第18話

会議が終わった。

山口清次は椅子に寄りかかりながら眉間に皺を寄せた。

この時、携帯電話が鳴った。

山口清次は携帯を手に取り、画面を見て電話に出た。「もしもし。」

「清くん、会社にいる？今から会いに行くわ。」

山口清次は机の上のスケジュール表を見た。

「今日はこんなに早く撮影が終わったのか？」

加波歩美は言いたいことをためらいながら答えた。「今日は…今日は撮影がなかったの。」

「撮影がなかった？どうして？」山口清次は尋ねた。

彼がトイレに行ったとき、由佳のオフィスのドアが閉まっているのを見た。彼女は外出していたようだ。

広告撮影のたびに、由佳は現場で監督をしていた。

彼女が撮影スタジオに行ったのに、撮影がなかったとはどういうことだろう？

「私たちが撮影スタジオに到着したとき、由佳ちゃんが急用ができて撮影できないと言って帰ってしまったの。何があったのかは分からないの。」

「何か緊急事態があったんだろう。撮影がなかったのなら、会社に来て。」

この3年間、由佳の仕事に対する姿勢を山口清次はよく見てきた。

本当に特別な状況でない限り、彼女が撮影を中止するはずがない。

山口清次の由佳に対する非難がない返答を聞いて、電話の向こうの加波歩美は冷笑して、優しく言った。「私も何か特別な事情があったんだと思うわ。ところで、清くん、一つお願いしたいことがあるの。」

「何？」

「今回の撮影で、自分のメイクアップアーティストを連れて行きたいの。この数年間海外にいたせいで、少し体調が悪くて、肌の状態も良くないの。国内のメイクアップアーティストだと私の肌の状態を分かってもらえなくれ、期待通りのメイクができないかもしれない。私のメイクアップアーティストは私の肌のことを1番理解しているし、最高の状態に仕上げてくれる。」

山口清次は大したことではないと思っていた。「こんな小さなことも俺に報告するのか？」

加波歩美は言った。「これは小さなことじゃないわ。仕事のことはどんなに小さくても、きちんとコミュニケーションを取るべきよ。お互いに尊重すべきよ。清くん、この広告が大事だから、全部に気を配る必要があるの。事前に報告しないと、誰かに大物ぶっていると思われるかもしれないから。」

「歩美ちゃんの言う通りだ。」

加波歩美がこんな小さなことも山口清次に報告するのに対し、由佳は今日の撮影中止を事前に通知しなかった。その違いは明らかだ。

ただし、山口清次は由佳の仕事を信頼しており、以前もMQの事業にはほとんど関わらず、由佳に十分な裁量権を与えていた。

今回の件も急いで問い詰めるつもりはなかった。

……

翌日の撮影では、加波歩美とそのチームは遅刻せずに到着した。

昨日のセッティングはそのまま残されていた。

加波歩美はメイクをし、スタイリングを整え、衣装を着て撮影に入った。

しかし、また問題が発生した。

「山口総監督、メイク室に急いで来てください！」アシスタントが駆け寄って由佳に言った。

「何が起きたの？」由佳は顔を上げた。

「加波さんが自分のメイクアップアーティストを連れてきて、そのメイクとスタイリングのことで高村さんと揉めています。」

由佳は手にしていた雑誌を置き、メイク室に向かった。

由佳が来ると、高村さんが出てきて、苛立った表情で言った。「由佳ちゃん、ちょうど良かった。加波さんが自分のメイク担当を連れてきて、変なメイクをしているのよ。自分で見てみて。」

由佳が中に入ると、山本菜奈が笑顔で言った。「山口総監督、ご紹介しますね。こちらは歩美ちゃんのメイクアップアーティストのミラです。ミラのことは聞いたことがあるでしょう？ミラはミスワールド大会の専属メイクアップアーティストですよ。」

高村さんは隣で目をそらした。

「こんにちは。」ミラは日本語で由佳に挨拶した。

「ミラさん、こんにちは」由佳はミラに会釈をし、山本菜奈に言った。「山本さん、加波さんが親しみのあるメイクアップアーティストを使うのは理解できますが、メイクとスタイリングが要求通りでないのはなぜですか？」

「山口総監督、怒らないでください。ミラさんが言うには、御社の提案したスタイリングとメイクは歩美ちゃんには全く合わないそうです。ミラさんのメイクははその衣装に合ってるじゃないですか。」

由佳が言葉を発する前に、高村さんが耐えきれずに立ち上がり、怒って言った。「山本総監督、ミラさんのメイクとスタイリングは今日の撮影のテーマに全く合っていない。どうやって宣伝効果を出すの？」

山本菜奈は薄く笑った。「高村さんはこうおっしゃってますけど、今時の広告はファンの数で競っているようなものでしょう？歩美ちゃんの影響力はここにあるんだから、見た目さえ良ければファンは買うのよ。スタイリングがそんなに重要かしら？」

高村さんはさらに言おうとしたが、由佳は彼女を止めて、山本菜奈に向かって言った。「山本さん！広告撮影なので、加波さんチームは我々と協力するべきです。契約に従ってください。メイクやスタイリングの変更も。我々と事前に相談するべきですよ。」 この時、加波歩美が突然立ち上がって言った。

「由佳ちゃん、ごめんなさい、連絡するのを忘れたわ。でもこの件、昨日清くんに話して、彼は同意してくれたの。」

由佳は驚いた。

口を開こうとしたが、喉が砂を飲み込んだように乾燥して、言葉が出なかった。

急に言い返す言葉が見つからなかった。

先ほどの正当な主張が、他人にはまるでピエロのように見えるかもしれなかった。