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第165話
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億万長者が狂気の果てまで妻を追い求める 第846話
「大丈夫？」とエイリーが心配そうに尋ねた。梓は頬を赤らめ、慌てて首を横に振った。「ううん、全然」イケメンを見て頬が熱くならない人なんている？そう自分に言い聞かせながら、頭の中には牧野の顔が浮かんでいた。彼だって十分かっこいいのに──その頃、牧野と啓司を乗せた車はすでに山のふもとに到着していた。車内で、牧野は啓司に説明していた。「新人のタレントなんです。最近は会社の業務が立て込んでいて、つい彼のことを忘れていたら、アフリカから勝手に戻ってきちゃったみたいで......」口調こそ冷静だったが、車が止まり、ふと遠くに梓がエイリーに支えられて頬を染めている姿を見た瞬間、その目に怒りの炎が宿った。「この野郎......！」牧野は他のことなどおかまいなしに、啓司に言った。「社長、ちょっと用を済ませてきますので、少しお待ちいただけますか」「ああ」言い終えるよりも早く、牧野は車のドアを開けて飛び出し、まっすぐ梓のもとへと走っていった。その時には、すでにエイリーの手は離れており、梓は牧野の怒りに気づくこともなく、恥ずかしそうにお礼を述べていた。「本当にありがとうございます、エイリーさん」心の中では感嘆していた。さすがアイドル、人当たりがよくて、少しも偉そうにしない。「とんでもないですよ、気にしないで──」エイリーの言葉が終わる前に、彼の頬を鋭い拳がかすめた。普段から多少トレーニングをしていなければ、顔が潰れていてもおかしくない威力だった。「この野郎！」もはや紳士の面影など一切ない牧野が、拳を振り上げて再び突進しようとする。それを見た梓が慌てて彼に抱きついた。「裕一、何してるのっ！？」牧野は足を止め、怒りを噛み殺した声で言った。「梓、さっき何してたんだ？」「転びそうになったのを、エイリーさんが支えてくれただけよ！なんでいきなり手を出すの？」騒ぎを聞きつけて、紗枝たちが駆けつけた。唯や澤村も言い争いをやめ、次々に集まってくる。「どうしたの？」紗枝が牧野を見て言った。「牧野さん、梓のことが心配で来たんでしょ？」牧野はようやく自分の誤解に気づき、さっきの行動が完全に衝動的だったと悟った。しかし、梓はそれで終わりにしなかった。「早く謝って！」もしエイリーに怪我でもさせてい
億万長者が狂気の果てまで妻を追い求める 第845話
「エイリーさん！前からずっとファンだったんです！あなたの歌、ほんっとに最高！サイン、いただけますか？」唯は目を輝かせながら、一瞬で熱狂的なファンモードに突入した。エイリーは優しく微笑んで応えた。「もちろん。LINEも交換しようよ。君たちは紗枝の友達なんだし、つまり俺の友達でもあるってことだからね」「きゃーっ！やった！」唯と梓は飛び跳ねそうな勢いで喜び、顔を見合わせて歓声を上げた。そんなふたりの様子を微笑ましく見ながら、紗枝は少し離れた場所で逸之と景之の写真を撮り始めていた。景之は紗枝が用意したアニメキャラのコスチュームを着せられ、どこか不満げな顔をしている。「景之、もっと笑って、せっかくの記念なんだから！」逸之は兄の服についていたゾウのぬいぐるみを引っ張りながら言った。「お兄ちゃん、笑ってよ！」景之の顔はさらに引きつり、今にも泣き出しそうな、ぎこちない作り笑いを浮かべた。その横で、太陽のような笑顔を見せている逸之とのコントラストが際立っていた。「いいわね！じゃあ、もう一枚！今度は違うポーズで！」紗枝はすっかり撮影に夢中になり、雷七に手を振った。「雷七、あなたも入って。子どもたちと一緒に写ってちょうだい」紗枝の中で雷七はもはやただの友人ではなかった。何度も命を救ってくれた恩人であり、子どもたちにとっては親戚のおじさんのような、かけがえのない存在だった。「雷さん、早く早くー！」逸之は手を口に当てて、思い切り声を張った。雷七はいつものように無表情だったが、断ることなく静かに彼らのそばへ歩いていった。一方その頃、澤村は不機嫌な顔を隠そうともせず、唯のもとへと近づき、露骨な敵意を込めて問いかけた。「......唯、こっちは？」唯はその声にハッとし、澤村の存在をすっかり忘れていたことに気づいて慌てて紹介した。「あ、えっと......こちらは澤村さん。そして、こっちはエイリーさん。超有名なスーパースターよ！」その言い方に、澤村の顔がみるみる曇った。自分の紹介は淡々と「澤村さん」だけ、対してエイリーには「超有名」だの「スーパースター」だの、やたらと持ち上げるのか？「なるほど、アイドルね」そう言い放った澤村の口元には、どこか嘲るような笑みが浮かんでいた。彼にとって芸能人など、金
億万長者が狂気の果てまで妻を追い求める 第844話
唯は心の中でそっとため息をついた。今回のキャンプには超イケメンが参加すると聞きつけていて、「これは近づくチャンス！」と密かに張り切っていたのに、まさか、このタイミングで澤村までついて来るなんて。どうやって堂々とイケメンに接近すればいいのよ......！「まあ、人が多い方が賑やかでいいわね」紗枝はそれ以上何も言わなかった。澤村のおじいさんがそう判断した理由は理解していたし、親友として唯の邪魔をする気もなかった。「じゃあ、あなたたちは同じ車に乗る？」「僕はママと逸之と一緒がいい」景之が即座に答えた。唯と澤村が同じ車に乗ったら、道中ずっと喧嘩するのは目に見えていた。「紗枝、私もあなたと一緒の車で！」唯はそう言うと、少し離れた場所に立っていた澤村に向かって叫んだ。「あなたは自分で運転して！私たちはギュウギュウでもいいから！」澤村は不満げに眉をひそめたが、結局は「......わかった」と一言返した。こうして唯と景之も車に乗り込み、車内の女性陣はすぐに打ち解けた。あっという間に和やかな雰囲気が広がり、道中は笑い声で満ちていた。市内から桃山までは、車で二時間以上の道のり。エイリーは早々に現在地の情報を送ってきていた。山の中腹にあるプライベートな旅館に滞在しており、人通りも少なく、ファンに見つかる心配はないという。ようやく山のふもとに到着した一行は、車を降りて斜面を見上げた。そこに広がっていたのは、雲のように霞み、空を染めるように咲き誇る、桃の花の海だった。「わあっ、きれい......！」梓と唯が同時に感嘆の声を上げた。紗枝も思わずスマホを取り出し、夢中でシャッターを切った。その一方で、澤村と雷七は車のそばに立ち尽くしていた。「......どこが綺麗なんだ？赤と緑がごちゃごちゃしてるだけじゃねぇか」雷七もまったく同じ感想だった。花とか草とか、女性はどうしてこういうものに惹かれるんだろう？女性たちは桃の花を囲んで写真を撮り始め、やがて子供たちも騒ぎに加わっていく。その様子を見て、澤村は退屈そうに雷七のもとへ歩み寄った。「......お前、辰夫の部下だったのか？」雷七は短く答えた。「昔はな」澤村は彼について以前から調べていた。辰夫の部下でいられるだけでも相当な実力の持ち主。その彼が、
億万長者が狂気の果てまで妻を追い求める 第843話
啓司は、逸之の甘えた声にも微動だにしなかった。好きでもなければ、嫌いでもない。ただ、年齢に似合わず甘え続ける姿が、ひどくつまらなく思えただけだった。「行かない」啓司はそれだけを淡々と告げた。今は稲葉グループの買収後処理に追われ、私情にかまけている暇などなかった。逸之は、父がまったく耳を貸そうとしないのを悟ると、心の中で小さく呟いた。この頑固者、やっぱり無理かもな。落胆を隠しつつ、わざとらしく口にした。「わかった。来なくてもいいよ。エイリーさんと雷七さんが来てくれるし、一緒にテント張ったり、ご飯作ったりするから。エイリーさん、ママの料理すごく好きなんだって」「......エイリー？」啓司の眉がぴくりと動く。聞き覚えのない名前だった。「......あさって行く」突然、逸之の言葉を遮ってそう告げた。「ほんと？」逸之の瞳がぱっと輝いた。「ああ」「じゃあ、早く寝てね」電話が切れると、逸之はようやく安心して目を閉じた。最近は体の痛みも和らぎ、あさって家族で花見に行けると思うと、胸が弾んだ。一方、黒木家に居候していた鈴は、ひそかに拓司へメッセージを送っていた。紗枝たちが桃山へ花見に行くと。そして、約束の日がやってきた。紗枝と梓は朝から準備に追われ、ようやく四つの大きな箱を詰め終えた。雷七はそのうちの二つを軽々と持ち上げ、頼もしい足取りで前に進んでいく。「紗枝、このボディーガードすごいわね！ こんな大きな箱を二つも一度に持てるなんて！」梓が驚きの声を上げると、紗枝は微笑んだ。「力だけじゃないわよ。腕も確かで、頼りになるの」辰夫が彼を送り込んでくれたの、大正解だった。「ほんとに......すごいわ」梓は感心しながら、つい雷七にちらちらと視線を送った。もしかして、桃山で有名人に遭遇したりして？そんなことを思いながら、準備を進めていると、鈴が箱を引きずってやってきた。「お義姉さん、私も桃山に行きたいんだけど、いい？」「ごめんね、車の席が足りないの。行きたければ、自分でどうにかして」紗枝がそう言い終えるか終えないかのうちに、雷七がわざとらしく余った座席に箱を置いた。一瞬、鈴の目に苛立ちが浮かぶが、口元には笑みを浮かべたまま答えた。「わかった、自分でタクシー呼ぶわ」紗枝
億万長者が狂気の果てまで妻を追い求める 第842章
紗枝は足を止め、警備員に目で合図を送った。それだけで、鈴を拘束していた手が放された。「何を言っているのか分からないけど、私の世話をしたいというなら反対はしないわ。でも、お客様に失礼な真似はしないでちょうだい」その目には、薄氷のような冷たい光が宿っていた。鈴が初めて黒木家を訪れたあの日。陰で自分を嘲笑い、そして池に突き落とし、命の危険にさらした。そんな過去を、忘れるはずがない。たとえ表面上は受け入れるふりをしても、心の底では、過去の仕打ちを一つひとつ返すつもりだった。時間をかけて、丁寧に――鈴もまた、紗枝が自分に仕返しを企んでいることは分かっていた。けれど、ここで引き下がるわけにはいかない。「お義姉さん......さっきは、ついカッとなっちゃって......これからは、ちゃんと気をつけるわ」「そう、なら入って」紗枝に続いて室内へ入る鈴は、手のひらに爪を食い込ませるほど力を込めていた。啓司が紗枝と別れさえすれば、自分が黒木家の奥様に収まる日が来る。そのときこそ、この女を地獄に突き落としてやる。鈴は心の中でそう誓っていた。ダイニングでは、逸之と梓がすでに食器を並べ、ご飯をよそっていた。鈴が席に着こうとしたとき、紗枝が軽く制した。「世話をするって言ったわよね？仕事があるなら、私たちが食べ終わってからにして」鈴は途中でかがめた腰をぴたりと止め、そのまま無言で横に立つしかなかった。先ほどの取っ組み合いのせいで、顔はじんじんと痛み、頭もくらくらしていた。梓はその様子を見て、すぐに鈴が啓司の親戚だと察した。けれど特に驚きもせず、何も言わなかった。ここは広い別荘。もう一人増えたところで、透明人間として扱えばいいだけだ。「梓、食後に薬を塗ってね。救急箱は物置にあるわ」紗枝の言葉に、梓は軽く頷いた。「うん」逸之はというと、食事中ずっと浮かない顔をしていた。エイリーがキャンプに参加すると聞いて、すっかり気分が沈んでしまったのだ。本当は、パパを誘ってママと二人きりにさせて、少しでも仲を深めてもらう作戦だったのに。「逸ちゃん、元気ないけど、どうしたの？」梓に声をかけられ、逸之ははっとして笑顔を作った。「ううん、僕、すごく楽しいよ。だってあさって花見に行けるもん。ただ、ちょっと残念なのは......僕と、お兄
億万長者が狂気の果てまで妻を追い求める 第841話
紗枝はエイリーの言葉を聞き、すぐにタブレットを手に取って試合のページを開いた。そこには確かに、自分の新曲が第二ラウンドに進出したという表示があった。このコンテストは三ラウンド制で、最終ラウンドでは主要プラットフォームにて全曲が公開され、視聴者のクリック数で勝敗が決まる。決勝の結果は、一週間後に発表される予定だった。「見たわ、ありがとう」「今週末、時間ある？」エイリーが急に尋ねた。「家族から聞いたんだけど、今の桃山って、桃の花がちょうど満開らしくてさ。花見に来る人が多いんだって。一緒にどう？」「今週末か......」紗枝は少し考え込んでから答えた。「子供たちとキャンプに行く約束をしてるの」「じゃあ、ちょうどいいじゃない！一緒に行こうよ！」エイリーの声が弾んだ。「俺も一緒に行けば守ってあげられるし。桃山って行ったことある？あそこ一面に桃の花が咲いてて、本当にきれいなんだよ」桃山の評判は聞いたことがあったが、行く機会はなかった。紗枝はふっと笑って、からかうように言った。「あなたが私たちと一緒に行くって......守るっていうより、むしろ私たちがあなたを守らないといけないんじゃない？」有名人のエイリーが観光地に現れれば、ファンに囲まれて動けなくなるのは目に見えていた。「大丈夫！マスクとサングラスで完全装備するから、絶対バレないって！」そう自信満々に言われて、紗枝もそれ以上は断りきれなかった。「......子供たちの意見を聞かないとね」午後五時。逸之が帰宅すると、紗枝は彼の前で景之に電話をかけながら言った。「逸ちゃん、景ちゃん、エイリーさんがね、さっき電話してきて、一緒に花見に行きたいんだって。どう思う？」電話の向こうから、まったく正反対の反応が同時に返ってきた。「いいよ！」と景之。「やだ」と逸之。逸之は唇を尖らせたまま言った。「僕、パパと行きたい」景之は反論した。「エイリーさんと花見に行くの、いいと思うよ。前も一緒に遊んでくれたじゃん」普段は意見が一致する双子が、今回は珍しく真っ二つに分かれた。紗枝は困ったように笑みを浮かべていたが、ちょうどそのとき、ドアの外から、口論の声が聞こえた。紗枝が立ち上がって玄関へ向かうと、そこでは仕事から帰ってきた梓が、待ち構えていた鈴と鉢合わせにな
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