今回、辰夫が戻ってきた理由は、紗枝だけではなく、過去に啓司に妨害されて奪われたプロジェクトを取り戻すためでもあった。彼は今、黒木グループを仕切っているのが本来の当主ではないことを知っており、特に心配することはなかった。一方、牧野は辰夫の堂々とした態度に驚いた。現在、社長は記憶を失っているため、この話を彼に伝えるつもりはなかった。しかし、辰夫は啓司に現実をしっかり認識させるつもりでいるようだった。紗枝家。啓司が点字対応のパソコンで仕事をしながら、紗枝の帰りを待っていた。もう夜の8時になっても彼女はまだ戻っていない。普段ならこの時間には帰っているはずだった。その時、彼のスマホにメッセージが届き、自動音声で再生された。「黒木社長、辰夫です。今日、紗枝はずっと僕と一緒にいました。少し遅くなりますが、よろしくお願いします」啓司はそのメッセージを聞き終えると、顔がみるみる黒く曇っていった。もはや仕事に集中することはできず、部屋を出て外へ出た。外は大雪が降りしきる中、啓司は雪の中に立ち、少し眉をひそめながら、ポケットから盲人用のスマホを取り出し、紗枝に電話をかけた。この番号は、彼がこっそり登録しておいたものだった。一方。紗枝は逸之と遊んで帰りが遅くなり、今、家に向かって車を運転していた。雪が激しく、視界が悪く道が滑りやすいため、彼女は慎重にゆっくりと進んでいた。その時、スマホが鳴り、彼女は画面を確認せずに通話ボタンを押した。「はい」「どこにいるんだ?」啓司の冷たい声が電話の向こうから聞こえた。紗枝は彼の声に特に違和感を覚えず、「帰り道よ」と答えた。その途端、車が突然スリップし、彼女は前方の道がよく見えないまま、道端に向かって車を突っ込んでしまった。「ドン!」という衝撃音が響き、車は路肩の木に衝突し、エアバッグが作動した。紗枝は衝撃で少し気が遠くなり、スマホも座席の下に転がり落ちてしまったが、幸いにも車速が遅かったため怪我はなかった。車は動かなくなり、紗枝は緊急信号を点灯させた。座席の下にあるスマホに手が届かず、仕方なく車を降り、誰か助けてくれる人がいないか探そうとした。一方、啓司は電話の向こうで音が途切れるのを聞き、何度呼びかけても返事がないことに気づいた。その夜は
冷え切った紗枝の手が、まるで氷のように冷たく、啓司の胸元に触れた。その瞬間、啓司の足が止まり、冷たさを感じるどころか、全身の血が沸騰するようだった。紗枝のもう片方の手が、無意識に彼の顔に触れると、そこは驚くほど熱かった。「啓司、熱があるんじゃない?」と、力なく言った。こんなに寒いのに、啓司の顔はまるで火がついたように熱くなっている。どう見ても熱があるに違いなかった。啓司は薄い唇を一文字に結び、喉仏が少し動いた。「昨夜言ったことは、ずっと本気だ」紗枝は彼の唇が動いているのを見ていたが、何を言っているかは分からず、ただ適当に「うん、うん」と答えた。啓司はさらに足早に歩を進めた。ようやく家に戻ってきた。出雲おばさんは二人が雪をかぶって帰ってきたのを見て、急いでタオルを持ってきた。「どうしてこんな遅くに?」啓司はタオルを受け取り、紗枝の体についた雪を拭い始めた。紗枝は体を固くしながらも、出雲おばさんに向かって安心させるように言った。「出雲おばさん、もう遅いから早く休んで。今日は帰りが遅くなっちゃって、車が途中で故障しちゃった」出雲おばさんに心配をかけないよう、紗枝は自分が聞こえなかったことは言わず、急いで話を続けた。「そう、それなら熱いお風呂に入って、冷えを取らなきゃね」出雲おばさんはすぐに休むことはせず、台所に向かい、生姜湯を作って紗枝の冷えを取ろうとしていた。啓司は紗枝を部屋に連れて行き、彼女をソファに座らせて、適当に何着かの乾いた服を持ってきた。「浴槽にお湯を入れておくから、服を脱いで、入浴後にこれに着替えて」紗枝は彼の口元を見て、どうやら着替えを指示されていると思い、「分かったから、あなたも着替えてきて」と返した。啓司は低く「うん」と答えた。彼は着替えずにバスローブだけを手に取り、そのまま紗枝の部屋のお風呂へ向かい、シャワーを浴び始めた。紗枝は物音が聞こえないまま、ぎこちなく清潔な服に着替え、ソファに丸くなってブランケットにくるまり、じっと動かずに体を丸めていた。室内は床暖房で暖かく、しばらくすると紗枝は少しうとうとしてきた。啓司はタオルを腰に巻いただけでバスルームから出てくると、紗枝を抱き上げた。その不意の動きに紗枝は目を開き、手が彼のたくましい腕に触れ、瞬時に目が
二人は向かい合って座り、微妙な緊張が漂っていた。啓司が先に口を開いた。「どうして、耳が聞こえなくなったって教えてくれなかったんだ?」紗枝はうつむき、瞳にはどうしようもない迷いが漂っていた。「家に帰れば治ると思ったから」啓司は手を伸ばして彼女に触れようとしたが、紗枝はその手を避けた。彼の手が宙に浮いたまま止まった。「紗枝、今日は誰と一緒にいた?」紗枝は一瞬驚き、彼を見つめた。「また誰かを使って私を尾行しているの?」これは、啓司が記憶を失う前にもっともよくやっていたことだった。啓司は喉を詰まらせた。「また」とはどういう意味だ?いつ自分が彼女を尾行したというのだ?彼が説明しようとした矢先、出雲おばさんの部屋のドアが開き、医師たちが出てきた。「急なストレスが原因でしたが、大事には至っていません。今後は静養が必要です」と告げられた。牧野も医師たちと共に出てきて、昼間見た光景が頭をよぎりながら、冷ややかな目で紗枝を見つめた。しかし啓司がいる手前、何も言わずにいた。「社長、これで失礼します」「ああ」牧野は啓司に一礼し、退室していった。室内に残されたのは紗枝と啓司だけだった。「今日は、家まで送ってくれて、出雲おばさんのために医師を呼んでくれて、ありがとう」と紗枝は言った。彼女は、彼が自分に尾行をつけた件と今回の助けは分けて考えるべきだと思っていた。「僕たちは夫婦だ。礼を言う必要はない」啓司はそう言った。再び手を伸ばし、紗枝の腕を握った。「それから、僕は誰も使って君を尾行なんてしていない」紗枝は信じようとはしなかった。「来月は年末だ。明日あなたを牡丹別荘に送り返す」それはあくまで決定事項で、質問ではなかった。啓司は彼女の腕をしっかりと握り、「君はどうするんだ?」と聞いた。「私は出雲おばさんの世話する」その言葉に啓司の胸が切り裂かれるような痛みを覚え、ふと尋ねた。「紗枝、君は僕と結婚したのは......僕を愛していたからか?」彼の記憶の中では、紗枝は彼を心から愛していて、決して彼を傷つけようとはしないはずだった。紗枝は答えに詰まった。最初は自分が啓司を愛していると思っていたけれど、結局のところ、ずっと人を見誤っていたことに気づいた。室内に重苦しい沈黙が漂い
清明節に大雨が降った。病院の入り口。痩せた夏目紗枝の細い手に、妊娠検査報告書が握られていた。検査結果は見なくても分かった。報告書にははっきりと二文字が書かれていた――『未妊』!「結婚して3年、まだ妊娠してないの?」「役立たずめ!どうして子供を作れないの?このままだと、黒木家に追い出されるぞ。そんな時、夏目家はどうするの?」お母さんは派手な服をしていた。ハイヒールで地面を叩きながら、紗枝を指さして、がっかりした表情を見せていた。紗枝の眼差しは空しくなった。心に詰まった言葉が山ほどだが、一言しか口に出せなかった。「ごめんなさい!」「ごめんなどいらない。黒木啓司の子供を産んでほしい。わかったか?」紗枝は喉が詰まって、どう答えるか分からなくなった。結婚して3年、啓司に触られたこと一度もなかった。子供なんかできるはずはなかった。弱気で無能な紗枝が自分と一寸も似てないとお母さんは痛感していた。「どうしても無理があるなら、啓司君に女を見つけてやって、君のいいこと、一つだけ覚えてもらえるだろう!」冷たい言葉を残して、お母さんは帰った。その言葉を信じられなくて紗枝は一瞬呆れて、お母さんの後ろ姿を見送った。実の母親が娘に、婿の愛人を探せっていうのか冷たい風に当たって、心の底まで冷え込んだ。…帰宅の車に乗った。不意にお母さんの最後の言葉が頭に浮かんできて、紗枝の耳はごろごろ鳴り始めた自分の病気が更に悪化したと彼女はわかっていた。その時、携帯電話にショートメールが届いた。啓司からだ。「今夜は帰らない」三年以来、毎日に同じ言葉を繰り返されていた。ここ3年、啓司は家に泊まったことが一度もなかった。紗枝に触れたこともなかった。3年前の新婚の夜、彼に言われた言葉、今でも覚えていた。「お宅は我が家を騙して結婚するなんて、肝が備わってるな!君は孤独死を覚悟してくれよ!」孤独死…3年前、両家はビジネス婚を決めた。双方の利益について、すでに商談済みだったしかし結婚当日、夏目家は突然約束を破り、200億円の結納金を含め、全ての資産を転出した。ここまで思うと、紗枝は気が重くなり、いつも通りに「分かった」と彼に返信した。手にした妊娠検査報告書はいつの間にかしわだらけに握りつぶされた
「啓司、ここ数年とても不幸だったでしょう?「彼女を愛していないのはわかっています。今夜会いましょう。会いたいです」 画面が暗くなっても、紗枝は正気に戻ることができなかった。タクシーを拾って、啓司の会社に行こうとした。窓から外を眺めると、雨が止むことなく降っていた。彼の会社に行くのが好まれないから、行くたびに、紗枝は裏口の貨物エレベーターを使っていた。紗枝を見かけた啓司の助手の牧野原は、「夏目さんいらっしゃい」と冷たそうに挨拶しただけだ。啓司のそばでは、彼女を黒木さんと見て目た人は一人もいなかった。彼女は怪しい存在だった。紗枝が届いてきたスマホを見て、啓司は眉をひそめたた。彼女はいつもこうだった。書類でも、スーツでも、傘でも、彼が忘れたものなら、何でも届けに来たのだ…「わざわざ届けに来なくてもいいと言ったじゃないか」紗枝は唖然とした。「ごめんなさい。忘れました」いつから物忘れがこんなにひどくなったの?多分葵からのショートメールを見て、一瞬怖かったせいかもしれなかった。啓司が急に消えてしまうのではないかと危惧しただろう…帰る前に、我慢できず、ついに彼に聞き出した。「啓司君、まだ葵のことが好きですか?」啓司は彼女が最近可笑しいと思った。ただ物事を忘れたではなく、良く不思議なことを尋ねてきた。そのような彼女は奥さんにふさわしくないと思った。彼は苛立たしげに「暇なら何かやることを見つければいいじゃないか」と答えた。結局、答えを得られなかった。紗枝は以前に仕事を探しに行ったが、結局、黒木家に恥をかかせるという理由で、拒否された。姑の綾子さんにかつて聞かれたことがあった。「啓司が聾者と結婚したことを世界中の人々に知ってもらいたいのか?」障害のある妻…家に帰って、紗枝はできるだけ忙しくなるようにした。家は彼女によってきれいに掃除されていたが、彼女はまだ止まらなかった。こうするしか、彼女は自分が存在する価値を感じられなかったのだ。今日午後、啓司からショートメールがなかった。普通なら、彼は怒っているか、忙しすぎるかのどちらかだったが…夜空は暗かった。紗枝は眠れなかった。ベッドサイドに置いたスマホの音が急になり始めた。気づいた彼女はスマホを手にした。
「君はたぶん今まで恋を経験したこともないだろう。知らないだろうが、啓司が私と一緒にいたとき、料理をしてくれたの。私が病気になった時、すぐにそばに駆けつけた。彼がかつて言った最も温もりの言葉は、葵、ずっと幸せにいてね…「紗枝、啓司に好きって言われたことがあるの?彼によく言われたの。大人気ないと思ったのだが…」紗枝は黙って耳を傾け、過去3年間啓司と一緒にいた日々を思い出した。 彼は一度も台所に入らなかった…病気になった時、一度もケアされなかった。愛するなど一度も言われてなかった。紗枝は彼女を冷静に見つめた。「話は終わったの?」葵は唖然とした。紗枝があまりに冷静だったせいか、それとも目が澄みすぎて、まるで人の心を見透かせたようだ。彼女が離れても葵は正気に戻らなかった。なぜか分からないが、この瞬間、葵は昔に夏目家の援助をもらう貧しい孤児の姿に戻ったように思った。夏目家のお嬢様の目前では、彼女は永遠にただの笑われ者だった…紗枝は葵の言葉に無関心でいられるのでしょうか? 彼女は12年間好きだった男が子供のように他の人を好きになったことが分かった。耳の中は再び痛み始め、補聴器を外した時、血が付いたことに気づいた。いつも通り表面から血を拭き取り、補聴器を置いた。眠れなかった… スマホを手に取り、ラインをクリックした。彼女宛のメッセージは沢山あった。開いてみたら、葵が投稿した写真などだった。最初のメッセージは、大学時代に啓司との写真で、二人は立ち並べて、啓司の目は優しかった。2枚目は2人がチャットした記録だった。啓司の言葉「葵誕生日おめでとう!世界一幸せな人になってもらうぞ!」3枚目は啓司と二人で手を繋いで砂浜での後姿の写真…4枚目、5枚目、6枚目、沢山の写真に紗枝が追い詰められて苦しくなった…彼女はそれ以上見る勇気がなく、すぐに電話を切った。この瞬間、彼女は突然、諦める時が来たと感じた。 この日、紗枝は日記にこんな言葉を書いた。――暗闇に耐えることができるが、それは光が見えなかった場合に限られる。翌日、彼女はいつものように朝食を準備した。しかし、六時過ぎても彼が戻らなかった。その時、紗枝が思い出した。彼は朝食をたべにこないと言ったのだ。啓司が戻らないと思って、一人
今思えば、お父さんはとっくに分かった。啓司が紗枝の事好きじゃなかった。 しかし、お父さんは彼女の幸せのため、黒木家と契約を結び、彼女が望むように啓司と結婚させた。 でも、意外なことに、二人が結婚する前に、父親が交通事故に遭った。お父さんが他界しなかったら…弟と母親は契約を破ることもなかった…資産譲渡についてのすべての手続きを彰弁護士に渡して、彼女は家へ向かった。帰り道の両側に、葵のポスターがたくさん並べられていた。ポスター上の葵は明るくて、楽観的できれいだった。紗枝は手放す時が来たと思った。啓司に自由な身を与え、そして自分も解放されるのだった。邸に戻り、荷物を片付けた。結婚して3年間経ち、彼女の荷物はスーツケース一つだけだった。離婚合意書は、昨年、彰弁護士に準備してもらった。 たぶん、啓司の前では、彼女は劣っていて、卑しくて、感情的だったと思った。だから、2人の関係が終わりを迎える運命にあると思って、とっくに離れる準備をした… 夜、啓司からショートメールが届かなかった。 紗枝が勇気を出してショートメールを送った。「今夜時間ありますか?お話したいことがあります」向こうからなかなか返事が来なかった。 紗枝はがっかりした。メールメッセージでもしたくなかったのか。朝に戻ってくるのを待つしかなかった。向こう側。黒木グループ社長室。啓司はショートメールを一瞥して、スマホを横に置いた。親友の和彦は隣のソファに座っていた。それに気づき、「紗枝からか?」と尋ねてきた。啓司は返事しなかった。和彦は何げなく嘲笑した。「この聾者は黒木さんと思ってるの。夫の居場所まで調べたのか?「啓司君、彼女とずっと一緒に過ごすつもりなの?現在の夏目家はもうだめだ。紗枝の弟の太郎は馬鹿だ。会社経営知らなくて、間もなく、夏目家は潰れるのだ。「そして、紗枝のお母さんは猶更だ!」 啓司は落ち着いてこれを聞いた。「知ってるよ」 「じゃあ、どうして離婚しないの?葵はずっと待ってるのよ」和彦は熱心に言った。彼の心の中では、シンプルで一生懸命努力する葵は腹黒い紗枝より何倍優れていると思った。 離婚と思うと、啓司は黙った。 和彦はそれを見て、いくつかの言葉が口走らざるを得なかった。 「紗枝に愛情を
紗枝は自分の部屋に戻り、沢山の薬を無理やりに飲み込んだ。 耳の後ろに手を伸ばして触れると、指先が真っ赤に染まっていた。 医師のアドバイスが頭に浮かんできた。「紗枝さん、実際には、病気の悪化は患者の気持ちに大きく関わってる。できるだけ感情を安定させ、楽観的になり、積極的に治療に協力してね」楽観的に、言うほど簡単ではなかった。紗枝はできるだけ啓司の言葉を考えないようにして、枕にもたれかかって目を閉じた。外が薄白くなったとき、彼女はまだ起きていた。薬が効いたせいか、彼女の耳がいくらか聴力を取り戻した。 窓から差し込む些細な日差しを見て、紗枝はしばらく茫然としていた。 「雨が止んだ」 本当に人を諦めさせるのは、一つの原因ではなかった。 それは時間とともに蓄積され、最終的には一撃があれば。その最後の一撃は草でも、冷たい言葉でも、些細なことでも可能だった… 今日、啓司は出かけなかった。 朝早く、ソファに座って紗枝からの謝罪を待っていた。後悔する紗枝を待っていた。 結婚して3年になるが、紗枝がひねくれたことはないとは言えなかった。しかし、彼女がすねて泣いてから暫く、必ず謝りに来た。啓司は、今回も変わりはないと思った。 紗枝が歯磨いて顔を洗ってから、普段着ている暗い服を着て、スーツケースを引きずり、手に紙を持っていた。 紙を渡されたから啓司は初めて離婚合意書であることが分かった。 「啓司、時間がある時に、連絡してください」 紗枝は啓司にごく普通の言葉を残してスーツケースを引きずりながら出て行った。雨が上がり、澄み切った空だった。 一瞬、紗枝は新たな命を与えられたように感じた。 啓司は離婚合意書を手に取り、リビングルームのソファで凍りついた。 長い間、正気に戻ることができなかった。 紗枝の背中が彼の前に消えてから、あの女がいなくなったと初めて気づいた。 ただ一瞬だけ落ち込んだが、すぐ冷たい自分に取り戻し、紗枝の家出を忘れた。どうせ、彼の電話一つ、言葉一つで、紗枝は瞬く間に彼の側に戻り、これまで以上に彼を喜ばせるだろうと思った。 今回も、間違いなく同じだろう。 今日は清明節後の週末だった。 例年のこの時期に、啓司は紗枝を連れて実家に戻りお墓参りをしていた。 黒木家の親