それを聞いたかおると里香は、ほっと胸を撫で下ろした。悪意がある人じゃないなら、それでいいか。二人はそう言い合いながら、この出来事をすぐに忘れてしまった。里香の体調が回復すると、彼女は仕事に復帰した。今、彼女の手元には雅之絡みの案件しかなく、毎日工事現場を回って施工状況を確認している。問題があれば、その場で調整する日々が続いていた。そんなある日、工事現場を離れた里香は、道端のベンチに座る男性に目を止めた。気になって近づこうとした瞬間、男性は突然ベンチから滑り落ち、目の前で倒れ込んだのだ。「えっ……?」驚いた里香は思わず一歩引き、周囲を見回した。この辺りは人通りも少なく、車の往来もほとんどない。彼はなぜこんな場所に?なぜ倒れたのだろう?不用意に近づくのは危険だと判断し、すぐに120番に電話をかけた。救急車が到着し、救急隊員に同行を求められると、里香は渋々乗り込むことにした。理由は、搬送費用を支払う必要があるからだという。救急車の中、里香はベッドに横たわる男性をじっと見つめた。どこかで見たことがある気がしてならない。病院に到着後、医師が検査と応急処置を行った結果、男性が低血糖で倒れたことが判明した。その話を聞いた里香の頭に、ふと前日の出来事がよぎる。そういえば、この間、家の前で倒れていたあの男性も低血糖だったっけ……再び男性の顔を見ると、その既視感がますます強くなった。昨日の男の顔と、目の前の男の顔が次第に重なっていく。里香は眉をひそめ、警戒するような目で彼を見つめた。点滴を受けてしばらくすると、男性がゆっくりと目を覚ました。その様子を見て、里香は口を開いた。「ここは病院よ。これが医療費の明細書。現金で払う?それとも振り込み?」男性は一瞬きょとんとした表情を浮かべたあと、ぼんやりと彼女を見つめ返した。その目つきに、里香の心が少し揺れた。彼は非常に整った顔立ちをしていた。彫りの深い目鼻立ち、高い鼻梁、自然に垂れた前髪が眉の一部を隠している。黒いTシャツと長ズボンというシンプルな服装だが、その茫然とした目つきが、どこか印象的だった。「もしもし?」里香は手を伸ばし、彼の目の前で軽く手を振った。「君は……誰?」男性はかすれた声でそう呟いた。その声には、不安と戸惑いが滲んでいる。里香は彼を無表情で見つめ、「記憶喪失?」
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