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第343話

里香は微笑みながら言った。「おじさん、ここで待っていてくださいね。啓さんに会えたらすぐに連絡します。もし中に入れなかったら、無駄足になっちゃいますから」

山本は迷いながら、ためらいがちに小さく呟いた。

そんな彼に、里香は優しく見つめて言った。「大丈夫ですよ、必ず啓さんを助け出しますから」

高校の3年間、山本の家族には本当にお世話になった。その恩を里香は決して忘れていなかった。

山本は少し安心したように、「そうか、分かった。じゃあお前の言う通りにする。でも、気をつけるんだぞ」と念を押した。

「はい、気をつけます」里香はにっこり微笑んで、立ち上がりその場を後にした。

そして、里香は二宮家の本宅へ向かった。

ここに来るのは二度目だ。初めて一人で来たのは、雅之が記憶を取り戻した直後だった。あのとき、二宮おばあちゃんに夕食に招待されて、雅之が夏実に優しく接する姿を目の当たりにした。

その光景を思い出すと、胸にかすかな痛みが走った。

あのとき、里香はまだ信じられない悲しみの中にいた。つい数日前まで自分を優しく包み込んでいた雅之が、どうして突然、まるで別人のように変わってしまったのか。

里香はふと目を伏せ、心の中で雅之のことを考えずにはいられなかった。どうしても忘れられない。どうしても彼を強く思ってしまう。

でも、雅之はまるで過去の自分を消し去るように、冷たく里香を突き放していた。

その痛みを必死に抑え込み、里香は気持ちを切り替えようとした。

タクシーが二宮家の本宅前に到着し、里香は料金を支払って玄関のインターホンを押した。

少しして使用人が出てきて、「若奥様、どうされましたか?」と尋ねてきた。

「ちょっと、人を探しに来ました」と里香は答えた。

使用人が門を開けながら、「どなたをお探しですか?」と訊ねた。

「啓という方です。こちらで運転手をしているはずなんですが、今どちらにいらっしゃるか教えてもらえますか?」

その言葉に使用人は驚いた顔を見せ、急いで「奥様に確認いたしますので、少々お待ちください」と言って、屋敷の中に戻っていった。

里香はその場に立ったまま、屋敷に入ろうとはしなかった。この場所がどうしても苦手だった。由紀子の曖昧な態度や、正光の冷たい視線が彼女を居心地悪くさせていたからだ。

その頃、2階の書斎では、正光が一束の写真を雅之の前
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