All Chapters of 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした: Chapter 41 - Chapter 50

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2-25 明日香の思惑 9 

 ホテルの中のレストランはビュッフェスタイルで、どれもが絶品の味だった。特に朱莉が気に入ったのは色々な食材を自分でトッピングして食べるヌードルだった。ボイルしたエビやイカ、タコ……それにワンタン。組み合わせ自在で、麺の歯ごたえも朱莉の好みだった。食事をしながらチラリと自分の向かい側に隣同士で座る明日香と翔の様子に目を配る。明日香はまるで新婚の新妻の如く、時折フォークに刺した料理を翔の口に入れて楽しそうに笑っている。そしてそんな明日香を愛おし気に見つめる翔の瞳。(駄目よ、あの人達を意識しちゃ……。私のこの気持ちを2人にだけは絶対に知られちゃいけないのだから)朱莉は自分の存在を消す様に静かに、黙々と食事を口に運んだ。食事終了後、翔が席を外した時に明日香が尋ねてきた。「ねえ、朱莉さん。私と翔は島の散歩に行って来るけど、貴女はどうするの?」「え……? 私ですか?」本当は朱莉もこの素敵な島の散歩をしてみたいと思ったが、そんな事は口に出せるはずもない。いっそ、自分に声をかけないでくれていたら、時間をずらし散歩に行く事が出来たのに。朱莉は一瞬、ギュッと口を結ぶと言った。「私は部屋で休んでいます。それで……お聞きしたい事があるのですが。私、何も着替えとか用意していないのいです。明日香さんは着替え持って来ているのですか?」「ええ、一応持って来てるわ。あ……そうだったわね。ごめんなさい、朱莉さん。突然誘ったから着替えの準備をしていなかったのよね?」「はい……でも1泊だけなら着替えなくても大丈夫です」「あ、大丈夫よ! 私の服を貸してあげるから。予備に持って来ているのよ。それに新品の下着もあるから、貴女にあげるわ。見た所私とサイズ的にそう変わらないように見えるしね」明日香は朱莉の身体をジロジロ見ながら言う。「え? いいのですか? でも迷惑では……」「何言ってるの? それぐらい私にとってはどうってことないわ。そうね……今夜10時に私達のヴィラに服と下着を取りに来てくれるかしら? 鞄に入れて部屋の入り口においておくから」「はい、ありがとうございます」朱莉は深々と頭を下げた。**** 夜の帳が下りて、すっかり辺りが暗くなり、ヴィラがオレンジ色の明かりに包まれる頃。朱莉は自分が宿泊している水上ヴィラを出た。確か明日香と翔が宿泊している部屋は自分の部屋から右
last updateLast Updated : 2025-03-11
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2-26 明日香の罠 1

翌朝―― 朱莉はぼんやりした頭で目が覚めた。時計を見るとまだ朝の6時を少し過ぎたところであった。どうやら昨夜は泣きながら眠ってしまっていたようで顔に触れると涙の跡が残っている。こんな顔で明日香と翔の前に顔を見せるわけにはいかない。朱莉は急いでベッドから起きると洗面台で顔を洗い、じっと自分の顔を鏡で見る。「駄目駄目、こんな顔していたら……笑顔でいなくちゃ」そして口角を上げて無理に笑顔を作って笑ってみる。「うん、これなら……多分大丈夫だよね……」そしてエミにメッセージを送った。『おはようございます。朝早くからすみません。実は今一緒に旅行に来ている方たちと別の島に遊びに来ていますので、本日の予定はキャンセルさせて下さい。申し訳ございません。また連絡させていただきます』メッセージを送った後、朱莉はぼんやりと外の景色を眺めていた。外はこの世の物とは思えないほどの美しい景色が広がっているというのに、朱莉の心はちっとも晴れやかでは無かった。瞳を閉じると、どうしても昨夜の明日香と翔の抱き合っている姿が蘇ってきてしまう。それに翔は朱莉があの時、室内へ入ってきたことにはまるきり気が付いている様子は無かったが、明日香ははっきり朱莉の顔を見た。そしてあろうことか、勝ち誇ったような顔で朱莉を見て笑みを浮かべたのだ。つまり、明日香は始めから自分と翔の情事の場面を朱莉に見せつける為に、自分たちの部屋へと呼んだのである。朱莉は何故明日香がそこまで自分に意地悪をするのか分からなかった。ましてや男女の行為を朱莉にわざと見せつけるなど…常軌を逸しているとしか思えない。(私はそれ程までに明日香さんに憎まれているの………?)普段から明日香と翔の生活の中に入り込まないようにしていた。電話もかけず、1週間に1度だけのメッセージの交換しか行っていないというのに。朱莉にはこれ以上どうやって自分の気配を消せばよいのか、もう分からなくなっていた。明日香にとっての朱莉は空気のような存在どころか、目の上のたんこぶのような存在なのかもしれない。いっその事、完全に無視してくれている方が、どんなに精神的に楽だろう。だが、明日香はそれすら許してはくれないのかもしれない。本当は今すぐ水上飛行機に乗ってヴェラナ国際空港のある、現在朱莉が宿泊しているホテルに帰りたいくらいだった。明日香とどんな顔
last updateLast Updated : 2025-03-11
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2-27 明日香の罠 2

 しかし、それから1時間以上経過しても明日香達からは何の音沙汰も無い。そうなると朱莉は別の意味で心配になってきた。ひょっとしたら、あの2人は自分を置いて、別の島めぐりに飛行機に乗って出かけてしまったのではないだろうか……? 悪い考えばかりが頭に浮かんでくる。10時まで待って何の連絡も来なければ自分の方から明日香のスマホに連絡を入れてみよう……。朱莉はそう心に決めた。するとその矢先、突然朱莉のスマホが鳴った。手に取ると着信相手は明日香からであった。朱莉は慌ててスマホをタップすると電話に出た。「はい、おはようございます」『朱莉さん? 貴女今何処にいるの?』「どこって……部屋ですけど?」『嫌だ。まだそんな所にいるの? もうホテルを出るからすぐに荷物をまとめてラウンジまで来てちょうだい。早くしてよ!』すぐに電話は切れてしまった。(え? そういう事だったの? 私は2人に特に連絡を入れず食事に行っても良かったと言う事なの?)本当は自分から、朝連絡を入れるべきだったのだろうか? だが昨夜の2人の情事を見せられ、その最中の明日香と視線が合ってしまったと言うのに、どうして連絡など出来るだろうか?「そっか……一緒に来ていても、1人で行動しなさいって事だったんだね……」思わず、悲しみが込み上げて手が止まってしまい、スマホの着信で我に返った。相手は当然明日香からである。『どう? 朱莉さん、もう片付けは終わったの?』イライラした口調で明日香がいきなり尋ねてくる。「あ、すみません。まだです……」『まったく随分呑気な人ね? いい? 人を待たせてはいけないのよ? こんなの一般常識じゃないの」すると脇から翔の窘める声が聞こえてきた。『まあ、いいじゃ無いか。明日香。ほら、昨日撮影したデジカメの画像でも見て待っていよう』電話越しに聞こえてくる翔の声は、朱莉に向けられるそれとは違って、とても優しい声だった。『全く仕方ないわね……それじゃ待ってるから早く準備して来なさいよ?』一方的に電話を切られてしまった。ふう……。朱莉は小さくため息を付いた。「急がなくちゃ。明日香さんを怒らせたらいけないものね」そして少ない荷物を片付け始めた―― 朱莉が荷物を持ってラウンジに行くと、翔と明日香が仲良さげにデジカメを覗き込んでいた。「すみません、お待たせいたしました」す
last updateLast Updated : 2025-03-11
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2-28 すれ違う気持ち 1

――17時過ぎ フルレ島のホテルに戻って来た翔がシャワールームから出てくると、明日香は1人先にソファに座ってシャンパンを飲んでくつろいでいた。その表情には笑みが浮かんでいる。「どうしたんだ、明日香。何か楽しい事でもあったのか?」バスローブを羽織り、濡れた髪をタオルで拭きながら翔は明日香に近付いた。「ええ、ちょっとね……昨日の出来事を思い出していたから」「ああ、確かに水上ヴィラは最高だったし、海も綺麗で素晴らしかったな」翔は笑みを浮かべ、明日香の隣に座ると肩を抱き寄せた。「そうね。でも私が思い出していたのはそんなことじゃないけどね」空になったグラスをテーブルの上に置き、明日香は翔に寄りかかった。「それじゃ何を思い出していたんだ?」明日香の髪を優しく撫でる翔。「フフフ……朱莉さんのことよ」それを聞くと、明日香の髪を撫でていた翔の手がピタリと止まった。「ああ……彼女か。明日香、彼女の話をするのはやめにしないか? ……不愉快になってくる」翔は明日香の肩を抱き寄せなた。「あら? 何故なの ?最初の頃は朱莉さんの事を気遣っているように見えたけど?」「そうかもしれないが、今朝の話を聞いて考えが変わったんだ。全く……あんな女だとは思わなかった」翔の声には憎しみが籠っていた。「今朝の話? どんな話だったかしら?」それを聞いた翔は目を見開く。「おいおい、明日香。しっかりしてくれよ。お前が今朝話したんじゃないか」「え? 私が今朝話したこと?」「本当に覚えていないのか? 明日香、昨夜俺に話してくれただろう? 朱莉さんが着替えの服を持って来ていないから、夜取りに来てもらう約束をしているって。それで朱莉さんから部屋にお邪魔するのは悪いから部屋の出口のところに置いておいて欲しいと言われたって話してくれただろう? それなのに彼女は取りに来なかったんじゃ無いか」「ああ……そう言えばそんな話……したかもね」明日香はじっと何かを考え込むかのように言った。「それにしても自分から頼んでおいて平気で約束を破るなんて……。そんな人間だとは思わなかった。見損なったよ……」翔が溜息をつくと、明日香は楽しそうに肩を震わせて笑った。「フフフ……違うの、そんなんじゃないのよ」「何が違うって?」「どうしようかな~。ほんとの事話ちゃおうかな……?」明日香は上目遣い
last updateLast Updated : 2025-03-12
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2-29 すれ違う気持ち 2

「それじゃあね……今年のクリスマスは夜景の素敵なホテルで過ごしたいわ。ねえ、いいでしょう?」「ああ。それ位大丈夫さ。よし、最高級のホテルを手配しよう」「本当!?やった!」明日香は嬉しそうに手を叩く。「それじゃあね……教えてあげる。実はね、朱莉さんには部屋の中に荷物を置くから、中へ入るように伝えてあったのよ?」「何だって……? でも尋ねて来る気配は無かったぞ?」翔は首を捻った。「それはそうよ、だって朱莉さんにはこう伝えたんだもの。翔が眠ってるかもしれないから、静かに部屋に入ってきてねって。時間は夜の10時を指定したわ」朱莉はシャンパンを飲み干す。「何だって……夜の10時……?」翔はその時の記憶を呼び戻し……顔色が変わった。(ま……まさか……!)「明日香! 夜の10時って……確か昨晩あの時間は……!」翔は明日香の両肩を激しく掴んだ。「な、何よ! 痛いじゃない! ええ、そうよ。昨晩はいつにもまして情熱的な夜だったわ」酔いが回って来たのか、明日香は頬を薄っすらと染めながらじっと翔の顔を見つめた。「ま……まさか……朱莉さんはあの時……部屋に入ってきていた……のか?」翔は右手で頭を押さえながら明日香を見つめた。「そうよ。でも……知らなかった……。誰かに見られるのって……あんなにも興奮するものなのね……?」「!!」明日香の言葉に翔は耐え切れず、無言で立ち上がると部屋を出て行った。ドアを閉めた途端、何よ、馬鹿! と明日香のヒステリックな喚き声と、何かが割れる音が聞こえたが……とても翔は部屋に戻る気にはなれなかった。何処へ行くともなしに、トボトボとホテルを後にする。「くそ……! 何て事だ……!」翔は手近に生えていたヤシの木を殴りつけた。そして、今日自分が朱莉に取ってしまった態度を悔いていた。「俺は何て酷い言葉を彼女に投げつけてしまったんだろう……。いや、それどころか昨日から徹底的に存在を無視するような態度を取ってしまっていた」今朝のラウンジで見た朱莉の表情が目に浮かぶ。守れない約束なら初めからしないでくれ。そう言い、すぐに朱莉から視線を逸らしたが……一瞬朱莉の表情が目に止まった。朱莉は大きな瞳を震わせていた。それは泣くのを必死にこらえたような表情に見えた。顔色は真っ青になり、小さな身体は小刻みに震えていた。その姿を見た時、一
last updateLast Updated : 2025-03-12
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2-30 夜の会話と過去の記憶 1

『なんだよ、翔……突然電話を掛けてきたくせにだんまりなんて』電話越しから琢磨の声が聞こえてくる。「いや……何となくお前の声が聞きたくなってな……」『……』「なんだよ琢磨。俺の話……聞いてるのか?」琢磨から返事が無いので翔は再度声をかけた。『聞こえてるよ。それよりなんだよ、気色悪いな……。男から声が聞きたくなったって言われたのお前が初めてだ。前代未聞だよ。で……まさか、その為に俺に電話を掛けてきたって言うのか?』「ああ……そうだ」『……おい! 翔! お前ふざけてんのか? 今何時だと思ってるんだよ? 真夜中の2時だぞ? そっちは何時なんだよ』「22時くらい……かな?」翔はチラリと時計を見た。『お前なぁ! 東京の方が4時間も時差が早いじゃないか! いい加減にしろよ。こっちも明日は仕事なんだぞ? こんな時間に電話がかかってくるから、何か緊急事態でもあったかと思うじゃないか。びっくりさせるなよ!』「あ……ああ、そうだった。モルディブと日本は……時差があるのを忘れていたよ。すまない、悪かった」受話器越しから琢磨の大きなため息が聞こえてくる。『おい……翔。何かあったんだろう? いいから話してみろよ。もう目も覚めてしまったしな』「悪いな……琢磨」『ば~か。今更なんだよ……。それで何があったんだ?』「実は……」翔は重い口を開いた。明日香が朱莉の前で翔と明日香のキスシーンの写真を撮らされたこと。朱莉への嫌がらせがエスカレートしない為に、自ら朱莉を無視するような態度を取ってしまったこと。そして明日香がわざと自分達の情事の時間に朱莉を呼び出して、その現場を彼女に見せてしまったこと……。それらを全て琢磨は聞いていたが、やがて深いため息をついた。『おい……。なんだよ、それ……今の話、本当か?』「ああ……。本当だ」『まじかよ……酷い話だな』「全くだよ」『おい、まるで他人事のような言い方をしているようだが、いいか? これは明日香ちゃんに限らずに話してるんだぞ? 翔、お前も明日香ちゃんと同罪だ。いや、俺から言わすと明日香ちゃんよりも酷い男だ』「俺が……?」『お前、まさか……自覚していないのか?』「い、いや……。そんなことは無い。俺は……本当に酷い、最低な男だよ」『こうなること、本当は薄々気付いていたんじゃないのか? だからこそ、朱莉さんがモルデ
last updateLast Updated : 2025-03-12
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2-31 夜の会話と過去の記憶 2

『いいか? 確かに明日香ちゃんがあの時怪我をしたのはお前のせいかもしれないが、今は傷跡だって残っていないじゃないか。見た目だって普通と全く違いが無いし。あんななのはもう時効だ。そうは思わないのか?』「だが、あの時の当時の明日香は本当に酷い怪我を負って、医者からも一生傷跡は残るって……」『だが、実際はどうなんだよ? 当然男女の仲なんだ。傷跡があるか無いかくらいは分かるだろう?』2人は踏み込んだ質問も出来る程の関係だった。「……今は……殆ど目立たない。だが……」『もういいよ、分かった。悪かったな。昔の事思い出させて』「いや……別にいいさ」『なぁ、本当にそんなんでこの先、ずっと明日香ちゃんのヒステリーに付き合いながら結婚生活を続けていけるのかよ?』「大丈夫だ。あの時にそう決めたからな」自長期気味に笑う翔。『翔……明日香ちゃんがあんな風になったのは……』「何だ?」『いや、何でもない。そんな事より、この旅行の間はもう朱莉さんとは接触するな。明日香ちゃんにもそう言え。朱莉さんに構うなって約束させろ。それ位は出来るだろう?』「ああ。やってみるよ」『全く頼りない返事だな……』「なあ、琢磨」『なんだよ。そろそろ切るぞ? 明日も早いんだから』しかし、翔は続ける。「こんなこと、お前に頼むのはどうかしていると思うんだが……聞いてくれるか?」『……言うだけ、言ってみろよ』「今後はなるべく朱莉さんとも連絡を取り合いたいと思っているんだ。ただ明日香には知られるわけにはいかない。もしばれたら朱莉さんに風辺りが強くなる」『ん? そう言えばお前、一体何所で電話かけてるんだよ?』「ホテルのバーだ」『チッ、ほんとにいい身分だな? まあいいや。それで話の続きは?』「それで今後はお前を通して朱莉さんと連絡を取りたいと思ってる。いいだろうか?」琢磨が呆れた声を出す。『……はあ? おまえ、本気で言ってるのか?』「本気だ。……駄目か?」『……本当なら断ってやりたい案件だよな……。けど朱莉さんを選んでお前に紹介したのは他でもない。この俺だ。ある意味、俺にも責任がある』「それじゃ……いいのか?」翔の顔が明るくなる。『仕方が無いさ。だがな、ずっと続くとは思うなよ? 少しずつお互いの関係を改善させて、ゆくゆくは俺を通さなくても連絡を取り合える仲になれるように努
last updateLast Updated : 2025-03-12
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2-32 鉢合わせ 1

 翌朝――  7時にセットしておいたスマホのアラームが鳴った。朱莉は目を覚まし、スマホに手を伸ばして音を止めた時にメッセージが届いていることに気が付いた。(誰からなんだろう……?)着信相手は意外な事に琢磨からであった。「え? 九条さん? 何かあったのかな?」急いでメッセージを立ち上げた。『おはようございます。お身体はもうすっかり良くなられましたか? 実は昨晩副社長から連絡が入りました。残りの日数は自由行動をするようにと言伝がありましたので、ガイドの方と残りの旅行を楽しんでください。副社長と連絡を取りたい時は私を通して下さい』朱莉はそのメッセージを複雑な思いで眺めていた。このメッセージの意図するところは、もう自分とは直接メッセージのやり取りをしたくないという意思表示なのだろうか?一瞬その内容を読んだ時、朱莉は目の前が真っ暗になりそうになった。しかし、朱莉はまだ次のメッセージが残っている事に気が付いた。『日本に帰国後、朱莉さんが元から使用していたスマホから私にメッセージを送って下さい。そちらから今後は明日香さんには内緒の2人のメッセージの橋渡しをさせていただきます。尚、念の為こちらのメッセージを読まれた後は削除しておいて下さい』朱莉はそのメッセージを読んでギュッとスマホを胸に握りしめた。(翔先輩……もしかして私に冷たくしていたのは明日香さんから私を守る為だったの?)都合の良い考えであるのは朱莉は重々承知していたが、それでも自分の為に考えてくれたのだろうと信じていたかった――****――午前10時「おはよう、アカリ」ホテルのラウンジのソファに座ってガイドブックを呼んでいた朱莉は顔を上げた。「おはようございます、エミさん」笑顔で挨拶するも、エミは怪訝そうな顔で朱莉を見つめる。「ねえ……アカリ。何かあったの? たった数日会わなかっただけなのに、随分やつれてしまったように見えるけど、まだ体調悪いの?」心配そうに朱莉の顔を覗き込んできた。「え……そ、そうですか……?」体重は計ってはいないが、日本から持ってきた服が緩くなっている事には気が付いていた。食欲も殆ど無く、たいした食事をした記憶もない。「言われてみれば……ここの所、食欲があまり無くて」「駄目よ、それじゃ。まだ若いのに、そんなにガリガリに痩せてたら魅力も半減してしまうわよ。
last updateLast Updated : 2025-03-13
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2-33 鉢合わせ 2

エミが最初に連れて来てくれたのは地元のマーケットであった。モルディブで売られているスイーツや野菜はどれも日本では見た事もない品ばかりで、朱莉はすっかり目を奪われていた。「エミさん。これは何ですか?」朱莉が指さしたのは直径30㎝ほどで薄茶色の果実であった。「ああ、これはココナッツ……これがいわゆる未成熟の椰子の実よ」「ええ! これが……あの椰子の実なんですか?」朱莉は驚いた顔で山積みで売られている椰子の実を眺めた。「あら? アカリ。椰子の実を見るのは初めてなの?」「は、はい……お恥ずかしい事に」頬を染る朱莉。「別に恥ずかしがることじゃないわよ。それじゃ当然飲んだこともないのよね? 椰子の実のジュースが飲めるのはこの青い実の状態じゃないと飲めないの。これがもっと成長すると、表面の色がもっと茶色くなって。周囲に繊維がつくのよ」「へえ~……そうなんですか? ちっとも知りませんでした」「それじゃ椰子の実ジュース初体験してみましょうか?」エミは椰子の実を売っている男性に何か話しかけ、2つ椰子の実を購入した。男性店員は器用に先端だけ皮を剥いて切り落とすと、太くて長いストローを差し込んでエミに手渡す。エミは笑顔で受け取ると、朱莉に1つ手渡した。「向こうにベンチがあるから、そこに座って飲みましょうか?」2人でベンチに座ると早速エミが勧めてくる。「さあ、アカリ。飲んでみて?」「は、はい……」朱莉は恐る恐るストローに口を付けると、中のジュースを飲んでみた。「……」「どう? 美味しい?」「はい! とっても美味しいです。……何だかスポーツドリンクに味が似てますね」朱莉の答えにエミが驚く。「え? 美味しいの? それじゃ私も飲んでみるわ!」エミもストローに口を付けると、勢いよく飲み始めた。そしてストローから口を離す。「まあ! 本当にこの椰子の実は美味しい!」「え……? あ、あの……椰子の実にも美味しいとか不味いとか、あるんですか?」「ええ。そうよ。当たりはずれはあるわよ~。中には青臭くて飲みにくいのもあるからね。でもこの店のは……うん、当たりね! 美味しいわ!」2人は椰子の実ジュースの味を楽しんだ後、引き続きマーケットを散策した――
last updateLast Updated : 2025-03-13
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2-34 鉢合わせ 3

マーケット散策の後、エミが言った。「アカリ、モルディブと言ったら何と言っても魚料理よ。私ね、すごく美味しい魚料理を提供してくれるレストランを知ってるの。お店もお洒落で最近人気なのよ。今からそこに行くわよ。栄養のある料理を一杯食べて日本に戻る頃には2~3キロ位体重を増やす覚悟で食べた方がいいわよ。だって貴女痩せ過ぎだもの」「え? そうでしょうか……?」朱莉は鏡に映った自分の姿を思い出してみた。……そう言えば最近あばら骨が目立ってきたような気がする。「……分かりました。頑張って食べるようにします」「OK、そうこなくちゃね?」エミは楽しそうに笑った。****エミが朱莉を連れてやってきたのは美しい海がすぐそばに見えるシーフード料理の専門店であった。訪れている客は外国人観光客が多く目立っている。「この店はね、リーズナブルな値段ですごく美味しい魚料理を提供してくれる事で有名なのよ? だから外国人観光客にもとっても人気があるの」テーブルに着くとエミが説明してくれた。「アカリ、何を食べたい?」エミにメニューを手渡されると朱莉は頬を染めて俯いた。「……すみません。英語表記で……よく分からなくて……」「あ、ごめんなさい。それじゃアカリ。私と同じメニューでもいいかしら?」「はい、是非それでお願いします」エミは近くを通りかかったウェイターに話しかけ、何やら料理を注文した。「何を頼んだのですか?」話しが終わったエミに朱莉は尋ねた。「それは当然魚料理よ。フフフ…楽しみにしていてね」「はい、分かりました」それから料理が届くまで、朱莉とエミは世間話をしていた時のことだ。何気なく入口を見ると、丁度店内に入って来たカップルが朱莉の目に止まった。(そ……そんな……!)朱莉はその来店客を見て心臓が止まりそうになった。店内へ入って来たのは明日香と翔だったのである。(どうして……? まさかこんな場所で出会う事になるなんて……)心臓が急に苦しくなってきた。呼吸が荒くなる。「どうしたの? アカリ?」突然顔色が真っ青になった朱莉を見てエミが尋ねた。「あ……あの……す、すみません。な、何でも無いです……」「何言ってるの? 何でも無いなんてことないわ! 酷い顔色をしてるじゃない」エミが朱莉の肩に手を置いた時、突然2人に声をかけてきた人物がいた。「あら? 
last updateLast Updated : 2025-03-13
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