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第344話

「スリの腕は相当なものでね。リンゲン島で君が写真を撮っている隙に、財布をすり取っていったんだ。たまたま僕が見ていたんだけど」

由佳は太一を一瞥しながら尋ねた。「あなたたちもリンゲン島に行ってたの?」

一瞬、彼女は財布を盗んだのが太一ではないかと疑ったが、そう思うのも無理はなかった。あまりにもタイミングが良すぎるからだった。

「うん、昨日行ったよ」

「そう、ありがとうね」

彼女たちは今日リンゲン島に行ったばかりだった。

やっぱりただの偶然なのか?

「お互い、助け合うのが当然さ」太一はそう言いながら財布を差し出した。

由佳は財布を受け取り、太一を見上げて言った。「あなたがタイミングよく来てくれなかったら、今頃オスロ行きのチケットをもう予約していたわ。明日、お礼に食事でもどう?お友達も一緒でいいわよ、私がご馳走するから」

太一は眉を上げて答えた。「まあ、考えてみるよ。友達に聞いてみる」

「君の友達って、随分厳しいんだね。まるで友達じゃなくて奥さんみたい。浮気でも心配してるんじゃない?」由佳は冗談めかして言った。

太一はその言葉に清次の怒った顔を思い浮かべ、笑いながら答えた。「あいつは、彼女よりも世話が焼けるよ。君も会ったらわかるさ」

由佳は一瞬だけ目を伏せ、すぐに微笑んだ。「冗談だよ。でも、君が助けてくれたんだから、食事くらいおごらせてよ。友達が反対するなら、私が直接彼に説明するから」

太一は面白そうに微笑みながら、「じゃあ、後で返事するよ。今は戻るね」と言った。

「うん、待ってるわ」

由佳はドアを閉め、そのままドアに背中を預け、手の中の財布を見つめ、思案にふけった。

本当にただの偶然だったのだろうか?

太一は清次の部屋に直行し、ソファにドカッと腰を下ろした。「財布、渡してきたよ」

「うん」

清次は一人掛けのソファに座り、静かに応えた。

肘を膝に乗せ、片手にはタバコの箱とライターを持っていた。

「昨日、もう会ってたんだろ?なんで自分で渡さなかったんだ?」

太一もタバコを一本取り出し、清次のライターを借りて火をつけた。

彼は昨日、清次がスリを捕まえた時のことを思い出した。清次は無言でスリを数発殴りつけた。

清次はライターをテーブルに置き、タバコを一口強く吸い込み、フィルターを指でつまんで口から遠ざけると、煙がゆっくりと渦を巻い
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