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第207話

松本若子は顔の涙を拭いながら、首を振って「いいえ、ありがとう」と答えた。

「わかった。もしいつか、俺にあいつを殴らせたいと思ったら、言ってくれ。いつでも行ってやるから」

彼は拳をぎゅっと握りしめ、今にも殴りかかりたい気持ちだった。

松本若子は小さく「うん」と答え、「わかった」と言った。

でも、そんな日が来ることは決してないだろう。

藤沢修と離婚したら、もう赤の他人になる。それ以降、彼と会うつもりもない。

修がどんなことをして、桜井雅子とどうなるかなんて、もう彼女には関係のないことだ。

終わるべきものはすべて終わる。そしてその時が来れば、自分ももう苦しむことはなくなるかもしれない。少し時間はかかるかもしれないけど、きっと良くなる。

「少し、一人にしてもらえる?」若子は静かに口を開き、その声には力がなかった。

遠藤西也は立ち上がり、「何かあったら、いつでも呼んで」とだけ言った。

松本若子は「うん」と短く返事をした。

西也が部屋を出たあと、彼女は一人ベッドに横たわり、無力なまま、虚ろな目で前を見つめていた。焦点の定まらない視線の先には、何も映っていなかった。

......

若子は部屋にこもったまま、夜の七時まで動かなかった。夕食もまだ食べていない。何度か西也は、彼女に「夕飯はどうする?」と尋ねようとしたが、彼女の気持ちを考え、結局は声をかけなかった。

しかし、若子が夕食を食べなければ、彼はまた心配になる。彼女は修のことで心を痛めているだけでなく、空腹のまま過ごしていたら、身体にも影響が出る。しかも今は妊娠中なのだ。

思い悩んだ末に、西也は彼女の部屋のドアをノックした。「若子、夕食に何か食べたいものはある?」

「......」

部屋の中からは、何の返事もなかった。

しばらくの間、静かな時間が流れた後、西也は続けた。「君が食べなくても、お腹の赤ちゃんには栄養が必要だ。これから夕食を作るから、後で呼びに行くよ。いいかな?」

「......」

「若子、何も言わなかったら、了承したと見なすよ。後で呼びに行くから、そのときは返事をしてくれると嬉しい」

十数秒ほど経った後、部屋の中から小さな声で「わかった」という返事が聞こえてきた。

西也は少し安堵し、部屋を離れた。

その後、遠藤花が外から帰ってくると、家の中にはおいしそうな香りが漂っていた
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