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第284話

紗枝はふと自分が哀れに思えてきた。黒木家に嫁いで何年も経つのに、彼女は黒木家に何一つ求めたことはなかった。

それどころか、彼女は自分のすべてを啓司に捧げてきた。

それなのに、黒木家の人々は、彼女が財産を狙っているのではないかと心配している。

なんて馬鹿げていて、悲しいことだろう。

紗枝は綾子に振り返りながら、「それは裁判所の判断に任せます」と冷静に答えた。

彼女は財産が欲しいわけではないが、今は綾子を喜ばせる気などなかった。

綾子は本当に怖くなり、紗枝が去るのを見送りながら慌てて啓司に電話をかけた。

紗枝と啓司の結婚生活はもう8年にもなる。

その8年間で、黒木グループは驚くべき発展を遂げ、国内企業から一流の上場企業へ、そして世界トップ100にまで成長した。

もし、この8年分の財産を半分紗枝に分けるとなると、その額は軽く数千億を超えるだろう。

「啓司、今どこにいるの?」電話が繋がるや否や、綾子は慌てて尋ねた。

「会社だ」

啓司も報道を目にしており、誰がこれをリークしたのか調査していた。

「さっき、紗枝に会ったの。報道は事実よ。彼女、うちの財産を狙ってる。本当に恐ろしい女よ」綾子は怒りで声を震わせながら言った。

啓司は母親の言葉を全く信じなかった。

彼はそれ以上母親と話す気にならず、短く答えた。「わかった。心配するな、この件は俺が対処する」

彼は離婚に同意するつもりなどなかった。

啓司が電話を切ると、彼の前にはイタリア製のオーダーメイドスーツを着た、冷淡で端正な顔立ちの男が座っていた。

「花城弁護士、この報道はあなたの仕業じゃないでしょうね?」

啓司は冗談交じりに尋ねた。実言は傲慢な表情を崩さず答えた。「違います」

啓司は視線を戻し、淡々と口を開いた。

「ここに来てもう2週間くらいになるが、元カノには会いに行かないのか?」

彼はどうしても紗枝と法廷で争いたくなかった。

そんな場所は紗枝には似合わない。

彼自身も彼女に会いたくてたまらなかった。

実言は賢い男だ。啓司の考えを察し、正直に伝えた。「唯は頑固な性格です。彼女が決めたことは、変わりません」

つまり、会いに行っても、唯が紗枝に訴訟を取り下げるよう説得することは不可能だという意味だった。

啓司は、頭が良すぎる男も良くないと感じた。だからこそ、唯が彼と別れたのかもし
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