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第478話

Author: 夏目八月
馬車の中で、沢村紫乃はさくらの言葉を皇太妃に伝えていた。承恩伯爵邸では、まず礼を尽くし、その後で蘭の惨状を目にしたら、皇太妃としての最大の威厳を示し、承恩伯爵家老夫人を含む在席の全員を威圧するようにと。

紫乃は煙柳を連れて入ると、彼女を床に蹴り倒した。「この女です。姫君の前で策を弄するとは。伯爵家の誰も姫君のために立ち上がらず、みなこの賤しい女の味方をする始末。皇太妃様、どうかご裁きを」

承恩伯爵夫人も煙柳を嫌っていたが、息子の最愛の女であり、その息子は老夫人の最愛の子。そのため屋敷に置いていたのだ。

今、紫乃に蹴られ、惨めな姿で床に伏す彼女を見て、心の中では少し溜飲が下がった。

恵子皇太妃は顔も上げず、淡々と言った。「承恩伯爵家のしきたりは知りませんが、宮中では、妃嬪が皇后に対して無礼を働いたり、罪を着せたりすれば、白絹か毒酒です。伯爵邸にはそういったものはないのですか?白絹も毒酒もないなら、少なくとも懲らしめの杖くらいはあるでしょう?」

承恩伯爵は、皇太妃が今日、蘭姫君のために来たことを理解した。普段は他家の内政に口を出さない皇太妃だ。これは北冥親王妃さくらの意向だろう。さくら自身が来なかったのは、伯爵家の内政に干渉したという評判を避けるため。しかし皇太妃は違う。皇太妃として、また先帝と淡嶋親王が兄弟である関係から、姫君の実家側の代表として。完全に適切とは言えないまでも、筋は通っている。

彼は以前から煙柳が目障りだった。皇太妃の言葉を聞くや否や、「誰か!この賤しい女を引きずり出し、平手打ちの刑に処せ!」と命じた。

もともと孤高で傲慢だった煙柳は、今や地面に蹴り倒され、犬のように惨めな姿となっていた。彼女は震えながら、何とか体面を保とうと立ち上がろうとしたが、紫乃に膝裏を蹴られ、ドサリと膝をつかされた。「聞こえなかった?引きずり出されるんですよ」

煙柳は涙を流さず、むしろ一層強情な表情を浮かべた。「権勢のある家の方々は、人の命など眼中にないのでしょう。私を打ち殺したところで、私は決して屈しません」

通常、権貴の家が人命軽視の罪で非難されれば、慎重になるものだ。

しかし、彼女が相手にしているのは恵子皇太妃と沢村紫乃。皇太妃はそんな言葉など まったく意に介さず、テーブルを叩いて言った。「なら、屈するまで打て!」

「誰がそんなことを!」梁田孝浩が叫
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