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【婚姻届、提出しました。】

作者: 水沼早紀
last update 最終更新日: 2025-01-26 15:58:48

~挨拶✕初めてのキス~

* * *

「お母さん、お父さん、初めまして。 天野川大翔と申します」

 婚姻届を提出する数日前、天野川さんはわたしの家へ来ていた。

 わたしは未だに実家暮らしだったため、わたしの両親は、わたしがいきなり男を連れてきたことに驚いていた。

「え、あ、天野川って……?」

 お母さんは天野川さんを見ながら、あたふたとしていた。

「失礼しました。 株式会社スリーデイズの副社長を務めております、天野川大翔と申します」

「スリーデイズ……。って、ええっ!? あ、も、もしかして、あなた天野川秀人の……?」

「はい。息子です」

「えっ!? お、お母さんっ!?」

 娘が連れてきた男が、まさかのあの有名企業の副社長だと知った瞬間、お母さんは驚きで気絶してしまいそうになった。

 そんなお母さんを、天野川さんは「大丈夫ですか?お母さん」と支えていた。

「え、えぇ……すみませんねぇ」

「いえ、ケガがなくて良かったです」

 天野川さんはお母さんにキラキラとした笑顔を向けていた。

「さ、さぁ、天野川さん。こちらへどうぞ、大した家じゃないですが……」

「ありがとうございます」

 天野川大翔……すごい笑顔。キラキラとしている。

「まさか天野川さんが、由紀乃の結婚相手だなんて、驚いたわよ。 あなた、結婚したい人がいる、としか言わなかったから……」

 お茶を淹れながら、お母さんはそう言ってきた。  

「ごめんね、お母さん」

 お母さんはさぞかし驚くに決まっているだろうとは思っていたが、まさかそこまでとは思ってなかった。

「しかし、イケメンねぇ?天野川さん。男性なのに美形よね」

「……だよね」

 イケメンだというとは、わたしも認める。思わず見惚れてしまいそうになる時があるから。

「お待たせしました。大したものではないですが、どうぞ」

 お母さんは天野川さんにいつもよりも丁寧な対応と言葉遣いをしていた。

「ありがとうございます。お気遣いなく」

 お母さん、めちゃくちゃ緊張してるな……。

「あ、そうだ。僕からもお土産があるんです」

「え? あ、わたしにも?」

 お母さんは驚いたような表情をしていた。

「はい、これは父親からなんですが……。よろしかったらどうぞ」

「あら、すみません……。ありがとうございます」

 天野川さんから紙袋を渡されたお母さんは、その中身を見て目を見開いた。 

「えっ!? あ、これって……」

「山形屋のバームクーヘンです。 父親の大好物でして、父親が持って行けと」

「あら、ありがとうございます」

 山形屋のバームクーヘンって……。マジか!?

「所であの……。娘とはどこで知り合ったのですか?」

「娘さんとは、とあるカフェで会いまして。そこで知り合って、仲良くなりました」

 と天野川さんが言うと、お母さんは「あら、そうなんですか」と言った。

「由紀乃さんはとても明るくて、スイーツを食べている姿が印象的で……。思わず由紀乃さんの姿に、見惚れてしまいました」

「あらあら、そうなんですか……」

 ええっ……。なんか全然エピソードが盛られているような気がする。 

「あの、お母さん。由紀乃さんと結婚させてください。……必ず、由紀乃さんを幸せにします」

 真剣な眼差しでお母さんにそう告げる天野川さんを見て、わたしはちょっとだけドキドキしてしまっていた。

 今まで感じたことのないドキドキで、胸が一杯になりそうだった。

「もちろんです。 こんな娘ですけど、末永くよろしくお願いします」

「こちらこそ」

 こうして挨拶をしてみて、わたしたち本当に結婚するんだなって、改めて感じた。

 

✱ ✱ ✱

「お邪魔しました」

「こちらこそ。またいつでも、来てくださいね」

「ありがとうございます。 では、失礼します」

 家を出る天野川さんを、わたしは「あ、近くまで送ります」と言ってその後を追いかけた。

「天野川さん、今日はありがとうございました」

「こちらこそ。 由紀乃のお母さんは、優しい方なんだな」

「そう、ですか?」

 天野川さんの隣を歩くだけで、妙にドキドキして緊張してしまう。

 だってこんな住宅街に、スーツを着てビシッと歩いてる人がいて、しかもみんなにジロジロと見られているのが余計に緊張する。

「由紀乃も優しいからな。そこは母親ゆずりなんだな、きっと」

「そうですかね?」

「そうだ。 由紀乃の結婚、喜んでいたからな」

「はい。……すごく嬉しいんだと思います」

 わたしにはそんなっ気がなかったのを、相当心配していたからな……。

 これで安心なのかもしれない。

「由紀乃」

「はい?」

 名前を呼ばれてふと天野川さんの顔見上げると、天野川さんは「君と結婚すると父親に伝えたら、どんな人なのかと興味津々だったよ」と言ってきた。

「え……。あの、それでなんて言ったんですか?」

 と問いかけると、天野川さんは「おっちょこちょいな人だと言ったよ」と笑っていた。

「えっ……!?」

 お、おっちょこちょいって言っちゃったの!?

恥ずかしい……!!

「そしたら親父は、笑っていたよ。佳織と同じだなって」

「佳織……?」

 って、誰なんだろ……?

「俺の亡くなった母親だ。 俺が十五の時、膵臓のガンで亡くなったんだけど」

 と、天野川さんは言っていた。

「……あ、そうなんですね」

 なんか悪いこと、聞いちゃったかな……?

「親父が言うには、俺の母さんもおっちょこちょいな人だったらしい。 まるで由紀乃みたいだな?」

「え?」

「俺も親父も、似た人と結婚するんだな。……やっぱり親子だな、俺たちは」

 天野川さんは歩きながらそう言い、目を細めて笑っていた。

「由紀乃」

「……はい?」

「幸せにするよ、必ず」

 その言葉を告げられたわたしは、思わず見つめられて目をそらせなくなっていた。

「……由紀乃」

「は、はい」

 なぜかやたら、鼓動が早くなってうるさくなる。ドキドキして、顔が赤くなりそうだった。

「え……天野川、さん……?」

 突然天野川さんから頬を撫でられ、更にドキドキが増していく。

「由紀乃。……キス、してもいいか?」

「……え?」

 き、キス……!? こ、ここで……!?

「五秒数えるから、イヤならイヤと言ってくれて構わない。……もしイヤだと言わないなら、キスする。いいな?」

「え、え……。え?」

 状況がうまく呑めないわたしは、目の前であたふたするしかなかった。

「5……4……」

 だけどその言葉が本気だと分かった途端に、カウントダウンが始まっていて……。

「3……2……」

「え、あ、天野川……さん」

  

  ど、どうしよう……。こういう時ってなんて言えばいいの?

「……1」

  そしてカウントダウンは、終わってしまった……。

「ほら、答えなかったからキスするぞ?」

「えっ!? あ、や、えっと……」

 そんなわたしの様子を見て、天野川さんは「由紀乃、目を閉じろ」と言ってきた。

「え……っと、本当にするんですか……?」

「当たり前だ。すると言ったろ?」

 そう言われたら、何にも言い返せない……。

「ほら、目を閉じろ」

「……は、はい」

 言われた通りわたしは、静かに目を閉じた。そして……。

 チュッというリップ音が、確かに聞こえてきたのだが……。

「……え?」

 あれ……? なんか分からないけど、唇に感触がない。

 そう思って目を開けると、わたしの唇ではなく、わたしのおでこに゙キズされていたのだった。

「ほら、約束通りキスしたぞ」

「………。え、キスって……おでこ、だったんですか?」

 てっきりキスと言われたので、唇かと思ってしまった……!

 は、恥ずかしい、わたしっ! 不覚っ……!

「なんだ。唇だと思って、期待した?」

 そう言われたわたしは、すぐに顔を真っ赤になるのが分かった。

 恥ずかしさで顔を伏せてしまう。

「……っ、天野川さん、意地悪いです」

「残念だった?唇じゃなくて」

「……そ、そんなこと、ありませんっ!」

 って……。なんでわたし、こんなにムキになっているのだろうか……?

「顔真っ赤になってるぞ?由紀乃」

「そ、それは天野川さんがっ……」

 【それは天野川さんがわたしをからかうから】だと言おうとしたのに……。

 その天野川さんの整っている顔が、今度はわたしの目の前にあるのだった。

 頭が混乱しているせいか、状況を読み込むまでに少し時間がかかったけど……。

「ごめん。由紀乃のそんな顔見たら、本当にキスしたくなった」

「え、えっ……!?」

 わたし……。本当に天野川さんと、キス、してしまったみたいだ……。

 一瞬のことだったから、すぐに分からなかったんだ……。

「じゃあな、由紀乃。また連絡する」

 そう言って天野川さんは、わたしの頭を撫でると、キラキラとした笑顔を向けて駅の方へと消えていった……。

「……どうしようっ」

 キス……してしまった! まだ結婚してないのに、キスされてしまった……!

 だけどこの心のどこかで、イヤだという気持ちはないような気もした。

 このよく分からない不思議な感情に、わたしは頭を悩まされた。

* * *

~初めてのミーティング~

 その次の日、わたしはスリーデイズの本社にいた。スイーツ作りの開発を手伝うという指名があるからだ。

 そのスイーツ作りのために、わたしは会社を辞めた。 美味しいスイーツを作るためなら、時間は惜しまない。

「まず、こちらが企画書になります」

 と、スイーツ開発部のリーダーである片山(かたやま)さんが、会議室に座る全員に資料を配っていく。

「どうぞ、森原さん」

「あ、ありがとうございます」

 何故かここに来るたびに緊張する。ドキドキして、心臓が口から飛び出そうだ。

「まず初めに作るスイーツのコンセプトですが、コンセプトは幸せを作るスイーツです」

 幸せを作るスイーツ……? なんかすごそうなコンセプトだな……。

「食べた人が幸せだと感じる瞬間を作るスイーツを作りたいと、副社長から直々に依頼がありました」

 天野川さんからの、依頼? 幸せを感じる瞬間を作るスイーツか……。

 そういうスイーツが出来たら、わたしも嬉しいな。なんて、勝手に思っていた。

「まずはみんなで、どんなスイーツを作りたいか提案を出し合っていきましょうか。 何でも言ってくれて構わないわ」

と言われても……。どんなことを言えばいいのか分からないな。

「わたしはパフェが好きなので、作るならパフェがいいです」

「俺はチーズケーキがいいです」

 などと意見が次々と出る中、わたしは何も言えずにいた。すると……。

「森原さん、森原さんは何か作りたいスイーツってあります?」

 と、リーダーの片山さんから声をかけられた。

「え、わたしですか……?」

「はい。 森原さんもスイーツ開発部の一員なので、森原さんの意見もください」

「わたしで、いいんですか……?」

 と問いかけると「はい。もちろんですよ」と言われた。

「わたしは……」

 わたしが作りたいスイーツって、何だろう……?そう考えた時に出たスイーツは、一つだった。

「森原さん?」

「わたしが、わたしがもし作るとしたら……。アップルパイ、がいいです」

「アップルパイ?」

「はい。……わたし、小さい頃から母親の作るアップルパイが大好きだったんです。 落ち込んだり辛いことがあったりすると、お母さんが必ずアップルパイを作ってくれたんです。それを食べるとホッとして、心が落ち着けたんです」

 わたしがそう言うと、片山さんは「なるほど……。アップルパイ、ですね」と返事をした。

「あ、もちろん、アップルパイはシナモンを使っていますので、シナモン苦手な方もいるとは思うんですけど……」

 と言葉を付け加えると、片山さんは「ううん、でもアップルパイ、いいかも」と言ってくれた。

「え、本当ですか……?」

「うん。だって森原さんにとって、アップルパイはお母さんの大切な味なんでしょ? お母さんの味を再現して作ってみるっていうのも、面白いしいいと思うな」

 と、片山さんは笑顔で言ってくれた。

「みんなはどう思う?」

「わたしもいいと思います」

「俺も賛成です。 お母さんの味って、なかなかうまく出せないですし……。案外やってみる価値は、あると思います」

「わたしは正直に言うと、どっちもどっちですね。アップルパイって結構、予算かかりそうですしね……」 

 ミーティングではみんな率直な意見を出してくれる。 賛成の意見もあれば、もちろん反対の意見もあるから、それらは賛否両論だ。

 だけどこうして話し合って意見をぶつけ合うのも、悪くないな……って思った。

「大丈夫よ。副社長からの伝言で、予算はいくらでも費やしていいとのことだから」

 天野川さん……。予算いくらでもいいって、すごすぎるんですけど……。やっぱり株式会社スリーデイズの副社長って、すごいんだ。

 わたしはそんな副社長の妻になるんだな。……まだ全然、実感がない。

「いくらでもって……。さすが副社長ですね」

「すごいわね」

「とりあえず、みんなの案をまとめてみましょうか」

 ホワイトボードにみんなが出した案を、片山さんが書き出していく。

「……こんな感じ、かしらね?」

「ですね」

「ではこの中から良いと思ったものを、選んでいきましょうか」

 出た案の中には、わたしの出したアップルパイの他にチーズケーキ、プリンなどの他に、わらび餅やおまんじゅうなどの和菓子などの案も出た。

 だけど悩みすぎて、決められない……。 

「ーーーでは協議の結果、森原さんのアップルパイに決定します」

「えっ!? ほ、本当ですか!?」

 まさかの、わたしの作りたいアップルパイが採用されてしまった……。

 嬉しい気持ちもあるけど、なんだか皆さんに申し訳ないな……。

「森原さん」

「は、はい……」

「森原さんのそのお母さんのアップルパイ、レシピ教えてもらうことって出来るかな?」

 そう聞かれたわたしは「あ、じゃあ……母に聞いてみます」と答えた。

「ありがとう。お願いします」

「は、はい……!」

「レシピが分かり次第、わたしたちで一旦再現してみましょう。 その後レシピ通りに試作してみて、そこから改良を重ねていきしょうか」

 片山さんからの言葉で、わたしはお母さんにお母さん直伝アップルパイのレシピを聞くことになった。

「じゃあ今日のミーティングは、ここまでにしましょう。 今度のミーティングは明後日にします。では本日はこれで解散! お疲れ様でした」

「お、お疲れ様でした……!」

「お疲れ様でした〜」 

 今日のミーティングはこれにて終了した。ミーティングが終了すると、開発部の皆さんはそそくさとミーティングルームから出ていった。

 初めてのミーティング、すごく緊張だらけだった……。

「森原さん」 

「あ、はい」

「副社長からの伝言で。 森原さんに期待してるぞ、とのことよ」

「あ……は、はいっ!」

 やめてぇ……。そんなに期待してるとか言われると、ますます緊張してしまうよ……。

「頑張って、森原さん。わたしたちにもあなたの協力が必要だから。期待してますよ?」

「は、はい! 頑張ります……!」

 片山さんからそんなねぎらいの言葉を頂いたわたしは、ますます頑張らないとと思った。

 その日の夜、わたしは母に連絡をした。いつもアップルパイを作る時に使う材料、分量など細かく聞き出していき、そのレシピをわたしのパソコンに送ってもらった。

 そしてアップルパイのレシピを眺めていると、突然鳴り響いたスマホ。 スマホの画面には、天野川さんの名前が表示されていた。

「もしもし……天野川、さん……?」

「由紀乃か?俺だ」

「……はい。由紀乃、です」

 なんかこうして電話で話すのも、妙に緊張する。……なんていうか、電話越しだとまた、声が低く感じる気がする。

 電話越しでの声もカッコいいって……。ヤバイかも。

「ミーティングお疲れさん、疲れただろ?」

「あ、いえ……。普通に緊張、しましたけど」

「そうか。 聞いたぞ、アップルパイに決まったんだろ?」

「はい」

 返事をするだけでも緊張してくる。……ヤバイかも、わたし。

 相当緊張しすぎて血圧高くなりそうだよ……。

「由紀乃の母親直伝のアップルパイか。……俺も楽しみだ」

「天野川……さん」

「由紀乃の母親のアップルパイ、俺も食べてみたいな。 どんなアップルパイなのか、気になるよ」

 と、天野川さんは言ってくれた。

「……わたしも、ぜひ食べてもらいたいです。 わたしの母親の味、みんなにも食べてもらえたら嬉しいですし」

 いつか本当にそういう日が来たら、嬉しいな……。わたしの母のアップルパイは昔から友達にも好評で、友達が家に遊びに来たりした時も必ずアップルパイを焼いてくれたし。

 友達もみんな美味しいって言ってくれていたから、母のアップルパイはわたしにとって自慢なのだ。お店で食べるアップルパイよりも、母のアップルパイの方がわたしは美味しいと感じる。

「大丈夫だ。必ず来るさ、その日が。 実現させよう、必ず」

「……はい」

 天野川さんの言葉は妙に力強いのに、優しさもあって、なんだか落ち着く気がした。

「由紀乃、今日はお疲れ様。……おやすみ」

「おやすみ、なさい」

~本当に入籍しました~

 それから数日後、わたしは結婚の挨拶をするために天野川家にお邪魔していた。

「やあ、よく来たね。 天野川秀人(ひでと)だ、よろしく」

「は、初めまして……!森原由紀乃、と言います。よろしくお願い致します!」

 生で会う天野川秀人は、やはり風格が全然違っていた。 さすがスリーデイズの社長さん、って感じだ……。

 緊張してたまらない……。

「君が由紀乃さんか。息子から話は聞いているよ、どうぞ座りたまえ」

「し、失礼致します……」

 天野川さんと二人、社長である天野川秀人(つまり天野川さんの父親)の目の前に座る。

「由紀乃さん、と言ったかな?」

「は、はい」

 何を話せばいいのか分からなくて、俯いてしまいそうになる。

「由紀乃さんは、今度のスイーツの開発に携わってくれるんだったな?」

「……は、はい。 微力ながら、ご協力させて頂きます。よろしくお願い致します」

「こちらこそだよ、由紀乃さん。こんな息子だがすごく会社思いな男でね。……息子のこと、どうか支えてやってくれ」

 そう言われたわたしは「は、はい……。こんなわたしでよければ」と返事をした。

 最初は社長って聞いていたから、ちょっと怖い人なのかなって思っていたけど……。そうでもないみたいだ。

 とても息子思いの、良い父親って感じがする。本当に天野川さんのこと、大好きなのが表情からも伝わってくる。

「由紀乃さんは可愛い人だね」

「えっ、そうでしょうか……!?」

「おい、親父! いきなり何言ってるんだよ!」

 ビックリしたのか、天野川さんが突然声を張り上げた。

「ああ、由紀乃さんは妻に似てとても可愛いらしい人だよ。 雰囲気が、妻に似ている」

 亡くなった、天野川さんのお母さん……。そんなに似てるのかな?

「そう、ですか……?」

「おい、親父……!」

「いいじゃないか。……やはりお前も、母さんに似た人を選んだんだな」

 そんな親子の会話は、なんとなく可愛いらしい感じがした。

 でもわたしが、その亡くなった天野川さんのお母さんのことが気になったのは確かだった。

「親父、由紀乃は俺の大切な人なんだ。これからも幸せにしたい。……だから、由紀乃との結婚を認めてほしい」

「お前の選んだ人生だ。……好きにしなさい」

「……ありがとう、親父」

 てっきりこんな平凡な女との結婚なんて、スリーデイズの社長にそう簡単に認めてもらえる訳はないと、思っていたのだけど……。

「由紀乃さん。息子のこと、よろしく頼むよ」

「……は、はい。こちらこそ、よろしくお願い致します」

 案外あっさりと、認めてもらえたようだ。

 だけどあまりにもあっさりと認めてもらえてしまったわたしは、意外すぎて本当にいいのかな?と思ってしまった。

「由紀乃さん、君は結婚したら天野川家の一員になる。 何か困ったことなどあれば、いつでも遠慮なく言ってくれ」

 そう言われたわたしは「ありがとうございます、天野川社長」と返事をした。

「由紀乃さん、せっかくだから息子に我が家を案内させよう。 ゆっくりしていきなさい」

「ありがとうございます。天野川社長」

「社長なんてやめてくれ、堅苦しいよ」

 そ、そう言われても……。わたしにとっては、天野川社長なのだ。

「親父、由紀乃に屋敷を案内してくる」

「ああ。ゆっくり案内してきなさい」

 そして案内してもらった天野川家の屋敷は、とても広すぎて、それはまるで大きな迷路みたいだった……。

 さすがに次元が違いすぎてヒビってしまったことは、天野川さんには言えなかった。

「よ、よろしくお願いします」 

「はい。お預かり致します」

 その数日後、わたしたちは大安の日を狙って、役所に婚姻届を提出した。

「こちらで受理致しました。 おめでとうございます」

 提出した婚姻届は、不備もなく無事に受理された。

「……本当に夫婦に、なったんですね」

「そうだな。由紀乃は今日から、天野川由紀乃、になったんだな」

 【天野川由紀乃】これが今日からの、わたしの名前。 名前が変わったということは、これで本当にわたしたちは、夫婦になったんだな……。

 まだあまり実感が湧かない。天野川さんの妻になったんだという実感がない。 

「あの、天野川さん」

 と名前を呼ぶと、天野川さんは「何言ってるんだ。由紀乃だって天野川、だろ?」

「あっ……」

 そ、そうでした……。やっぱり結婚したのだから、天野川さんと呼ぶのは変だよね。

「俺のことば大翔゙と呼んでくれると嬉しいな」

「ひ、大翔……さん?」

 いきなり大翔さんなんて、恥ずかしいって……!

「さんはいらないけど……。まぁいいか、大翔さんでも」

 だって名前を呼ぶだけで、緊張するよ……。

「……由紀乃」

「は、はい。何でしょうか……?」

 名前を呼ばれて見つめられるだけで、ドキドキしてしまう。

 鼓動が早くなって、やたらうるさくなる。

「今日から俺たちは夫婦だ。……由紀乃を妻として、一人の女性として、由紀乃のことを一生愛し抜くと誓うよ」

 その言葉はまるで【プロポーズ】の言葉みたいで……。

「大翔……さん?」

 見つめられたその目から、離せなくて……。ドキドキが高まっていく。

「だから俺のことも、一生愛し抜くと。そう誓ってくれるか?」

 そんな愛の言葉を向けられたら……。

「……はい。誓います」

 まるで結婚式をしているのではないかと錯覚を起こしてしまうような、そんな気がした。

「……大翔さん、ありがとうございます」

「こちらこそ。 さ、行こうか」

「はい」

 大翔さんはわたしのその手を握ると、そのままギュッと手を繋いできた。

「……え?」

「夫婦になったんだ。 夫婦らしいこと、してみようか」

 夫婦らしい、こと……。

「イヤなら、離してもいいぞ」

「……いえ、離す訳がないです」

「そうか」

 そう言われたけど、わたしは離さずにその手を握り返した。

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    【プロローグ】〜副社長との出会い〜* * *「大変お待たせ致しました。 角切りりんごと紅茶クリームのパンケーキになります」「うわぁ……」 お、美味しそう……! そして何より、見た目が美しいっ! フワフワで厚みのある茶葉入りのパンケーキに、香り豊かな紅茶クリーム。そしてその周りを囲む、黄金色が輝く美しい角切りりんご。「美しいっ……」 これぞカフェのパンケーキ。 いや、もはやそれ以上かもしれない。 見た目のクオリティに関して言うと、パーフェクトすぎるくらいだ。 これは女子受け、間違いなしのスイーツだ。 わたしはすぐにカバンからスマホを取り出し、一番いい位置から写真を撮影し、それをInstagramにハッシュタグを付けて上げる。 これがわたしの休みの日のルーティンだ。休みの日はどこかのカフェに出向き、そのお店のオススメのスイーツを必ずチェックしている。 もちろん、新作のスイーツや期間限定のスイーツなどは外せないため、必ずチェックするようにしている。 こんなことをしているせいか、わたしには彼氏など出来ない。 今のわたしには、恋愛することよりもスイーツを食べる方が優先なのだ。「それでは……いただきます」 Instagramにあげた写真をチェックした後、ナイフとフォークを両手に持ち、出来たばかりのパンケーキに手を伸ばしていく。「うん、美味しいっ」 何これ、めちゃくちゃ美味しい。フワフワなのに軽い口どけのパンケーキに、甘さ控えめなのにしっかりと紅茶の風味を感じるクリームとの相性がバツグンすぎる。 何よりこの角切りされたりんごはシナモンが少し入っていて、口に入れた瞬間の爽やかなりんごの酸味とシナモンのフワッと香るほんのりとした香りが更に美味しさを引き立てている。 これは間違いなく、文句無しで美味しいスイーツだ。絶対に食べた方がいい。 くどくないし、クリームの口どけも滑らかなのに軽く食べられてしつこくないし。甘いものが苦手な人でも食べやすいように出来ている。「やばっ、止まらない……」  あまりにも美味しくて、ナイフとフォークが止まらなくなる。「ごちそうさまでした」 あまりにも美味しくて、あっという間にパンケーキを食べ終えたしまったわたし。「うん」 これは評価高いな、もう一度食べたくなる。 そしてお会計しようと席を立ったその時…

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    【え、これってプロポーズ……ですか?】* * *  それから一ヶ月が経った時のことだった。「いらっしゃいませ」「すいません、一人なんですけど……空いてますか?」「すみません、今ちょうど満席で……。テラス席でしたら空いていますが、どういたしますか?」「……じゃあ、テラス席でお願いします」 その日は三連休の中日ということもあり、お昼時のカフェは混んでいるのか、店内は満席状態であった。 テラス席なら空いてるとのことだったので、わたしはテラス席に座ることにした。 今日は気分転換にスイーツを食べながら、外で仕事をすることにしたのだった。「こちらの席にどうぞ」「ありがとうございます」    イスの下にあるカバン入れにカバンを入れ、ノートパソコンと資料を開く。「ご注文お決まりになりましたら、こちらのボタンでお呼びください」 「分かりました」   まずはメニューを開いてホットの紅茶を注文した。食べ物は後ででいいと思い、まずは資料に目を通していく。 「はあ、全然ダメだ……」 わたしはごく普通のOLだ。毎日上司から仕事を押し付けられ、毎日ため息ばかりついている。 そんな日々ばかりなのだ。「お待たせしました。ホット紅茶になります。ミルクと砂糖はお好みでどうぞ」「ありがとうございます」 まずは昨日終わらなかった分の作業を終わらせてしまおう。 そしてパソコンに入力作業をしていると、後ろの方から聞き覚えのある声が聞こえてきた気がした。「分かってる。俺だって見合いは避けたいさ」「大翔……」 ……大翔? いや、まさかね……。 でも今、お見合いって言ったよね……?「でも親父さん、お前に結婚しろって迫ってるんだろ?南條ゆずと」「ああ。……けどいくら言われても、俺はゆずとの結婚は出来ない」 そんな会話が、後ろの方から聞こえてくる。「南條、ゆず……?」 え、南條ゆず……!? 南條ゆずって、あの南條ゆず……!? 世界的に有名なピアニストの、南條ゆずのことっ……!?  すご……! 南條ゆずとの結婚話、しちゃってるんですけど……?!「でもゆずちゃんとは、幼なじみなんだろ?」「幼なじみだからって、それとこれは話が違う」「南條ゆずと結婚したら、お前の人生は安泰だと思うけど? な、大翔」 まさかね……。たまたま同じ名前ってだけよね? 

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