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第268話

残念ながら、この世に「もしも」なんてない。後悔の薬も存在しない。もしあったら、里香はとっくに飲んでるはずだ。

里香は窓の外を見つめ、美しい唇をきゅっと結んだ。雅之も反対側の窓をじっと見て、二人の間に漂う空気は、まるで凍りついたように重かった。

翡翠居 (ひすいきょ)に着くと、車を降りた瞬間、可愛らしい人影が雅之に飛びついてきた。

「雅之兄ちゃん!」

優花はキラキラした目で雅之を見上げたが、近づく前に桜井がサッと立ちふさがった。

振り返った優花は、躊躇なく桜井の顔にビンタをくらわせた。

「アンタ、何様?私を止めるなんて、分かってるの?雅之兄ちゃんに言ったら、すぐにクビにしてもらえるんだから!」

突然の出来事に、皆が驚いた。里香も眉をひそめ、桜井を見た。彼は雅之に仕えているが、里香に対して特に嫌がらせをしたことはない。親しいわけではないが、それでもこの場面には腹が立った。

雅之の表情が一瞬で険しくなった。桜井は冷静に優花の方を見て、にこやかに「それはどうかな」と一言だけ言った。

その言葉を聞いた瞬間、優花の顔は真っ青になった。

優花は桜井を睨みつけたが、すぐに可愛らしい顔をして雅之にすがるように見つめた。

「雅之兄ちゃん、見たでしょ?あなたの部下が私をいじめたの!」

雅之の鋭く美しい目は冷たく光り、冷淡に答えた。「僕は目が見えなくなったわけじゃない」

優花の表情が一瞬凍りつき、慌てて言い訳を始める。「雅之兄ちゃん、前のことは私が悪かったわ。小松さんとちょっとした冗談が、あなたを怪我させるなんて思わなかったの。本当に心配してたのよ、夜も眠れないくらいで、だからパパに頼んでここに来たの。雅之兄ちゃん、怪我はもう大丈夫?」

優花が雅之にさらに近づこうとすると、桜井が再び道をふさぎ、当然のように立ちはだかった。

優花は、雅之に支えられながら歩く里香を見て、嫉妬で胸が燃え上がった。

あの女、なんでまだ生きてるの?死んでればよかったのに!本当にムカつく!

雅之の冷たい目が優花をじっと見つめ、桜井に向かって言った。「江口会長に連絡しろ。前の件は一旦保留だ。約束を守ったら、改めて話をしよう」

「了解です!」桜井はすぐに返事をした。

雅之はエレベーターに向かい歩き出し、桜井は優花を近づけないようにその前を歩いた。

優花は驚いた顔で雅之を見つめ、「雅
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