ホーム / 恋愛 / 離婚後、恋の始まり / チャプター 671 - チャプター 680

離婚後、恋の始まり のすべてのチャプター: チャプター 671 - チャプター 680

773 チャプター

第671話

雅之は里香を見つめ、短く言った。「走れるか?」「うん、走れる」里香は力強く頷いた。雅之は彼女の手をしっかり握り、天井に目をやった。その視線の先には、今にも崩れ落ちそうな梁がぐらついている。彼の瞳に一瞬冷たい光が宿った。「走れ!」二人は出口に向かって全速力で駆け出した。炎が衣服を舐めるように迫ってくるが、そんなことを気にしている暇はない。ただ出口だけを目指して、必死に走った。「ガシャン!」突然、頭上から木材が裂ける音が響いた。里香の胸はぎゅっと締め付けられたが、考える間もなく、強い力で前に押される。「ドスン!」振り返る間もなく、背後で重いものが落ちる音がし、炎が一瞬だけ弱まった。振り返った里香の顔は真っ青になり、目に飛び込んできたのは梁の下敷きになった雅之の姿だった。炎が彼の体をすぐそこまで飲み込もうとしている。「雅之!」叫びながら、里香は再び中へ飛び込んだ。梁の下で動けなくなっている彼を見た瞬間、里香の胸は痛みで張り裂けそうになり、これまで築いてきた心の壁が崩れ落ちた。涙が止めどなく溢れ出した。「行け、早く行け!」里香が戻ってきたのを見て、雅之は鋭い声を上げた。その瞬間、胸に激痛が走る。肋骨が折れているのだろう。体中が焼けるような痛みでいっぱいだったが、それでも炎は容赦なく彼を飲み込んでいく。その時、ボディーガードたちが駆け込んできて、梁を押し上げた。雅之は体が軽くなるのを感じたが、次の瞬間、視界が真っ暗になった。意識を失う直前、誰かが彼の顔をそっと包む感触を覚えた。その手は不思議なくらい暖かかった。握り返そうとしたが、力が入らなかった。斉藤は再び警察署に連行された。今回は誘拐と恐喝、それに加えて殺人未遂の容疑。前科もあり、彼の残りの人生は刑務所の中で終わることになりそうだった。病院に駆けつけたかおるが見つけたのは、疲れ切った様子で椅子に座り、床をじっと見つめている里香だった。「里香ちゃん……」かおるはそっと彼女の肩に手を置いた。「大丈夫?怪我してない?」里香は少しだけ顔を上げた。灰が顔に付いていて、髪は乱れ、頬には手の跡がくっきり残っている。赤く腫れた目で、かすれた声を絞り出した。「私は大丈夫。でも、雅之が……」かおるは複雑な思いを胸に抱えた。まさか開廷を控えた前日にこ
続きを読む

第672話

里香のまつげが微かに震えた。でも、何も言わないままだった。雅之にそんな過去があったなんて、かおるも少し驚いていた。彼女は何か言おうと口を開いたが、考えた末に結局黙り込んだまま。心配そうな目で里香をじっと見つめていた。どうするかは、里香次第だ。静まり返った空気の中、どれくらい時間が経ったのだろう。突然、救急室の扉が開き、雅之がストレッチャーで運び出されてきた。月宮が一歩前に出て尋ねた。「容体はどうですか?」里香も立ち上がろうとしたが、足元がふらついてしまった。かおるが慌てて支えて、なんとか倒れずに済んだ。「肋骨が2本折れていますが、それ以外に大きな損傷はありません。あとはしっかり治療すれば大丈夫です」医者がそう説明すると、雅之はVIP病室に運び込まれた。月宮はすぐに看護師を手配し、24時間体制で看護を受けられるように段取りをつけた。病室のベッドの横に立ち、意識の戻らない雅之の顔をじっと見つめる里香。しばらく無言のままだったが、そっと手を伸ばして彼の顔を軽くつついた。「雅之……痛い?」低くかすれた声で、ほとんど聞き取れないほど小さく尋ねた。かおるは胸が締めつけられるような気持ちになり、涙をこらえるように瞬きをしながら声を絞り出した。「里香ちゃん、雅之は大丈夫だから、今日は家に帰って少し休んだら?その方が楽になるよ」「……うん」今回は里香も静かにうなずいた。月宮は何か言いたそうに里香を見ていたが、結局何も言わなかった。里香も目を合わせず、かおると一緒に病室を後にした。だが、里香たちが去ってからしばらくして、雅之が目を覚ました。彼は反射的に辺りを見回し、里香の姿を探したが、そこにいたのは月宮だけだった。「里香は……?」雅之が弱々しい声で尋ねると、月宮は鼻で笑いながら答えた。「お前、そんな状態なのにまだ彼女のことが気になるのかよ。もう帰ったぞ」雅之は目を閉じ、酸素マスク越しに重いため息をつきながら、ぽつりと聞いた。「里香……怪我してない?」「してないよ」それを聞いた雅之の表情が少し緩んだ。「それなら、良かった……」月宮は彼をじっと見つめた後、冷たく言い放った。「こんなことして、意味あるのか?彼女、全然心動かされてる様子なかったぞ。明日の裁判、結局お前は横になったままでも出なきゃ
続きを読む

第673話

その言葉に、里香は急に体を起こしたが、すぐに冷静さを取り戻し、こう言った。「彼、病院にいるんでしょ?こんな状態なら、医者を呼ぶのが先じゃないの?」月宮の声色が少し冷たくなった。「でもさ、彼、ずっと君の名前を呼んでるんだぞ、里香。君たち、これまでいろんなことを一緒に乗り越えてきただろう?すぐ離婚するにしても、完全に縁を切るってわけじゃないだろう?それに、彼が怪我してるのも、君のせいじゃないか。顔を出すくらい当然だと思うけど?」里香は一瞬目を閉じ、大きく息をついてから答えた。「わかった、すぐ行く」電話を切ると、彼女は手早く服を着替え、車の鍵を掴んで家を出た。病院に着くと、医師たちがちょうど雅之の容態を診ているところだった。 「里香……里香……」病室に近づくと、雅之の微かな声が聞こえた。彼は小さく彼女の名前を繰り返していた。里香は一瞬足を止め、ためらいつつも彼のそばに歩み寄り、その手をそっと握って言った。「ここにいるよ」すると次の瞬間、雅之が彼女の手を強く握り返した。小さなつぶやきは止まり、彼の容態は少しずつ安定していった。その様子を見た月宮がぽつりと言った。「そばにいてやれよ。熱が下がるまで付き添ってあげなさい」里香は何も言わず、椅子に腰を下ろし、雅之の顔をじっと見つめた。その眉間には深い皺が寄り、手は熱く、体温もまだ高い。時がゆっくりと過ぎていく中で、不思議なことに、彼の熱は徐々に引いていった。そっと手を引こうとすると、雅之の手はしっかりと握ったままで、放そうとはしなかった。「ふぅ……」と、里香は大きな欠伸を一つし、そのまま握られた手を見つめていたが、結局諦めてそのままにした。月宮はその様子を静かに見守ると、小さな足音を立てて病室を出ていった。病室は静まり返り、里香はベッドの横に顔をうずめ、そのまま眠りについた。翌朝、病室に朝日が差し込む頃、里香は目を覚ました。同じ体勢で一晩過ごしたせいで、片側の体が痺れていた。「痛たた……」と小さく呟きながら顔を上げると、雅之と目が合った。彼の目は覚めていて、どれくらいの間こうして見つめていたのか分からない。「気分はどう?」里香が尋ねると、雅之はじっと彼女を見つめながら答えた。「……めちゃくちゃ痛い」里香は少し唇を引き締めてから手を引っ込め、ゆっ
続きを読む

第674話

雅之は目を閉じた。見るからに弱り切った様子だ。里香はそんな彼をじっと見つめた後、何も言わずにくるりと背を向け、その場を離れた。お腹が空いていたので、朝食を食べに出かけることにした。朝食の店に着いた頃、かおるから電話がかかってきた。「里香、こんな朝早くどこ行ってるの?」「病院だよ」里香がそう答えると、かおるは一瞬言葉を詰まらせてから尋ねた。「まさか雅之が死んだか、裁判に出られるか確認しに行ったわけじゃないよね?」「かおる、センスあるね」里香は少し口元を上げてそう言った。「だって、他に考えられないじゃない。愛情で病院行ったんじゃないなら、何なの?」「昨日からずっと病院にいたの」「……今更になってまだ情が残ってるってこと?」「……」かおるの軽口のおかげで、沈んだ気持ちが少し軽くなった里香は簡単に事情を説明した。すると、かおるは鼻で笑いながら言った。「計算高い男だね。絶対わざとだよ。でもさ、わざとできる余裕があるのが一番ムカつくんだよね」「裁判が延期になりそうだから、まず弁護士に連絡するわ」と里香は苦笑いしながら言った。「了解!」電話を切ると、里香は弁護士2人に連絡を取り、状況を説明した。弁護士たちは特に問題ないと言い、裁判日程の変更は何の影響もないと答えた。電話を切った里香は、静かに朝食を再開した。ところが、その時不意に目の前に人影が現れた。顔を上げると、祐介が何とも言えない表情で立っていた。「祐兄、どうしてここに?」里香は首を傾げながら尋ねた。祐介は彼女の正面に腰を下ろした。その陰りのある顔には複雑な感情がにじんでいる。「里香、あいつのところに戻るつもりなのか?」食べ終わった里香は紙ナプキンで口元を拭い、スタッフを呼んで会計をしながらこう言った。「戻るつもりなんてない。ただ前を向いてるだけよ」「でも病院にいたんだろ?しかも一晩付き添ってたって……里香、あいつは君にあんなことしたんだぞ。それでもまだ一緒にいたいってのか?」祐介は感情を抑えられず、心の中の本音を口に出した。「君が欲しいものは、全部俺があげられる。でも雅之だけは諦めろ。あいつは君に相応しくない」里香は静かに目を閉じ、小さく息をついた。そして微笑みを浮かべながら言った。「祐介兄ちゃん、今までいろいろ助けてくれ
続きを読む

第675話

祐介は無意識に追いかけようとしたが、月宮に腕を掴まれた。「喜多野さん、里香が君を拒んでるの、まだ分からないのか?そんなにしつこくしたら、嫌われるだけだぞ」月宮は薄く笑みを浮かべながら揶揄するように言った。祐介は冷たく睨み返し、「お前に関係ないだろ」と言い放った。「どうして関係ないんだ?」月宮は眉を上げて言い返した。「彼ら、まだ離婚してないんだぞ。里香は俺の親友の奥さんだ。それに、その親友は今病院で寝たきりだ。黙って見過ごすなんてできるわけがないだろ?」月宮は祐介を頭の先からつま先まで値踏みするように見下ろし、軽蔑の色を隠さず続けた。「それにな、もし里香を口説く奴がまともな人間だったら、俺も黙ってたかもしれない。でも、蘭を利用して喜多野家で地位を築いておきながら、里香に優しくして気を引こうだなんて、正直言って気持ち悪いんだよ」祐介の顔が険しく歪んだ。月宮は彼の肩を軽く叩き、吐き捨てるように言った。「下劣な奴はこれまで何人も見てきたが、お前ほどの下劣さにはお目にかかったことがないな」そう言うと、月宮はさっさと踵を返して立ち去った。皮肉をぶつけて気が晴れたのか、今度は雅之にその手柄話でも自慢してやろうという魂胆らしい。祐介は静かに両手を握りしめ、怒りを噛み殺した。その時、スマホが鳴り始めた。目を閉じて気持ちを整え、画面を見ると蘭からの着信だった。「……はい」電話を取った祐介は、すでに感情を押し殺している。「祐介兄ちゃん、どこにいるの?なんか急に会いたくなっちゃって」蘭の明るい声が耳に響いた。「外で朝ご飯を食べてる。すぐ帰るよ」祐介はそう言いながら、里香がさっきまで座っていた席に腰を下ろし、彼女と同じ朝食を注文した。「そっか。じゃあ待ってるね。早く帰ってきて」「分かった」電話を切ると、祐介は機械的に食事を始めた。まるでそれが里香との距離を縮める一歩になるとでも思うように。だが今の彼には、里香と一緒になるためにはすべてを捨てる覚悟が必要だった。それでも、やっとの思いで掴んだこの地位を、簡単に手放せるものではない。復讐はまだ終わっていない。自分には、ここで諦めるわけにはいかない理由がある。だから今は、外部の力を利用してでも目標を成し遂げるしかない。そして、その時が来たら……堂々と里香を追いかけれ
続きを読む

第676話

病院に戻った月宮は、雅之に朝食屋での出来事を色々話した。雅之はしばらく聞いていたが、突然彼を遮った。「本当に、彼女がそう言ったのか?」月宮は一瞬戸惑ったが、すぐに何を聞いているのか理解した。雅之が気にしているのは、里香が祐介の告白を拒絶した件だった。月宮は頷きながら言った。「うん。里香、ちょっと困惑してる感じだったよ。祐介の告白、予想外だったんだろうね」雅之は眉をひそめた。つまり、里香は祐介を好きではないということか。その知らせを聞いて、本来なら嬉しく感じるべきなのに、なぜか心が重くなった。里香が気になる相手が祐介じゃないとなると、もしかして星野なのか?そう考えると、雅之の表情はますます険しくなった。そもそも、里香の周りには男が多すぎて、ライバルが絞りきれない。雅之は手を伸ばし、月宮を睨むように見つめた。「スマホ、貸せ」月宮はスマホを差し出しながら、「何するつもりだ?」と尋ねた。雅之はスマホを受け取ると、聡に電話をかけ、冷たい声で言った。「星野を解雇しろ」「え?なんで?」聡は明らかに寝起きで、声が少し掠れていた。雅之は淡々と答えた。「命令だ」聡は反抗的に「嫌です」と言った。雅之は黙っていた。聡はしばらくして、何かを思い出したようににやりと笑って言った。「もしかして、里香が星野くんを好きになるのが怖いとか?そんなに自信ないんですか?」雅之は無表情のまま電話を切った。聡は軽く笑いながら、「ほんと、自信ないんだな」と心の中で思った。月宮は彼の険しい表情を見て、疑問を投げかけた。「誰を解雇するんだ?」雅之は目を閉じ、疲れた様子で言った。「うるさい。お前も消えろ」月宮は悔しそうに歯を食いしばりながら、「お前この野郎!話終わってないだろ、最後まで聞けよ!」と叫んだ。その後、里香は一眠りして午前10時半に目を覚ました。ベッドでしばらくスマホをいじった後、昼食を作り始めた。二人とも好きな料理を作った。香ばしい匂いがキッチン中に漂い、見るだけで食欲がそそられた。「うーん、いい匂い!」かおるが匂いにつられてやってきて、目を輝かせた。里香はにっこりと笑って言った。「ほら、席について待ってて」「了解!」かおるは素直に振り返り、キッチンを出て行った。里香が料理を完成させ、テーブルに
続きを読む

第677話

月宮は不思議そうに顔をしかめて、「一体、何が起こってるんだ?」雅之は眉をひそめながら言った。「わからないけど、あの料理の匂いを嗅ぐと吐きそうになる」月宮は顎に手を当て、考え込むようにしながら、「じゃあ、俺が作らせた料理を届けさせてみるか」雅之は何も言わず、虚ろな目で目を閉じた。カエデビルにて。里香とかおるは食事を終え、リビングでゲームをしていた。「里香ちゃん、早く助けて!」「えっ、私たち二人とも死んじゃった!」「ちょっと、このジャングラー、経済力高すぎじゃない?」かおるの悲鳴が何度も響く。ゲームに負けると、彼女はベッドに倒れ込むけど、新しいゲームが始まると元気を取り戻す。一方、里香はずっと無表情のまま、相変わらず下手なままだった。その時、電話がかかってきた。ゲームをしていた里香は、スピーカーモードにして、ゲームをしながら応答した。「もしもし?」月宮の声が聞こえてきた。「里香、ちょっとお願いがあるんだ」かおるはすぐに近寄ってきて言った。「うちの里香ちゃんを頼るなんて、出場料が高いよ?払える?」月宮は冷たく言った。「里香に話してるんだ、黙ってろ」里香は平然と「かおるの言う通りだよ」と答えた。月宮は一瞬黙った後、言った。「ちょっと病院にご飯を届けてもらえないか?いくら高くても出すよ」里香はスマホの画面をじっと見つめて、不思議そうに聞いた。「一回で200万。払えるの?」月宮は歯を食いしばりながら、「払う!」「じゃあ、いいよ」と里香は承諾した。一回のご飯で200万稼げるなら、稼がなきゃ損でしょ!それに、雅之の金だし。ゲームがひと段落ついたところで、里香はキッチンに向かった。かおるが後ろからついてきて、「本当に料理作るの?」里香は振り返りながら、「こんな儲かる仕事、どこで見つける?」かおるは黙り込んだ。確かに、他にはない。仕方ない。お金のためだし、気にしない!里香はシンプルな料理を作った。二品とも野菜料理で、消化に良さそうなもの。病院に持って行くと、病室の窓が開け放たれていて、雅之の顔色はひどく悪く、青白かった。月宮は彼女が来ると、「これが最後の手段だ」と言った。里香は不思議そうに「どういうこと?」と聞いた。月宮はため息をつきながら、「はぁ……あい
続きを読む

第678話

「それは面倒だな」里香は淡々とした表情で言った。その態度に月宮はすっかりイライラして、思わず雅之の方を振り返ったが、彼はただじっと里香を見つめているだけだった。「雅之、お前……」「前の口座番号でいいのか?」雅之はあっさり聞いた。月宮:「……」おいおい!いくら金があっても、そんな使い方はないだろ!本当に呆れるわ!里香は軽くうなずいた。「そうよ」雅之は言った。「桜井に振り込ませるから、これから1ヶ月、俺の食事を頼む」里香は少し眉をひそめた。なんだか適当すぎない?そんなことなら、10億にしておけばよかったのに。月宮は二人を交互に見て、結局黙り込んだ。まあいい。やる方もやられる方も納得してるなら、俺が口を挟むことじゃない。雅之は里香が作った料理を全部食べ終わったが、特に体調を崩すこともなかった。月宮は腕を組んでその様子を見ていたが、ただただ不思議だった。他人が作った料理はダメなのに、里香の作った料理は平気なのか。ほんと、変わってるな。里香は弁当箱を片付けると、そのまま振り返って去っていった。雅之は彼女の背中をじっと見つめ、姿が完全に見えなくなるまで目を離さなかった。月宮はため息をついた。「お前、完全に彼女にハマってるな」雅之は淡々と答えた。「悪いことじゃない」月宮は笑いながら言った。「でもさ、前に『恋愛なんて興味ない』って言ってたのはどこの誰だっけ?」雅之は目を閉じて、「そんなこと言ったっけ?覚えてないな」と答えた。月宮:「……」今度はとぼけるのかよ。実際、もう自分で言ったことを覆してるくせに!その後、しばらくの間、里香は毎日決まった時間に食事を届けに来た。医者の指示に従って、栄養バランスを考えた食事を用意していた。雅之は毎回、それを全部食べた。半月が過ぎた頃、里香が昼に来ると、雅之は書類を処理していた。桜井が隣に立って、真剣な表情をしている。里香は少し驚いた。雅之は社長職を解任されたはずじゃなかった?まだ何か仕事をしているのか?「奥様……」桜井が里香を見ると、少し戸惑いながら挨拶をした。里香は淡々と「里香でいいわ」と言った。桜井:「かしこまりました、奥様」里香:「……」里香は弁当箱を横に置き、興味本位で書類に目をやると、「二宮」という名前が目に入った。雅之は
続きを読む

第679話

「そうだよ」里香は頷き、水のように澄んだ瞳で真剣に雅之を見つめた。「で?サインする?」雅之は目をそらし、少し冷めた表情で答えた。「そんなもの、受け取る気はない」そう言うと、離婚協議書には一切触れず、その場で拒否した。里香は気にする様子もなく、協議書をさっとしまい込んだ。どうせ、いつかはサインすることになるだろうと心の中で呟きながら。後悔している。あの時、雅之が人を使って毎日離婚協議書を届けさせてきたあの時、なぜサインしなかったのか。あの頃の自分は本当に馬鹿だった。まるで馬に蹴られたか、ドアに挟まれたような気分だ。雅之が食事を終えるのを見計らい、里香は再び尋ねた。「サインする?」雅之は冷たく彼女を睨み、「しないって言ったら、毎日聞くつもりか?」と吐き捨てた。「そうだよ」里香は平然と頷いた。雅之は少し歯ぎしりしながら言った。「言っただろう。僕はお前と離婚する気はない」里香は肩をすくめ、淡々と返した。「でも、離婚しないでどうするの?私はあなたを愛してない」以前この言葉を聞いた時、ただ滑稽だと思った。愛しているかどうかなんて関係ない。自分には必要のないことだった。しかし今、彼女がこんなにも淡々とその言葉を口にするのを聞いて、胸が締め付けられるような痛みを感じた。息が詰まりそうなほどだった。雅之は顔色をさらに悪くしながら、じっと彼女を見つめた。「それでも、僕は離婚に同意しない」「わかったよ」里香は淡々と妥協した。「じゃあ、裁判で決着をつけよう」そう言うと、彼女は食事の入った箱を持ち上げ、そのまま未練もなく立ち去った。雅之は薄い唇を引き結びながら、彼女の背中が視界から消えていくのを見届けた。病室には冷たい静寂が漂い始めていた。里香はエレベーターの前で待ちながら、少し目を伏せていた。さっきの雅之の表情が頭をよぎり、ほんの少し心が揺れた。だが、これまで自分が経験してきたことを思い出すと、その揺れ動く感情は簡単に消えた。エレベーターの扉が開くと、顔を上げた彼女は中から由紀子が出てくるのを見た。半月ぶりに、雅之の名目上の継母が姿を現した。「里香、雅之のお見舞い?」由紀子は柔らかく微笑みながら彼女を見た。その表情はいつもと変わらず穏やかだった。しかし、なぜか里香は彼女に見つめられると、まるで毒
続きを読む

第680話

雅之は冷たい視線を由紀子に向けた。「例えば?」由紀子は少し苛立った。雅之はこれまで一度たりとも、彼女を年長者として敬う態度を見せたことがなかった。それどころか、常に対等か、それ以下と見なされているような気がしていた。しかし今、二宮家は混乱の真っ只中。この先、二宮家を仕切るのは目の前にいるこの若者になるのだと理解していた。感情をぐっと抑え、由紀子は穏やかな声を作った。「私は二宮家の妻よ。それにふさわしい体面を守るべきだと思わない?私に関することは、何一つ変わるべきではないわ」雅之は鼻で笑うように冷笑を漏らした。「ずいぶんと都合のいい話だな」由紀子は眉をひそめた。「どういう意味?私がこれまでお前に何か迷惑をかけたことがある?恩を仇で返すつもりなの?」雅之の瞳が一瞬で鋭く冷たく光った。「よくもそんな白々しいことが言えるな」一瞬言葉を失った由紀子だったが、意を決して口を開いた。「それなら情報をひとつ、交換条件に出すわ」「聞くだけ聞いてやるよ」由紀子は静かに告げた。「二宮みなみは生きているわ。あなたの父親が彼の行方を突き止めたの。でも、もしあなたが動かなかったら、今頃二宮グループを継いでいたのは彼だったはずよ」雅之の端正な顔には微塵の表情も浮かばない。「そうか。でもその情報、俺には何の価値もないな」由紀子は彼をじっと見据えた。「本当にそう思うの?彼が二宮家に戻れば、必ずあなたの地位を脅かすわ。今のうちに手を打っておかないと、後悔することになるわよ」雅之は冷たく一言。「悪くない提案だ。考えておくよ」少し安堵した由紀子は、すぐに二宮みなみの行方を話した。彼は現在、冬木郊外の修理工場で働いているという。雅之はその情報を聡に伝え、調査を命じた。聡は不満げだったが、ボスの命令に逆らうわけにはいかなかった。しかし、調査を進めた結果、何も手がかりは得られなかった。聡は電話越しに言った。「ボス、これ、騙されてるんじゃないですか?」雅之は冷たく目を細めた。「保身のためにそんな嘘をつくなんて、彼女にそこまでの度胸はないだろう」聡は舌打ちした。「でも、過去半年間の記録を調べても、そんな人間は見つかりませんでしたよ」雅之は目を伏せて短く答えた。「分かった」そう言って電話を切った。本当に二宮みなみは生きているのか、それとも
続きを読む
前へ
1
...
6667686970
...
78
コードをスキャンしてアプリで読む
DMCA.com Protection Status