夏芽さんを相手にあんな淫らな夢を見てしまった後ろめたさで、私は朝から彼の顔をまともに見ることができなかった。朝食中の何気ない会話にもしどろもどろになって、明らかに挙動不審の私を、彼ももちろん見逃すわけがない。「随分と落ち着かないね。今日はどうしたの?」眉根を寄せて、真っ向から質問され、誤魔化すのにも必死。出勤するために車に乗ってしまったら、狭い車内で逃げ場もない。質問のみならず会話さえも警戒して、ずっと車窓を流れる景色に目を向ける私を、夏芽さんは視界の端で不審げに探っていた。オフィスビルの地下駐車場に着いて車を降りると、とにかく逃げ場ができたことにホッとする。大きく肩を動かして安堵の息を吐く私を見て、夏芽さんはますます訝しそうな顔をして首を捻っていた。地下駐車場から、オフィスフロアへの直通エレベーターはない。オフィスに上がるには、一度グランドエントランスを経由する必要がある。長いエスカレーターに差しかかると、「黒沢さん、先に」夏芽さんは私を促し、自分は一段下に立つ。スマートなエスコートはさすがだけど、彼はきっと、ほんの一週間ほど前、ここで起きた『事故』を思い出しているんだろう。そっと肩越しに見下ろすと、どこか厳しく、なにか憂いを帯びた表情で、すぐ隣をすれ違う下りのエスカレーターに横目を向けている。私もつられて、同じ方向を見遣った。私はグランドエントランスから地下に降りようとして、下りのエスカレーターで足を滑らせたそうだ。この長いエスカレーターのちょうど中ほどから、一番下まで真っ逆さま。昨日もこうしてエスカレーターを使ったけど、私の記憶にはなにも掠らない。ただ、その時、他に人が乗っていなくて、本当によかったと思うだけだ。でも、夏芽さんは落ちる私を一番近くで見ていたそうだから、ここに来る度にいろんな想いが錯綜してしまう。『巻き込んだ』ことを申し訳なく思いながら、私は進行方向に向き直って、目を伏せた。――本当は、それ自体が不可解なのだ。私はどうして、昼間のオフィスで夏芽さんと一緒にいたんだろう。昨日から、彼の言動や断片的に呼び起こされる記憶と照らし合わせると、思考が先走って落ち着かない。私……失った記憶の中で、夏芽さんから好意を伝えてもらっていたんじゃないだろうか。そう考えるのが一番すっきりするけど、そうなるとまた別の疑問が浮上する。それで、私は?私は彼になんて応えたん
Terakhir Diperbarui : 2025-04-04 Baca selengkapnya