第192話

亮は誰かが自分を止めようとするのを聞いて怒ろうとしたが、顔を上げると話していたのが雅彦だとわかり、すぐにおとなしくなった。

須弥市で顔が利く人物とされている亮だが、菊池家の前では全く太刀打ちできなかった。彼の態度は一変し、慎重かつ謙虚になり、目の前の男を怒らせまいと恐れていた。

「雅彦さん？こんな偶然ですね、ここでお食事とは。特に何もないんです。ただ、この女が俺の金を受け取ったのに協力せず、逃げようとしたので、ちょっと教えを施そうとしていただけです」

亮はすぐに全ての責任を桃に押し付けた。

こんなことは日常茶飯事で、雅彦も普段はこんな些細な事には興味を持たないだろう。

桃は亮の非難に対して、拳を握りしめ、爪が掌に食い込んでいたが、痛みを感じることもなかった。

この状況で雅彦に会うなんて、彼の偏見はさらに深まっただろうか？

しかし、今の状況では、自分勝手に振る舞う余裕はなかった。何としても脱出しなければならなかった。

「違う、彼は嘘をついている！雅彦、私をここから連れ出して！」

桃が雅彦の名前を呼ぶのを聞いて、亮は不吉な予感を抱いた。菊池家の息子は女性に興味がないと聞いていた。

この女、もしかして雅彦の女なのか？

「この女は雅彦さんの知り合いですか？」亮は慎重に尋ねた。

もしこの女が雅彦と何らかの関係があるなら、亮はどんなに大胆でも手を出せなかった。

雅彦の目には嘲笑が浮かんでいた。彼女が自分の知り合いだと？

この女、数日前まで自分の妻だった。その名前は自分と同じ結婚証明書に載っていた。そんなことを言ったら笑われるだろう。

「こんな恥知らずな女、私が知るはずがない」

雅彦は無表情でそう言い、黒い瞳は冷たく見えた。

桃は雅彦が自分を知らないと言ったのを聞いて、心が痛んだ。

離婚した後、彼らは関係がなくなり、見知らぬ人以下だと分かっていても、この状況でそんな言葉を聞くと、心が刺されたように痛んだ。

雅彦が桃に対して冷淡な態度を見ると、亮はますます混乱した。雅彦がこの女を知らず、好きでもないのなら、なぜ自分を止めるのか？

「雅彦さん、もしそうなら、どうぞ先にお帰りください。もし私の者があなたに失礼をしたのであれば、食事代は私が払います。この女を片付けた後、改めて謝罪に伺います」

亮は非常に恭敬に言い、雅彦を送り出そうとした。

雅彦