夫の元カノが帰国!妊娠隠して離婚を決意した私 のすべてのチャプター: チャプター 371 - チャプター 380

439 チャプター

第371話

修は動けなくなったまま、ただ若子をじっと見つめていた。わずか数秒のことなのに、永遠のように長く感じられた。震える唇を微かに動かしながら、修は一歩を踏み出し、若子に近づこうとした。その瞬間、西也が動き、修を止めようとしたが、矢野が必死に彼を押さえ込んで阻んだ。西也は拳を握りしめ、矢野の襟元を掴んで押しのけようとする。だが、その時、若子の声が響いた。「二人とも、来ないで!」修はまるで命令を受けた兵士のように、足を止めた。その声に、本能的に従ってしまったのだ。若子はゆっくりと立ち上がった。少しふらつきながらも、それを必死に隠して、冷静を装った。彼女は目を上げ、西也に向かって言った。「西也、ごめんなさい。ちょっと疲れたから先に帰りたいの」「俺が送っていくよ」西也は一歩前に出ようとしたが、矢野が再び立ちはだかる。「どけ!」西也は拳を握りしめ、あと一歩で殴りかかりそうだった。矢野もその様子に怯えながら、どうにかして自分を抑え込む。彼は自分の仕事のために動いているだけだったが、心中は穏やかではなかった。「西也、大丈夫だから」若子が静かに制止した。「送ってもらわなくても平気。自分で運転して帰るわ。少し一人になりたいの、」そして、彼女は少し間を置いて付け加えた。「それに、高橋さんのことをちゃんと招待してあげてほしいの」「でも......」西也は彼女の状態が心配でたまらない様子だった。「俺は......」「いいの、西也」若子は軽く微笑みを浮かべながら、彼の言葉を遮った。「もう決めたことだから、私を困らせないで」若子は、西也が話せば分かる人間であることをよく知っていた。だからこそ、落ち着いて話をすればきっとわかってもらえると信じていた。そして、事実その通りだった。西也は特に若子に対してはいつも理性的で、彼女の言葉を何よりも尊重していた。「......わかった。だけど、家に着いたら、必ず電話をしてくれ。お前の声を聞いて、ちゃんと無事だって確かめたい」若子は小さくうなずいた。彼女は荷物も持たず、スマホだけをポケットに入れていたため、そのまま出る準備が整っていた。そのまま彼女は背を向け、修のそばを通り過ぎようとした。修は反射的に手を伸ばしかけたが、その手を止めた。若子を引き止める理由が、何一つ思い浮かばなかった
last update最終更新日 : 2024-12-02
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第372話

「そのことよ」 若子は静かに口を開いた。「あの日、私は泣きながらあなたを引き止めようとした。でも、あなたはどうしても桜井さんのところに行くって聞かなかった。彼女が病気だって言ってね」 彼女の声は淡々としていたが、その言葉の裏には深い痛みが滲んでいた。「私は車であなたを追いかけた。そして、あなたが彼女に約束するのを目の前で見たの」 若子は小さく息をつきながら続けた。 「その帰り道......雨がひどくてね。病院の前で気を失った。でも、そのことをあなたには一度も言わなかったわ。今も別に話すつもりはなかった。もし西也が言わなければ、私は永遠に黙っていたでしょうね。話しても意味がないと思ったから」修は呆然と若子を見つめた。その瞳には複雑な感情が渦巻いている。彼は口を開きかけたが、言葉が出てこない。本当にそのことだけなのか?いや、それだけではないはずだ。彼の胸には、もっと重大な何かが隠されている予感が押し寄せていた。一方、西也は胸の中で静かにため息をついた。結局、若子は修に真実を明かさなかった。けれど、それでも構わない、と西也は思った。修が今日ここに現れたのは偶然ではなく、確実に計画的なものだと彼にはわかっていた。彼らはすでに離婚している。それなのに、修はまだ若子に執着している―それが西也には心配だった。もしかして......彼は若子に対して、まだ特別な感情を抱いているのか?男というのは得てして手元にあるものを大切にせず、失ってから後悔するものだ。修も例外ではない。離婚して初めて若子の価値に気づき、彼女を取り戻そうとしているのかもしれない。だからこそ、若子の妊娠のことを修に知られるわけにはいかなかった。そんなことになれば、修はそれを理由に復縁を迫ってくるだろう。そして、若子の優しい性格を考えれば、修が子どもの父親であることに罪悪感を覚え、彼の提案を断り切れなくなるかもしれない。若子は言葉を終えると、そのまま足早に出口へと向かった。修は無意識のうちに彼女を追おうと一歩を踏み出した。若子は背後の気配に気づき、冷たい声で言った。「誰も私についてこないで。それが守れないなら......もう二度と会わないから」その言葉を残して、若子は拳をぎゅっと握りしめ、足早にその場を去った。修は彼女の背中を見送るしかなかった。彼女の姿が完全
last update最終更新日 : 2024-12-03
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第373話

「お前がろくでもない奴だ」修は一言ずつ噛み締めるように、歯ぎしりしながら吐き捨てた。その目には燃えるような怒りの炎が宿っている。二人は互いに一歩も引かず、至近距離で向かい合っていた。どちらも身長は180センチを超え、放たれる威圧感は尋常ではない。視線がぶつかるたび、周囲にはピリピリとした緊張感が張り詰め、まるで爆発寸前の火薬のようだ。その場の誰もが二人の怒りの矛先が自分に向かないよう、自然と距離を取った。矢野も例外ではなく、後ずさりしてさらに安全な場所へと退く。彼らを知る者ならば誰でも理解している―この二人は決して関わってはいけない男たちだ、と。西也は目を細め、冷たい光をその瞳に宿しながら静かに言った。「それで?藤沢、お前が言う『いい人間』ってなんだ?」彼は修に一歩近づき、低く嘲るように続ける。「自分の妻を守れない男が『いい人間』を名乗る資格なんてあるのか?そう思わないか?」修に「ろくでなし」呼ばわりされるとは―西也はその滑稽さに思わず鼻で笑いたくなった。確かに自分は決して「いい人間」ではないが、それを言う資格が修にあるとは思えない。二人の間に漂う怒りは、今にも爆発しそうなほど膨れ上がっていく。矢野は修に長年仕えてきた。彼の性格や癖も熟知しているし、どんな場面でも冷静でいる自信はあった。だが、今の状況はさすがに彼の心を乱した。目の前の二人―修と西也は、どちらも冷静さを完全に失っていた。理屈や道理が通じる状態ではない。こうなれば、二人が頼るのは言葉ではなく拳だ。感情のぶつかり合いが最高潮に達し、理性が吹き飛べば、戦いはただの力のぶつかり合いになる。修は突然、皮肉げな笑みを浮かべた。「まあ、俺は少なくとも彼女の夫だったよ。すべてを俺に捧げてくれた彼女のな」修の声には挑発が込められている。「俺が夫として一番得意だったのは、夜のことだったけどな。信じられないなら、若子に聞いてみたらどうだ?」「藤沢!」西也は怒りのあまり制御を失い、修の胸倉を掴んだ。「お前、本当に最低だ。そんなことを言って、若子をどういう立場に置くつもりだ!」「手を離してください!」矢野が西也と修の間に割って入ろうとする。だが修は、焦るそぶりも見せず、冷静な口調で矢野に言った。「下がれ」「でも......」矢野は何か言いかけたが、修の冷たい視
last update最終更新日 : 2024-12-03
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第374話

「藤沢、あんたは自己中心的な最低野郎だ。若子がお前と結婚したのは、まったくの不幸だった。だが、ようやく離婚できたんだ。もし少しでも良心が残っているなら、もう彼女の生活を邪魔するな。若子はお前なんか必要としてない!」西也の声は低く、だがその一言一言が修の骨の髄にまで突き刺さるようだった。その言葉は、修の心に容赦なく響き渡った。まるで彼の目の前で再生される映画のように、西也の言葉が過去の出来事を思い出させた。雨の中で倒れる若子。高熱を出して泣き続ける彼女の姿。 やつれた顔、白い頬、全身に刻まれた疲労と痛み。修は、若子がそんな目に遭っていたことを今の今まで知らなかった。もしその事実を早く知っていたなら―あの夜、彼は彼女の家に押しかけたりしなかっただろう。彼女を無理やり連れ戻すような真似もせず、離婚をちらつかせて脅すこともなかったはずだ。彼女が涙を流しているのを見ても、何一つ気遣わず、ただ自分の感情を押し付けただけだった。それもこれも、くだらない嫉妬と男のプライドに飲み込まれた結果だ。修は認めたくなかったが、自分の胸の奥ではっきりと分かっていた。―西也の言葉は、すべて正しい。自分は最低だ。この結婚は、若子に何を与えただろう?彼女にどんな幸せを届けただろうか?修は考えれば考えるほど、心が痛みに苛まれた。一方、矢野はこっそりと額の汗を拭った。「......今の話を聞いてると、確かに総裁、結構なクズだよな」と心の中で呟きつつも、もちろん口には出さなかった。心の痛みは深く、容赦なく、まるで胸を刃で切り裂かれているようだった。修の目はどんよりと曇り、力を失っていた。数歩進んだところで、彼は足を止め、後ろを振り返って低く呟いた。「西也......俺はクズだ。だが、お前は哀れな負け犬だ。ハッ......」修は自嘲気味に笑い、だがその笑みはどこか虚ろで悲しげだった。だが、修には分かっていた。同じ男だからこそ、西也が若子に抱く感情は一目瞭然だった。ただ、修が永遠に「クズ」であり続けるのに対し、西也がずっと「哀れな負け犬」のままでいるとは限らない―それだけは、彼も理解していた。修が去った後、西也は深く息を吸い込み、気持ちを立て直した。彼は冷静さを取り戻しながら部屋に戻り、ドアを開けると、花が美咲と話している
last update最終更新日 : 2024-12-03
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第375話

修は若子の住むマンションの前に立っていた。少し前に、ボディーガードから「彼女は無事に家に着きました」と報告を受けていた。その時、彼女の新しい住所も教えてもらい、気づけば一人でここまで来てしまっていた。ここが若子の新しい住まいか。見上げた建物は、どこにでもあるような普通のマンションだ。彼女はここに引っ越してきた。それなのに、自分の家には戻ろうとしない。あの家―かつて彼女と自分が一緒に暮らした場所―を、彼女はもういらないと言うのだ。それってつまり、彼女は「俺」に関わるすべてを捨て去りたいってことなのか?若子、お前は一体何がそんなに嫌なんだ?俺たちの結婚そのもの?それとも......俺という存在?もしお前が結婚という形を嫌っていたのなら、もうその呪縛は解けたはずだ。それなのに、お前はなぜまだこんなにも辛そうなんだ?もしかして......嫌っているのは、俺そのもの?俺なんて、お前の世界にいない方が良かった?だから、俺をブロックしたのか?―そうか。やっぱり俺が嫌いなんだな。修は苦笑しながらポケットからスマホを取り出した。若子の番号を開き、そこにメッセージを打ち込む。そのメッセージを作るのに、なんと十分以上もかけてしまった。何度も削っては書き直し、ようやくたどり着いたのは、たった数行のシンプルな言葉。送信ボタンを押す。もちろん、届かないと分かっている。彼女にブロックされているからだ。だからこそ送れたメッセージ。彼女に決して届かない、ただの独り言。送信が完了した画面を見て、ふぅ、と小さく息を吐く。それから顔を上げると、目の前のマンションの窓を見上げた。灯りがついている部屋が一つ。「若子、お前がそれほどまでに俺を嫌うなら......もうお前の邪魔はしない」若子はトイレの前にうずくまり、必死に嘔吐していた。普段のつわりはそこまでひどくない。だけど、プレッシャーを感じたり、修のことを考えてしまうと、どうしても胸の奥から激しい悲しみと怒りが込み上げてくる。その感情はあまりにも強烈で、身体まで反応してしまうのだ。今日の夕飯には手をつけていない。朝ごはんも昼ごはんも、すべて吐き尽くしてしまい、最後にはまるで苦い胆汁さえ吐き出すようだった。すべてを吐き終えた後、若子は抜け殻のようになった。トイレの水
last update最終更新日 : 2024-12-03
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第376話

若子はポケットからスマホを取り出す。画面に表示された名前は、西也だった。しまった。このこと、すっかり忘れてた。彼女は帰宅したら電話をして無事を知らせると、西也に約束していたのだ。若子は涙を拭い去り、深く息を吸い込む。喉を軽く鳴らして咳払いをし、なんとか声を落ち着けて通話ボタンを押した。「もしもし」「若子、家には着いたか?全然連絡がないから、心配になった」若子はわずかに微笑みながら答えた。「心配してくれてありがとう、もう家にいるわ。ごめんね、連絡するのを忘れちゃって」「いや、大丈夫。無事ならそれでいい。まだ夕飯を食べてないだろう?何か持って行こうか」「いいわよ、自分で作れるから。冷蔵庫にも食材はたくさんあるし」「なら早く作りなよ。忘れるなよ、君には赤ちゃんがいるんだから。赤ちゃんだってお腹が空くだろ?君も赤ちゃんも一人じゃない。俺もいる」西也の優しい声は、彼女の心を穏やかに包み込んでくる。若子は思わず口元を手で覆い、涙がこぼれそうになるのを必死に堪えた。どうして、西也はこんなにも短い付き合いでここまで心を砕いてくれるの?私の気持ちを理解して、寄り添おうとしてくれる。一方で修は―あれだけ長い十年もの付き合いだったのに、彼は私に何一つ分かろうとしなかった。私の気持ちも、私の愛も、全部。きっと、彼が理解できたのは桜井だけだ。彼の心には、もう一人の女性が入る余地なんて最初からなかったのだろう。若子は泣き声を抑えようと必死だったが、わずかに漏れたすすり泣きが指の隙間から洩れる。電話の向こうでその音を聞き取った西也は、すぐに焦りの色を見せた。「若子、何があったって、君は決して一人じゃないから」若子は目を固く閉じ、涙がこぼれ落ちないよう必死にこらえていた。胸の中に押し寄せる悲しみを、何とかして抑え込む。こんな感情に溺れてはいけない。自分を取り戻さなければ。本来なら、自分を大切にしてくれる人たちや、幸せな気持ちにしてくれる出来事に目を向けるべきだと分かっている。けれど、人間とはどうしても苦しみの感情ばかりを深く心に刻みつけてしまい、楽しいことを見落としてしまうものだ。「ありがとう、西也。ちょっと一人になりたいの。心配しないで、大丈夫だから。ただ、少し落ち着きたいだけ。気持ちが整ったら、また連絡するわね」
last update最終更新日 : 2024-12-04
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第377話

若子は慌てふためきながら、数秒かけて深呼吸をした後、恐る恐るカーテンの隙間を少しだけ開け、下を覗いた。すると、修はまだそこに立っていて、まるで彼女を見つけたかのように顔を上げている。若子は驚きで体が固まり、怯えた小鹿のようにカーテンをすぐさま閉じた。彼、上がってくるつもり?胸がざわめく思いで考えを巡らせた若子は、意を決してスマホを手に取り、修の番号を押した。彼女は修の番号をブロックしているため、修からの電話はかかってこないが、こちらから発信することはできる。ただ、もし修が彼女の番号をブロックしていたら、それも叶わない。緊張しながら待つと、しばらくしてスマホから着信音が響く。修が彼女をブロックしていないことが分かり、若子は小さく息を吐いた。十数秒後、低く重い声が聞こえてきた。「もしもし」「修、あんたって本当にストーカーだね。なんで私の家までついてくるのよ!」「お前の家って、本当にここなのか?」修が静かに問いかけてくる。「どこに住むかは私が決めるの。私が住んでいる場所が私の家よ。それで十分でしょ?それなのに、なんであんたがついてくるの?」「別に理由なんてない。ただ、気がついたらここに来ていただけだ」修の声は淡々としていて、動揺の気配など微塵もなかった。「お前が嫌なら、すぐに帰る」「帰ってよ!さっさと帰って、二度と来ないで!私、あんたなんか見たくない!」「それが、お前が俺をブロックした理由なのか?」修の声には少し掠れた響きがあった。「お前はもう二度と俺を見たくないんだな。離婚しても解放される気はしない?俺が消えないと、お前は満足できないのか?」若子の心の奥底から湧き上がった強烈な悲しみが、脳内を駆け巡る。視界がどんどんぼやけていき、目の前の灯りすらも霞んで見えなくなった。「修......」若子は喉の奥から声を絞り出すように言った。「あなたが桜井さんのために離婚を切り出したその瞬間から、私たちはお互いの世界から消えるべきだったのよ。これからは、あなたはあなたの人生を、私は私の人生を生きていくべきだわ」「ただの他人として干渉せずに?」修の声にはどこか信じられないという響きがあった。彼女がこれまでにも何度も口にしてきた言葉であるにもかかわらず。若子は苦しそうに目を閉じた。「そうよ」「......ふっ」修が短
last update最終更新日 : 2024-12-04
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第378話

修は重く口を開いた。「そうだな。お前の言う通りだ。愛していないなら、愛していない。それが十年で変わらないなら、もう手放すしかない」「手放す」その二文字は、毒を塗られた刃のように、若子の心臓を深く突き刺した。胸にぽっかりと穴が開いたようで、痛みに意識が飛びそうになる。感情が抑えきれず、若子はスマホ越しに怒鳴りつけた。「私はもう桜井さんとのことを認めたわ!彼女と結婚すればいいでしょ!もう私に関わらないで。私はあんたが大嫌い!あんたなんて見たくもない!」叫ぶように言い切ると、彼女は電話を一方的に切り、力尽きたように床に崩れ落ちた。涙が止まらない。修、あんたは最低よ!分かってる、あなたが私を愛していないことなんて、もう分かってる。でも、私はもう手放したじゃない。なのに、なんでそんなにストレートに言うの?どうしてそんな言葉で私を傷つけるの?*一方、修は手をだらりと下げ、力なく車の窓にもたれかかった。ぼんやりと若子の窓を見上げながら、呆然と考える。十年で愛せなかった。だったら、どうしようもないだろう?若子、俺はこれで手放したはずだ。でも、なんでお前は俺を完全に追い出さないと気が済まない?俺がどれだけ近づこうと、どれだけ気にかけようと、それは全部お前にとってただの迷惑だったのか?そんなに嫌われているのか、俺は......なぜ......目が赤くなり、彼の瞳には説明しようのない悲しみが漂っていた。肩が大きく上下し、激しい呼吸音が闇夜に響く。空はすでに暗く、街灯がちらちらと明滅している。そのぼんやりとした黄色い光が、修の端正な横顔に影を落とし、儚く寂しい雰囲気をまとわせている。修はただ若子の窓をじっと見つめ続けた。十数分が経ち、ついに視線を落として車のドアを開ける。そして数分後、突然マンションの玄関が開き、若子が駆け出してきた。「修!修!」若子は修がいた場所まで駆け寄った。彼はすでに遠くへ去り、跡形もなかった。「修!」若子は名前を叫び続けた。声を張り上げ、必死に呼びかける。ついには力尽き、草地に膝をつき、そのまま座り込んでしまった。「修!」どうしてだろう。自分でも分からない。あんな残酷な言葉を投げつけた後、胸の中に押し寄せた強烈な後悔が彼女を突き動かしていた。だから、走り出してしま
last update最終更新日 : 2024-12-04
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第379話

若子は少し頭がくらくらしていて、確かに支えが必要だった。少年に感謝の笑みを向けると、そっと手を差し出した。少年は彼女を丁寧に地面から起こし、慎重かつ礼儀正しい動きで彼女を支えた。若子が立ち上がると、再び頭がふらつき、体が不安定になってしまう。少年はすぐに彼女の腕を掴み、体を支え直した。「お姉さん、向こうのベンチに座って少し休みましょうか」近くには人が休めるように設置されたベンチが見える。若子は自分の足がこれ以上動かないことを感じ、頷いて了承した。二人はベンチに腰掛けると、少年が彼女に水のボトルを差し出した。「お姉さん、水飲んでください」「いいえ、大丈夫です。ありがとう」見知らぬ人から渡される水に、若子は本能的に警戒して断った。たとえ本当に喉が渇いていても。「お姉さん、怖がらなくてもいいです。僕は悪い人じゃない。僕もここに住んでいます。この水はさっきコンビニで買ったばかりで、まだ封も開けてないんです。本当に飲んでくださいよ。だって、唇が乾いて割れてますよ」少年の瞳が、まるで子犬のように愛らしく、潤んだ星のような輝きを浮かべて彼女を見つめてくる。その視線に、悪意があると疑う余地はまったく感じられなかった。さらに、目の前の少年の容姿は驚くほど整っていて、白く滑らかな肌に澄み切った杏形の瞳が特徴的だった。高身長でスリムなスタイルは均整が取れており、全体から溢れる健康的なエネルギーと、自信に満ちた爽やかな雰囲気が際立っている。特に「お姉さん」と呼ぶ時の甘えたような声が耳に心地よく、思わず心が揺れてしまうほどだ。もし彼が「お姉さん、一万円貸してくれませんか」と頼んできたとしても、その声に負けて財布を開けてしまいそうな気がするほどだった。若子は不思議と彼を拒むことができない気持ちに襲われた。この子犬のような少年を拒めば、彼が悲しそうに泣き出してしまうような気がしてならない。彼女は軽く頷き、水を受け取ろうと手を伸ばした。ところが、少年はその瞬間、ボトルをさっと引っ込めた。若子は何が起きたのかと思ったが、少年はボトルのキャップを捻って開け直し、彼女に差し出した。「お姉さん、キャップが少し硬かったので、開けておきましたよ」なんて気配りが行き届いているのだろう。若子はこの少年がどこから現れたのか、全く見当がつ
last update最終更新日 : 2024-12-04
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第380話

「さっき、下にいた男を見ました。すごく怒っているように見えて、その後車で行っちゃったんです。それから少しして、お姉さんが下に降りてきて、ずっと誰かの名前を泣きながら呼んでました」「怒ってた、ですって?」若子は苦笑した。あんなことを言っておいて、どうして怒れるの?十年も愛していなかったなんて、はっきり言ったじゃない。「その人、お姉さんの彼氏ですか?」「彼は......」若子は苦い笑みを浮かべた。「彼は私の元夫よ。離婚したばかりなの」「そうなんですか。それなら、どうしてお姉さんはその人のことで泣いてるんですか?」若子の目尻にはまだ涙が残っていた。それでも、彼女はそっと微笑む。けれど、その笑顔にはどこか悲しみが滲んでいる。「......もう泣かないわ。これからは泣かない」「そうそう、その調子です!」少年は元気よく言った。「お姉さんみたいないい人が泣く必要なんてありません!離婚なんてきっとその男が悪いに決まってますよ。お姉さんは全然悪くないです。もっと幸せにならなくちゃ!」若子は少年の真っ直ぐな瞳をじっと見つめた。「どうしてそこまで信じてくれるの?さっき会ったばかりで、私が悪くないってどうして思えるの?」「それは当然です!」少年は力強く頷いた。「お姉さん、すごく綺麗だから、悪いはずがない!」若子は思わず吹き出してしまった。「綺麗なら悪くないって、そんなことあるの?それなら、私の元夫もすごく見た目がいいわよ。どうして彼だけが悪いって思うの?」「僕は綺麗なお姉さんが好きで、綺麗なダメ男は好きじゃないんです」少年は柔らかい声で答えた。「お姉さんはこんなに素敵だから、絶対もっといい人が見つかりますよ。だから、もうダメ男のことなんて気にしないで!」その声は暖かみのある水のようで、一滴一滴が若子の心に沁み込んでいくようだった。どこか心地よく、癒される響きだった。若子は自然と心が軽くなるのを感じ、穏やかに微笑んだ。「ありがとう。あなたの言葉、忘れないわ」「その調子です!ダメ男なんて、どこまでも遠ざけておけばいいんです。そんな奴は一生幸せになんてなれませんよ!」少年の声には、まるで正義の炎が燃えているかのような力強さがあった。若子は口を開きかけたが、何と呼べばいいのか分からず言葉に詰まった。「あなたの名前は?」「お姉さ
last update最終更新日 : 2024-12-05
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