第5話

こうして、高層幹部たちが女部長の陰で口を悪くしていた醜い姿は、全部見られちゃった。。

「何てことだ！我々のお嬢様は高城家の唯一の娘だぞ！あの人たちの頭の中には一体何が詰まっているんだ？！」助手席に座っていた社長秘書の林田翔太は怒りで頬が赤くなっていた。

「まあまあ、正室の子とか側室の子とか、そんなことはもう大昔の話でしょ。私は気にしていないわ、翔太ちゃんはあんまり気にしないで」桜子は目を細め、細い手を伸ばして翔太の頬を軽くつまんだ。その瞬間、翔太の顔は桃のように赤く染まった。

「桜子、あなたは未来のKSの社長なんだから、少しは権力者らしい態度を見せて、翔太にちょっかいを出すのはやめなさい」樹は軽く眉をひそめた。

「どうして？男の社長が女性秘書をからかうのは許されるのに、私が男の秘書に触るのはダメなの？」

桜子は舌打ちをしながら言った。「私は彼を触ってあげてるんだから、彼は感謝するべきよ！」

樹は軽く首を振り、その顔にはただただ優しさと愛に満ちた笑顔が浮かんでいた。

......

高層幹部たちは高城兄妹を囲んでホテルに入った。

副部長の小島はVIPエレベーターの方へ案内しようとしたが、桜子はさりげなくこう言った。

「まずはレストランを見てみたいわ」

なんと！入ったばかりなのに、お世辞を言う間もなく、早速視察を始めるなんて！

小島副部長は緊張しながら、桜子たちをビュッフェレストランに案内した。

樹は一切表情を崩さず、存在感のある「透明人間」になろうとして、全部妹に任せた。

まだランチタイムには早かったため、レストランには客はおらず、従業員たちもう料理を並べ始めていた。

桜子の鋭い目が料理を一つ一つ見渡し、突然、彼女はシーフードのコーナーで足を止めた。

袖をまくり上げた彼女は、ガラスの水槽に手を突っ込み、数百匹のエビの中から正確に一匹の死んだエビを取り出した。

「説明して」

「こ、これ死んでないんじゃないか......」小島副部長は口ごもりながら言った。

「死んでないなら、副部長が食べてみるか？」桜子は紅い唇を持ち上げて言った。

「桜、桜子部長、見ての通り、エビはたくさんいますし、一匹ぐらいが死んだのも普通です......」

「エビが死ぬのは普通かもしれないけれど、それをお客さんが食べて食中毒を起こしたら、それも普通だと思うの？」

桜子は瞬時に笑顔を消し、「さらに、この水槽には全部で356匹のエビがいて、私がざっと見ただけでも、死んでいるエビが5匹、死にかかっているエビが30匹以上いるわ。6000円の料金を払って、こんなものを食べさせられるお客さんの気持ちは想像がつかないけれど、私の気持ちとしては、このホテルを一生ブラックリストに載せ、二度と足を踏み入れないということね」

「すぐにすべてのシーフードを処分し、新しい仕入れ先に変更するように。明日のランチでまた死んだエビが見つかったら、私が副部長に食べさせてあげるわ」

小島副部長はその場に膝が折れそうになり、他の幹部たちは驚いた表情を浮かべた。

それは樹と翔太だけが知っていることだが、桜子は一度見たものを忘れず、一目で多くの情報を把握する能力を持っている。子供の頃には、その才能で警察を助け、大きな刑事事件を解決に導いたこともあったのだ。

数匹のエビを見分けるくらい、朝飯前だ。

次に客室フロアに移動すると、桜子は翔太から白いハンカチを受け取り、壁や絵のフレームに軽く拭きつけた。

「清掃が行き届いていないわ。やり直して」

幹部たちは心の中で悲鳴を上げた。

「きっと、私が大げさで、細かいことにこだわりすぎると思っているでしょう？」

桜子は冷静な顔をしていたが、その声は鋭く厳しかった。「でも、どんなに古いホテルでも、細かい点を見落とすれば、それだけで星を失う可能性があるのよ」

彼女は翔太に目配せをし、翔太はすぐに指示を下した。「この客室のドアを開けて」

客室部の責任者は震えながらドアを開けた。以前の上司たちは、見せかけのサンプルルームを二部屋だけ準備していたが、桜子はまるで予測不可能な一手を繰り出してくる。

桜子は客室に入ると、まずバスルームをチェックし、それからベッドに座った。

その瞬間、彼女の美しい顔が凍りついた。

だが、彼女は何も言わず、視察を終え、兄と共に部長室に向かった。

「一通り見て、どう感じた？」高城樹は笑みを浮かべながら尋ねた。

「はあ......ゴミだらけ、めちゃくちゃよ！」

桜子は困った様子でソファに座り、肘を手すりにかけて頭を抱えた。「父さんは私を試しているのか、それともからかっているのかしら？このホテル、本当に最悪ね！これが本当に私たち高城家の資産なの？」

「桜子、このホテルは祖父が創設したものなんだ。高城家は、かつてホテル業界から一歩ずつ拡大して、今のKS財団を築き上げたんだ。だから、このホテルは単なるゴミではなく、高城家の三代にわたる思い出が詰まった場所なんだ。ただ、今では高城家の資産が多すぎて、しかもホテル業界もこの数年間は厳しい状況が続いているから、私たち兄弟もそれぞれの仕事に忙しく、管理が行き届かなくなってしまったんだ」

樹は自責の念に駆られ、ため息をついた。「妹よ、少し苦労してくれないか」

その時、桜子は部屋の隅に置かれた黒いグランドピアノに気づいた。

息が止まりそうになった。

「このピアノは私が特別に置いたものだよ。以前、桜子が気分が落ち込んだ時にピアノを弾いたり、馬場で思い切って馬に乗ったりするのを覚えているからね」

樹は優しい瞳を細めて言った。「ここ数ヶ月、忙しくなるだろうから、馬場には行けないだろうけれど、疲れた時はピアノを弾いて少しリラックスしてくれ。ピアノ演奏はとても上手だった......」

「ありがとう、樹お兄さん。でも、もうピアノはずっと昔から弾いていなかったの」

桜子の喉が詰まり、心に残った傷が開き始めた。その傷から流れ出る血は、まだ温かい。

「どうしたんだ？」樹は驚いて尋ねた。

「無国境医師団で働いていた時、戦場で負傷者を救助している際に手を傷めてしまったの。小指の腱が切れてしまって、完全には治らなかった。広い音域の曲はもう弾けないから、ピアノはやめたのよ」

桜子はできるだけ平静を保ちながら話した。

樹の心は痛み、すぐに妹の小さな手を取った。

「それは......宮沢隼人のためだったのか？」

「そうでもあり、そうでもないわ」

桜子はその名前を聞くと、胸が痛むのを感じたが、それでも明るい笑顔を見せかけた。「私は平和のために傷ついたの。これも一つの栄光よ」

五年前、彼女が心から愛した宮沢隼人と再会したのは、K国の国境戦場でのことだった。

彼女は戦場の医師で、彼は国連平和維持部隊の兵士だった。

彼は平和のために戦い、彼女は彼を安全地帯まで運ぶために、片手をほぼ失う危機に直面した。

かつて、彼女はそれを誇りに思っていた。しかし今、彼女がその麻痺した小指を見るたびに、心が痛むだけだった。

だが、もう過去のことだ。桜子はたとえ間違った人を愛しても、決して泣きながら後悔はしない。

その時、翔太がノックして急いで部屋に入ってきた。

「お嬢様のご指示通り、調査を進めたところ、当ホテルの寝具や一部の家具の供給元はエリー家具であり、小島副部長が手配したものです！」

「ふん、なるほどね。エリー家具か」

桜子は足を組み、美しい瞳を鋭く細めた。「財務部に近年のホテルのすべての帳簿を整理させ、新しい寝具の供給元を見つけて、エリー家具をすべて入れ替えなさい！」

「そんな大がかりなことを？」樹は驚いて眉を上げた。

「エリー家具は、隼人の愛人のお兄さんが設立した会社よ」

「おお、個人的な復讐か」樹と翔太は口を揃えて言った。

「違うわよ！エリー家具は粗悪品を良品として売りやがって、KSワールドに安物の寝具を売りつけていたから、私は彼らを厳しく罰するのよ！」桜子は鼻を鳴らして答えた。

あの硬いベッドマットレスを思い出すだけで、彼女は怒りがこみ上げてきた。宿泊の快適さはホテルの印象に大きな影響を与えるのだから、ネット上の悪評が多いのも無理はない。

「そういえば、もう一つの件ですが......」

翔太は急いで言った。「高城社長からのご指示で、宮沢家の動向を注意深く見守っていましたが、先ほど宮沢家のお爺様が脳卒中で倒れ、当社の病院に入院しているとの情報が入りました！」

「おじいさんが入院したの？！」桜子は立ち上がり、胸が焦げつくように心配になった。

その時、樹の携帯電話が鳴った。

彼は長い睫毛を伏せて画面を見つめ、薄く微笑んだ。

「桜子、あなたの元夫からだ」