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第3話

私は軽くうなずいて答えた。

「惜しくなんかないわ。明彦、あんたが言ったじゃない。私なんかいなくても会社は回るって。だったら、どうやって立て直すか見せてもらおうかしら?」

その言葉に明彦の顔が険しくなり、ためらうことなく手を振った。

「西園寺、お前が見張ってろ!」

華音はすぐに従い、こくりと頷いた。

私は一度引き継ぎ表をしっかり確認してサインし、抜け漏れがないことを確かめたうえで、自分のデスク周りの整理を始めた。すべて片づけて私物を箱に詰め、いざ出ようとすると、華音が立ちふさがる。

「白崎さん、すみませんが確認させてください。会社の機密情報が外部に漏れないように、念のためです」

その言葉に私は思わず笑ってしまった。

「あんたに何の権限があるの?それとも、あなたが『奥さん』にでもなったつもり?」

華音の顔がみるみる赤くなり、居合わせた同僚たちの視線が集まる。毒を含んだ目つきでこちらを睨む彼女の前に、背後からまた別の声がかかった。

「彼女の言う通りだ。それが俺の意向でもある」

振り向くと、明彦が出てきた。華音は待ってましたとばかりに明彦の腕にしがみつき、わざとらしくしおらしい声で訴える。

「桐谷さん、ありがとうございます。桐谷さんがいなかったら、私、ここにいる資格すらないところでした

桐谷さん以上に資格のある人間なんていないわ」

彼は腕に抱いた華音を見下ろし、にやりと笑いながら私を睨みつけた。

「結花、すべての持ち物をここに置いていけ。徹底的に調べさせてもらう」

私は自分の荷物が詰まった箱を見下ろした。中身はただのカレンダーや水筒、ティッシュといった取るに足りない物ばかりだ。鼻で笑って、反転して箱を床に逆さまにした。

バラバラと床に落ちる音が響き渡り、みんながこちらを見た。私は箱を蹴飛ばして彼の方へ転がし、「どうぞ」と中指を突き立てる。

「明彦、この屈辱は絶対に忘れないわ」

そう言い捨てて、エレベーターに向かい、ボタンを押すと、足早に去っていった。明彦は何も言えず、顔を険しくして私の背中を睨んでいた。

その足で私は桜庭教授を訪ねた。教授は上場企業間での紹介人の役割を担っていて、私が退職を申し出た際、シビックテクニックの桜庭祐一社長を紹介してくれることになったのだ。

面会に現れた祐一の顔を見て、私は息を呑んだ。教授が隣で微笑んでいた。

「祐一は俺の息子でね。彼が高い人材を紹介してくれっていつもせがむから、どうしても自分の優秀な学生たちを回さざるを得なくてさ」

「本当に君が来てくれてよかった。これでやっと役目を果たせたよ!」

教授が祐一の肩を叩きながら、私に向かって促す。「あとは自分たちで話を進めてくれ」

席に着くと、祐一がこちらを見て微笑んだ。

「父から何度も聞いていました。白崎さん、この業界では評判の実力者だと。

以前、盛岡テクニックでいくつかの大型契約をまとめられたとか」

私は軽く頭を下げた。

「お褒めいただき恐縮です。それぞれの会社に合わせてプロジェクトの特性を見極め、相手のニーズに応える提案をする─それがプロとして当然の姿勢ですから」

「おっしゃる通りです」

祐一の目に感心の色が浮かぶ。彼が思っていた以上に私を気に入ったのかもしれない。祐一は業界内で非常に評判のいい社長で、かつて明彦も彼を目標にして会社を設立したほどだった。

だが、残念ながら明彦は祐一の水準には全く届かなかった。

会食は和やかに進み、私たちはその場で雇用契約を結ぶことに合意した。

食事を終えてホテルのロビーを出ると、なんと正面に明彦と華音の姿があった。

華音は目を丸くしてわざとらしく驚く。

「嘘でしょ?白崎さん、桐谷さんを追いかけてここまで来たんですか?

だから私は言ったんですよ。白崎さんが桐谷さんを諦めるわけがないって」

明彦は私に向かって冷ややかに一言を放つ。

「結花、今のうちに俺に頭を下げておけ。そうすれば許してやらないこともない」

私は思わず笑ってしまった。ここまで来て、彼がまだそんなことを言うとは。

「あんたに付き従う価値なんて、これっぽっちもない」

「なんだと?」

私は鼻で笑って言い返した。

「文字通りの意味よ......あんたに用なんてないわ。私がここに来たのは、別の人に会うため」

「別の人だと?まさかあいつのことか?」

明彦は声を荒げた。

「結花、業界内の人間はみんな、お前が「俺の女」だって知っているんだぞ。俺が飽きた女を、誰が引き取るってんだ?」

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