All Chapters of 秘めた過去は甘酸っぱくて、誰にも言えない: Chapter 111 - Chapter 120

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第四章 香りを胸いっぱいに吸い込んで7

それからも、なんとか出社は続けていたのだけど、社内では私が芸能人の子供を堕ろしたことがあると噂が流れていた。堕ろしたんじゃないと否定したいのにできずに過ごしている。しかも、相手が大くんだと気がつかれていたのだ。勘のいい社員は私と大くんがリッチマンゴープリンのコマーシャルで一緒に仕事をしていたことと関連付けたり、COLORとの仕事の契約がドタキャンになったことを持ち出してくる人もいた。社内にもCOLORのファンはいるようだし、社外に漏れるのも時間の問題かもしれない。ランチを終えて部署に戻るとデスクにメモが置いてあった。その内容を見て笑顔を消してしまう。『不潔女』と書かれていたのだ。「美羽……大丈夫?」千奈津が心配そうに覗きこんでくる。笑顔を作れずに、固まってしまう。そこに杉野マネージャーが近づいてきた。手には手紙らしきものを持っている。「総務に届いたんだと。総務のマネージャーが『これって噂になっている件じゃないの?』と言って渡してきたんだ」中身を開いてみると物凄い誹謗中傷が書かれていた。「お客様の問い合わせページなんて書き込みが今日で二十件だってよ」もう、社外でも噂は広まっているのだ。尾びれも背びれもつけた噂は、世間を飛び回っている。なんて恐ろしいことなのだろう。「初瀬……なんで黙ってんの?」杉野マネージャーは責めているわけじゃなくて心配そうな表情をしている。千奈津もだ。「あの。今日の夜、空いていますか?」「ああ」「千奈津も」「うん」「聞いてほしい話があります……」もう千奈津と杉野マネージャーには、黙っておくことができない。会社にまで迷惑をかけているのだから。仕事を終えた時伝えようと決意をした。
last updateLast Updated : 2025-01-17
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第四章 香りを胸いっぱいに吸い込んで8

仕事を終えると、半個室がある居酒屋に直行した。私の前に座っている杉野マネージャーと千奈津。重苦しい空気で包み込まれているような気がする。「話ってなに?」「今まで黙っていてごめんなさい。……私、過去に紫藤大樹さんとお付き合いしてたことがあります」笑顔が消えた千奈津。杉野マネージャーは、やっぱりかという顔をしている。「驚かせてごめんなさい」「じゃあ、子供を堕ろしたって噂も本当なの?」私は頭を必死で横に振る。「出産は事務所の人に反対されていたけれど、私は何があっても産む決意でいたの。たとえ、彼と一緒になることができなくても……」赤ちゃんを失った時の悲しみは、忘れることができなかった。最近はあまり夢でうなされることはないけど、あの日のことを思い出すと胃がキリキリと痛んで涙が溢れそうになる。千奈津は女性として悲しみをわかってくれた表情をしていた。「当時は売り出し中だったから、自ら会わない道を選んだの。彼の才能を潰しちゃいけないと思ってね。なのに……十年ぶりに再会したの」「リッチマンゴープリンでね?」コクリとうなずいて言葉を続ける私。「封印した過去だったのに、運命のいたずらかと思った。お互いに忘れようと思っていたのに無理だった」「そうだったのね」千奈津は、噛みしめるようにうなずいた。「で、初瀬がこうやって苦しんでいるのに紫藤さんは動いてくれないのか?」杉野マネージャーは、こういう時も心配してくれる本当に優しい上司だ。「ちゃんと話そうと思っています。ご迷惑かけて申し訳ありません」「そのほうがいい。早く相談して健やかに毎日を過ごせるのが一番だと思うぞ」「はい」「そうだよ。美羽は悪くないんだから」二人に打ち明けることができて少し気持ちが落ち着いた。
last updateLast Updated : 2025-01-17
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第四章 香りを胸いっぱいに吸い込んで9

しかし、状況は悪くなる一方だった。紫藤大樹のファンと名乗る人が会社の前で待ち伏せする人すら出てきたのだ。総務部には嫌がらせや無言電話が多くなり、明らかに仕事の妨害行為だった。ついに私は総務部長と広報部長に呼ばれてしまった。「キミは芸能界の人と関係があったのかね?」単刀直入に聞かれ少し驚いたけど、隠さずに言うしかないと思った。「はい」すると厳しい表情になって、空気は悪くなっていく。「ファンが来て会社は混乱している。しばらく在宅勤務をしてほしいと考えているのだがどうだろうか」「…………はい」会社に迷惑をかけているのは事実だ。素直に受け入れることにした。まずは一ヶ月ほど在宅勤務ということになった。勤務時間は自宅で働き、ほとんど外に出ることはなかった。大くんからのメールには元気そうなそぶりで返信しておいたけど、本当はかなり元気が無い。本来であれば今日は小桃さんのコマーシャル撮影に携わっていたはずなのに。どうしてこんなことになってしまったの。誰にも怒りをぶつけられないもどかしさが胸を支配していた。夕方になり部屋の中は薄暗くなってきた。仕事を終えると何もしたくなくてそのままベッドの中で過ごしていた。完全に暗くなったから電気をつけるとチャイムが鳴った。ドアを開くと大くんが立っている。二月七日に一日限定のバレンタインライブがあってその準備で忙しいはずなのに――。
last updateLast Updated : 2025-01-17
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第四章 香りを胸いっぱいに吸い込んで10

「どうしたの……?」「どうしたのじゃないだろう。どうして美羽は一人で抱え込むんだよ」大くんは玄関に入ってきて盛大なため息をついた。「小桃さんが事務所に連絡してくれたんだ。美羽の会社の撮影に行って美羽がいないから理由を聞いたんだって」中に入ってきた大くんは、憔悴している私を抱きしめた。「一人で抱え込むな。なんでも俺に相談しろ」「大くん……っ」「美羽、痩せたな。ちゃんと食べてないんだろ?」心配をかけたくないと思ったのに、逆に心配をかけてしまった。「美羽を一人にしておけない。荷物をまとめて俺の家でしばらく過ごそう」思わぬ言葉に驚いて返事できずに大くんを見つめる。「会社は在宅勤務であれば俺の家で働いても問題ないんじゃないか?」「うん……」「じゃあ、俺と一緒にいよう」すごく迷ったけれど大くんが必死で言ってくれたから、提案してくれた通り私は大くんの家に行くことに決めた。着替えや必需品を詰めて外に出ると一人の男性が話しかけてきた。「お二人はどういう関係なんですか?」マスコミ関係者だと思い慌てて隠れようとする私とは対照的に、大くんは冷静に対応をはじめる。「彼女は一般人なんで、まず車に乗ってもらいます。ちょっと待っていてください」「大事な方なんですか?」「逃げないで来ますから、ちょっとだけ待っていてください」ピシャっと言った大くんは私を車に乗せて「対応してくるね」と行ってしまった。私のせいで……最悪な展開になってしまった。窓ガラスから外を覗くと大くんと男性は話をしているようでメモを取ってうなずいていた。不安な気持ちからか、私の手は汗で濡れている。私のせいでCOLORの人気が落ちてしまったらどうしよう。怖くなって目をぎゅっと閉じて体を折り曲げて小さくなっていると、大くんが戻ってきた。「美羽、どうしたの? 体調悪い?」「ごめんね、私のせいで」「ちゃんと対応したけどどんな風に書かれるだろうね」大くんは意外にもクスクスと笑っている。「大くん」ふたたび謝ろうとした私の言葉を遮るように大くんが言う。「もう謝らないで。美羽は悪くないよ。これが芸能界の仕事をしている宿命なのさ。困難なことも明るく楽しく乗り越えていこう。これからしばらく一緒に過ごせるなんてマジ嬉しい」笑顔で運転している大くんの横顔を見るとほっとする。やっぱり、私に
last updateLast Updated : 2025-01-17
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第四章 香りを胸いっぱいに吸い込んで11

大くんのマンションに着いて中に入った。「社長とマネージャーに連絡するから」「うん」電話をはじめた。窓際に立っている大くんの背中を見つめる。「大樹です。実は雑誌に撮られました。美羽も一緒だったから記者と話をしたので、載ってしまうかもしれないです。事後報告ですみません。ええ、はい。美羽はしばらく俺の家にいます」電話を切って池村マネージャーにも連絡をし終えた大くんは、振り向いてニッコリとしてくれた。「あとちょっとだけ我慢してね。でも、もうすぐで俺らの関係を堂々と世間に言えるよ」大くんは、心から嬉しそうな声で言った。そして近づいてきて私の手をそっと握る。指を絡ませて手のひらを重ね合わせると距離が縮んで唇がくっついた。「ま、心配するなって」「うん……」「明日から家に帰って来たら美羽がいるんだな。たまんない。願っても叶わない夢だと思ったのに、幸せだな」優しい表情で笑ってくれるから、色んな嫌なことがあるのに、つい微笑んでしまう。「さ、晩飯どうする?」「あまり食欲なくて」「だーめ。ちゃんと食べないと。俺が簡単にパスタでも作ってやるか」腕まくりをして手際よく料理をはじめた。玉ねぎを切ってフライパンを器用に動かしてバターでさっと炒めている。「なー、美羽」「なに?」「ライブ見に来いよ。関係者席になっちゃうけど」「でも」「美羽に頑張っている姿を見てもらいたいな」そんなに可愛い顔で言われると断りきれないから「行く」と返事をしてしまった。
last updateLast Updated : 2025-01-17
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第四章 香りを胸いっぱいに吸い込んで12

その二日後――。雑誌に大くんと私の記事が掲載された。大くんから連絡があって気がついたのだけど……。『電話もチャイムも無視しろよ』「うん……。今のところ平和だけど……」『何かあったら事務所にすぐに連絡しろよ』「大くん。お仕事頑張ってね」昼間のワイドショーでは『紫藤大樹、一般女性と熱愛。宇多寧々と二股か?』と報道されている。堂々とできればいいのにできないのが悔しい。マンションの外に出て大声で否定したい気分だ。どのチャンネルをかけても報道は加熱していた。インターネットのニュースのトップにもある。外の世界に触れるのが嫌になり、テレビを消した。部屋の中は静まり返る。お母さんが心配して電話をかけてくれた。『美羽、大丈夫? 今どこにいるの?』「大くんの家だよ。意外にも冷静な気持ちのまま過ごせてるの。一人じゃなくて二人だから大丈夫って思えるのかもしれない。心配しないで」真里奈も千奈津も仕事を終えて心配して電話をくれた。皆心配してくれて、温かい。夜になって大くんが帰って来たから玄関まで迎えに行く。大くんの顔を見ると一気に安堵する。「お帰り」「ただいま。報道すごかったな。寧々と二股とか失礼だよな。俺は美羽しか愛してないのに」「大くん、冷静だね」「マスコミはこんなもんだよ。美羽は大丈夫か?」「意外に平気。自分でも驚いてるよ」私は台所へ行って用意していた料理を配膳する。下手っぴだけど愛情を込めて作ったのだ。なんかこうやって一緒にいると夫婦みたい。「おー、栄養満点だな。ライブも近いし体力づくりしなきゃいけないから助かる」野菜炒めと生姜焼き。苦労して作り上げた。「美味い」と喜んでくれると明日も作ってあげたくなっちゃう。食べてくれる大くんと目が合う。「仕事を辞めて、専業主婦になってもいいんだぞ」驚いて大くんの顔を見るとすごく優しい顔をしている。今までも一緒にいたいと思ったけど、本当にこの人のお嫁さんになりたいって思う。「地方の仕事だったり、海外に行くこともあるし。一緒に行ってもいいんだぞ」「迷惑じゃないの?」「家族を一緒に連れて行く人多いんだ。美羽と離れたくないから俺は大歓迎だよ。ゆっくり考えるといいさ。美羽の好きなようにしろ」そうは言ってくれたけど、まだ入籍前だし甘えてもいいのだろうか。でも、こんな風に幸せな時が続け
last updateLast Updated : 2025-01-17
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第四章 香りを胸いっぱいに吸い込んで13

二人で食事を終えて会話をしているとチャイムが鳴った。時計を見ると二十二時を過ぎている。大くんがインターホンに出ると小桃さんと寧々さんだった。ドアを開けに行った大くんは、二人を連れてリビングまで入ってきた。寧々さんを見ると明らかに憔悴しきっている。「美羽ちゃん、こんばんは。寧々さんがどうしても謝りたいって。というか、謝りなさいって教えてあげたの。遅い時間にごめんね」小桃さんがウィンクした。「ま、座ってください」大くんの言葉で小桃さんと寧々さんはソファーへ腰を降ろした。「私、お節介かもしれないけど。美羽ちゃんに幸せになってほしい。それと同じように寧々さんにも幸せになってほしいと思って。その第一歩として謝ることだと思って。自分の気持ちに決着を付けないといけないでしょ。ね、寧々さん」寧々さんは「ええ」と小さな声で言った。笑顔すら作らない寧々さんは、魂が抜けたような力ない顔をしている。何から話せばいいのか困った表情をしながらも、寧々さんは口を開いた。「今まであたしに声をかけられて落ちない男はいなかった。でも、大樹はあたしに興味を示さなかったから……悔しかったの。絶対に自分の恋人にしてやる、旦那にしてやるって気持ちでいるうちに……本気で好きになってた」表情を変えずにマグカップを見つめたまま寧々さんは涙をポロッと落とした。同世代の大人の女性が人目も気にせず泣くなんて、よほど大くんのことが好きなのだろう。だからと言って譲る気にはなれない。私だって大くんを心から愛しているんだから。「大樹が美羽さんを愛していると知って悔しかった。だって、どこにでもいそうな人だったから」たしかに、私はどこにでもいそうな人間だ。大くんがどうして私を愛し続けてくれたのか、わからない。「美羽はどこにでもいそうな人じゃない。俺にとっては世界で一番の女だ」冷静な表情で真っ直ぐ寧々さんを見つめたまま、そんな恥ずかしいことを言うなんて思わなかった。小桃さんは「あら、お熱い」と独りごちる。「ええ。今では理解したつもり……」「美羽に出会わなければ、俺は生きていなかったかもしれない」ご両親もお兄さんも失った中、頑張って生きていた大くん。きっと、想像を絶するほど辛かったよね。「嫉妬の塊でマスコミに過去を流したのは……あたしなの。そのせいで美羽さんは会社を休まされて嫌がらせに
last updateLast Updated : 2025-01-17
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第四章 香りを胸いっぱいに吸い込んで14

「寧々。俺は寧々に感謝してる。俺と美羽には過去がある。俺が芸能人をしている限りいつ世間に知られても仕方がないことなんだ。自分で言えることでもないから助かったよ。これからは堂々としようと思ってるんだ」大くんは優しい笑顔を浮かべた、その言葉を聞いて安堵の表情を浮かべる寧々さん。小桃さんも、穏やかな顔で見守ってくれた。「……幸せになってね。もう、迷惑かけないから」「ああ、寧々も。寧々には、本当に感謝しているから。これからも、美羽と寧々を応援するから」大くんの言葉に私もうなずいて寧々さんを見ると、泣き顔から笑顔に変わった。その表情も絵になるほど美しい。「小桃さん、ありがとう」寧々さんは小桃さんの方に向いて頭を下げた。「あなたは本当に才能がある大女優になるわ。私、結構予想が的中するの。だから、心も磨いてほしかったの」昔から小桃さんは少し変わっていたけど、すごく器の大きい人だった。こうやって皆をつなげてくれた小桃さんには、感謝しなきゃ……ね。「じゃあ、夜も遅いし帰ろう」立ち上がった小桃さんに寧々さんはうなずいた。そして私を見て「遊びに来てもいい?」と質問された。「勘違いしないでね。友達があまりいなくて寂しいだけなの。……ま、要するに……あたしと友達になって」上から目線だけど精一杯照れながら言っている寧々さんは、なんだかとても可愛い。テレビや雑誌では見ない新たな一面を見た気がした。「はい、喜んで」「ありがとう」二人を見送り、大くんと二人きりになった。「美羽、いろいろありがとうな。やっぱり、俺にはお前しかいないわ」優しく抱きしめてキスをしてくれた。リビングに繋がる廊下の壁に押しつけられて、いつも以上に甘く激しいキスをくれる。「美羽、愛してる」「大くん」嬉しくて自ら唇をくっつけると、大くんの舌が絡められた。私の髪の毛に手を差し込んで頭を固定して唇を重ねる。愛しすぎてるから、この先もしたいってついつい思ってしまった。それを察したのか胸の膨らみに手が添えられた。ピクッと反応してしまうと、クスクスって笑われた。「美羽は敏感だな。可愛い」「恥ずかしい」顔が熱くなっていく――。「大くん……っ、駄目だってば。早く寝よう」これ以上触れられると、本当に大くんを押し倒したくなる。大くんの体はどうすれば治るのかな……。「わかった
last updateLast Updated : 2025-01-17
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第五章 一生懸命にパフォーマンスする姿1

第五章 一生懸命にパフォーマンスする姿今日はCOLORのライブだ。朝から楽しみだったが、久しぶりに外へ出るので緊張する。大くんを見送った。日中は掃除をして洗濯をして落ち着かない時間を過ごす。午後からはインターネットで料理の勉強をする。「ああ、いつまで出社できないのかな」このままだと、退職することになるのではないかと不安になっていた。一生懸命働いてきたから職場を失うのは切ない。やり残したこともある。仕事を失ったらどうやって生きていけばいいのだろう。時間になり外出の準備をする。あまり目立たないようにグレーのワンピースを着て黒いコートを羽織った。帽子も被ってサングラスなんかしてみる。「似合わない……」鏡を見るとかなり怪しいけど、雑誌の記者に追いかけられるのは怖い。変装をして存在を隠した。本当は大好きな大くんのライブだからお洒落したいところだけど、我慢しなきゃ。地味で存在感を消した格好をしたおかげで、コンサート会場までバレずにたどり着けた。安心して関係者席に座っていると、大くんの事務所大澤社長が来て、私の隣の席に座る。「美羽さん」「は、はい……」「今後の大樹の人生を頼むわね。もしかしたらまったく売れなくなるかもしれないけど、どんな時も支えてあげてほしいの」「わかりました」今までは目の敵にされていたけど、今日はすごく優しい目をしている。「事務所としても大きな決断よ。でも、紫藤大樹の持っているタレント力を信じることにする。あの子が私の夢を叶えてくれた人だから」「……夢、ですか?」「芸能事務所を作って世の中にタレントを送り出して、人々がエンターテイメントを楽しむお手伝いをしたい。……これが、夢だったの。事務所が成功したのはCOLORのメンバーのおかげなのよ。だから、今度は彼らの夢を叶えてあげたいの」ライブ会場であるドームには、ほとんどお客さんが埋まっていた。「大樹の夢は温かな家庭を作ること。赤坂は絵がうまいの。個展を開きたいんだって。黒柳は自分で作詞作曲をしてプロデュースしたいんだって」「皆さん、素敵な夢ですね」「美羽さんは……?」「そうですね」できることなら大くんの赤ちゃんを産みたい。その夢は叶う日が来るのだろうか。「いっぱいあります」「そう。お互いに叶えていきましょうね」「はい」「そろそろはじまるわよ」
last updateLast Updated : 2025-01-17
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第五章 一生懸命にパフォーマンスする姿2

会場が真っ暗になると大歓声が湧き上がる。そしてステージの照明が点くとCOLORの代表曲と共にメンバーがステージに登場。軽やかにダンスして歌う姿が画面に大きく映し出される。汗がキラリと光っていて一生懸命にパフォーマンスする姿に心が震えた。こんなにすごい人の奥さんになるなんて信じられない。ファンの皆さんは応援してくれるだろうか。胸に響く音楽の中、いろいろと不安の中にいた。感動の中アンコールまで終えたがステージはまだ明るいまま。他にあるのかなとその場で留まっているとCOLORメンバーがステージに再び上がってきた。キャーキャー言う声援が収まると大くんがマイクを握った。「皆さんにお知らせがあります」いつもより真剣な口調で言う。静まり返る会場内。緊張感が漂っている。COLORを見つめるファンは、不安そうにペンライトを握りしめている。「先日の報道についてですが、一部誤りもありましたが事実です。十年前に彼女と出会い恋に落ちました。彼女のお腹には子供が宿りましたが、お腹の中で亡くなりました。その頃、COLORとして活動をしていた僕を応援してくれた彼女は、僕との別れを選びました」ゆっくりと、でもハッキリとした口調で語る大くんの姿をじっと見つめる。赤坂さんと黒柳さんもうなずきながら話をする大くんを見守っていた。「その彼女と再会しました。そして、ふたたび僕と彼女は恋をしました」大澤社長は優しい目でステージを見ている。「僕は素晴らしいファンとスタッフに恵まれてここまでやってこれました。大変に感謝しております。僕はこれから一人の男として彼女と結婚をしたいです。……皆さん、こんな俺ですがこれからも応援してくれますか?」――結婚。大くんは大勢の人の前で宣言をしてくれた。それほど、真剣に思ってくれているんだ。心が温かくなる。じわじわと込み上げてきた。しかし、会場は複雑そうな空気に包まれている。「よろしくお願いします」マイクを通さずに全力で頭を下げた大くん。私は思わず泣きそうになった。それでもファンは困惑しているようで会場は静かなままだ――。すると黒柳さんと赤坂さんもマイクを通さずに「お願いします!」と叫んでくれた。パチパチと拍手をしてくれたのは、大澤社長だ。その拍手の音がだんだんと広がっていき大拍手に包まれた。大くんの熱くて真っ直ぐな
last updateLast Updated : 2025-01-17
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