佑樹は携帯を受け取った。「ママ、明日叔母さんに頼んでソフトをあなたに届けさせるよ。絶対に気を付けてね」「分かったわ。ところであなたたちはちゃんとご飯を食べてる?ゆみから連絡はあった?」佑樹はゆみから送られてきた写真を紀美子に送った。写真の中でゆみの自撮りを見て、紀美子は思わず少し驚いた。彼女は急いで返信した。「ゆみ、帝都にはいないの?」佑樹は不思議そうに答えた。「そんなはずないよ。ゆみは帝都を離れるなんて言ってなかったし」ゆみが撮った写真は部屋の中で撮影されたもので、その雰囲気は小林さんが墓地近くに住んでいる家の装飾とは明らかに異なっていた。「佑樹、ゆみの電話番号を私に送って」紀美子がそう返信すると、すぐに紀美子の携帯にゆみの番号が送られてきた。実は、紀美子がゆみの番号を知ったのはこれが初めてであった。晋太郎も、ゆみ自身も知らせてくれなかったからだ。番号を受け取ると、紀美子はすぐにゆみに電話をかけた。しばらくして、ようやくゆみが電話に出た。「もしもし?」そのなじみ深い、少し幼い声が紀美子の耳に届いた。紀美子は彼女への恋しさを抑え、優しく言った。「ゆみ、ママよ」ゆみは驚いて目を見開いた。「ママ?!ママの携帯取り戻したの?!」「そうよ。ゆみ、聞きたいんだけど、今どこにいるの?」紀美子が尋ねた。「北の方だよ!」ゆみはすぐに答えた。「おじいちゃんが私を彼の故郷に連れてきてくれたの!この村にはたくさんの子どもたちがいて、みんなとても優しいの。それに、ここのおじさんやおばさんたちも私のことをとても可愛がってくれるよ……」ゆみが楽しそうに話すのを聞いて、紀美子の胸につかえていた不安がすっと解けた。話の最後になると、ゆみの声が次第に詰まり始めた。「楽しいことや美味しいものはたくさんあるけど……ママやお兄ちゃんたちに会いたいよ……」紀美子は目に涙を浮かべた。「ママもゆみに会いたいわ。お兄ちゃんたちも同じよ。でも、一度選んだ道は最後まで歩き通さないとね?おじいちゃんの言うことをちゃんと聞いて。本当に帰りたくなったら、ママが直接迎えに行くから」「分かったよ、ママ……」ゆみの声には明らかに寂しさがにじんでいた。「ママ、私にもっと電話してきてね。夜がいいわ。
「うん、大変だっただろうが、君は乗り越えたんだな」小林は言った。紀美子は鼻をすすりながら言った。「小林さん、私は子どもたちの父親のことが知りたいんです……」小林さんはため息をついて言った。「紀美子、誰しも人生には苦しみや悲しみを味わうものだが、それを乗り越えた先には、きっと報われる時が来るものだ。だが、俺から多くを語るわけにはいかない。ただ、今言えるのは、もし君にとって理解しがたい出来事があったとしても、それが必ずしも悪いものとは限らない、ということだ」その言葉を聞き、紀美子の心には複雑な思いが広がった。一体どういう意味だ?晋太郎を忘れてしまえば、この先の人生はもっと楽になるということか?「理解しがたい」というのは、いったいどういうことだろう?具体的には理解できなかったが、紀美子は小林さんに感謝の言葉を述べた。「小林さん、お話ありがとうございました。子どもの学費の件ですが、後ほど子どもの口座に振り込みさせていただきます」小林は笑いながら言った。「俺は彼女の師匠だ。遠慮するな。俺は息子や娘もいない。俺の孫娘のように育てていくつもりだ。気にしないで欲しいのだが」「もちろんです」紀美子は笑顔で答えた。「ゆみを可愛がってくださるのなら、ゆみも幸せでしょう」「だが、人生は結局自分で歩むものだ」「ええ、わかっています。それでは、小林さん、これからも子どもをどうぞよろしくお願いします」「紀美子、悪を行う者には悪果が、善を行う者には善果が返る。これを肝に銘じておけ」紀美子は一瞬戸惑った。小林さんは彼女が答える間もなく、「じゃあ、これで切るぞ」とだけ言って電話を切ってしまった。電話を置いた後、紀美子は小林の言葉をしばらく反芻した。たとえ悪人に出会ったとしても、その相手に悪事を働いてはならない、という意味だろうか?では、復讐は「悪」に当たるのだろうか?夜、加藤家。悟は加藤家の人々と夕食を共にし、お茶を飲み終えた後、中庭に出て気分転換をしていた。間もなく、藍子も後を追ってきた。「あなたに助けられた恩があるからこそ、婚約を受け入れたの。でも……人生は一度きり。もし私を愛せないのなら、地位を固めた後で早めに関係を断ち切ってほしい」その言葉を聞いた悟は、彼女に目を向けて静かに答え
「負うべき責任はちゃんと負う」悟は素直にそう言った。藍子は頷き、それ以上は何も言わなかった。彼女は静かに視線を上げ、明るく清らかな月光を見つめながら、心の中にあるほのかな想いが次第に膨らんでいくのを感じた。悟と出会う前、彼女は晴がこの世で最も魅力的な男性だと思っていた。だが今、彼女はそれがそうではないことに気付いた。本当に心を動かされる男とは、闇の中にいる自分に手を差し伸べてくれる人だと知ったのだ。彼女は留置場から出てきたあの日のことを思い出した。家族から悟との婚約を告げられた時、彼女には反発心しかなかった。顔も知らない相手に嫁ぐなんて、納得できるはずがなかった。だが、悟が家族たちと会話する姿を見た瞬間、彼の持つ穏やかで上品な雰囲気、そして柔らかい口調が魅力的に感じた。こういう男なら、結婚しても悪くないかもしれない。少なくとも、帝都の遊び人たちよりは遥かにましだ。……その夜、藍子は悟に連れられて別荘に戻った。シャワーを浴びた後、彼女はバスローブ姿でベッドに座り、悟がバスルームから出てくるのを待った。彼女は緊張のあまりバスローブの端をぎゅっと握りしめ、ドキドキと心臓を高鳴らせていた。これが彼女の初めての夜だった。彼女は、この温和で和やかな男が優しく接してくれることを期待していた。そう考えていると、悟がバスルームのドアを開け、湯気に包まれながら出てきた。彼は藍子を一瞥するとすぐに視線を逸らした。「どうしてまだ寝ていないんだ?」藍子はゆっくりと深呼吸をしてから答えた。「あなたを待っていたの」その言葉を聞いた悟は眉をわずかにひそめた。「必要はない。眠りたいなら寝ればいい」そう言うと、悟はベッドに歩み寄り、布団をめくって横になった。「ただ寝るだけなの?」藍子は彼を呆然と見つめた。悟は彼女をじっと見つめた後、静かに言った。「何をしたいんだ?」藍子はベッドの反対側に回り、布団をめくって横になった。そして彼をじっと見つめながら、真剣な様子で言った。「本当にわからないの?私たちはすでに婚約しているじゃない。周りの人たちから見れば、私たちは婚約者よ。何かが起きたとしても、誰も咎めないはずわ」彼女が近づくにつれ、悟の心には微かに苛立ちが募っていった。
悟は、紀美子のことを考えている自分に気づき、ハッとした。なぜこんなタイミングで彼女のことを思い出すのだろう?しかも、彼女と一緒に過ごした日々の情景まで浮かんでくるなんて。自分が紀美子に……感情を抱いているはずがない!絶対にありえない!そう思い、悟は急いで立ち上がり客室を出て行った。一方、寝室では、藍子がまだ悟の態度に悩んでいた。突然ドアが開くと、彼女は再び戻ってきた悟を見て、驚きながら言った。「悟……」悟は大股でベッドの横に歩み寄り、藍子の腕を強く掴んで自分の胸に引き寄せた。続けて彼女の顎を掴み、勢いよく唇を重ねた。だが、彼が藍子に触れるほど、頭の中にはますます濃く紀美子の姿が浮かんだ。彼の呼吸は次第に荒くなり、動きも次第に粗雑になっていった。何があっても、紀美子に自分の心を支配されてたまるものか!午前三時。紀美子は、携帯の振動に起こされた。手探りで携帯を掴み、画面を見ると、瑠美からの着信だった。彼女はすぐに通話ボタンを押した。「紀美子、今すぐ別荘の南東の角に来て。ソフトを渡すわ」この言葉を聞いて、紀美子の眠気は一気に吹き飛んだ。彼女は急いでベッドから飛び起き、布団をめくった。「分かった。すぐに行く」「安心して。子供たちが見張ってくれてるから、ボディーガードたちは今巡回してないわ」瑠美が念を押してくれた。「分かった」スリッパを履き、紀美子は急いで階段を下りていった。そして静かに後ろのドアを開け、南東の角へ向かった。近づいていくと、紀美子は瑠美が黒いスポーツウェアを着て地面にしゃがんでいるのが見えた。彼女が瑠美の前に歩み寄ると、瑠美はすぐにUSBメモリを紀美子に渡した。「これで終わり。あとは気をつけて。私は先に行くわ」瑠美は小声で言った紀美子が感謝を述べようとしたとき、瑠美は急いで付け加えた。「そういえば、ずっと悟を尾行してたんだけど、昨夜、藍子が悟の別荘に行ったのを見たわ」「私は……」「何か言いたいことがあるなら、後でにして!早く戻って!あの女に気づかれる前に!」紀美子が話そうとした途端、瑠美にすごい勢いで遮られた。彼女は頷くしかなく、別荘に戻った。しかし、別荘に戻った途端、紀美子はキッチンの灯りが点いているのを見た
コートを掛けた瞬間、紀美子は目を覚ました。まるで反射的な動作のように、彼女は素早く体を起こし、悟を警戒して見つめた。紀美子の反応を見た悟は、軽く眉をひそめた。彼は地面に落ちたコートをちらりと見てから、穏やかな声で言った。「ずいぶん俺を恐れているみたいだな」紀美子は急いでスリッパを履き、手をポケットに差し込んだ。中に隠したUSBメモリを確認し、ようやく心の中で安堵した。「殺人犯を怖がらない人間なんていないわ」紀美子は冷ややかな声で言った。悟は落ちたコートを拾い上げ、別荘へ向かう紀美子の背中に向かって言った。「失ったものは二度と戻らない。過度の悲しみは君にも子供たちにも良くない。それを理解してほしい」紀美子は足を止め、ゆっくりと振り返って悟を見て、皮肉を込めて言葉を返した。「理解って?」紀美子は冷笑を浮かべて言った。「あなたには関係ないから、そんな冷たい言葉が平気で言えるんでしょうね」「俺にだって同じような経験があるから言っているんだ」悟は目を上げて紀美子の視線を受け止めた。紀美子はその言葉に苛立ちながら答えた。「自分が経験したからって、他人にも同じ苦しみを味わわせるつもり?」悟の唇には苦笑が浮かんだ。「苦しみを知らなければ、他人に優しさを説くな」紀美子は冷たく笑った。「因果応報、報いは必ず巡るわ」それだけ言うと、彼女は毅然と別荘に戻った。紀美子の気配が消えると、悟は突然胸の奥が空っぽになる感覚を覚えた。紀美子が屋内へ入ると、エリーが外に出てきた。悟を見ると、エリーは歩み寄って挨拶した。「影山さん、どうして中に入らないんですか?」悟は顔を上げて命じた。「これからは、この手のことをいちいち報告しなくていい。彼女が何をしようと勝手にさせておけ」エリーは言った。「影山さん、彼女があなたに不利なことをするのではないかと心配です」「もういい」悟は冷たく言った。「彼女の側にはもうほとんど誰もいない。彼女が何をできるというんだ?」悟の言葉を聞いたエリーは、ますます心配になった。まさか影山さんは本当に紀美子のことを好きになったのではないか。しかし、エリーにこれ以上反論する勇気はなく、仕方なくただ頭を下げた。「影山さん、どうか藍子さんのこ
「わかったよ、ママ」佑樹は少し躊躇してから続けた。「ママ、悟に頼んで、僕たちを学校に通わせてもらえないかな?」紀美子は眉を軽くひそめた。「学校に通わせてもらっていないの?」「そうなんだ。病院から帰ってきてから、僕と念江、それにおばあちゃんもずっと別荘から出れていない」「わかったわ」紀美子は答えた。「後で悟に電話して、学校に通わせてもらえるよう話してみる」「分かった」電話を切ると、紀美子はすぐに悟に電話をかけた。その時、悟は藍子と一緒に婚約指輪を選んでいた。携帯が鳴った瞬間、藍子の視線は悟の携帯の画面に移った。だが、悟の動きの方が速く、彼女は何も見ることができなかった。電話を取った悟は、藍子には何も言わず、その場を離れて電話に出た。「お客様?」販売員は笑顔で尋ねた。「こちらの指輪も素敵ですよ。試してみますか?」藍子は視線を戻し、販売員に軽く微笑んだ。「少し待ってください」「はい」一方。紀美子は悟に直接問いかけた。「子供たちには学校が必要よ。いつまで閉じ込めておくつもり?」「忘れていた。すぐに通学の送り迎えを手配する」紀美子は苛立ちを抑えながら言った。「一体いつになったら子供たちを私の元に戻してくれるの?」「その時が来たら戻す」悟は答えた。「今、少し忙しいから……」「悟、誰と話しているの?」悟が言葉を切る前に、藍子の優しい声が聞こえてきた。悟は彼女を一瞥し、電話に向かって言った。「切るよ」携帯を置いた悟は藍子を淡々と見つめた。「もう選んだのか?」藍子は悟をじっと見つめた。「さっき誰と電話していたの?私たちの間に愛情はないとしても、隠し事はしてほしくないわ」悟は冷たく言った。「入江紀美子だ」「紀美子?!」藍子は目を見開いた。「あの佳世子の友達でしょ?どうして彼女と知り合いなの?」悟は軽く眉をひそめた。「藍子、君の家の地位が必要だからと言っても、プライベートにそこまで踏み入るのを許したわけではない。君の代わりは他にいるんだ」そう言うと、悟はカウンターに向かってしまい、藍子に再び質問する余地を与えなかった。藍子は悟を見つめた。どんなに心が苦しくても、表向きには何事もなかったように装った。
紀美子は不思議そうに佳奈を見つめた。「大学を卒業してまだ間もないじゃない。あなたどれくらいお酒が飲めるの?」佳奈はにかんだ笑みを浮かべた。「社長、私を甘く見ないでください。私の故郷はお酒が有名なんです。お酒には自信がありますよ」「そう。ならこれからはあなたにお願いするわね。私の代わりにお客様と一杯お願いすることもあるかもしれない」「任せてください!」佳奈がそう言い終わると、紀美子のデスクの電話が鳴り始めた。彼女は受話器のボタンを押した。受付係の社員が応答した。「社長、加藤さんという女性がお会いしたいそうです」その言葉を聞いた紀美子の頭に真っ先に浮かんだのは藍子だった。でも、藍子が何の用だろう?会いに来るなんて、一体どういうつもりなのか?「彼女を上に通して」紀美子は言った。「かしこまりました」電話を切ると、紀美子は佳奈に声をかけた。「佳奈、お茶を入れてちょうだい。深紅色の茶碗で二つ準備して」「はい、社長」オフィスの外では。藍子が二人のボディガードを連れて紀美子のオフィスのドアの前に立っていた。外に立っているエリーを見て、藍子は彼女を一瞥した。「あなた、悟の側の人間のようね」エリーは藍子を知っているため、丁寧に挨拶した。「奥様、どうしてこちらに?」この呼び方に、藍子は満足そうな顔をした。「紀美子に用があるの。悟に、言っていいことと言わない方がいいことがあるって分かってるわよね?」「奥様、ご安心ください。邪魔者を取り除くのは、あなたたち双方にとっても良いことです」藍子が頷くと、エリーはドアを押して彼女を中へと通した。ドアの音を聞いた紀美子は、軽く顔を上げ、黄色いドレスを着た藍子が入ってくるのを見た。一目見ただけで、紀美子は再び視線を机上に戻した。そしてゆっくりとお茶を注ぎながら口を開いた。「加藤家もこの程度かしら?入る前にノックの一つもできないなんて」その言葉に一瞬足を止めた藍子だったが、すぐに笑みを浮かべ、紀美子の前のソファに座った。「恥知らずの相手に、礼儀など必要ないでしょう」藍子は冷静に言葉を返した。紀美子は眉を上げ、彼女に目を向けた。「そうかしら?本当にそう思う?」藍子は紀美子の視線を正面から受け止めた。「そう
「分かっているでしょ?」藍子は言った。「簡単な説明もできないの?わざわざ私を訪ねて、自分を辱めに来たのね」紀美子は嘲るように言った。「挑発しないで。私の言いたいことがわかっているはずよ」藍子が言い返した。「ああ、なるほど」紀美子はわざと理解したふりをした。「藍子さんって、そういう使い古しのものを拾うのがお好きなんですね」「何だって!!」藍子の整った顔立ちは一瞬で険しくなり、怒りに満ちた声を上げた。「どうしたの?」紀美子は冷淡に彼女を見つめた。「私、何か間違ったことを言った?晴は佳世子が好きなのに、あなたは晴を追いかけ、悟が私を好きになったら、また追いかける。うまくいかないからって他人のせいにするなんて、藍子さん、あなた本当に情けないわね」「今、悟は私のものよ。現実を見てないの?」紀美子の言葉は、藍子がこれまで抑えていた気持ちを一気に爆発させた。オフィスには藍子の鋭い叫び声が響き渡った。外にいたエリーもその声を聞き、首をかしげながら中を覗いた。「自分で男を手に入れる力もないくせに、他人のせいにするなんて」紀美子は冷静な様子で続けた。藍子は怒りを爆発させて言った。「あんた、佳世子と同じくらい恥知らずなのね!!」その言葉が終わると同時に、紀美子は目の前の茶碗を掴んで藍子に向かって力いっぱい投げつけた。「きゃあっ——!」茶碗が藍子の額に直撃し、鈍い痛みで彼女は叫んだ。紀美子はすっと立ち上がると、大股で藍子のそばに歩み寄り、彼女の髪を掴み、無理やり立たせた。紀美子の目は冷たく光った。「佳世子の件、まだ全部覚えているわ!ここまで我慢してきたのに、そんな無神経な態度で私の前で威張ろうとするなんてね。どうしても気が済まないなら、悟に言いつければいいわ。それができないなら、今日の屈辱を黙って耐えることね!」「エリー……エリー!!」藍子は慌てて、ドアの外にいるエリーに呼びかけた。エリーはその声を聞くと、すぐに駆け込んできた。目の前の状況を見て、彼女は急いで紀美子の腕を掴もうと前に出た。紀美子は鋭くエリーを睨みつけた。「私に触れる前に、悟にどう説明するかよく考えなさい!」その言葉を聞いたエリーは、すぐに足を止めた。紀美子の目には嘲笑が浮かんだ。彼
杉本肇の目には少しの情けもなかった。「入江さん、二度言わせないでください。もし塚原さんに知られたら、あなたもこの蛇の群れに投げ込まれます。あなたはそれに耐えられますか?写真を削除してください。そうすれば、あなたがここに来ていなかったことにします」入江紀美子の眉間に怒りが浮かんだ。「肇、あんたを見損なったわ!あんたは裏切り者で卑劣な人間だったのね!」肇は腕時計を見て時間を確認した。「入江さん、あと4分でボディーガードが戻ってきます」紀美子は歯を食いしばり、携帯電話を取り出して肇の前で写真を削除した。その後、彼女は振り返ることなく地下室を出た。肇は紀美子の去る背中を見て、ゆっくりと目を伏せた。「ごめんなさい、入江さん」肇は地下室に入り、ドアを閉めた。階上では、紀美子は気を張って30分ほど滞在した。石守菜見子が食事を勧めてきたが、彼女はすぐに断った。彼女の頭の中には、数え切れないほどの蛇と人間の骨でいっぱいだったからだ。秋の澗別荘を離れた後、紀美子はすぐに会社に戻った。紀美子が戻ってきたのを見て、事務所でファストフードを食べていた杉浦佳世子は驚いた。「紀美子、どうしたの、その顔色?何でこんなに早く戻ってきたの?バレたの?!」彼女は箸を置き、驚いて尋ねた。紀美子はぼんやりと椅子に座り、しばらくしてから佳世子に自分が見た光景を話した。話を聞いた佳世子は全身が震えた。「彼……なぜそんなにたくさんの蛇を地下室に置いているの?!それに肇、なぜ彼も地下室に行ったの?」紀美子は首を振った。「わからない……佳世子、あの骨はエリーのものだと思う……」「他に考えられる?」佳世子は興奮しながら分析した。「間違いなくエリーよ!前にあんたが言っていたこと、覚えてる?悟があんたにエリーの連絡先を教えてくれなかったって!ただ、彼女を解雇したと言っていたけど、そういうことだったのね!」紀美子は腕を組んで震えた。「彼の殺人方法は、本当に心底恐ろしいわね!」佳世子は呆然と息を吐き、紀美子の言葉を真剣に考えた。「ところで、肇があんたの前でそれらの蛇を見た後、何か特別な反応はあった?」「特別な反応って?」紀美子は反問した。「怖がっていなかったかってこと?」佳世子は何度も頷いた。
「嫌だ」杉浦佳世子は唇を尖らせて答えた。「私が疑心病にかかっているとでも思ってくれていいわ」「とにかく、私はあんたにべったりくっつくから!あの事務所にはしばらく行かない!」「わかった、じゃあ一緒に仕事をしょう。でも今日は、昼休みに秋ノ澗別荘に行くつもりなの」「佑樹くんが鍵を手に入れたの?」佳世子は呆然と彼女を見つめて尋ねた。紀美子はうなずきいて言った。「ええ。昼休みに、どうしてもあの地下室に何が隠されているかを見てみたいの」「わかったわ。あんたが自分を傷つけるようなことをしないかぎり、何をしようと反対しないわ」紀美子は目を伏せ、それ以上何も言わなかった。昼休み。紀美子は仕事が終わるとすぐに秋ノ澗別荘に向かった。石守菜見子から、塚原悟はここ2日出張で別荘にはいないと聞いていたので、安心して来ることができた。別荘に入った時、ちょうどボディーガードの交代時間だった。紀美子はまず佑樹に防犯カメラを操作させ、エレベーターで地下に向かった。地下室に着くと、紀美子は万能鍵を鍵穴に差し込んだ。2回回すと、鍵が「カチッ」と音を立てた。紀美子の心臓も強く鼓動した。彼女がドアを慎重に開けると、濃厚な生臭い匂いが胃を痙攣させた。紀美子は口を押さえ、吐き気をこらえながら、真っ暗な地下室にゆっくりと足を踏み入れた。ドアを閉めた後、紀美子は壁に寄りかかった。彼女は携帯電話を取り出し、懐中電灯を点けてスイッチを探そうとした時、耳元で「シュシュシュ」という音が聞こえた。紀美子の背中には鳥肌が立った。この音……蛇か?!紀美子は素早く懐中電灯を点けた。しかし、照らされた前方は、彼女が一生想像もできない光景だった。大小さまざまな蛇が、大きな円形の窪みの中で絡み合っていた。そして、蛇の群れの真ん中には、人間の骨がいくつか見えた!!紀美子は恐怖で足が震え、その場に座り込んだ。喉元で詰まり、悲鳴さえ出せなかった。徐々に、蛇の真ん中から頭蓋骨が浮かび上がってきた。紀美子は、蛇に肉を食い尽くされたその人物が誰なのか想像もつかなかった。まさか、消えたエリーか?!それとも、命令に従わなかった他のボディーガードか?!紀美子はまずドアから逃げ出そうとしたが、目の前の証拠写真を撮らなけれ
彼女は毎日自分自身を苦しめ、まもなく病気で亡くなった。その間、彼女もあなたと同じように何度も死のうとしたが、そのたびに私が止めたんだ」話の途中で、悟は苦しそうな表情を浮かべた。「母がいる間は、どんなに辛くても生きていけると思ってた。しかし、彼女が亡くなってからが本当の地獄だったんだ。俺は、両親を失ったことで人から嘲笑され、殴られた!彼らには、毎日のように侮辱され続けた。十年間という長い時間、俺はそのような苦痛の中で生きた」「ある日、俺は反抗し、狂ったように相手を植物人間になるまで殴りつけた。俺は相手の親に少年院に送られ、その二年間後、俺は憎悪に満ちたその場所を去った。同時に、俺は一つのことを悟った。弱さは、永遠に人に虐げられるネタになるだけだということだ。俺が立ち上がらなければ、永遠に蟻のように踏みつけられると思った。俺が受けたこのすべては、俺と母を捨てた森川貞則のせいだ!俺は彼を見つけ、彼にも家族を壊される苦しさを味わわせようと誓った」「そうして、俺はニュースで彼を見つけ、帝都にたどり着いた。彼らが金の豪邸のような場所に住んでいるのを見て、俺は、彼ら家族を引き裂きたくてたまらなくなった!しかし、俺は耐えた。そして、元の名前である程知珩を捨て、悟と名乗った。復讐の計画は、こうして始まったんだ」悟の悲惨な過去を、紀美子は聞きたくもなかった。しかし、彼は彼女のそばに座っており、彼の言葉は一言も漏らさず彼女の耳に入った。紀美子は突然起き上がり、冷たく彼を見た。「あんたは、私に同情を求めるためにこんな話をしているの?」悟は首を振った。「俺は誰のなんの同情も求めていない。私がこれを話すのは、ただあなたに伝えたいからだ。あなたの子供たちに私と同じような道を歩ませないでほしい。この道がどれほど苦しいかは、実際に経験した者だけが知るのだから」悟の話を聞き、紀美子は終わりのない自責の念に陥った。自分はそこまで考えていなかった。ここ数日、彼女の頭の中は晋太郎のことばかりだった。彼女は死にたい一心で、子供たちの気持ちを顧みる余裕もなかった。母親失格だ。自分のことしか考えていなかった。……半月ほど休んだ後、紀美子の気持ちは次第に落ち着いてきた。晋太郎と一緒に去ることができないなら、彼女に残された道は復讐しかない
「ふっ……」入江紀美子は低く笑った。「あんたが謝罪したところで、彼らの命は戻らないわ。あんたを殺したとして、その血で汚れるだけだし。あんたの汚れた血を彼のもとに持っていくのも嫌だわ!」「わかった。君は手を下さなくていい。俺が自分でやる。君が生きていてさえくれれば、俺は何でもする!」「もういいわ」紀美子はゆっくりと目を閉じた。「彼を一人で果てしない闇の中を彷徨わせるわけにはいかない」そう言い終えると、紀美子は目を開いた。その瞳には光はない。「悟……もし来世があるなら、あんたにはもう会いたくない。あんたが現れなければ、こんな死にたくなるような苦しみを味わうことはなかった……さようなら、もう二度と……会わないで……」紀美子は深く息を吸い、体を後ろに倒そうとした。その時、杉浦佳世子の声が耳に届いた。「紀美子!!もしゆみの目の前で死にたくないなら、動かないで!!」紀美子の体が一瞬固まった。佳世子が携帯を持って走り寄り、紀美子にビデオ通話の画面を見せた。携帯の中では、ゆみが涙を浮かべて紀美子に呼びかけていた。「お母さん、自分を傷つけるようなことをしないで。自殺なんて絶対にダメ。自殺した人は来世がないの。毎日自殺した時のシーンが繰り返されて、永遠に苦しみの中を彷徨うことになるんだよ。お母さん、お父さんもきっとお母さんがそんな風になるのを見たくないはず……お願い、お母さん、私たちを置いていかないで……」ゆみが泣きじゃくる姿を見て、紀美子がようやくした決心が再び揺れ始めた。自殺した人には来世がない……。それなら、飛び降りても晋太郎に会えないのか……紀美子が放心状態になっているのを見て、佳世子はすぐに駆け寄り、紀美子の手首をつかんで端から引きずり下ろした。地面に倒れた瞬間、悟が急いで紀美子を助け起こした。「紀美子……」悟は真っ赤な目で紀美子を見つめた。「どこか痛めたところはないか?」紀美子の涙は止まらずに頬を伝った。「どうして私ばかりがこんな目に遭わなきゃいけないの!どうして何度もこんなことを経験しなきゃいけないの!どうして?どうしてどうしてどうしてなの!!」彼女は苦しそうに胸を押さえながら、声を張り上げて叫んだ。佳世子は涙ながらに紀美子のそばに寄り、紀美子をしっかりと抱きし
しかし、調査の結果、携帯電話は別荘の中にあり、持ち出されていないことが分かった。「佑樹くん、お母さんのもう一つの携帯番号も調べてみて!」森川念江は言った。入江佑樹はうなずき、再び検索を開始したが、残念ながらそれも別荘に残されていることが分かった。「どうしよう?」佑樹は拳を机に叩きつけて言った。「お母さんが見つからない!!」「佑樹くん、冷静になって。まだお母さんを追跡できるものがあるはずだ!」念江は佑樹を注意した。子供たちの会話を聞いていた杉浦佳世子は、突然あることを思い出した。「そうだ!」佳世子は言った。「晋太郎の前の携帯電話は紀美子のところにあったはずよ!その番号で追跡できるかも!」佑樹はうなずき、再び位置情報の検索を開始した。今度は、位置情報は御恒湾ではなく、ジャルダン・デ・ヴァグを示した。「お母さんはジャルダン・デ・ヴァグにいる!!」「あんたたち三人は家にいて!位置情報が動いたらすぐに教えて!今から向かう!」そう言うと、佳世子はすぐにバッグを掴み、慌てて出ていった。その頃、ジャルダン・デ・ヴァグ。入江紀美子はドアを開けて別荘に入った。明かりをつけると、厚い埃を被っている晋太郎の生活の跡が見え、彼女は心に鋭い痛みを感じた。ここは彼女と晋太郎が始まった場所だ。今、それは彼らに終わりを告げようとしていた。彼女はキッチンに入り、果物ナイフを取り出し、2階の寝室に向かった。それほど長くない道のりだが、紀美子には非常に長く感じられた。一歩一歩進むたびに、彼女の頭の中には晋太郎との過去が駆け巡った。彼女を切なくも、恥ずかしくも、苦しくも、幸せにもさせてくれたすべてのことが、鮮明に頭に浮かんだ。涙が紀美子の頬を伝い、音もなく地面にこぼれ落ちた。晋太郎……待っていて……私も行くから……紀美子が寝室のドアノブに手をかけた瞬間、階下から複数の車のエンジン音が聞こえてきた。紀美子は眉をひそめ、屋上への階段に目を向けると、上に向かって歩き始めた。階下。塚原悟は真っ先に別荘に駆け込んだ。彼はボディーガードに紀美子を探すよう指示し、自分は急いで上の階に向かった。部屋を次々と開けても紀美子を見つけられなかったため、彼は突然屋上に向かって走り出した。
その後の数日間、紀美子の状態は以前と変わらなかった。むしろ、以前よりも笑顔が多くなっていた。唯一おかしかったのは、子供たちと過ごす時間がますます増え、会社には一日も行かなかったことだ。また、誰が訪ねてきても、彼女はきちんと相手と話をしていた。悟が訪ねてきても、彼女の感情は大きく揺れることはなかった。その夜、佳世子が藤河別荘を出たところで、悟がやってきたのを見かけた。彼が車から降りるのを見て、佳世子は足を止め、冷たい目で彼を見た。「悟、久しぶりね」悟は彼女を見上げた。「ああ、久しぶり」佳世子は彼を見つめ、しばらく考えてから言った。「あなたの裏切りには確かに腹が立ったけど、今はただ一つお願いがある」「言ってみろ」悟は冷静に言った。佳世子はため息をつき、別荘を見て言った。「紀美子の最近の状態はとてもおかしい。もしあなたが彼女を気にかけているなら、それに気づいているはずよ。私は彼女の会社を手伝わなきゃいけないから、彼女を見ている時間があまりないの。ここにいるボディーガードにしっかりと彼女を見張ってもらいたい。彼女が何かバカなことをするんじゃないかと心配なの」悟は眉をひそめた。「ああ、分かった」「それから」佳世子はまた言った。「あなたはできるだけ紀美子の前に現れないで!彼女は何も言わないけど、あなたを見るたびに晋太郎が惨めに死んだ姿を思い出すのよ!」「その点だけは、できない」悟は拒否した。佳世子は眉をひそめた。「彼女がまだ十分に傷ついていないと思ってるの?!」「逃げることは問題解決の鍵にはならないし、彼女の傷を癒す最良の薬にもならない」「だから彼女にあなたと向き合わせて、無理やり自分の苦しみを飲み込ませるつもりなの?!」佳世子は信じられないという表情で尋ねた。「そうだ!」悟は率直に言った。「苦しみは目の前にあって、それに適応し、受け入れることで初めて本当に解放される」佳世子は怒りに震えて罵った。「あなたはまだ人間なの?!」悟は笑って、淡々と答えた。「君たちが俺をどう見るかは、俺には関係ない」そう言うと、悟は別荘の中に向かって歩き出した。佳世子のそばを通り過ぎるとき、佳世子は我慢できずに尋ねた。「一体何を経験したら、こんなふうに変わ
佳世子は我慢できずに手を伸ばして彼女の手を握った。「紀美子、もう拭かないで!」紀美子は彼女を無視し、手を替えてまた拭き始めた。「紀美子!そんなことをしても意味がないわ!」佳世子は涙をこぼしながら焦った。「そんなことをしたら体が持たないわ。体を壊すことになるのよ!」紀美子は聞こえていないかのように、同じ動作を繰り返した。佳世子は強引に紀美子の手からティッシュを奪い取り、地面に投げつけた。「紀美子、もうやめて!」佳世子は怒りを込めて言った。「自分のことを考えないなら、子供たちはどうするの?!あなたは彼らを放っておくつもりなの?!彼らはまだ6歳よ!あなたが必要なの!父親を失ったことで彼らは十分苦しんでいるのに、母親まで失わせるつもりなの?!」紀美子は佳世子の言葉に答えず、またティッシュを取り出して拭き始めようとした。佳世子は怒って紀美子の手からティッシュを奪い、遠くに投げた。紀美子の目は一瞬ぼんやりとした。視線を戻すと、彼女はゆっくりと立ち上がった。墓石に刻まれた晋太郎の写真を見て、ゆっくりと笑みを浮かべた。彼はもう長い間、暗い場所で一人で過ごしてきた。どうして彼があの世でも一人で歩かせるなんてことができるだろう?晋太郎……私を待っていてくれる?あなたを探しに行くから……紀美子の笑顔を見て、佳世子は頭からつま先まで冷水を浴びせられたような気がした。彼女は漠然と、このことが紀美子の心の中で完全に終わっていないと感じた。佳世子は慎重に紀美子の冷たい手を握った。「紀美子、もう帰りましょう」紀美子は何も言わず、佳世子に連れられて墓地を後にした。佳世子たちは紀美子を藤河別荘に送り届けると、子供たちと珠代が出てきて紀美子を別荘の中に連れて行った。佳世子は心配そうに珠代に頼んだ。「珠代さん、しっかりと紀美子を見ていてください。彼女が何かするんじゃないかと心配だわ」珠代は頷いた。「はい、佳世子さん、ご心配なく」階上の寝室では。佑樹と念江、そして紗子が紀美子と一緒にソファに座っていた。紀美子が数日で憔悴した顔を見て、三人の子供たちは胸が痛んだ。佑樹は小さな声で呼びかけた。「ママ……」「うん」突然の返事に、佑樹は驚いた。彼はまだ、紀美子が何も
佳世子は写真を送信した後、次のメッセージを追加した。「念江、これが遺体の写真だよ。顔がわからないほどに損傷している!」数分後、念江から返信があった。「おばさん、これはパパじゃないと思う!」念江は自分の考えを佳世子に伝えた。彼の言うことは、佳世子の考えとほぼ同じだった!この遺体はただのカモフラージュで、晋太郎ではない。佳世子は自分の位置情報を念江に送った。「念江、病院の住所を送ったよ。何か調べる方法はある?」「やってみるけど、一番早くて簡単な方法は、直接DNAを採取することだよ」佳世子は振り返って霊安室を見た。DNAを取ることは可能だが、あの遺体には近づくのが怖くて仕方がなかった。特にそれが晋太郎ではないと感じてから、彼女はさらに恐怖を感じていた。しかし、たとえDNAを採取できたとしても、それが晋太郎ではないと証明できるのだろうか?彼らがここまでやっているなら、誰にも見破ぶることを恐れていないはずだ。佳世子はまた自分の考えを念江に伝えた。念江はしばらく考えてからメッセージを返した。「その通りだね。この方法はうまくいかないようだ。僕は病院の検査の記録から調べてみる。そうだ、おばさん、そちらの人に聞いてみて。この遺体がいつ運び込まれたかって」佳世子はドアの方に向かって歩いてくる老人を見た。彼女は携帯を置き、老人がそばに来た時に声を潜めて尋ねた。「すみません、この遺体はいつ運び込まれたんですか?」老人は霊安室を見た。「何か問題でも?」「いいえ、ただ聞きたいだけです。彼を長い間探していたので」佳世子はそう言いながら、悲しげに鼻をすすった。「ああ、3ヶ月前だね。正確な日時は記録を調べないとわからないけど」「今調べてもらえますか?」老人はしばらく考えてから言った。「わかった。資料室についてきて」佳世子は老人について資料室に行き、老人が名前を入力すると、遺体が保管された日時が表示された。確かに3ヶ月前に運び込まれたようで、分秒まで正確に記録されていた。佳世子はその数字をメモし、老人に感謝の言葉を述べた。そして資料室を出ると、すぐにその日時を念江に送った。メッセージを受け取った念江は返信した。「ありがとう!」「念江、急いでね。紀美子が耐えられなくなるのが
「ママ、僕と念江はずっとそばにいるよ。それにゆみも。ママ、僕たちのために強くなってね!ママが帰ってくるのを待ってる!」佳世子はメッセージを見て目を潤ませ、それを紀美子に伝えた。紀美子の目は動いたが、まだ何も言わなかった。十数時間に及ぶ長いフライトを経て、夜明けとともに彼らはA国に到着した。隆一の父親は車と人を手配し、彼らを出迎えて案内してくれた。さらに3時間の車の旅を経て、紀美子たちはようやくその小さな病院に到着した。車から降りると、隆一と晴は問い合わせに行き、佳世子は紀美子のそばに立って待った。佳世子は気づいた。紀美子の表情はまだ無表情だが、体はかすかに震えていた。佳世子はそっと紀美子の腕をさすり、温めてあげた。すぐに、隆一と晴が戻ってきた。隆一は紀美子を見て言った。「晋太郎の遺体は地下の霊安室に安置されている。行こう」佳世子はそっと紀美子の体を抱きかかえ、エレベーターで地下1階に降りた。彼らの目の前には、英語で「霊安室」と書かれた表示があった。冷たい空気が彼らの体を包み込んだ。彼らの気配を感じたのか、中から一人の老人が出てきた。彼は近づいて言った。「電話で聞きました。遺体を引き取りに来たんですね。こちらへどうぞ」老人について部屋の前まで行くと、老人はドアを開けた。中に入ると、彼は並んだ遺体安置庫の一つを引き出した。引き出しが開かれた瞬間、紀美子の呼吸は明らかに荒くなった。佳世子は慌てて彼女を抱きしめた。「紀美子、私たちはみんなそばにいるから。体が大事だよ、落ち着いてね……」紀美子の両手はきつく握りしめられ、視線は徐々に引き出される遺体に釘付けになった。老人が道を譲ると、紀美子たちはようやく白い布で半分覆われた遺体をはっきりと見ることができた。その顔は、もう五官がわからないほどに損傷していた。空気にさらされた皮膚も高度な火傷で、無傷の部分はどこにもなかった。体型や身長から判断すると、彼らが出した結論はほぼ晋太郎だった。紀美子の目が動き、硬直した足取りでゆっくりと前に進んだ。佳世子は後を追おうとしたが、晴は彼女を引き止めて首を振った。紀美子は遺体のそばに歩み寄り、見知らぬがどこか懐かしいその人を見下ろした。涙が目からこぼれ落ちた。紀美子は激