第17話 どうしても降りてこい。

　心配していた通りになった。

　彼女は慌てて塚原の腕から抜け出した。

　右足を地面につけると、紀美子は激痛にまた息を呑んだ。

　彼女は塚原を見上げて言った。「塚原先生、母親のことをよろしくお願いします」

　塚原はうなずき、紀美子が一歩一歩苦しそうに歩いていくのを見送った。

　彼女の姿がだんだん遠くなっていくと、彼はようやく目を病院の入り口に停めているマイバッハに向けた。

　車に近づくと、杉本がドアを開けた。

　車内からは冷たい空気が一気に吹き出した。

　晋太郎は低い声で怒鳴った。「乗れ！」

　紀美子は緊張しながら車に乗り込んだ。

　まだ席に着く前に、晋太郎は彼女の顎を掴み、その燃えるような怒りの瞳を直視させた。

　男の顔には怒りが満ちていて、歯を食いしばって叫んだ。「紀美子、俺の言うことを無視するつもりか？！」

　紀美子は青ざめて弁解した。「晋太郎、あなたが見たのは誤解です……」

　晋太郎は彼女の言葉を遮った。「俺は自分の目だけを信じる！」

　紀美子は痛みで涙が目に浮かんだ。

　彼にどう説明すれば、信じてもらえるのだろうか？

　見たのは本当にそういうことじゃないのに。

　晋太郎は冷たい瞳で紀美子を睨んだ。

　彼は彼女が大人しくなったと思っていた。

　だから昨夜、彼女が杉本を見張らせることなく独りで出かけるのを許した。

　だが彼女はその信頼をどう扱ったのか？

　「答えろ！！」

　晋太郎は歯を食いしばって怒鳴った。その険しい顔に紀美子は息を詰まらせた。

　紀美子は涙をこらえ、感情を押し殺して彼に問いかけた。「じゃあ、あんたは？」

　晋太郎の眉がさらに険しくなった。

　「晋太郎、あんたは自分の面子が立たないから怒っているの？それとも独占欲？

　あんたは一方で自分の初恋を探しながら、私を離さない。私の気持ちを考えたことはあるの？」

　「気持ち？」晋太郎は冷笑し、冷たい言葉が凍るように響いた。「紀美子、愛人としての身分では、感情なんて持つ資格はない」

　晋太郎は手を引っ込め、紀美子を強く押しのけて車外に向かって叫んだ。「杉本！」

　杉本はすぐに車に乗り込んだ。「晋樣」

　「別荘へ戻れ！」

　「はい」

　……

　別荘に戻ると、紀美子は晋太郎によって車から引きずり出された。

　足の痛みのために、紀美子は何度も地面に倒れそうになった。

　しかし晋太郎は気にせず、彼女を引きずってそのまま階段を上り、ベッドに投げつけた。

　紀美子が顔を上げた瞬間、彼の大きな体が彼女を押し倒した。

　紀美子は彼が何をするつもりか分かっていたが、お腹の中の子供を考えると、彼の体を必死に押し返した。

　「晋太郎！そんなことしないで！」

　男は長い手で彼女の両手首を掴み、頭の上に押さえつけた。

　そしてもう一方の手で彼女の服を引き裂き、怒りをぶつけた。「俺に逆らうとどうなるか分かってるだろう！」

　晋太郎の怒りに対し、紀美子の涙が次々とこぼれ落ちた。

　次第に、彼女は無駄な抵抗を諦めた。

　まるで死んだ魚のように、男の好きにさせた……

　うつらうつらと午後いっぱい、松沢が夕食を呼びに上がってくるまで、紀美子は疲れて寝ていた。

　彼女は着替えてドアを開けると、松沢は心配そうに彼女を見た。「入江さん、旦那様は……」

　「松沢さん、彼のことは言わないで」彼の名前を聞きたくなかった。

　彼の利己的な態度が彼女を怖がらせ、逃げ出したくさせる。

　松沢が、「違うんです、入江さん。旦那様が他の女性を連れてきました」と言った

　紀美子の目には嘲笑の色が浮かんだ。

　彼は他の男が近づいたことで彼女を疑い、侮辱した。

　では彼は今何をしているのか？

　復讐か？

　紀美子はもともと食欲がなかったが、これでますます食べる気も失せた。

　彼女は冷たい声で言った。「分かったわ。私は降りない」

　松沢は困った顔をした。「旦那様が、どうしても降りてこいと言っています……」

　紀美子は心の中で冷笑した。

　松沢を困らせたくないため、彼女は仕方なく階下に降りた。

　ダイニングルームに入ると、静恵が笑顔で晋太郎の碗に料理を取っているのが見えた。

　「晋太郎さん、エビを剥いてあげましょうか？」

　足音を聞いたのか、晋太郎は目を上げた。

　紀美子が現れると、彼は冷たい顔で答えた。「ああ」