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第246話

彼女は、拓海が戻ってくるとは思っていなかった。

拓海は足を止め、詩織を見下ろして言った。

「手を離せ」

詩織は少し気まずそうな表情をして、手を離しながら言った。

「拓海、婚約式はもう始まってるわ。行きましょう」

美蘭も慌てて頷いた。

「そうそう、もうこんなに時間だし、これ以上遅らせるわけにはいかないわ。詩織、あなたは早くお兄さんに電話して、仕事が終わったか聞いて。式に来られるか確認して」

詩織は急いで平野に電話をかけたが、応答がなかった。

仕方なく平野兄さんにメッセージを送ったが、返信がないだろうと思ったが、拓海がいるから大丈夫だと考えた。

玲奈だけは不満そうだった。

「ちょっと待って、私がさっき紗希に殴られたのは何もなかったことにするの?拓海兄さん、ちょうどいいところに来たわ。紗希が私を殴ったのよ!」

玲奈の告げ口を聞いても、紗希は無表情で立ったまま、何も説明しなかった。

しばらくして、拓海は紗希の前に立った。

彼の靴はピカピカ光っていた。

彼の低い声が聞こえた。

「説明しないのか?」

「何を説明するの?どうせ説明しても信じてくれないでしょ。無駄な労力はしたくないわ」

紗希は顔を上げて、拓海の細い目をじっと見つめた。

彼女は拓海の目から、嫌悪や高慢さではなく、むしろ心配の色が見えた気がした。

見間違いだろうか?

拓海は彼女を見下ろし、複雑そうな表情をした。

彼は外で長い間考えていただけに、心が混乱しているように感じた。

彼は紗希が北を説得して祖母の手術をさせたなんて、全く想像もしていなかった。

彼女は最初から最後まで何でも言わなかった!

彼は紗希と北の親密な様子を思い出し、突然胸が苦しくなった。

何かを失ったような気分だった。

拓海は低い声で言った。

「紗希、俺はお前のことを全然分かっていなかったみたいだ」

「お互い様よ。だから私をそんな目で見ないで。あなたには私のことは分からないから」

紗希は拓海が少し変だと感じた。

隣の玲奈は呆れた様子で言った。

「紗希、拓海兄さんがあなたに説明を求めているの。問題から逃げないで」

紗希は直接に答えた。

「そう、私が玲奈を殴ったわ」

「拓海兄さん、聞いたでしょ。紗希が殴り始めたのは自分だと認めたわ」

紗希は昔と同じように頭を上げて彼を力強い眼差しで見た。

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