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第9話

今でも覚えている。落ちていく時の深水の表情を。激しい痛みに顔を歪めながらも、強情に笑みを浮かべていた。

彼は何かを言おうとしたが、何を言ったのか、私には読み取れなかった。

警察署を出て、私は月城の車に乗った。

去り際、陸橋が突然私を見つめた。深水と霧島晴の死は、彼に大きな衝撃を与えたのか、憔悴しきった表情をしていた。

私は彼が何か言いたいことがあるのかと思った。

でも彼はただ一瞥を寄こしただけで、淡々と目を逸らした。

私は鴉木町に残り、変わらず民宿で働いていた。

陸橋は二度と現れなかった。

この日、鴉木町に大勢の人々が押し寄せてきた。トラブルかと思った。

警察に通報しようとしたが、月城が私の手を押さえ、振り向いて笑った。「大丈夫だ。二階に上がってろ」

私は首を振り、彼の傍に立った。

かつて、行き場を失った私を受け入れてくれたのは彼だ。

今、彼に何かあるなら、見捨てるわけにはいかない。

月城は口を押さえて軽く笑った。

私が困惑して眉をひそめていると、先頭の男が進み出て、恭しく言った。「星司様、旦那様の古希のお祝いです。ご帰宅のお迎えに参りました」

その時初めて知った。月城星司は海空市の月城家の次男だということを。

月城の父は老年で授かった子で、彼を溺愛し、より高い地位への道を用意しようとした。

月城はその支配を嫌い、鴉木町に逃げ出し、気ままな民宿の主人となったのだ。

月城の父の古希の日、月城は私を強引に連れて行った。

父親の縁談から逃れるため、芝居の相手役として付き合ってほしいと。

誠意ある依頼だったので、私は承諾した。

でも、これが罠だとは思わなかった。

月城の父は非常に温厚で、息子を強制するような様子は微塵もなかった。

むしろ、私を本当の恋人だと信じ込み、暇を見つけては電話をかけてくるようになった。

時が経つにつれ、結婚を催促し始めた。

私は月城に、父親に真実を話すよう迫った。

月城は両手を広げて言った。「まさか父がお前をそんなに気に入るとは思わなかった。杏、もう少し我慢してくれ。父が天国に行けば、芝居も終わりだ」

天国?よく言えたものだ。実の父親なのに。

五年間の芝居が、いつしか本物になっていった。

この年、月城の父は私たちの目の前で結婚を迫った。

月城は私を見て、私が頷くのを確認すると、すぐに笑顔で答
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