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第2話

その夜、景山はいつまで経っても帰ってこなかった。

考えなくても、彼は今頃、池に落ちて冷えてしまった烏森のそばについてあげているのだ。

綾夏は密かに壁を乗り越えて、私の部屋に来てくれた。私のそばに座った彼女は、小さな箱を差し出した。

「我はもう薬を飲んだのじゃ。この数日内で発作を起こしましょう」

「我が仮死状態になったら、和葉は隙を見て我の遺体を抱えて、輪廻の井戸に飛び込めば、我らは帰れるのじゃ」

「輪廻の井戸の中での魔気のことは怖がらなくても大事ない。これは我が白雲の丹師から貰うた秘薬じゃ。これを飲めば、魔気の侵入を一時阻止できる」

勝手に話を進んでいる中、彼女は急に笑い出した。

「のう、和葉、我らはこれで心中ってことになるじゃろう?」

私は彼女を白い目で見て、何も言わなかった。

扉の外で足音がしたので、綾夏は私を見てぺろりとしたの共に、再び壁を乗り越えて自分の宮殿へと戻った。

次の瞬間に、景山は扉を押し開けて、入ってきた。

寝床に座っていた私を見て、彼は皺を寄せながら言った。

「そなたは誰と話をしておった?」

私は頭を振って、彼の前では依然として服従の振りをした。

「いいえ、我の独り言だけじゃ......」

景山もそれ以上何も聞かずに、ただ淡々と私に一瞥した。

「寝ましょう」と彼は言った。

私は彼のその態度で少々戸惑い、彼はいつものように、「なぜ藍璃に害をなしたか」と私を問い詰めなかったことで驚いた。

けれど私はすぐ彼の言葉に従い、寝床の一番奥に横になった。

服の布が微かに摩擦した音がしたあと、景山も私のそばに横になっていた。

背中を見せた彼の声には、なんの感情も聞き取れなかった。

「藍璃も帰ってきたばかりじゃのう。あれは安堵感がなさすぎのだけじゃ。余もこれまでのお情けを念じないと」

側に寝ているから伝わってきた体温の暖かさを感じながら、私の心頭は冷めていく一方だった。

景山は昔から頭が冴えていて、ずっとことの本質を理解していたのだ。

彼は、今日烏森が池に落ちたのも、これまでの数々も私と綾夏を陥れるための、烏森自身の自作自演だということを理解していたのだ。

それでも、彼は烏森を庇うことにしたのだ。

他に理由はなく、「安堵感がなさすぎのだけじゃ」という一言のためだった。

私も寝返って、「うん」と小声で返事した。

烏森藍璃が帰ってきてから、同じことが周りの一切合切によって繰り返された。

それは、私に今の暮らしができたのは、烏森藍璃と似た顔立ちで生まれたお陰だったことだ。

身代わりの分際で、本物のしようとしていることに割り込めないのは当然であろう。

私は目を閉じて、これ以上何も言わなかった。

後ろから彼の穏やかか呼吸音がしてきたが、私はどうしても寝付けなかった。

......

二日後、綾夏はもう一度壁を乗り越えて、私の庭に入ってきた。ついでに、一枚の指輪を投げつけてきた。

「この指輪は中々に霊物じゃ。色んなものを格納できる。和葉この二、三日で荷物をまとめて出発の準備をせよう」

指輪を受け取った私は、景山にもらった宝飾品や霊石などを片っ端から指輪に納めた。

それ見た綾夏は下を巻いた。

「景山のやつ、意外と気前がいいのう」

翌日、ちょうど私が寝殿の手前にある小さな庭につくばいて、私の植えた花の手入れをしていた頃、外からけたたましい足音が聞こえてきた。

立ち上がった私は、門を出てそこを通っていた侍女を一人止めて訊ねた。

その侍女はすごく緊張しているように見えたが、私の身分を免じて丁寧に返答してくれた。

「景河殿は今日、王妃様と藍璃天女を連れて宴のために上清へ参りましたが、お戻りになられる途中で魔族に襲われ、藍璃天女は傷を負ったため、景河殿は現に藍璃天女の怪我の手当てをするよう侍医を呼びあつめておられます!」

心の中にあった不安がだんだん強くなり、私の声までが狂い出した。

「王妃様はどこじゃ?!綾夏殿はどうしたのじゃ?!」

侍女はほんの僅かに戸惑って、怯えた口調で答えた。

「景河殿がお戻りになられた時に、王妃様を見かけませんでした......」

私はその侍女の袖を握っていた手を離して、死に物狂いのように星雲殿へ走った。

天界の入口を通った頃、私は景河の身近な側近が見覚えのある誰かを抱えていたのを目にした。

私はその側近のほうへ飛んでいった。体中傷だらけの綾夏を見て、目を赤くした。

「綾夏、綾夏、痛いじゃろう?」

衰弱していた綾夏は微笑んでくれた。

「痛いのに決まっとる」

「なれど、もうすぐ解放されるのじゃ」

私は一瞬で、彼女の言っていたことの意味を悟った。

あの薬の薬効が回ってきた。

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