夕食の後片付けをした後、私はゆっくりお風呂に入った。長い髪をタオルドライしながらリビングに戻る。電気は点いていたけど、テレビは消されていて、さっきまでソファにいた颯斗がいない。となると、書斎にいるはずだ。「颯斗……?」私はドアの外から声をかけ、ちょっと遠慮がちにノックした。中から「どうぞ」と、返事があった。「お仕事? コーヒー淹れようか?」そっとドアを開け、顔を覗かせる。颯斗が「ああ」と短く応じて、私の方に顔を向けた。「ちょっと、調べ物。根詰めるほどじゃないから、大丈夫」彼の目元には、普段はかけない細いブラウンフレームの眼鏡。颯斗は、家で書物に目を通す時だけ、眼鏡をかける。いつもと違って、デキる『准教授』といったインテリっぽい雰囲気で、私は目にするたびにドキッとしてしまう。だけど彼の方は、私の心臓の反応に気付く様子はない。「葉月、こっちおいで」眼鏡のつるを持ってサッと外すと、『おいでおいで』と手招きする。「え? でも。調べ物の邪魔じゃない?」「全然。いいから」続けて促され、意味もなく、ドアの隙間から身を滑らせるようにして、中に入った。書斎は、それほど広くはない。日本で言ったらせいぜい六畳間ほどで、L字型のパソコンデスクと書棚が置かれているだけ。彼が背にしている書棚には、日本語と英語、厚さも様々な医学書がぎっしりと並んでいる。「葉月も、今日病院で見ただろ? 浩太」彼が自分の隣に置いてくれた丸椅子に腰かけ、私は一瞬ギクッとした。「葉月?」「あ、ううん。見たよ、浩太君。颯斗に、すごく懐いてるんだね」あの時、本物の幸せな家族を見ている気分になって、胸が疼いたことを思い出す。一瞬過ぎった動揺を気取られないよう、ぎこちなく笑って返した。颯斗は、無意識といった様子で顎を撫で、思案顔をする。「実は来月、オペを控えてるんだよね。ええと……ファロー四徴症って、先天性の心臓疾患で」「うん。レイさんが教えてくれた。日本で颯斗が、一度目のオペを執刀したって」説明しようとしてくれた気配を感じて、私はそう答える。颯斗は、「そっか」と目を細めた。「あんな元気そうに見えて、なかなか複雑な心臓の持ち主。一度のオペじゃ、治してやれなかった。まだ五歳なのに、人生二度目の開胸術が必要になる」「えっ……五歳?」「ああ。小さいだろ? 心臓に持病があると、どうしても……ね」そう言いながら、颯斗はパソコンモニターの
Terakhir Diperbarui : 2025-03-12 Baca selengkapnya