのグッズを集める!」「ああ、よろしくな」「はいっ」久実ちゃんは、ツインテールが揺れるほど大きくうなずいた。「大きくなったら赤坂さんみたいなイケメンで優しい彼氏を作りたい」「あはは、そりゃいい」俺がくすっと笑うと、久実ちゃんも笑った。そして、表情が変わったからどうしたのかなと思って見つめる。「赤坂さん……あの、サイン書いてもらえますか?」「いいよ」「やったぁー!」ノートを出した久実ちゃんから受け取ってサインを書いた。実はあまりサインなんて慣れていなくて……。練習通り書けたと思う。「一生の宝物ね」母親が言って、嬉しそうにしてくれている。写真も一緒に撮ることになり、顔を寄せ合ってピースをした。そしてもう少しだけ、久実ちゃんと話をする。母親もニコニコしながら座っていた。「手術が成功したら元気になる。そうしたら、いっぱい好きなコトしたいの」明るくて凄くいい子だ。十二歳なのにちゃんと人の話を聞くし、理解力もあって頭のいい子だと思った。大樹は大学生もしているが、俺は芸能界の仕事だけをしている。本を読むのはまあ好きだが勉強は嫌いだった。俺は芸能人としてファンサービスができただろうか。久実ちゃんは喜んでくれたようだけど……。腕時計をちらっと見ると昼近くになっていた。あまり長居するのもよくないし、午後から仕事が入っているのでそろそろ帰ることにしよう。別れの言葉を告げようと思ったら、久実ちゃんは悲しそうな顔をした。俺は帰ろうとしていることに気がついたのだろう。「また……会える?」「あ、ああ」そんなふうに言われるなんて想定してなかったから、答えに困ってしまった。最初で最後なんて言える雰囲気ではない。中途半端な激励はよくない気がした。誰かのことを励ますなら最後まで見捨ててはいけない。相手が本当に元気になるまで支えていくべきだと心得た。俺は久実ちゃんが元気になるか……もしくは悪くなるか、最後まで見届けないといけない気がした。そして、俺のファンでいてくれる人のために真剣に仕事をしていこうと誓う。
last update最終更新日 : 2025-01-21
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―スピンオフ― 潔白・純愛 『赤坂成人・川井久実編』7

立ち上がった俺は、久実ちゃんに微笑みかける。久実ちゃんは悲しそうな表情から、無理矢理笑顔を作った。俺に気を使っているようなそんな表情だ。じっと見つめられて困ってしまう。「久実、そんな顔しないの。赤坂さんだって忙しいの。無理なこと言わないのよ」ちょっとキツメに言った。「…………うん」あまりにも悲しそうな顔だったから胸が痛んだ。久実ちゃんはうつむいてしまった。「手術結果がどうなったか、またお母さんに連絡して聞くから」「手術が成功しても、会ってね」「わかった。元気になったら行きたいところ連れて行ってやる」俺はつい約束をしてしまった。久実ちゃんの笑顔が見たかったから。細い指と俺の小指が絡まった。しっかりと、指切りげんまんをした。「また会おう。俺と、久実ちゃんは友達だ。これからは、お互いを応援し合おうぜ」「ありがとう! 私もこれからも全力で応援するね」「じゃあ、またね」笑顔で手を振ってくれた久実ちゃん。俺も軽く手を上げて廊下に出た。母親が玄関まで見送ってくれる。何度も深く頭を下げた。「本当に本当にありがとうございます」「いえいえ、俺は何も……」目に涙を滲ませている。こんなに感謝されるなんて思わなかった。
last update最終更新日 : 2025-01-21
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―スピンオフ― 潔白・純愛 『赤坂成人・川井久実編』8

久実ちゃんとの出会いのあと、俺は付き合っている女、梨紗子の家に行くために電車に乗っていた。病院の消毒の匂いがついている気がして落ち着かない。母親が亡くなった時を無性に思い出していた。席は空いていたがゆっくり座りたい気分になれなくて、手すりに背をつけて窓から流れる景色を見ていた。付き合っていると言っても時間が合うわけじゃないし頻繁には会わない。会いに行くのは何度目だろう。東京と言っても外れにあるから、どんどんと高層ビルは見えなくなっていく。深夜のテレビ収録で出会った。声をかけてきた梨紗子は、そこそこ売れているモデルだ。二つ年上で綺麗な人だけど相手のことはよくわかっていない。付き合ってから二ヶ月。デートらしいデートはしたことないし、メールもたまにしか来なかった。電車を降りて住宅街を歩く。彼女の家に着いたのは十四時。玄関に入ると甘い香水の匂いがした。あいつは、こんな匂いだったかな。「お邪魔します」「どーぞ」俺よりは名の知れている彼女は、綺麗だ。今まで付き合った女の中でもずば抜けている。収録で出会ったその晩、俺と梨紗子はセックスをした。好きとか、嫌いとか、よくわからないけど……付き合っている。今まで好きだと思った人はいない。気持ちよりも体のほうが先に成長してしまった感じだ。ワンルームの彼女の部屋。アクセサリーが整理されていたり、服がいっぱいある。ベッドに座ってまったりしていた俺は、何もすることがなかったから、彼女を押し倒した。「もう、なーにー?」「しよ」「えー。まだ来たばかりじゃん」セーターを着ていた彼女を抱きしめる。服の中に手を滑らせて肌に触れると甘い声を出して応えてくれる。俺だって男だ。綺麗な女がいれば抱きたくなる。俺の背中に手を回して答えてくれる。お互いに気持ちのいいところを探り合って、お互いのことを知っていく。「成人くん……」恋人になる定義とどこまで続く関係かわからないけれど、まあ、いいやって思った。真剣に生きている久実ちゃんには申し訳ないけれど、俺はこういう人間なのだ。
last update最終更新日 : 2025-01-21
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―スピンオフ― 潔白・純愛 『赤坂成人・川井久実編』9

果てた俺らはしばらく眠ってしまい、目を覚ますと夕方だった。体は満たされているが心はなんとなくスッキリしない。体を起こしてベッドから抜けだした。ふっとゴミ箱を見ると男物の服が捨てられている。俺が使用したものではない。不思議と嫉妬心は湧いてこなくて、へぇ……そうなんだ……としか思わなかった。起きてきた彼女はラフな格好をして近づいてきた。ニコッと笑ってから、冷蔵庫をあけてミネラルウォーターを飲んでいる。俺は、俺以外の男と寝てしまう女を軽蔑していた。仮にも付き合っているのだから。俺は彼女がいる時は不特定多数の女と二人きりでは過ごさない。バカバカしいことはするつもりはなかった。気にしないようにしていたけれどやっぱりちょっと引っかかって質問してみる。「あのさ、俺のじゃない男の服が」彼女はさっと表情を変えた。「だから?」「だからって……。俺たち付き合ってんだろ?」強い口調で言うとさっきまでの表情をころりと変えて、人をバカにしたような顔になった。「……ってゆーか、あんたみたいな売れてない男を本気で愛すと思ったの?」俺は遊ばれていたってこと? 豹変ぶりに驚く。芸能界に入るまでもモテていて、告白されてきていた。だから、こいつも俺を好きだと思ってくれていると信じていたのだ。芸能界の女は恐ろしい。「体の相性がよかったしイケメンは嫌いじゃないの」「マジかよ。まあ、いいや。俺は不特定多数の男とする女は無理だから。今までありがと」「ずいぶん、さっぱりね」「お前のことは気に入ってたけど……無理だわ。じゃあ」服に着替えて部屋を出た。春も近いのに、冷たくてなんだか惨めな気持ちになる。空を見上げてため息をついた。「なにやってんだろ、俺……」ちくしょう。絶対に見返してやる。
last update最終更新日 : 2025-01-21
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―スピンオフ― 潔白・純愛 『赤坂成人・川井久実編』10

*今日は、事務所でレッスンをしていた。仕事があまり入ってこないから、こうしてメンバーと鏡に写る自分を見ながら、ダンスレッスンをしているのだ。トレーナーや講師がひっきりなしに教えてくれる。汗が額に滲んで、頭が真っ白になるまでレッスンしながらも、女に遊ばれた怒りを押し殺していた。もう、簡単に恋愛なんてしたくない。「じゃあ休憩」汗を拭いてドリンクを飲んだ。昨日は久実ちゃんの手術日だったはずだ。成功したのだろうか……。廊下へ出て、久実ちゃんの母親に手術の結果がどうだったか電話をした。『わざわざありがとうございます。無事、成功しました。このまま元気になってくれるといいんですけどね』「じゃあもう再発の心配はないんですか?」『……いえ、なんとも』俺は想像していたよりも難しくて複雑な病気なのかもしれない。声のトーンが一気に下がってあまりいい返事をしてくれなかった。「そうなんですか」『このまま元気に過ごせる人もいますし、また手術しなければいけない人もいるんですって。久実の生きる力を信じるしかないですね』久実ちゃんならきっと大丈夫だと俺は信じていた。それから俺は病院に何度も通った。そのたびに久実ちゃんは笑顔で対応してくれて、明るく手術の痛みの話など聞かせてくれた。妹がもう一人増えた感覚で、俺は久実ちゃんを心から可愛いと思っていた。久実ちゃんはみるみるうちに回復して、中学に入る前に退院できた。
last update最終更新日 : 2025-01-21
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