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第30話
最終更新日:
2024-09-27 15:55:39関連チャプター
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第31話
会場の入り口から、黒いスーツを着た十数名のボディガードがドアを押し開け、堂々と入ってきた。林原辰也は両手をスーツのポケットに突っ込み、ゆっくりとした足取りで歩を進める。その威圧的な登場に、満席のゲストたちは一瞬で静まり返り、誰もが何も言えずに固まっていた。白石沙耶香と江口颯太は、突然の出来事に動揺し、呆然とその場に立ち尽くしていた。その瞬間、和泉夕子の顔色が一気に青ざめた。彼女は林原辰也が来ないだろうと思っていたが、まさか婚礼の最中に乗り込んでくるとは夢にも思わなかった。彼がこの大切な結婚式を台無しにするのではないかと恐れた夕子は、慌てて席を立ち、彼に向かって足早に近づいた。「林原社長」夕子はT字型のステージに向かおうとする林原辰也をなんとかその場で押し止め、「契約書はもうサイン済みです。今夜、必ずお渡しします」と静かに告げた。林原辰也は彼女を頭の先から足の先までじっくりと眺め、彼女が着ているシャンパン色のセクシーな伴娘ドレスに目を留めた。彼の灰色がかった黒い瞳には、一瞬欲望の火が灯った。彼は片手で夕子の腰を引き寄せ、彼女を自分の胸に押しつけながら、なれなれしく触れてきた。「もうサインしてるのに、なんで早く渡さないんだ？」と不敵な笑みを浮かべながら、彼は彼女にささやいた。夕子は内心で吐き気を覚えながらも、慎重に彼をなだめた。「林原社長、私はこの結婚式を無事に終わらせたいだけです。あなたが契約書を手にした途端、約束を破ってこの式を壊すんじゃないかと心配で……」「俺を信用できないのか？」「その通りです」夕子は冷静な口調で続けた。「林原社長、契約書が欲しいなら、今夜まで待ってください」彼女の柔らかなメイクと落ち着いた表情は、強い意志を隠し切れず、まるで譲歩する余地がないように見えた。林原辰也はその態度に少し驚き、皮肉な笑みを浮かべた。「どうせまた嘘をついているんじゃないか？」夕子はスマホを取り出し、事前に作成した偽の契約書をPDFで彼に見せた。「林原社長、よく見てください。これは霜村会社の契約書で、印鑑もちゃんと押してあります。偽物じゃありません」彼女は社長室での主な仕事として、取引先の接待や契約書の管理を担当していたため、季社の契約書や印鑑に精通していた。彼女は霜村会社の他の
最終更新日 : 2024-09-27契約終了、霜村様に手放して欲しい 第32話
林原辰也たちが去ると、会場に残された招待客たちは、和泉夕子に対してひそひそと話し始めた。彼女がどうしてあんな危険そうな男たちと関わりを持っているのか、誰もが訝しんでいた。夕子はその視線や噂を気にせず、すぐに白石沙耶香と江口颯太の方に目を向けた。「夕子、あの人たちは一体何者なの？」沙耶香は不安そうに彼女を見つめていた。直感的に、あの集団がただのビジネス関係者ではないことを感じ取っていたのだ。夕子は微笑みながら、沙耶香の手を軽く叩いて安心させるように言った。「あの人は林原氏グループの社長よ。今日は私に大事な契約書を取りに来たの」この言葉をわざと大きな声で言い放った。沙耶香のウェディングドレスには小さなマイクが付いていたため、夕子の言葉は自然と会場全体に響き渡った。招待客たちは彼女の説明を聞いて、再びざわざわと話し始めた。「沙耶香の友達ってすごいね。林氏の社長と知り合いなんて」江口颯太の親戚たちはA市郊外の出身で、普段は大物との接点がない。だが、A市のいちばんの金持ちの名は誰もが聞いたことがあった。夕子がわざわざこの説明をしたのは、江口家の親戚たちに変な誤解をされないためだった。誤解されたままでは、沙耶香が「怪しい友達」を持っていると噂される可能性があったのだ。人は付き合う相手によって評価されるというのは、名誉を壊しかねない厳しい現実だった。招待客たちは夕子の説明に納得したようだったが、沙耶香の心にはまだ不安が残っていた。彼女は事がそんなに単純ではないと感じていた。「もし契約書を取りに来ただけなら、どうして林原氏の社長があんな大勢を引き連れてきたの？それに、あの人があなたの腰を触ったりするなんて……普通じゃない」彼女は林原辰也の動作を目の当たりにして、ただならぬ危険な雰囲気を感じ取っていた。彼が夕子を追いかけているというよりは、むしろ脅しているように見えたのだ。沙耶香は心配で仕方なく、ウェディングドレスに付けていたマイクを外すと、夕子の手を取り、真剣な表情で彼女を見つめた。「夕子、本当に危険な目に遭ってるなら、絶対に私に言って。命を懸けてでも、あなたを守ってみせるから」沙耶香は子供の頃から美しい夕子に、多くの悪い縁が寄ってきたのを知っていた。かつては桐生志越が彼女を守っていたが、今はもう彼の姿はな
最終更新日 : 2024-09-27契約終了、霜村様に手放して欲しい 第33話
和泉夕子は二枚の紙にぎっしりと書き込み、自分が言いたいことを全て文字に託した。彼女は手紙を書き終えると、その中に嫁入りのための銀行カードを挟み、封筒に「沙耶香へ」と書き込んだ。しばらく考えた後、もう一枚紙を取り出し、霜村冷司に宛てた手紙を書こうとしたが、何を書くべきか分からず、結局は彼の名前だけを書いて、ペンを置いた。その手紙を丁寧に折りたたみ、引き出しにしまい込んだ。彼女が去った後、沙耶香は遺品整理をしに来るだろう。その時に、自分が残した物を見つけるはずだった。すべてを終えた夕子は、用意していた薬を手に取り、飲み干した。今夜は大事な仕事がある。体調を整え、しっかり計画を遂行しなければならなかった。薬を飲んだ後、彼女は鍵をかけていた引き出しを開け、10日ほどかけて集めた安眠薬の小瓶を取り出した。安眠薬と、あらかじめ用意していた偽の契約書、そして短刀をバッグに入れた後、彼女はスマホを取り出し、ホテルの予約を入れた。まずはホテルに向かい、必要な準備を整えた後、彼女は林原辰也に場所をメッセージで送った。彼とはLINEでは繋がっていなかったが、以前も彼からはSMSで連絡があったため、今回も同じ方法で連絡を取ることにした。「林原社長、エンペラーホテル2088号室でお待ちしております」彼女は林原辰也がすぐに返信するだろうと考えていたが、届いたのは予想外の返信だった。「？」夕子はこの疑問符に眉をひそめた。今夜、契約書を渡す約束をしていたはずなのに、なぜこんな反応をするのだろう？疑問が浮かんだが、すぐにもう一つのメッセージが届いた。「待っていろ」その言葉に夕子は疑念を払拭し、スマホを置いて、安眠薬の準備を始めた。彼女は小瓶の中の薬をすべてグラスに入れ、短刀の刃先で丁寧に砕いていた。前回、林原辰也に対抗するつもりだったが、準備が不十分で、思い通りにはいかなかった。今度こそ、彼を殺す決意を固めていた。彼女は彼に弄ばれるつもりも、沙耶香を巻き込むつもりもなかった。林原辰也を葬り去る以外に、自分にはもう選択肢が残されていなかった。薬を砕き終えた後、夕子はワインボトルを取り、薬を混ぜたグラスに注ぎ足した。次に短刀を枕の下に隠し、すべての準備を終えた。彼女は部屋の明かりを消し、ソファに腰掛け、静かに待ち続けた。
最終更新日 : 2024-09-27契約終了、霜村様に手放して欲しい 第34話
和泉夕子は、心臓が早鐘のように打ち鳴り、不安と恐怖が胸の中で渦巻いていた。目の前の男はなぜ林原辰也を装って自分に接近してきたのか？なぜ素顔を見せず、入ってきた途端に部屋の明かりをすべて消したのか？彼は一体何を企んでいるのだろう？彼女の頭は混乱し、次にどうすべきか分からなかった。もともと計画していたのは、林原辰也を罠にかけて殺すことだったが、今は見知らぬ男が現れ、全てが狂ってしまった。彼女はどうすればいいのか？心の中は嵐のように揺れていたが、表面上はなんとか冷静さを保とうと努力した。相手が誰であれ、部屋に入った以上は、彼を薬で倒すしかない。夕子は深呼吸し、握っていた拳を静かに解き、自然な口調で言った。「林原社長、もしコスプレを楽しむなら、せめて明かりをつけた方がいいですよ。真っ暗で何も見えないじゃないんですか」彼女は話しながら、ゆっくりとテーブルに近づき、安眠薬を混ぜたワインから少量を空のグラスに注いだ。そのグラスを手にして、彼女は男の前に進み、ワインを差し出した。「林原社長、まずは一杯飲んでリラックスしましょう」本来の計画では、林原辰也が来て契約書を渡した後、必ず彼が彼女に手を出すだろうと考えていた。そこで彼に酒を勧め、安眠薬が効き始めたら短刀でとどめを刺すつもりだった。その後、彼の罪を暴露する映像を録画し、自分が彼を殺した理由も明らかにする。そして、全てを終えた後、自らも手首を切り、命を絶つ計画だった。この計画がうまくいけば、林原氏の人間も、彼女が林原辰也と情事に巻き込まれた結果だと思い、白石沙耶香には何の害も及ばないはずだった。だが、予想外の人物の登場により、全てが狂ってしまった。今、この男を殺すわけにはいかなかった。林原辰也を片付ける前に、もう一つの殺人を犯すわけにはいかない。だから、ワインには少量の薬しか入れていなかった。それでも相手を一時的に昏倒させるには十分だった。彼を倒した後に別の部屋を急いで予約し、その場所を林原辰也に送るつもりだった。もし林原辰也が彼女の連絡を待たずに行動すれば、沙耶香と江口颯太の新婚の夜は台無しになってしまうだろう。しかし、男はワインを受け取ろうとはせず、じっと彼女を見つめ続けた。その目には、まるで彼女の思惑を全て見透かしているかのような光が宿っていた
最終更新日 : 2024-09-27契約終了、霜村様に手放して欲しい 第35話
和泉夕子は目隠しをされ、視界が完全に遮られた。闇の中に閉じ込められたような恐怖が、まるで無限の深淵に落ちたかのように彼女を包み込んだ。いくらもがいても逃げ出せない恐怖感が、全身に冷や汗をかかせ、足元は震えて力が入らなかった。彼女の目は覆われ、手は縛られ、完全に無防備な状態だった。唯一できることは冷静さを取り戻し、この男となんとか交渉しようとすることだった。「貴方……」彼女は歯を食いしばり、震える声で問いかけた。「あなた、一体何をしたいの？」だが、男は彼女の問いには答えず、突然彼女を横抱きにして持ち上げた。夕子は体が宙に浮かんだ瞬間に、次に何が起こるかを恐れたが、すぐに柔らかなベッドの上に投げ出された。彼女は男がすぐに自分を襲うのかと思ったが、予想に反して彼は何もしなかった。ただ、ベッドの端に腰を下ろしただけだった。ベッドの一角が沈んだのを感じ、彼女は自分がベッドの中央にいることを察知した。彼女は枕の下に短刀を隠していたことを思い出し、それを使って結束バンドを切る計画を立てた。彼女は脚を使って少しずつ体を上に移動させ、枕に手が届きそうになった瞬間、男は彼女の体を押さえつけた。その時、彼の低くてかすれた声が耳元に響いた。「お前は林原辰也をホテルに呼び出し、酒に薬を仕込んだ。それはどういうつもりだ？」夕子は一瞬驚いて動きを止めた。今の状況で彼がそんな質問をするとは思ってもみなかった。彼はただ自分を襲うだけではなく、この質問に興味を持っているのだろうか？「林原辰也が、私の計画を知って誰かを送り込んできたのか？」そんな考えが彼女の脳裏をよぎったが、それはあり得ないと思い直した。林原辰也が彼女の殺意に気づいていたなら、すでに手下を送り込み、彼女を容赦なく始末していただろう。「ただの興を添える薬よ」夕子は冷静を装って答えた。彼女はこの男が誰なのか分からなかったし、真実を話すつもりもなかった。男は鼻で笑ったように見え、「ロールプレイに薬まで使うなんて、随分楽しんでるみたいだな」と皮肉を言った。彼が話を信じた様子だったので、夕子は口を閉ざし、これ以上反論しなかった。しかし彼女の沈黙が、男を怒らせたようだった。次の瞬間、彼の冷たい手が彼女の顎を掴み、強く押さえつけた。夕子は彼が自分を殺そうと
最終更新日 : 2024-09-27契約終了、霜村様に手放して欲しい 第36話
「はい」和泉夕子は冷たい声で一言返すと、男は彼女の電話を切った。夕子は目の前の男の表情が見えないため、焦りながら彼に懇願した。「この方、お願いです！あの男が何を企んでいるのか聞いていたでしょう？友達の命がかかっているんです。私に何をしても構いません、ただ今日だけは彼に会って契約書を渡させてください。そうしなければ、彼は本当に私の友達を殺してしまいます！」夕子の焦りとは対照的に、男は冷静で、むしろ余裕すら感じさせる態度を見せていた。「どんな契約書だ？」男はそう淡々と質問した。夕子は霜村冷司に関わる話なので、詳細は伏せながら答えた。「ただのプロジェクトの契約書です」男は携帯をいじりながら、のんびりとした口調で言った。「説明が足りないな。なら林原辰也本人に聞くしかないな」夕子は仕方なく、林原辰也が彼女に対して何をしようとしていたのか、そして自分がどのようにして彼から逃れようとしていたのかを簡潔に説明した。ただし、林原辰也を殺す計画については一切触れず、あくまで契約書の話に重点を置いた。「私は城西エリアのプロジェクトを取れると嘘をついて彼を騙し、その間に友達が結婚式を無事に終えられるようにしているんです。彼を欺くために偽の契約書を作りました。でも彼は非常に厄介な相手なので、なんとか時間を稼いでいるだけなんです」男は話を聞き終わると、しばらく沈黙した。夕子は彼が何も言わないことに不安を覚え、ついに涙が溢れ始めた。「貴方、私は本当のことを言っています。どうか私を解放してください！」しかし、男はまるで動じることなく、唐突に尋ねた。「お前、林原辰也とは寝てないのか？」「当然寝てないわ！」夕子は怒りを抑えきれず、大声で叫んだ。「あんな残忍な奴と寝るなんて、絶対にあり得ない！」彼女は林原辰也が白石沙耶香の新居に手下を送り込んだことを思い出し、感情を抑えきれなくなり、冷静さを装っていた振る舞いが崩れていった。彼女の怒りを見て、男はようやくポケットから金色の小さなナイフを取り出し、彼女の手首に巻かれていた白い結束バンドを切った。拘束から解放された夕子は、すぐに目隠しを外し、目の前の男の素顔を確認しようとしたが、部屋はまだ暗く、男は面具を外さないままで、顔を確認することができなかった。しかし、彼女
最終更新日 : 2024-09-27契約終了、霜村様に手放して欲しい 第37話
「やるじゃないか」林原辰也は和泉夕子の腰を乱暴に抱き寄せ、彼女の頬に無理やりキスをした。「さあ、ベイビー、何かご褒美が欲しいか？」夕子は唇を噛みながら、冷静な表情を保ち、淡々と答えた。「林原社長、ご褒美なんていりません。私の友達の結婚式を邪魔しないでください。それだけで十分です」「それくらいなら問題ない」林原辰也はすぐにスマホを取り出し、部下に連絡して、白石沙耶香の婚房から手を引くよう命じた。その瞬間、夕子はようやく少し安堵した。そして、準備していた薬入りの酒を手に取り、林原辰也に差し出した。「林社長、特別に用意したお酒です。一緒に一杯いかがですか？」「酒？」林原辰也は少し眉を上げ、彼女が自分に酒を勧めてくることに驚いた。林原辰也は、夕子がようやく自分に従う気になったのかと考え、耳元で囁いた。「どうした？ついに覚悟を決めたのか？俺に抱かれてもいいってことか？」夕子は、彼の疑念を晴らすため、以前と変わらない冷たい口調で応じた。「林原社長、何を考えているんですか。私はずっと、あなたに抱かれたくないからこそ、プロジェクトで交換しようと提案したんです。あなたは約束を守るべきでしょう？」林原辰也は彼女の返答に少し不機嫌になり、「じゃあ、なんで俺と酒を飲むんだ？」と不満を漏らした。夕子は眉をひそめながら答えた。「林原社長、あなたが私に手を出さず、信じてくれたことに感謝しているんです。ですから、お礼の気持ちを込めて、せめて一杯お酒を飲んでいただきたいと思って」彼女の言葉に、林原辰也は少しばかり満足し、まるで自分が立派な人物であるかのような錯覚を覚えた。「そうか、では一杯いただこう」林原辰也は彼女が差し出した酒杯を受け取った。その瞬間、夕子の手が震えていることに気づいた林原辰也は、何かがおかしいと感じた。彼は一見平静を装って酒杯を受け取ったが、すぐには飲まず、夕子をじっと観察した。彼女の表情は冷静だったが、胸の動きが速く、緊張を隠しきれていない。「お前が先に飲め」林原辰也は酒杯を彼女に差し戻した。夕子は、林原辰也が酒に疑念を抱いていることにすぐに気づいた。彼女はすぐに気持ちを落ち着け、何食わぬ顔で酒杯を受け取り、一口飲んだ。「林原社長、私は高いお酒は買えませんでした。ホテルの安物
最終更新日 : 2024-09-27契約終了、霜村様に手放して欲しい 第38話
和泉夕子は林原辰也が契約書を手にした後、絶対に彼が自分を逃さないと確信していた。しかし、それは彼が安眠薬を飲み込んだ前提だった。すべてが浴室に隠れている男のせいだった！もし彼が林原辰也を装って現れ、彼女を動揺させなければ、手が震えることもなく、林原辰也に怪しまれることもなかっただろう。この状況下でどうするべきか、彼女は混乱していた。まさか、本当に林原辰也に手を出される運命なのか？彼女が冷や汗をかきながら思い悩んでいると、突然、林原辰也のスマートフォンが震え、その音が彼の動作を止めた。「林原社長、電話です。先にお話しください」夕子はこの機会を逃さず、素早く彼を押しのけ、林原辰也の膝から離れた。林原辰也は、夕子がもう逃げられないと確信していたため、特に怒ることなく、彼女をそのままにしてスマートフォンを取り出した。彼がディスプレイを見て、一瞬で態度が変わった。まるで、彼でも恐れを抱く相手からの電話だったのだろう。夕子は彼の突然の丁寧な口調に驚き、その相手が誰なのか気になったが、すぐに自分の状況に意識を戻した。林原辰也が電話をしながら契約書を手に取り、「問題があるのか？俺には気づかなかったが」と呟いていた。夕子は相手の声を聞き取ることはできなかったが、林原辰也が次に言った言葉から、彼に急な用事ができたことがわかった。「今すぐ？……分かった、すぐ向かう」林原辰也が去ろうとしていると聞いて、夕子は焦った。もし彼を今夜仕留めることができなければ、明日の競争入札で彼が成功してしまう。そうなれば、彼女はすべてを失ってしまう。彼女は何とかして林原辰也を止めようとしたが、彼はあっさりと彼女の腰を抱き寄せ、無理やり彼女の頬にキスをして言った。「ベイビー、急用ができた。ここでおとなしく待ってろよ」彼が必ず戻ってくると感じた夕子は、無理に止めることはせず、その場に留まった。林原辰也が部屋を出て行くと、夕子はようやく胸を撫で下ろした。しかし、彼女が浴室から聞こえてくる物音に気づいた瞬間、緊張が再び彼女の体に走った。まだ解決すべきもう一人の男が残っているのだ。夕子は決心を固め、浴室のドアに向かった。ドアノブに手をかけた瞬間、ドアが突然内側から開き、長い手が彼女を引っ張り込んだ。その瞬間、彼女は力強く浴室の中へと引き込まれ、
最終更新日 : 2024-09-27
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契約終了、霜村様に手放して欲しい 第382話
彼の行動に驚いた夕子は、慌てて足を引っ込め、恐怖の表情で言った。「そんなことしなくていいのよ」この間、彼女を傷つけなければそれでいい。そんなにへりくだる必要はない。かえって不快に感じる。霜村冷司は澄んだ深い瞳を上げ、夕子に軽くうなずいたが、それでも彼の言うことを聞かず、もう片方の靴を脱ぎ始めた。彼は脱いだ靴を床に置き、夕子を抱き上げ、布団をめくって彼女を柔らかい布団の中に入れた。彼女に布団をかけた後、彼は手を上げて彼女の頬を撫でた。「少し寝てて。目が覚めたら、何か作ってあげるから」夕子は眉をひそめた。「そんなことしなくていいのよ。前のようにしてくれればいいの......」霜村冷司はその言葉を聞いて、彼女の意図を誤解したかのように、突然彼女をベッドから引き上げた。彼は驚いた表情の夕子を抱きしめ、ソファに座り、彼女の腰を押さえて自分の膝の上に跨らせた。そして、骨ばった指を上げて彼女の後頭部を押さえ、彼女の頭を少し下げさせ、自分は頭を上げた。二人の鼻がぶつかると、霜村冷司は顎を上げ、薄い唇を軽く開いて彼女の唇を強く吸い込んだ。彼が触れなければよかったのに、触れた瞬間、彼は狂ったようになり、最初の軽いキスが肌に触れた瞬間、深くなった。彼のキスは非常に支配的で激しく、長年抑え込んでいた感情が突然爆発したかのように、無制限に狂気じみていた。夕子は彼のキスで息が詰まり、彼の肩にしがみついて必死に押し返そうとしたが、無駄だった。「冷司！」男が彼女の首を狂ったようにキスしているとき、夕子は一瞬の息をつく機会を得た。「あなた、私の言ってることを誤解してるんじゃないの？！」霜村冷司はぼんやりとした桃花眼を上げ、濃いまつげを少し閉じて彼女を見た。「うん？」彼女が前のようにしてくれればいいと言ったのは、そういう意味ではないのか？夕子は彼のキスで赤くなった唇を開き、説明した。「前のように私に構わないでって言ったのよ。そういう意味じゃないの！」霜村冷司の目には長年抑え込んでいた欲望が少し和らいだが、それでも手放すことができなかった。彼は数秒間だけ止まり、再び角ばった顎を上げて柔らかい唇を噛んだ。唇が触れ合う間、夕子は彼が言うのを聞いた。「夕子、君と一緒に寝たい」こんな大胆な言葉に、夕子の顔は赤くなった。彼
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第381話
そのような温かく卑微な言葉が耳元から聞こえてきて、彼女の心が震えた。彼女は微かに頭を傾け、背後からしっかりと抱きしめている霜村冷司を見た。彼の顔は痩せこけ、顔色は青白く、目は血走っていて、目尻まで赤かった。彼女の記憶の中の霜村冷司は、いつも高慢で、誰にも負けない存在だった。今の彼は、彼女を掴むために、何度もその高慢な態度を捨てていた。まるで夜空に輝く手の届かない星が、突然地上に落ちてきたかのように。しかし、地上に散らばった星も、天上の非凡なものであり、彼女のために変わることはできない。彼女は手を上げて、彼の額前の濃い髪を触れた。そのような優しい触れ方に、霜村冷司の体が一瞬硬直した。彼は目の前の手の届く女性を見つめ、彼女の目の中に優しさの下にある決意を見たようだった。彼は無意識に彼女をさらに強く抱きしめた。「夕子、お願いだ、そんなに冷たくしないでくれ……」その強い力は、彼女を骨の中にまで押し込むかのようで、和泉夕子が口に出そうとした言葉を無理やり引っ込めさせた。彼女は手を引き、まつげを伏せて、彼の傷だらけの右手を見つめ、しばらく沈黙した後、深くため息をついた。「あなたが言った数日って、具体的にはどれくらい？」霜村冷司の表情が一瞬止まり、暗かった目に再び希望の光が宿った。彼の夕子は心を和らげた。彼女はやはり昔のまま、優しくて従順な夕子だった。彼は彼女を抱きしめる手にさらに力を込め、まるで失ったものを取り戻したかのように、もう二度と手放さないようにしっかりと掴んだ。「君の物が見つかるまで、それで終わりにしよう、いいかい？」彼は永遠を求めたかったが、彼女には桐生志越がいるため、永遠に一緒にいることは不可能だった。彼は彼女が既婚であることを知りながら、このような要求をするのは、非常に馬鹿げていて、無理で、卑劣だと分かっていた。しかし、彼は光の当たらない地下の恋人であっても、彼女と一緒にいたいと思っていた。たとえそれが短い数日であっても。和泉夕子は手のひらを握りしめ、数秒間ためらった後、妥協した。「分かった、約束するわ」霜村冷司は彼女を強く抱きしめ、彼女の耳元で感謝の言葉を囁いた。「夕子、ありがとう、もう一度やり直すチャンスをくれて……」和泉夕子の澄んだ瞳はゆっくりと上を向き、窓の外の夕
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第380話
彼の言葉に、和泉夕子はあの荒唐な光景を思い出し、顔が瞬く間に赤くなった。霜村冷司はまるで気づかないかのように、長い指を伸ばして彼女の熱くなった頬に触れた。「和泉さん、あなたと私が一線を越えたその瞬間から、もう桐生志越に対して申し訳ないことをしているんだ。今さらこんなことにこだわる必要はない」彼はそう言い終わると、和泉夕子が返事をする前に彼女を抱き上げ、浴室の方へと歩き出した。彼女を浴槽に入れた後、「疲れているようだね。ゆっくり休んで」と言った。男は使用人から受け取ったタオルを浴室の棚に置き、振り返って出て行った。和泉夕子は閉じられたドアを見つめ、深いため息をついた。霜村冷司の言う通り、昨夜すべきことはすべて終わった。もう彼とこれ以上関わりたくなくても、それはすでに事実となっている。彼女はそのことを考えると、気持ちが重くなり、全身が疲れ果てた。彼女は考えるのをやめ、ドレスを脱ぎ、水を張った浴槽に身を沈め、天井の灯りをぼんやりと見つめた。霜村冷司は浴室を出ると、急いで書斎に向かった。沢田は彼が入ってくるのを見て、すぐにソファから立ち上がった。「霜村さん、お帰りなさい」霜村冷司は軽くうなずき、書斎の机に座ると、冷淡な目で沢田を見た。「ワシントンの件はどうなった？」「問題のある人物はすべて解決しました。支社に対する脅威はもうありません」「もう一つやってもらいたいことがある」「先生、ご指示をどうぞ」霜村冷司は二枚のホテルのルームキーを沢田の前に投げた。「ワシントンで名の知れた常習犯が、昨夜この二つのスイートルームから物を盗んだ。それを取り戻してくれ」「かしこまりました」沢田はルームキーを手に取り、すぐに出て行こうとしたが、霜村冷司の冷たい声が背後から聞こえた。「裏庭から出て行け。彼女に見つからないように」沢田は振り返り、うなずいてから急いで去って行った。和泉夕子は入浴を終え、タオルを巻いて浴室から出てきた。彼女は木製の床に足を踏み入れ、ドアの前に立ち、豪華に装飾された別荘を見回した。中に使われている布地、家具、設備はすべて最高級で、吹き抜けのリビングに垂れ下がるシャンデリアもクリスタル製だった。ただ、別荘はあまりにも広く、何階もあり、一階から上を見上げると、無限に広がる空間
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第379話
その動作により、やっと怒りを鎮めた霜村冷司は、突然制御を失った。彼は和泉夕子の腕を掴み、車内に引き戻し、暗紅色の深い瞳で彼女をじっと見つめた。「和泉夕子、ワシントンは安全じゃないって言っただろう？私の言葉を無視したのか？」「私……」和泉夕子が口を開こうとした瞬間、霜村冷司が先に口を開いた。「君が私の別荘に行きたくないのは分かってる。でも、ワシントンで誰を知っていて、どこに行けるんだ？」彼の怒りの声には、絶望の色も混じっていた。「なぜこんな状況でも私の助けを受け入れないんだ？そんなに私が嫌いなのか？」彼は一生懸命、彼女に近づこうとし、何度も心を開いてきた。彼女が動じないのは仕方ないとしても、彼女が最も助けを必要としている時に、なぜ彼を拒むのか？愛していないからといって、彼の愛を無視し、踏みにじることができるのか？和泉夕子は突然怒り出した彼を呆然と見つめ、しばらくしてやっと反応した。「私が出て行こうとしていると思ってるの？」霜村冷司が無言で冷たい顔をしているのを見て、彼女は自分の推測が正しいことを知った。彼女は深呼吸して、耐えながら説明した。「車の中が息苦しくて、ちょっと外の空気を吸いたかっただけよ」説明を終えた後、彼女はさらに付け加えた。「ワシントンが安全じゃないことは分かってるから、勝手に歩き回ったりしないわ。あなたの別荘に行きたくないのは、借りを作りたくないからで、嫌いだからじゃないの」彼女の言葉に、霜村冷司の緊張した表情が少し和らいだ。彼は彼女の腕を放し、体を起こして再び横を向き、手に持っていたタバコを消した。タバコを車内のゴミ箱に捨てた後、濃いまつげを上げて和泉夕子を見つめた。「君は私に借りなんか永遠にないさ」彼はそう言い終えると、冷たく美しい声に少し無力感が漂った。「失くした物は私が探させる。その間、私の別荘に住んでくれ」和泉夕子は彼の様子を見て、拒絶の言葉を口に出さず、ただ唇を引き結び、沈黙を選んだ。霜村冷司は彼女を一瞥し、心臓が痛みで締め付けられるように感じたが、同じく一言も発せず、再び車を始動させ、別荘に向かった。ワシントンのプライベート別荘は、広大な敷地に建てられ、アメリカ風の壮大な建築様式で、前後に庭園が広がり、白い高いフェンスには艶やかなバラの茨が絡みついていた。
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第378話
彼はわざと低くした声で、少し魅惑的に、まるで彼女を誘惑するかのように話しかけた。しかし、和泉夕子は動じることなく、しっかりと彼に向かって首を横に振った。「彼女とは関係ないわ」彼女は病院で明確に言った。彼を拒絶するのは、彼を愛することがあまりにも疲れるからだと。これまでの年月、彼らの間には一度もお互いに向かって進むことはなく、常に探り合い、疑い合っていた。たとえそれが誤解によるものであっても、その傷や絶望は彼女が実際に経験したものだった。そんな互いに傷つけ合い、絡み合う過去が、彼女に恐怖を抱かせ、再び愛することを躊躇させた。霜村冷司は彼女の目から嫉妬の感情を読み取ろうとしたが、何も見つけられなかった。まるで本当に森下玲のせいではないかのように。彼は少し距離を取り、深く冷たい瞳に失望の色を浮かべた。「君は私が誰と一緒にいるか気にしていないようだね」和泉夕子は彼を一瞥し、今回は勇気を出して彼に告白した。「以前は気にしていたわ」「以前」という言葉が、霜村冷司に彼らの間の溝が時間による障害であることを気づかせた。しかし、時間は戻ることはない。彼がどれだけ後悔しても、過去に戻ることはできない。霜村冷司の目の中の失望は次第に暗いものに変わり、その美しい顔色も少し青白くなった。彼はエレベーターのドアにかけていた指を引き戻し、体を横に向け、エレベーターの前方を見つめ、冷たい視線で下降する数字を凝視した。和泉夕子は目の前の孤高で冷たい背中を見つめ、手のひらを握りしめて説明した。「私はあなたが森下玲と一緒にいると思っていたから、あなたの別荘に住むのは不適切だと思って、そう言ったの。誤解しないでほしい」霜村冷司は振り返らず、何も言わなかった。まるで聞こえなかったかのように。エレベーターのドアが開くと、彼は彼女の手首を掴み、ホテルの外へと引っ張っていった。和泉夕子は彼に強引に車に押し込まれ、彼は彼女の意志を無視してシートベルトを締め、すぐに車を発進させた。車がワシントンの街を高速で走り抜ける中、和泉夕子は少し頭を傾けて霜村冷司を一瞥した。彼は冷たい顔をして、一言も発さず、その目には冷たい霜が宿っており、まるで彼女に怒っているかのようだった。和泉夕子はそんな彼を少し怖がりながらも、勇気を出して言った。「私……あなた
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第377話
和泉夕子は霜村冷司の腕から抜け出し、エレベーターの壁に寄りかかりながら一歩後退した。「どこに連れて行くつもりなの？」霜村冷司は彼女の警戒心を見て、星のように深い目が徐々に暗くなった。「私の別荘だ」和泉夕子はその言葉を聞いて、少し困惑した。「病院で言ったこと、聞いてなかったの？」彼女の意味は、もう会わないでほしいということだった。しかし、彼は彼女を別荘に連れて行こうとしているのか？霜村冷司は数秒間彼女を見つめ、冷静に言った。「聞いてた。でも、今の状況でどこに行くつもりだ？」和泉夕子は彼の一言に詰まり、言葉が出なくなった。同時に非常に困惑した。「私と仲間で何とかする」霜村冷司は薄い唇を引き上げ、冷笑した。「彼自身も危険にさらされているのに、何ができるっていうんだ」和泉夕子は彼の前で少しでも面目を保とうとしたが、彼の言うことが正しいと気づいた。しかし……「私……」和泉夕子が言葉を発する前に、霜村冷司が遮った。「夕子、ホテルは安全じゃない。私の別荘に住め」外国はあまりにも危険で、彼女の安全を常に保証することはできない。彼の視界内にいることで、初めて安心できるのだ。和泉夕子はその言葉を聞いて、しばらく考えた後、手を握りしめ、霜村冷司を見上げた。「あなたが私の安全を考えてくれているのはわかるけど、あなたの別荘に住むことが森下玲の気持ちを考えたことはあるの？」霜村冷司は濃い眉を少ししかめた。「彼女に何の関係があるんだ？」和泉夕子は手のひらをこすりながら言った。「昨日、彼女があなたを抱きしめているのを見たの……」彼女の言葉は続かなかったが、霜村冷司は理解した。彼は一歩前に進み、高くて堂々とした体で彼女を覆った。彼は長い指を伸ばし、エレベーターのドアの上に手を置き、彼女を見下ろした。「夕子、よく聞け。私に触れることができるのはお前だけだ」和泉夕子は心が震え、信じられないように目を伏せた。霜村冷司はもう一方の手で彼女の顎を軽く持ち上げ、彼の目を見つめさせた。「森下玲は昨日、私が油断している間に抱きついただけで、私が許可したわけじゃない」彼は彼女の白い顔を見つめ、柔らかい声で説明した。「私と彼女には何の関係もない」彼がこんなに優しい声で話すのは珍しく、和泉夕子は少し戸惑った。彼女は彼の視線を避けよ
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第376話
空っぽの引き出しを見て、彼女の心は一気に沈んだ。その図鑑は姉が残した遺品だったのに、彼女が失くしてしまったのだ。和泉夕子は引き出しを数秒間見つめた後、振り返って柴田南の前に立ち、冷静に分析した。「普通の泥棒はお金にしか興味がないはず。でも、彼らは私たちの設計図を盗んだ。つまり、設計図が目的だったんだ。春奈の図鑑を狙っている同業者がいるんじゃないかしら？」柴田南はまだ警察に黄金のペンの写真を送っていたが、和泉夕子の質問に動きを止めた。彼は顔を上げて和泉夕子を見た。「多くのデザイナーが春奈の図鑑を狙っているけど、わざわざワシントンまで来て盗むなんて……」彼は何かを思い出したように、すぐに警察に数人のデザイナーの名前を伝え、調査を依頼した。警察が手がかりを持って去った後、柴田南は和泉夕子の前に立った。「このホテルは安全じゃない。別の場所に移ろう」和泉夕子はこの出来事を経験し、どこも安全ではないと感じた。「工事現場の調査が終わったら、ここに留まる必要はあるの？」もしここに留まる必要がないなら、早く帰国した方がいい。「本来なら調査が終わったら帰国できるはずだったけど、今は物が盗まれたから、少なくとも物を取り戻すまで待たなければならない」和泉夕子は納得し、うなずいた。どんなに帰国したくても、まずは姉の遺品を取り戻さなければならない。「じゃあ、別のホテルに移ろう」柴田南は深くため息をつき、首をかしげて彼女に尋ねた。「お金はまだある？」和泉夕子は振り返って別の引き出しを開けたが、中の財布も消えていた。彼女はすぐに携帯電話を取り出し、銀行のアプリを開いた。沙耶香がくれた2000万円が昨夜すでに引き出されていたことに気づいた。柴田南は彼女の携帯電話を覗き込み、口元を引きつらせて笑った。「すごいね、僕と同じ状況だ」和泉夕子は携帯電話の残高ゼロの表示を見つめ、心が痛んだ。これは沙耶香が一生懸命稼いだお金なのに……柴田南は彼女の携帯電話の画面を軽く叩き、冷静に言った。「このアフリカのスパイダーマンたちは明らかに常習犯だ。銀行カードがあれば、簡単に操作して盗むことができる。依頼者は図鑑を求めているけど、彼らはお金を求めている。協力して利益を分け合うんだ。だから、彼らに少し多く稼がせてあげよう……」
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第375話
「自分で歩けるから、降ろして」彼女は重傷を負っているわけではないので、彼に抱えられる必要はない。和泉夕子は降りようとしたが、霜村冷司は彼女を動かさなかった。彼は彼女を抱えたまま病院を出て、そのまま車に乗せた。「ワシントンは危険だ。家まで送る」霜村冷司はシートベルトを引き、彼女に装着させた後、運転手に出発を指示した。運転手はワシントンの支社から派遣されたもので、霜村社長のやり方をよく知らず、少し戸惑っていた。彼は和泉夕子を何度も見つめ、ようやく社長がナンパしていることに気づき、急いで車を降りた。霜村冷司は冷たく運転手を一瞥し、「もう来るな」と言った。運転手はその場に立ち尽くし、車を運転するなという意味か、それとも会社に来るなという意味かを考えた。彼は去っていく車を見つめ、頭を掻きながらようやく理解した。「くそ、クビになったのか！！！」霜村冷司は車を始動させ、片手でバックし、ワシントンの街を抜けた後、和泉夕子に「どこに住んでる？」と尋ねた。和泉夕子は彼に送ってもらいたくなかったが、霜村冷司はいつも独断専行だった。彼はいつも自分のやりたいことをやり、彼女には拒否する権利がなかった。彼女はシートベルトを握りしめ、不満そうにホテルの住所を伝えた。霜村冷司はバックミラー越しに和泉夕子を一瞥し、彼女が不機嫌そうな様子を見て、心が痛んだ。彼は視線を戻し、彼女を見ないようにしながら、ハンドルを強く握りしめ、迅速に彼女をホテルの前まで送った。和泉夕子が車のドアを開けて降りるとき、「ありがとうございます、霜村さん」と一言言った。彼女の礼儀正しくも距離を感じさせる態度に、霜村冷司は眉をひそめたが、何も言わず、彼女が昨晩忘れたバッグを手渡した。和泉夕子は手を伸ばして携帯を入れたハンドバッグを受け取り、再度お礼を言ってから車のドアを閉め、急いでホテルに入っていった。彼女がエレベーターを降りて部屋の前にたどり着く前に、柴田南の焦った声が聞こえてきた。「証明書はここにある。これを持って、必ず彼女を見つけて、ライダーを捕まえてくれ！」柴田南は証明書を警察に渡し、失踪届を出した後、盗難届を出し始めた。「部屋の貴重品が全部盗まれた。ほかのものはどうでもいいが、俺の金で作った画筆は絶対に見つけてくれ！」柴田
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第374話
霜村冷司は彼女が黙っているのを見て、彼女の答えを理解した。彼は骨ばった指を持ち上げ、病床のボタンを押した。院長はすぐに病室の外から入ってきた。「霜村社長、何かご用ですか？」霜村冷司はソファに寄りかかり、まだ少し青白い顔を見つめながら冷たく言った。「彼女に全身検査をしてもらって、薬が体の臓器に損傷を与えていないか確認してください」院長はただの性用薬品だと思っていたので、臓器に損傷を与えることはないだろうと思った。和泉夕子も必要ないと思ったが、止める言葉を口にする前に、院長は病室を出て行った。大株主の指示には、院長でさえ逆らえない。彼はすぐに各科に専門医を派遣して検査を行うように指示した。和泉夕子は全身をこれらの医者に検査され、貧血の症状さえも隠さずにすべて霜村冷司に報告された。彼は以前の偽の報告に心理的な影響を受けているようで、何度も医者を変えて検査を行い、同じ結果が出るまで信じなかった。眼科医が最後に検査を行ったとき、彼は彼女の目を調べて異常を感じた。彼はすぐにそばに立っている男を振り返って見た。「霜村社長、患者の目は失明したことがありますか？」霜村冷司は体を硬直させ、和泉夕子を見下ろした。「君、失明したことがあるのか？」和泉夕子はその言葉を聞いて、軽くうなずいた。「うん」霜村冷司は胸が痛み、腰をかがめて、長い指で彼女の目を撫でた。「いつのことだ、どうして教えてくれなかったんだ？」和泉夕子は彼の目に浮かぶ痛みを見て、少し眉をひそめた。「亡くなる前に、しばらく失明していました」「亡くなる」という言葉は、まるでナイフのように彼の心臓に突き刺さり、血がにじむほどの痛みを感じさせた。彼女がこれまでに耐えてきたのは、心不全の痛みだけでなく、目の失明の痛みもあったのだ。そして彼は、彼女の体が最も無力なときに、彼女のそばにいて世話をするどころか、無情に傷つけたのだ。霜村冷司は彼女の目を撫でていた指を握りしめ、罪悪感を抑えながら眼科医を見上げた。「失明の原因は何ですか？」「この患者はもともと潜在的な眼の病気を持っていましたが、普段は気づかれませんでした。なぜ突然失明したのかというと、重度の昏睡後に虚血性脳症を引き起こし、それが視覚中枢に損傷を与えたためです……」医者の言葉は、霜村冷司の心にさらに罪悪
