秘めた過去は甘酸っぱくて、誰にも言えない のすべてのチャプター: チャプター 181 - チャプター 190

287 チャプター

―スピンオフ― 変わらぬ愛情・優しい心 『黒柳リュウジ✗芽衣子編』13

   *会いたい気持ちがあふれて事務所に行くことにした。少しだけ時間があるから、芽衣子のショールに包まれて眠りたい。しかしだ。事務所に行っても芽衣子は目も合わせてくれない。そして、ショールもかけてくれない。――冷たい。そう思いつつ目を閉じていると、若い社員が芽衣子に話しかけた。「先輩、合コン行ったんですよね? どうでした?」は?芽衣子……合コン行ったのか?まじかよ。かなりショックなんだけど……。なんで、俺から離れていこうとするのだろう。「声をかけてくれた人がいてね。いい人だったよ」「先輩、とても美人ですしね。男は放っておかないと思いますよ。デートの約束したんですか?」「あぁ……うん。お誘いしてくれたけどね」「職業は?」「弁護士なの」「いいな。じゃあ結婚も間近ですね! 美羽さんも、芽衣子さんも結婚かぁ」まんざらでもない様子。芽衣子は本気で俺と別れて、違う男と結婚しようと思ってるのだろうか?「合コンで知り合って結婚したってうまくいくわけないじゃん」思わず声に出してしまう。芽衣子はキーボードを打つ手を止めた。「合コンなんて、いい部分しか見せないだろうし。たった一回会っただけでその気になるなんて逆に怪しい。弁護士なんて口がうまいに決まってる」「言われてみれば……そうかもしれないですね」若い社員が納得したようにうなずいた。「……ありえないね」芽衣子は俺のことが好きなんだ。だから牽制したかったのかもしれない。「黒柳さんみたいに出会いがたくさんあるわけじゃないので」イラッとして静かな声で言い返す芽衣子。「俺だってべつに……」言い返そうと思ったが、周りの社員に怪しまれるから我慢した。そして、何くわぬ顔で出て行く。芽衣子。どうして、俺から離れていこうとするんだろうか。エレベーターホールを力なく歩いていた。こんなメンタルで仕事をするなんて辛すぎるんだけど。男性マネージャーが俺を見つけて追いかけてきた。「黒柳さん、探しましたよ。ったく、どこへ行ってたんですか……。早く行きましょう」「ごめん」次は雑誌のインタビューだ。何を聞かれても芽衣子と関連づけてしまいそうで不安だった。
last update最終更新日 : 2025-01-20
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―スピンオフ― 変わらぬ愛情・優しい心 『黒柳リュウジ✗芽衣子編』14

その夜。俺は赤坂の家に押しかけた。手にはハンバーガー十個入った袋をぶら下げて。タバコを吸っている赤坂の目の前に座る。「相変わらず、汚い部屋だな」「あ? 俺の勝手だろーが」「食う?」「サンキュー……って、その量を二人で食べるつもりか?」テーブルにハンバーガーをどんどん置くと目を丸くした。「やけ食いか。リュウジがやけ食いする時は何かあったってことだもんな」見透かされて少し恥ずかしい。付き合いが長いと分かるのだろうな。無視をしてハンバーガーにかぶりつく。「そんなに食うと体重増えるぞ」「…………」「で、どうしたんだよ?」赤坂が俺の顔を覗き込んでくる。コイツは俺様キャラだけど、優しいところがあって話しやすい。大樹は大樹で優しいのだが、今日は赤坂に話を聞いてもらいたかった。「芽衣子に浮気された」「へー。あの大真面目な芽衣子さんが?」赤坂は疑っているようだ。「合コンに行かれたんだ……。ありえない」「何か思うところがあったんじゃねぇの?」「ま、実はさ……」俺は芽衣子との間にあったことをひと通り話した。「……それ、浮気じゃないだろ」「え?」「芽衣子さんは、リュウジと別れたつもりでいると思うけど」ただの喧嘩じゃなかったってこと?芽衣子はもう、俺の芽衣子じゃないのか?ふざけているのかと思ったけれど、真剣な様子を思い出し、そうなのかと納得する。「どうしよう」「年齢だって年頃なんだし、結婚したいのは当たり前だろ?」「……まあ。でも、大樹に続いて結婚なんて普通は無理だろ。俺と赤坂が大樹の恋愛を過去に邪魔したから、今回は祝福してやりたいんだ……」「たしかにタイミングはある。祝福してやろーぜ」「ああ」「でも、芽衣子さんを安心させてやれないのは、リュウジに問題がある」ごもっとも。正しいことを言われてどんどん落ち込んでしまう。「でも、まぁ……他の女にも目を向けてみたらどうだ?」「無理」「なんで地味な事務員なんかがいいわけ?」「ビビッと来たからだよ!」ふんっと鼻で笑って「バカだな」って言われた。しばらく無言でハンバーガーを食べながら、芽衣子とのはじまりを思い出していた。
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―スピンオフ― 変わらぬ愛情・優しい心 『黒柳リュウジ✗芽衣子編』15

俺が芽衣子に惚れたのは、何気ない行動に胸を打たれたからだ。大きな仕事が決まった時祝賀会と称して会社の呑み会があった。嬉しすぎて俺は飲み過ぎて酔い潰れた。他の人は俺が転がっていても無視だったのに、芽衣子は俺を介抱してくれた。トイレで吐く俺の背中を擦ってくれて「大丈夫ですか?」と近くで見守ってくれていた。そんな状態で帰れない俺とタクシーに一緒に乗った芽衣子。今日は、コイツを抱きたいと思った。優しくてしっかりしている芽衣子にキュンとした。やりたい盛りの俺は酔って記憶が無いふりをした。家がわからないからと芽衣子の家に泊めてくれることになり、俺はベッドで眠ったふりをした。しばらくして部屋着に着替えた芽衣子。薄めを開けてみると、俺を心配そうに覗きこんでいて……たまらない気持ちになった。当時は、道を歩けば女を抱けるってほど人気があったから、美人な女をやりたい放題していた。芽衣子は綺麗だけど、超一般人。二十九歳だった彼女には、今まで付き合った男がいないとの噂もあって、絶対にやってみたかった。腕をぐっと引っ張って俺の胸に抱き寄せると『起きてたんですか?』と言って逃げようとする。更に強く抱きしめると『……嫌っ』と震える声で泣きだした。俺を拒否る女ははじめてだった。俺は、一気に興奮してしまい、酔いはすっかり覚めていた。『芽衣子さん、抱かせて』『あ、頭おかしいんじゃないですか!』暴れる芽衣子をベッドに寝かせて、手首を押さえ込み、唇を割って舌を挿入させた。足をばたつかせるからズボンを脱がせて、ショーツも剥ぎ取る。太腿を思い切り開いて間に入った俺は、体を密着させて、芽衣子の胸を舐めた。石鹸の香りが鼻を抜ける。『男が家にいるのに優雅にシャワー浴びてたんですか?』くすくす笑いながら言うと、芽衣子は涙をポロッと零した。『信じてたから……』『残念ですね。俺、見かけによらず、がっつくタイプなんですよ』そのまま強引に芽衣子のバージンを奪った。本当に処女だったことに俺は驚いていた。芽衣子はずっと、ずっと、泣いていた。朝まで一緒にいたが、眠ることなく泣き続けていて、とんでもない顔をしていた。それなのに、芽衣子は俺に朝ご飯を出してくれたんだよな。すっごく美味かった。『どうして……飯まで』『うちの大事なアーティストだから……。私は、あの会社が好
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―スピンオフ― 変わらぬ愛情・優しい心 『黒柳リュウジ✗芽衣子編』16

家に行くと、芽衣子は困った表情をしながらも中へ入れてくれた。ちゃんと謝ろう。そして、自分の彼女になってもらおうと思って行ったのに、緊張してうまく言葉を紡げなかった。だけど、しっかり抱いてしまって。それから、俺は定期的に芽衣子を抱くようになり、五年が過ぎていた。一ヶ月くらいは、喘いでくれなかった。黙って俺に抱かれているだけで、悲しそうな顔をしていた。どうすれば、芽衣子が喜んでくれるのか。『喘いで』最中、俺はお願いをしたこともある。だけど、芽衣子は眉間に皺を寄せて困った顔をするのだ。『気持ちよくないの?』『……私は……気持ちよくなる必要はないから』『は?』『あなたが満足すればそれでいい』知らず知らずに傷をつけていたと知り、反省した。その日は八月十四日。『俺のこと……彼氏的な存在と思っていいよ』『……え?』その日が正式に付き合いはじめた日だと思っていた。でも、それ以外は愛の言葉を伝えたことがなかった。考えれば、考えるほど……反省するばかりだ。「好きなら一度くらいは本気で勝負かけてみろって」「……ああ」七つハンバーガーを食べたところで満腹になってしまった。「吐きそう」「食い過ぎだっつーの」芽衣子に数日間会えないだけで、こんな思いをするなんて思わなかった。俺は、芽衣子を愛している。一度くらい……ちゃんと伝えなきゃな。「いい顔だな。頑張れよ」「ありがとう。赤坂」「俺も……頑張ろうと思ってる。俺らってさ、愛してるって思える女に出会えて幸せだと思わない?」「ああ」赤坂は好きな人と今は会えない距離にいて辛いだろうに、励ましてくれた。なんだか、申し訳ない……。赤坂の家を出て深呼吸をした。ちゃんと、伝えよう――素直な思いを。
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―スピンオフ― 変わらぬ愛情・優しい心 『黒柳リュウジ✗芽衣子編』17

   *数日後、俺は二歳年下の妹に電話をかけた。『お兄ちゃんどうしたの?』女心を相談できるのはコイツしかいない。そして、堂々と出掛けても問題ないのは妹だけだ。「あのさ……買い物に付き合ってほしいんだ。いつ空いてる?」『日曜日、大丈夫だよ。何欲しいの?』「あー……好きな人への指輪……的な物」照れくさくて口ごもってしまう。妹に会ったらきっといろいろ聞かれるだろうな。根掘り葉掘りと……。日曜日、俺と妹は宝石店を何件か巡った。軽くサングラスをかけただけで、堂々と買い物をした。「お兄ちゃん、健闘を祈る」なんて言われて、妙に身が引き締まった。月曜日の空き時間に事務所に寄って渡そうと思っている。そして、プロポーズをするつもりだ。ところが、事務所に行くと芽衣子の姿は見えなかった。どこかに行ってしまったのだろうか。美羽ちゃんに近づいて聞いてみる。「あれ。芽衣子さんは?」「風邪ひいてしまったようでお休みなんです……」「そうなんだ」一人で大丈夫だろうか。心配すぎて顔が引きつってしまう。そのまま何事もなかったかのように廊下へと歩く。……仕事をキャンセルして今すぐにでも行きたい。今日は二十時からの番組収録がある。「黒柳さんっ」追いかけて来たのは美羽ちゃん。「あの、お節介かもしれませんが……芽衣子さんに会いに行ってあげてほしいです」「あ、うん……。芽衣子、相当具合悪いの?」「熱があるみたいで……」「そっか。ありがとう」美羽ちゃんはいい子だ。大樹には、本当に幸せになってもらいたい。エレベーターが開いて俺は、美羽ちゃんに軽く手を振って中に入った。 芽衣子――。夜に必ず行くから。不安だろうけど待っていてくれよ。俺は目を閉じて愛する芽衣子を思った。
last update最終更新日 : 2025-01-20
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―スピンオフ― 変わらぬ愛情・優しい心 『黒柳リュウジ✗芽衣子編』18

芽衣子side日曜日、暇を持て余した私は気分転換に外出をすることにした。街を歩きながら、フラッと店に入る。甘い香りがする店は、アロマを扱っている店だった。甘いけど、クドくない香り。いいなと思って商品を見ていると、サンプルをもらった。「こちらの商品は桃の香りなんですよ」にっこり微笑んだ店員さんが好印象だったのと、美羽さんが教えてくれた果物言葉を思い出してついつい買ってしまった。――変わらぬ愛情。リュウジは、そもそも私に愛情はあったのだろうか。一度でも愛しいって思ってくれたことはある?店を出てフラッと歩いていると宝石店が目に入った。そして、目を疑う。リュウジが女性と肩を並べていたのだ。若くて可愛い女の人とショーケースを覗いている。びっくりしすぎて体が震えてきた。リュウジはもう新しい人と人生を歩き出しているのだ。私だけがリュウジに執着していたのだと知った。恐ろしくなってその場から立ち去り、家まで急いで帰ってきた。玄関に入るなり涙がポロポロあふれ出す。悔しいけれど、私はリュウジを心から愛していたと改めて知った。こんなところで泣いちゃ駄目だと思って中に入り、冷蔵庫に向かった。ビールを取り出して一気呑みする。「忘れてやる……あんな奴」呑んでいてもリュウジのことばかり頭に浮かんでしまう。スッキリさせたい。シャワーでも浴びよう。頭から思い切りお湯を浴びる。泣いても、泣いても気が済まない。頭も痛くなってきた。「……リュウジ」どうしてあんな人を好きになってしまったのだろう。悔やんでも仕方がないのに、後悔してしまうのだ。バスルームから出て、濡れた髪の毛のままリビングでビールを呑む。アルコールでぼんやりして逃避することしか思いつかない。「バカ……バカ……」でも、一番馬鹿なのは、私だ。
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―スピンオフ― 変わらぬ愛情・優しい心 『黒柳リュウジ✗芽衣子編』19

冷静に考えればリュウジが私なんかを好きにならない。世間でも知らない人が少ない、COLORのメンバーなのだ。マッサージチェアーに座り目を閉じる。私がここでくつろいでいる時に、リュウジは私をここで何度も抱いたよね。リュウジに触られると全身熱くなって……震えてしまうほど、気持ちよかった。はあ、いちいち思い出してしまう。この家には思い出が多い。引っ越しでもしないと忘れられないかもしれないな。会社も、もう……行けないかも。そのまま眠ってしまった。朝になり、寒気で目が覚めた。マッサージチェアーの上で薄着のまま、濡れた髪の毛のまま寝ていたのだから、風邪を引いても仕方がない。社会人としてありえない失態を犯してしまった。体温計……どこだっけ。立ち上がると天井がグラグラ動いて見える。お酒のせいもありそうだけど、熱もありそうだ。ベッドのある部屋に置かれているタンスの一番上の引き出しに体温計があった。脇に挟んでベッドに倒れる。「だるいよ……」一人だと心細くなる。泣きそうだ。いい歳して情けないな。これからは一人で生きていかなきゃいけないのに。ふっとリビングを見るとビールの缶が転がっているけれど、片付ける気にもならない。ピピッ。体温計が鳴って見てみると三八度七部あった。これじゃあ、休むしかないか……。会社に電話を入れる。「あ、すみません。芽衣子です」『美羽です。どうしました?』「熱を出してしまって」『大丈夫ですか? 無理しないで休んでください。何かやることあれば言ってください』「ありがとう。急ぐものはないから……ごめんね。失礼します」電話を切って、ベッドに横になった。まだ寒気が抜けなくてざわざわする。休んだの……いつぶりだっけなぁ……。ぼんやりと考える。そうだ、リュウジが熱を出した時だ。あの時……朝、電話が来たんだっけ。『会社休んで看病して』って。私は自分が熱を出したと嘘をついて、言われた通り会社を休んでリュウジの家に行ったんだ。会社を休んだのには罪悪感があったけれど、リュウジのことが心配でたまらなかった。薬やスポーツドリンクなどを買い込んで急いでリュウジの家に行った。
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―スピンオフ― 変わらぬ愛情・優しい心 『黒柳リュウジ✗芽衣子編』20

家に行くと意外と元気だったリュウジ。熱はあったけど『芽衣子の作ったご飯が食べたい』と言われてうどんを煮た。ぺろっと食べてしまったリュウジに薬を飲ませて、ベッドで寝てもらったのだけど、顔を真っ赤にして『芽衣子』って甘えてきて、手を握っていた。安心したような表情がたまらなく愛おしかった。熱があるくせにキスしてってせがまれて、手を引いてキスをされた。すぐに舌が絡みあうキスになり、不覚にも胸が疼いてしまった私。それを悟ったかのようににっこりしたリュウジは、私をベッドに引きずり込んだ。リュウジの体は熱くなっていて、抱きしめられた私は溶けてしまいそうになっていた。スッキリしたリュウジはすぐに熱が下がってさ。私がうつされたパターンだった。次の日は熱冷ましを飲んで出社した。リュウジはさすがに反省したようで、平謝りだった。夜は珍しくリュウジがご飯を作ってくれて……美味しかったなぁ。そして、とても優しかった。漫画のような本当の話。考えてみれば、世間で人気があるアイドルと付き合うなんて、漫画のようなことだよね。きっと……長い夢を見ていたんだ。結婚してくれないって怒ってしまったけれど、贅沢になり過ぎたのだ。私なんかと長い間一緒にいてくれたことに感謝しなきゃ……。ありがとう、リュウジ。布団を被って震えながら涙を零した。
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―スピンオフ― 変わらぬ愛情・優しい心 『黒柳リュウジ✗芽衣子編』21

そのまま眠ってしまった私は一度夕方に目を覚ましたが、薬を飲んでいなかったせいで体は熱いまま。息も苦しかった。だけど、着替えをして病院に行く気にもなれない。頭が割れそうなくらい……痛い。我慢しつつも、更に眠り続けると、次に目を覚ました時は真っ暗だった。ぼんやりする意識の中に飛び込んできたのは、チャイムの音。動きたくないから無視することを決めて目を閉じるが、しつこい。何度も、何度も鳴らされる。ベッドから降りると、ふらふらして歩きづらく、壁を伝って行く。インターホンの画面を見ると、リュウジが映し出されていた。誰かに見られてはまずいと思って慌ててオートロックを解除する。「……………これも夢なのかな?」混乱しつつ玄関までなんとか行って鍵を開けると、息が苦しくなってその場に座り込んでしまった。ヤバイ……死にそう。気持ち悪いし頭は割れるほど、痛い。横になりたくて玄関でそのまま倒れた。再びチャイムが鳴る。乱暴にドアが開く。「芽衣子!」リュウジの声に聞こえたけれど……幻聴だろう。私がリュウジを好きすぎるから――。
last update最終更新日 : 2025-01-20
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―スピンオフ― 変わらぬ愛情・優しい心 『黒柳リュウジ✗芽衣子編』22

ずいぶんと楽になった――目をそっと開くと真っ白な世界が飛び込んできた。まさか本当にあのまま死んでしまった……とか。最後にリュウジに会いたかったな……。ぎょっとなって、横を見ると点滴に繋がれていた。ああ、病院? よかった。生きてるみたい。どうやってここまで来たのだろうか。考えるけれど頭が痛くてうまく思考回路が動かない。個室のようだけど……。スライド式のドアが開いた。近づいてくる人の顔を見つめる。「芽衣子っ、起きた!」リュウジが浮腫んだ顔で笑って私を覗きこんでいる。やっぱり夢?「調子どう?」「…………」「芽衣子、まだ具合悪いかな……?」眉間に皺を寄せて悲しそうな顔をするリュウジを見て、夢じゃないと悟る。昨晩、リュウジが家に来てくれたことを思い出した。どうして家に訪ねてきたのだろう。家に置いていった物を取りに来たのだろうか。この前片付けをしていた時にどうしようかと困っていた。でも、捨てるわけにも行かず……。「大丈夫。まだ処分してないから、心配しないで」「は?」「落ち着いたら、リュウジの家に送ろうと思ってたから」「何の話?」噛み合わない話にリュウジは困惑している。それよりも、こんな公の場にいるのは危険だ。一刻も早く帰さなければ……。「バレないように、早く帰りなよ」「…………芽衣子」リュウジはそっと私の頬に触れた。その手はすごく冷たくて気持ちがいい。「まだ熱いね」「うん……」「二、三日入院だってさ。無理してたんだな……」リュウジは帰ろうとしないで椅子に座った。「入院?」「辛かったら連絡くれたらよかったのに。それとも、そんなに俺のこと嫌いなのかな」自嘲気味に笑ったリュウジは、私に布団をかけ直してくれた。「まずは眠って。早く治そう」「…………」「あのね、俺。大きな仕事が決まったんだ」嬉しそうな顔で報告してくれるリュウジ。「なに?」「◯◯スタジオの映画の声優さん。主人公なんだ。来年は忙しくなるなー」「え! すごいじゃない。おめでとう」お祝いしなきゃねと言いかけて口を噤む。そんな立場じゃないから。「退院したら話したいことがあるから」なんだろう。新しい恋人のことだろうか。「会社に連絡しなきゃ」「俺がしておいた」「え? そんなことしたら、勘違いされるじゃない。会社に復帰したら何て説明すればいいの
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