All Chapters of 『輝く銀河系の彼方から来しトラベラー』ー古のタビ人―: Chapter 21 - Chapter 30

70 Chapters

◇友人の幸せ 第21話

21 「でさ、実はそのあとがあったの……」「分かった、やっぱりやり直そうってやつ」「ビンゴ!  『今から結婚申し込んだら別れないで自分との結婚を考えてくれるのか』って。 電話掛かってきた」 「すごい、ドラマみたい」 「私ね、ちっとも嬉しく感じなかったし、心も動かなかった。 もうほとほと彼に冷め切ってたんだろうね。自分でも驚くくらい冷めてた」 「そっか。絵里が別れを切り出してから結婚の話を出してきたのかー」「婚活が上手くいかずに悶々としていたら、どうだったかなっていうのは 考えないでもないけど、所詮タラればの話をしてもしようがないもんね」「そうだよね。それでその川上さんとはその後どうなったの?」「お蔭さまで、順調に交際が続いて、お互いいい年だから結婚急ごうってことで 12月に挙式することが決まってるの。 実はね、入籍は済ませていて今は半同棲中なの」 「すごいね。前の彼とはなかなか結婚までいかなかったのに~」「そうなの。自分でもびっくり、こんなにとんとん拍子に物事が運ぶなんて。 去年の今頃は、どうして剛《つよし》は結婚の話になるとスルーするんだ ろうってナーバスになってたでしょ? 1年後に結婚してるよって過去の 自分に教えてやりたいわ、全く。ふふっ」 「おめでとう、絵里ちゃん。ほんとによかった」 私はこの日、とうとう自分の話はできずじまいで絵里と別れた。不幸な人間が1人減ってよかったよ。 1人増えたからプラマイゼロだけどさ。 あーあ、絵里ちゃんもついに人妻だね。私は……。 綺羅々と初めて会った日からひと月が経っている。絵里の幸せな話を聞いて私は綺羅々に会いたいと切実に思う。 人恋しくなっちゃったかな?
last updateLast Updated : 2025-03-19
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◇カップル 第22話

22  綺羅々と美鈴は元々金星人でカップルだった。たまたま地球を訪れた折に、人がどのようにして産まれ落ちるのかに興味を持ち、見学していた時のことだった。ふたりは人が産まれ落ちるため天界で順番待ちしている魂たちに混じり、その様子を見ていた。小さな天使たちがそれぞれ指示役の天使から、あなたはここから行きなさい、あなたはそっちから行きなさい、というように言われ、各々長い滑り台を嬉しそうに滑っていく姿が見えた。見ているうちに見物していた美鈴はよろけてしまい滑っていくはずの天使の前に転がり、そのまま自分の意志に反してその子が滑る前に長~い滑り台の上を転がるようにして下界へと滑り落ち、すなわち現在の美鈴の母親である人のお腹へと着床してしまった。こんなふうにして両片想いの綺羅々と美鈴とは地球ではぐれてしまった。そのため、綺羅々は美鈴が地球での一生を終えたら迎えにいこうとずっと見守っていたのだが、幸せに暮らしているはずの美鈴が悲しみに暮れているのを知り、接触したのだった。金星人の時も美しかったが、人間に生まれ変わった美鈴も美しい女性へと成長を遂げていた。しばらくぶりに会う美鈴に……慰めの言葉と共に思わず抱きしめたくなったが、彼女を驚かせパニックに陥らせてはいけないと、なんとか自重する綺羅々だった。『美鈴、僕がこの先はサポートするから……頑張れっ』フォローする気満々の綺羅々なのだが、あれからひと月経つが美鈴からの呼びかけは今のところなく、なんだか寂しい。幸せいっぱいの友人の話を聞かされて久しぶりに綺羅々に会いたいと思う美鈴と、悲しい気持ちでいる美鈴をサポートしたいと考えているのに一向に連絡が来ないことに焦れている綺羅々。そんなふたりの気持ちが必然のようにクロスし、スパークする瞬間が……。
last updateLast Updated : 2025-03-20
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◇応援のハグ 第23話

23『綺羅々……会いたい。私のところへ来て』キター、美鈴からの要請が……。美鈴からの会いたいというメッセージを受け取り駆けつけたのは、前回と同じ場所だった。俺は彼女を驚かせないように、彼女の後ろにある椅子に座り声を出して存在を教えた。「美鈴さん、お久しぶりです。僕はあなたの後ろにいます。連絡を待ってましたよ」彼女はゆっくりと後ろに向き直し、破顔した。「ほんとに、綺羅々さんだー。うれしいっ。来てくれてありがとうございます」「以前よりお元気そうで何よりです」決して慰めるためにオオバ―な物言いをしたわけではなく、ほんとに目の前の彼女は、前回会った時のような負の感情がほぼなくなっており、肌の色艶も美しく、何より目に力が宿っていた。俺は半歩進んで彼女の隣に座り直した。「会わなかった間に何か、心境の変化でもあったのですか?」「ありました……。あなたに励ましてもらって元気が出ました。そして元気が出ると前向きな思考ができるようになって。この1か月自分にできる範囲でポディティブに過ごしました。そしたら……」「そしたら?」「これからどうしたいのか、どうすればいいのか、そんな先のことまで見えてきたの」「よかった。それを聞いて安心しました」「ご心配おかけしてすみません」「いえいえ……その見えてきたことを行動に移したりする時に何かお手伝いできることがあれば遠慮なく言ってください」「ありがとうございます。もう~、そんな素敵なこと申し出てくれる人なんて、綺羅々さんしかいません。綺羅々さん、やさし過ぎますっ」俺の申し出に美鈴さんが半分涙声になっているのを見て《聞いて》思わずハグしてしまった。「驚かないでじっとしてて、ハグだけだから」そう囁いて俺は隣に座る彼女を肩越しに緩く両腕を回した。「これ、応援のハグ……。1・2・3」数えてから、彼女にお願いをした。「目を瞑っててね」と。それから俺はそっと彼女から離れた。 彼女はちゃんと目を閉じてくれていた。良かった。恋人同士でもなく外国人でもなくのハグはたぶん、お互い恥ずかしいものがあると思うから。「何か手伝うことがあったら、いつでも僕を呼んで。じゃあ、また」そう伝えて、今日のところは彼女の前から早々に消えることにした。
last updateLast Updated : 2025-03-20
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◇慈愛のハグ 第24話

24 彼女はちゃんと目を閉じてくれていた。良かった。恋人同士でもなく外国人でもなくのハグはたぶん、お互い 恥ずかしいものがあると思うから。 「何か手伝うことがあったら、いつでも僕を呼んで。じゃあ、また」そう伝えて、今日のところは彼女の前から早々に消えることにした。 『綺羅々……』 一瞬の温もりを残して目の前から消えてしまった人。 彼はやさしい男性《ひと》だから……だから、可哀そうに思ってハグしてくれただけなのよ。 他に何の意味もないことなのよ、彼にとってはね。 まだ二度しか会ってない相手からハグされ、私は戸惑いを隠せなかった。 彼のハグには性的な意味はなく、慈愛のハグだと感じられた。 心が弱っている時に言動で慰められるというのは、グッとくるものがある。 それにしても、彼の引き際の良さには感心する。お陰で顔が赤くなったのを見られずに済み、ほっとしたのも本当だけれど、 折角会えたというのに一緒にいられた時間があっという間で残念な気持ちも ある。 次会える時は、もう少し話がしてみたいな。 このあと、美鈴は綺羅々のことに思いを馳せながら、森林植物園の中を さまざまな木や花を愛でながらゆっくりと散策し、そしておひとり様で カフェに入りお茶を飲んでから帰路についた。おひとり様でも心細さはなく、心は凪いでいた。自分を案じてくれている男性《ひと》がいることを知っているから。
last updateLast Updated : 2025-03-21
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◇知紘と真知子の場合 第25話

25 ―――― 美鈴が綺羅々との再会を果たした頃……。若くてきれいな真知子に溺れる知紘。付き合って丸3か月が過ぎたバカップルは、4か月目に入っても会うと、昼食のあとすぐにモーテルへin.いつもなら、服を脱がし合いながらシャワールームへGo.……なのに今日はなんだか真知子の様子が変なのであった。「知紘くん、私たち付き合ってもう3か月も経つよね。毎週毎週出掛けてて奥さんは何も言わないの? 浮気とかって、疑ったりしないの?」「マチ、いきなりどうした? 俺の奥さんは寂しがってるけど浮気のことはどうかな。あからさまに疑われたりして責められたことはないから、どうだろうね。俺がマチに夢中なのは知ってる……と思う」何やら、知紘が妻とのことをああだこうだと説明してくるけど、今の真知子にはどうでもよかった。真知子が知りたいのはもっと別のことで重大なことだ。離婚後の生活は寂しいものだった。恋愛体質の真知子は寂しくて寂しくて毎日がたまらなかった。そんな時だった。          ◇ ◇ ◇ ◇学生時代の友人を遊びに誘うと『その日は野球チームに入ってる旦那の応援に行くから』と一度は断られるも、『そうだ、よかったら暇つぶしに私と一緒に野球の試合、見に行かない?』と逆に誘われた。『ほとんど妻帯者ばっかりだから、そういうの……恋人探しには向かいなけどね』と言われていたのでその時はあまり期待はせずに友人と出掛けたのだった。聞いていた通り、独身者は若い男子《こ》ばかりで自分と釣り合いそうな年齢の男性《ひと》は皆、既婚者だった。期待できない中で、知紘が熱心に粉をかけてきた。練習終わりに皆で食事をし、一旦解散。そのあとの二次会に誘われた真知子は、知紘から綺麗だ、可愛いだのと、いろいろ心地よい言葉の羅列を浴びせられ、その言葉に力づけられて、二次会へと知紘や他のメンバーに伴われ付いていった。解散時、旦那と一緒に帰るグループにいた友人からは、こそっと注意された。「真知子、野茂くんには可愛いくてデキタ奥さんいるんだから、歯の浮いたこと言われても真に受けちゃだめだよ。結婚相手探すなら、よそで探した方がいいわよ」と。
last updateLast Updated : 2025-03-21
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◇メロメロ 第26話

26見た目のよい野茂知紘は自分の好みにぴったりで、おまけに彼の方から 粉をかけてくるのだから寂しい女からするとひとたまりもない。この時の真知子にしてみれば、心も体も慰めてくれる人なら 最初はただの浮気相手でもよかった。 友人に忠告されなくても、婚活はしていた。だけど、結婚相談所で紹介された相手とは、とてもじゃないけど 恋愛の『れ』の字も介在しないのだ。見合いなのだからと言われればそれまでだが、恋愛結婚を経験し、 恋愛体質の真知子には空し過ぎた。 この三か月余り、激しく自分にのめり込んでいる知紘を見ているうちに、浮気相手でもよかったという想いが、結婚を望んでもいい相手に変わった。そう真知子に思わせるほど知紘は彼女にメロメロだったのだ。だから……思わず訊いてしまった。 「私とのこと、どう思ってるの? 奥さんと別れて結婚?  なんてしてくれたらうれしいなっ」正直結婚までは考えていなかった知紘は驚いた。 だが相手に積極的に請われ、だんだんその気になる知紘。「そうだね、でも俺の奥さん仕事も家事も……特に料理も上手くて頑張 ってる人だから、簡単にはいかないかな。少し、時間が必要だよ」 『えっ、ダメ元で聞いたのに可能性あるんだ』 「ありがとー。……っていうことは、結婚の可能性あるんだよね。 どーしよう。うれしいー。1年や2年ならぜんぜん私、待てるから。 知紘くんのこと好きだもん」 急に結婚を請われて深く考えもせずに答えた知紘は、うれしいーだの、 知紘くんのこと好きだもんなどと言われ、ますます舞い上がるのだった。ただ、この時も美鈴との離婚は現実的ではなかった。その場の出まかせとまでは言い切れないが、浮気の延長線上のもので、 まぁ言うなればピロトークのようなもの、その場限りのリップサービス ……の域を出てはいなかった。
last updateLast Updated : 2025-03-21
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◇我に返る 第27話

27「私ね、実はお話してないことがあるんだー」「何かな、どんなこと?」「私……3才になる息子がいるの。 結婚の話が出たから隠さずにちゃんと話しとくね」知紘は息子がいると聞いて驚いた。 今頃になって子供がいる話をするなんて詐欺じゃねーか、そう思った。ヤバい、非常にヤバい。 真知子から子供がいるという話を聞いた途端、知紘は及び腰になるのだった。しかし、今まで散々綺麗だの可愛いだのと褒めちぎり、食事に洋服、 アクセサリーだのとたくさんの金もつぎ込み惚れてるよパフォーマンスを 散々しておいて、ここで急に潮が引くようにデートするのを止めてしまったら、 どんなことになるか想像するだけで怖ろしい。 騙されたと野球チームの皆や妻の美鈴、果ては会社にまで自分たちの関係を 暴露して回られた日にはオワリだ。 このあと、頭が真っ白になり何も考えられなくなった知紘は、曖昧な笑みを 浮かべ真知子の話に相槌を打ち、身の入らないおざなりな真知子との性行為 を済ませ、そそくさといつもより早めにデートを切り上げて家に帰った。         ************* 子供の話をした途端、明らかに挙動不審になった知紘に……。『あ~、結婚は難しいかなー』とガックリきた真知子だった。本人は一生懸命取り繕っていたが、見ていて痛ましいほど無理しているのが 分かってしまった。それは会話のあとに繰り広げられた性交ではっきりと分かった。そんな知紘の様子にショックを隠せなかったが、ある程度覚悟はあったので 真知子はその日、少しの傷心を抱えて帰路についた。 真知子から自分には息子がいると聞いて知紘の頭の中に浮かんだのは、 今まで夢中になっていた真知子との性交渉についてだった。思わず吐き気を催してしまった。赤ん坊が出てきた場所で……その赤ん坊を作る行為をするため他の男の モノが何度も侵入した場所で、そこに自分のナニを喜んで抜き差しして いたという事実に今更ながらに気付いたからだった。この時が、知紘の中から真知子マジックがなくなった瞬間だった。
last updateLast Updated : 2025-03-24
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◇筧優士 第28話

28それから2~3日、知紘はこれからのことをどうすればいいのかと、 ない頭を振り絞り、ある計画を立てた。 知紘の学生時代の友人に筧優士《かけいゆうし》というめちゃくちゃ 女にモテるヤツがいる。確か今、付き合ってる彼女がいるはずだが、奴の場合学生時代から 二股どころか4人と付き合っていたこともあるという猛者だ。知紘はこの筧に賭けてみようと思った。 そう、真知子と後腐れなく別れるために筧という餌を撒くことにした のだ。もし真知子に子がいなければ、万に一つ美鈴の代わりにと考えなくも なかったが、子供がいるとなると万に一つもさえもあるわけがない。実の子さえ経験値がないのに、他人の子などもってのほかである。間もなくして、カップルの友人たちと筧、そして自分と真知子という 組み合わせで一泊二日の旅行を計画し、実行した。筧にはわざと彼女を連れて来るようには知らせなかった。 流石、筧は筧だった。俺が真知子との結婚話に積極的でないことを薄々感じていた彼女が、 筧に靡くのは早かった。別に何かを真知子に聞いたわけでも筧に聞いたわけでもなかったが すぐにピンときた。 真知子が筧たちとの旅行から帰ると、それ以降野球サークルのある日に 彼女がピタっと来なくなったからだ。勿論、彼女からの連絡も一切ない。 俺もそれ以降真知子には連絡をしていない。たぶん、このまま彼女とのことは上手く自然消滅できるだろう。
last updateLast Updated : 2025-03-24
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◇心凍らせる 第29話

29つい先だってまで、自分の持ちうる全ての時間と気持ちを愛しの真知子ちゃんに注ぎ込み捧げていた夫の知紘の様子がおかしいことに美鈴は気付いた。何かの理由があってのことか、ただ単に飽きたからなのか知る術はないが、野球以外で外出がなくなった夫。何かと以前のように話し掛けてくるようになった夫に、美鈴はもはや何の感慨もおきはしなかった。今更だ。もはや、夫の気持ち《自分に向けられる好意》などほしいとは思わない。いらないのだ……。現状、夫の分の家事は最小限に留めている。洗濯はするがアイロンがけはしないし、取れかかったボタンがあっても知らぬ振り。料理だって最低限のものを食卓にそれらしく並べるだけ。夫のために貴重な自分の時間を取られるなんて真っ平。専業主婦とはいえ、独身の頃から手掛けているイラストの仕事も忙しいので、なまじ嘘というわけでもなく、手の込んだ料理ができない理由に『仕事が忙しい』という言い訳はさほど苦しくない。美鈴の父親は美鈴が知紘と結婚したあと、一年もしないうちに不運にも事故死してしまい、その後母親は縁あって従兄《正吉》と再婚し、正吉《まさよし》の暮らす五島列島のうちのひとつ、五島市へと嫁いでいった。関西に住む美鈴たちと遠方に住む彼らとは話し合いの上、お互いにしんどいことは止めようということで、現在通信機器で連絡は取るものの行き来はしていない。このような家庭環境にいる美鈴なので、仮にふらっとしばらく旅に出ますと言い置き家を出ても、知紘は美鈴を探すのに何の手がかりも持ってない状況だ。まだ綺羅々にも相談というか、話していないことなのだが、美鈴は家を出ていくつもりでいる。あれほど仲良く暮らしていたパートナーから、突然冷たく突き放され3か月にも亘り自分の存在を無視され続けてきたのだ。信頼が崩れた以上、この先とても一緒に暮らしていけるものではないし、何より知紘に対してもう気持ちがないのだ。いくら考えても、この先妻としてやさしい気持ちを知紘に向けることはできそうにない。そして、愛情もない。だから結論……一緒にいる意味がない。自分が家を出ていく前にもしも知紘の気持ちが自分に戻ったら、と考えないこともなかったが、考えるまでもなく知紘が擦り寄ってきそうな雰囲気が見受けられても彼に対する自分の気持ちが戻ることは
last updateLast Updated : 2025-03-25
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◇移住先に荷物を運び込む 第30話

30父亡きあと、美鈴の母親は従兄の正吉と再婚し、五島市へと移り住んでおり遠方故親子は双方納得の上、行き来をしていない。このような状況でもし美鈴がある日突然自宅からいなくなったとしても、おそらく知紘には探しようがない状況になるだろう。美鈴には住民票を移さずに、ひょいと別荘にでも行くようなノリで長期間滞在できる箱《古民家》があった。母方の祖父から母へそして美鈴へと相続した家があるのだ。母親が再婚するにあたり早々に美鈴に名義が替えられたのである。これについては知紘の知らない話で、美鈴がそのような家に住むなどとは想像もつかないだうろ。家の存在そのものを知らないのだから。美鈴が知紘の目の前から居なくなれば、知紘はその古民家どころか下手をすると美鈴の母親の暮らす場所さえ知ることはできないかもしれない。この祖父母や母親が過ごした家は、両親が住む家から1時間足らずで通える場所に立地しており、美鈴は結婚して今の住まいで暮らすようになるまで週末や夏休みなど別荘代わりに両親と共に使っていた。両親は娘が家を出てからも、家の手入れも兼ねて従来通り定期的に通っていたので古民家とはいえ、手入れが行き届いていてきれいなままの状態で残っている。そして母親が再婚するにあたり、古民家は美鈴へと生前贈与されたわけだが、美鈴にとっても愛着のある家で、今の家からは往復2時間半かかるが平日に朝一番で家を出、風通ししたり植物の手入れをしたりと、大事にしてきた。いずれは知紘と共に終の棲家になれば、などと考えていたが、こうなってしまったからには、それは無理というものだ。ほとほと知紘に嫌気がさし離婚して知紘の顔など見なくても済むようになりたい、そんなふうにフツフツと考え始めた時に閃いたのが、この祖父母から譲り受けた古民家のことだった。
last updateLast Updated : 2025-03-26
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