All Chapters of 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした: Chapter 11 - Chapter 20

129 Chapters

1-9 将来の為に

ここは鳴海翔のオフィス。ノックの音がして琢磨が部屋に入って来た。「ほらよ、お待たせ」来客用のガラステーブルの上に2人分のランチボックスを置くと琢磨はソファにすわり、奥にある小型冷蔵庫から缶コーヒーを取りだし、プルタブを開けた。「温かいうちのほうが美味いぜ」「ああ、分かったよ」琢磨に促され、翔もランチボックスの置かれているテーブルに移動してソファに座るとボックスを開けて中を見た。「ふう~ん。美味そうじゃないか」「そうだろう? 丁度こっちに戻って来る時に会社の前でキッチンカーが何台か来ていてな。一番行列が出来ている列に並んで買ってきたのさ」琢磨が買って来たのはケバブのランチボックスだった。ソースが良く馴染んだ肉が乗せてあり、サラダやフライドポテトも付いている。「よし、それじゃ食べるか」翔の言葉に琢磨もランチボックスを開けて、2人で食事を始めた。「翔。昨夜、あの後どうしたんだ?」食事をしながら琢磨が尋ねる。「あの後?」「会社の帰り、明日香ちゃんとオフィスビルの外で待ち合わせをして二人で食事して帰ったんだろう?」「それがどうした?」「朱莉さんに何か連絡はいれたのか?」一瞬、ピクリと翔は反応したが、すぐに食事を続けながら答えた。「もちろんだ。メールを入れたよ。一度時間がある時にお互いの事を知る為に一緒に食事でもどうでしょうか? ってな」「おお! お前にしては中々気の利いたメールを入れたじゃ無いか? それで朱莉さんは何だって?」翔は黙って朱莉から届いたメールの内容を琢磨に見せた。<はい、勿論です。よろしくお願いします>「随分シンプルな内容だと思わないか? この俺がわざわざ連絡を入れたって言うのに」どこかつまらなそうに翔は言う。「恐らく気を使っているんじゃないか? 明日香ちゃんにさ。親し気な内容のメールを送って中を見られでもしたらまずいと思ったんじゃないかな?」「え? なんだって明日香に……? 大体明日香が彼女のスマホを……」そこまで言いかけて翔は昨夜の明日香との食事の時の会話を思い出した。<須藤朱莉さんのスマホに私の連絡先を登録しておいたわ。これからは何か困った事があったら連絡を入れてちょうだいと伝えてあるのよ>「そういえば明日香が彼女のスマホに自分の連絡先を登録したと言っていたな……」翔の言葉に琢磨は顔をしかめる。
last updateLast Updated : 2025-02-28
Read more

1-10 翔の父親

――その日翔は久しぶりに海外支社に赴任中の社長である父親とPC電話で会話をしていた。『どうだ、翔。本社での様子は?』「はい、今のところは競合他社よりは我が社の方が同価格でも年間にかかるコスト費用を考えれば安く抑えられると相手側企業が判断してくれた為、我が社との取引を決断していただく事が出来ました」「そうか。それは良かったな。ところで翔。今から話す事は社長と副社長としての会話では無く親子としての会話だと思って答えてくれ』急に翔の父親は声のトーンを変えてきた。「ああ。分かったよ。父さん。で……話って何?」 『翔……お前結婚したんだってな?』ああ、やはりその話かと翔は覚悟を決めた。「そうだよ。相手は26歳の須藤朱莉って名前の女性だよ」『全く……何て勝手な事をしてくれたんだよ。会長はカンカンに怒っているんだぞ? 何故父親であるお前がちゃんと見張っていなかったんだ。監督不行き届きだと会長に怒られてしまったんだからな?』「ごめん……父さん。俺はどうしても勝手に結婚相手を決めて欲しくは無かったんだ。父さんのようにね……」すると翔の父は顔を歪めた。『翔……お前……やはり私の事を責めているのか? 勝手にお前の母さんと離婚して他の女性と再婚したことを』「いいえ、まさか。だって会長の命令だったんですよね? 仕方が無いですよ」それに―口には出さなかったが、翔は心の中で思った。(父さんが再婚してくれたから……俺は最愛の女性と知り合う事が出来たのだから)最愛の女性……それは明日香の事である。 元々翔の父親は学生時代から交際していた恋人がいた。2人は卒業後に結婚の約束をしていた。しかし、父親……翔の祖父から猛反対をされたのだ。それでも翔の父は言う事を聞かず、2人は強引に結婚した。結局祖父が折れた形となったのである。やがて2人の間に翔が誕生した。3人での生活がいよいよ始まるという矢先、祖父は翔の母親に対して離婚するように迫ったのである。もし息子を置いて家を出ないのであれば、強引に養子縁組を結んで翔を自分の息子として手元に置くと。翔の父は何とか妻を守ろとしたが、結局周囲の圧力に耐えかねた翔の母は離婚届に判を押し、泣く泣く1人で家を出たらしい。そしてその数年後……精神を病んだまま、実母はこの世を去る事となった。 祖父は息子の離婚が成立すると同時に、大々
last updateLast Updated : 2025-02-28
Read more

1-11 嫌がらせ

 この日―― 朱莉は朝目覚めた時からウキウキしていた。何故なら今日は翔と2人で一緒に食事に出かけることになっていたからだ。(きっと鳴海先輩の事だから一流のレストランで食事をしに行くに決まっているだろうな……)となると……。朱莉は広々としたクローゼットを開けた。しかし、そこには数着のスーツと随分以前に購入したワンピース2着のみだった。とても翔と2人で出掛けて食事に行けるような服装ではない。 朱莉はまだ自分たちが裕福だった時代を思い出してみた。朱莉の父は中々のグルメ通で、特にフランス料理には目が無かった。毎週末には必ずと言っていいほど、父と母の親子3人で様々な一流どころのフランス料理店に足を運んでいた。その時に母が着用していた服……。少しだけウェスト周りがゆったりとしたエレガントな色合いの、少し濃い膝下丈のワンピース。あまりヒールのないパンプスを掃いていたことを思い出した。(お母さん……確かネックレスとイヤリングもしていたよね? 鳴海先輩に恥をかかせない為にも思いきって買い物してこようかな……?)朱莉は初めてブラックカードを手に取った。(緊張する……。こんなすごいカードを持って買い物に行くなんて……) 一番自分が持っている服の中でまともな外出着に着替えた朱莉は自分のショルダーバッグを手に取った時に気が付いた。(そうだ! バッグも靴も必要だよね? ……でもそんなに買って鳴海先輩にお金遣いの荒い女だと思われたりしないかな……?)だが―― どうせ翔にはお金目当てで契約結婚にサインをした女だと思われてるに違いないので今更取り繕っても無意味だろう。そう思った朱莉はショルダーバックにブラックカードが入った財布を入れて、部屋を後にした――**** 朱莉が今住んでいる六本木の億ションは高層ビル街に囲まれている。周辺にはデパートもあるので、朱莉は一番手近なデパートの中へと入って行った。久しぶりにデパートへとやって来た朱莉はそのきらびやかな連なる店を見て感動していた。……そしてまだ自分がお嬢様として優雅に暮らしていた時代を少しだけ思い出す。(そういえば、中学生の時まではよくお母さんとデパートに買い物に来ていたっけ……)早く母に元気になってもらいたい。そうしたら母とまた二人でデパートで買い物をして、何か素敵な洋服を買ってあげて母の喜ぶ顔が見てみたい……。
last updateLast Updated : 2025-03-01
Read more

1-12 翔からの誘い

「それで、昨夜の食事会はどうだったんだ?」翌朝、翔のオフィスにやって来た琢磨が早速質問してきた。「どうだったも何も……」翔はデスクの上で両手を組んで顎を乗せると深いため息をついた。「明日香がいたから、ろくに話も出来なかったよ。明日香が一方的に俺にばかり話しかけて、まるで彼女の存在を無視していたんだからな。本当に悪い事をしてしまった」そんな翔の顔を琢磨はポカンと口を開けたまま見つめている。「……何だよ、琢磨。言いたいことがあるなら言えよ」「いや……。お前、今頃自覚したのかと思ってさ……」「まるで俺が最低な男みたいな言い方するなよ」「え? お前、最低じゃないか。自分の幸せのために一人の女性の……若くて今一番大事な時の女性の数年間を奪うんだから。それならせめて条件の処に『浮気可』とでも付け加えてやればどうだ?」琢磨の言葉に翔はカチンとなった。「お前なあ! そんな事して、もし仮に世間に偽装結婚だなんてバレたらどうするんだ!? スキャンダルっていうのは会社の存亡を大きく揺るがす事になりかねないんだからな!?」「ああ、そうだよな。何せお前は色々な経済情報誌から引っ張りだこだしな。それで? いつ世間には自分が結婚した事を公表するつもりなんだ?」「日後に祖父が一時的に日本に帰国して来るんだ。祖父から正式な結婚の許しを得たら……公表するつもりだ」翔はスマホを操作し、スケジュール画面を見る。「羽田空港に……ニューヨークから15:00着予定だ」「当然迎えに行くんだろう?」「ああ。多分車に乗り込んだらすぐに結婚の事で話が出そうだな。父の話では相当祖父は激怒していたらしいから」そして二度目のため息をつく。「まあ、せいぜい頑張って会長に認めさせるんだな。かなり難しいとは思うが……。後は朱莉さん次第だ。彼女がうまくやってくれれば……。だからまずは外見を何とかしてもらおうと思う。あれでは地味過ぎて祖父の心証を悪くしてしまう可能性がある。祖父は外見が華やかな女性の方が社会の目を引くと思っているからな。それで昨日美容院を彼女の名前で予約したんだよ。もう今頃は美容院に行ってる頃じゃないかな? 外見だけでも変化が出れば……」「翔、本気でそんな事言ってるのか? 大体彼女自身がイメチェンしたいと言ってるわけじゃないのに、勝手に美容院なんか予約しやがって」他にもまだ言
last updateLast Updated : 2025-03-01
Read more

1-13 打ち合わせ

 ――18時 朱莉は会社のロビーのソファに座って翔が来るのを待っていた。今日の朱莉の服装は薄い水色のストライプ柄のブラウスにベージュのフレアースカートを合わせたスタイル。やはりいくらカジュアルでと言われても、相手は次期社長になるような男だ。あまりラフな服装でここへ来るわけにはいかない。(鳴海先輩……まだかな……?)退勤時間を過ぎているので、大勢の男性社員やOLが朱莉の前を通り過ぎていく。その誰もが朱莉の目には生き生きと輝いて見えた。自分もいずれはこのような生き生きとした目で社会に出て働ければ……。そんな事を考えているうちに、朱莉は人込みに紛れて翔が出てきたのを見つけた。(鳴海先輩だ!)朱莉はソファから立ちあがって、翔がこちらへやって来るのを待っていた。やがて翔が朱莉に気が付いたのか、視線をこちらに向けたのだが何やら驚いたような表情を浮かべている。そして朱莉に大股で近づいて来た。「こんばんは。鳴海さん。本日もお誘い頂きましてありがとうございます」深々と頭を下げると、鳴海は戸惑ったように声をかけてきた。「もしかして……朱莉さん……かい?」「はい、そうですけど?」朱莉は顔を上げて返事をする。「い、いや……これは驚いたな。……昨日までとはまるで別人のようだよ」翔が驚くのも無理は無い。昨日までの朱莉は黒い縁のフレームの眼鏡にまっすぐ伸びた黒髪を後ろで一つにまとめたヘアスタイルだったのが、今目の前に立っている朱莉は眼鏡を外している。眼鏡を外した事により今まで隠されていた大きな瞳や、すっきり通った鼻筋が良く分かるようになり、どこか日本人離れした美貌があらわになった。セミロングの髪型は毛先をふんわりと軽くウェーブで巻いたヘアスタイルで今の朱莉に良く似合っている。あまりの変貌ぶりに、不覚にも翔は見惚れてしまい……ハッとなった。(まずいな……。朱莉さんが実はこんなに美人だった事が明日香にばれてしまえば、ますます彼女に対する風当たりが強くなるような気がする)だが、今更契約を解除して他の女性を探すわけにもいかない。(こうなったら明日香が嫉妬しないように、やはり彼女を守る為にも不必要な接触は避けないと……)しかし、当の朱莉はまさか翔が頭の中でそのような事を考えているとは露ほどにも思わずにすっかり浮かれた気分になっていた。(まさか本当に今夜2人きりで
last updateLast Updated : 2025-03-02
Read more

1-14 会長との顔合わせ

――三日後 翔の祖父であり、鳴海グループ総合商社の会長である鳴海猛が3カ月ぶりに日本の地へと降り立った。空港のロビーまで出迎えに来ていた翔と琢磨が猛を見ると頭を下げた。「会長、お帰りなさいませ」「ああ、ただいま。どうだ? 副社長、会社の様子は?」強面の顔に髪を全て上になでつけ、高級なスーツに身を包んだ猛はたった一代で財を成し遂げた強者だ。それ故、誰もが彼に頭が上がらず、意見する事すら出来ない。しかし、翔はそれではいけないと考えていた。誰もが上の人間の顔色ばかり窺っていては企業としては成長出来ないのでは無いだろうか?なので自分が社長に就任した暁には誰でも自由に発言できるような社風に変えたいと常日頃から考えていた。「ええ。まずまずですよ。株価も少しずつ上昇しておりますし。ライバル企業との契約に勝ちましたからね」翔は笑みを浮かべる。「そうか、なら結構。それより早く社に戻って少し休みたい。何せ飛行機の中に13時間もいたのだからな。体を伸ばしたい」猛の言葉に翔は首を傾げた。「会長……? 我々はファーストクラスの座席を手配したつもりですが?」「翔! それがいけない! 私はまだまだ元気だ。ファーストクラス等無用の長物だ」そして豪快に笑う。やれやれ、また始まった……。翔と琢磨は心の中でため息をついた。祖父である猛は75歳と言う年齢ながら、1年中海外を飛び回り、休暇は体を鍛える事と、剣道にもいそしむという豪傑ぶりである。一代で鳴海グループ総合商社を築き上げた苦労人で、それ故にとにかく自分が余分と感じたものに対しては徹底的に節制に励んできたのだ。その時の苦労からか、いまだに出費を嫌う。そしてそれを自分だけでなく、社員全員にも徹底させるのだ。なので、今回のように例えフライト時間が10時間を超えようともビジネスクラスは使わせず、エコノミーで行かせるという徹底ぶりである。 こういった社風も変えさせたい翔。大体フライト時間が10時間越では疲れも溜まる。そんな疲れきった状態で、大事な商談がうまくまとまるとは到底翔には思えなかったのである。その為にも祖父には早々に引退してもらわなければ……。しかし、そんな考えをおくびにも出さず、翔は頷いた。「はい、承知致しております。社の車で迎えに来ておりますので、今正面玄関に車を付けるように連絡を入れますのでお待ち下さい」その
last updateLast Updated : 2025-03-03
Read more

2-1 邪魔者にはなりたくないので(1)

 早いもので、翔の祖父である猛との初顔合わせから3ヶ月が過ぎようとしていた。あの後、猛から結婚式はどうするのだと散々言われたのだが、2人の結婚は偽装結婚。式など挙げられるはずが無い。何とか猛を説得し、ようやく書類だけの結婚を認めさせる事が出来たのだ。朱莉が大仰な事はしたくない、結婚式等不要だと強く希望したからだという理由で。勿論翔が、そういうことにして欲しいと朱莉に頼んだのは言うまでもない。明日香の手前、結婚式など到底挙げられるはずない。朱莉は甘んじてその話しを受け入れた。所詮、自分は偽装妻であり、書類上だけの夫婦なのだから。 猛は酷く残念そうな様子ではあったが、結婚は書類だけ提出すればよいだけなのだから、無駄な事はしなくても良いですと朱莉が言った事により、猛は賛同したのである。  そして季節は流れ、8月になった――朱莉はエアコンの効いた部屋で、パソコンに向かって通信制高校のレポートの課題に取り組んでいた。すると、突然朱莉のスマホに着信を知らせる音楽が鳴り響いた。(翔先輩からかな?)スマホをタップすると、やはり相手は翔だった。猛との面会後、3カ月が経過するが朱莉と翔はまだ1度も会ってはいなかった。ただメッセージの交換だけは1週間に1度、週末の金曜日だけ行っていた。内容は主に朱莉の勉強の進捗状況や、お互いの最近身近にあった報告……そんな単純なメッセージのやり取りではあったが、それでも朱莉は翔とのメッセージのやり取りを楽しく感じていた。この億ションに住み初めてからは、偽装結婚が周囲にバレないように、なるべく色々な人達と不要な接触はしないで欲しいと翔から最初に釘を刺されていた。その為、朱莉は誰とも連絡を取らず、唯一会話をする相手は毎日面会に行く母と、病院関係者のみであった。なので人との会話に正直飢えていたので、週に一度のスマホでのメッセージのやり取りは朱莉にとっては幸せなひと時であった。それにしても……。「おかしいな? 今日は金曜日じゃないのにメッセージが届くなんて」朱莉の表情が曇る。ひょっとして何かあったのだろうか? もしかして会長が引退を決意したので離婚しようと言う内容なのだろうか……?不安な気持ちを抱えながら、朱莉はスマホをタップした。『こんにちは、朱莉さん。実は祖父から連絡があって、結婚式も挙げないのだから、2人で一緒にハネ
last updateLast Updated : 2025-03-04
Read more

2-2 邪魔者にはなりたくないので(2)

 時刻は30分ほど前に遡る。「はあ~」翔はオフィスでPC画面を見ながら派手なため息をついている。「どうしたんだ、翔」翔のオフィスで秘書としての仕事をしていた琢磨がため息を聞きつけて、声をかけた。「これなんだが……」翔はPC画面を指さしながら二度目のため息をついた。「へえ~どれどれ……」琢磨が近づいてきて、PC画面をのぞき込んだ。「うん? モルディブ……? お前旅行にでも行くのか?」「いや、違う。さっき祖父からのメールで、今月の18日から25日までモルディブにハネムーンへ行ってくるように言われたんだ……。全く……」翔は頭を掻き毟ると、椅子の背もたれによりかかり、天井を向いて3度目のため息をついた。「へえ~いつも余分な出費を嫌う会長なのに、お前と朱莉さんが挙式しなかったから、気を利かせてくれたんだな。いいじゃないか、行って来いよ」「しかし……」翔が言いよどむと琢磨は首を傾げる。「何だ? もしかして会社の事気にしてるのか? いいか? 今はパソコンさえあれば世界中どこにいても仕事は出来るんだから、いいじゃないか。あ、でもだからと言って、旅先で無理に仕事しろって言ってるわけじゃないぞ? ハネムーン中は仕事の事は忘れて朱莉さんと楽しんで来いよ」琢磨はこう考えていた。いくら偽装結婚とはいえ、3カ月前に会ったきりで、メッセージは週に一度。これではあまりにも朱莉に冷たすぎるのでは無いだろうかと常日頃から思っていたのだ。(この旅行で二人の仲が近づけばいいのだが……)「しかしなあ……」翔はまだ考え込んでいたが、琢磨が急かした。「いいから早く朱莉さんにメッセージを送れよ!」そこで渋々翔は朱莉にメッセージを送った――そして朱莉からメッセージが届いた。それを目にした途端、翔は目を疑い……次に声を荒げた。「ったく! なんでなんだよ!」「どうしたんだ? 翔」琢磨は珍しく翔が声を荒げたので、驚いた。「どうしたもこうしたも……断ってきたんだよ」「え? 何だって?」「だから、朱莉さんがハネムーンに行くのを断ってきたんだよ! ほら! 見てみろよ!」仏頂面で翔は琢磨に自分のスマホを渡した。「うん? 俺が見てもいいのか?」「ああ」琢磨は翔のスマホに目を落とした。『こんにちは、申し訳ございません。折角のお誘いですが、今回の件はお断りいたします。
last updateLast Updated : 2025-03-04
Read more

2-3 明日香の企み 1

その日の夜――「明日香。突然なんだが今月の18日から25日まで2人で一緒にモルディブへ行かないか? 実はもう飛行機もホテルも予約済みなんだ」「本当に!? 行きたい! 行くに決まってるでしょ!」明日香は目を輝かた。「そうか。よし、それじゃ一緒に行こう」翔は笑顔で答える。「2人きりで旅行なんて本当に久しぶりよね。嬉しいわ……今から楽しみ。そうだ。新しい水着買わなくちゃ。それに洋服も」「ああ、好きにするといいさ」「だけど……」明日香の顔が曇る。「急に一体どうしたっていうの? 今までの翔ならこんな急に予定を立てたりしないのに」ジロリと翔を睨み付ける。「う……。そ、それは……」(参ったな……。相変わらず明日香は勘が鋭くて困る)翔は思わず苦笑するが、その表情を明日香に見られてしまった。「ほら! その顔! 絶対に何か隠してるわね? 正直に言いなさいよ」「わ、分かったよ……」翔は溜息をつくと、今までの経緯を全て話した。突然朱莉とハネムーンへ行くように祖父に勝手に日程とホテルを予約されてしまった事等……。話を聞き終えると明日香は激怒した。「何よ、それ! それじゃあ私は2人のハネムーンのおまけで付いて行くって訳ね? 何が2人でよ! 嘘つかないでよ!」目に涙を貯め、ヒステリックに叫ぶ明日香に翔は必死で宥める。「違う、落ち着いて良く聞けって。俺はな、最初から明日香、お前を連れて行くつもりだったんだからな?」「え……? 翔……? その話、本当なの?」目にうっすら涙を浮かべつつ、明日香は信じられないと言わんばかりの目で翔を見つめる。「ああ、当たり前じゃないか? 明日香を1人日本に残して旅行になんか行けるはず無いだろう?」翔が明日香の頭を優しく撫でる。「本当に……? 嬉しい!」明日香は翔の首に腕を回して抱き付く。「でも……朱莉さんも一緒に行くのよね……」「何言ってるんだ。2人で行こうってさっき言ったばかりだろう? 彼女は行かないよ。俺と明日香の2人で行くんだよ。入院している母親を置いて、1週間も日本を離れたくないって言うんだ」本当は翔にだって、その話が朱莉が旅行に行きたくない為の言い訳だと言うのは重々承知していた。「ええ? ハネムーンなのに? それっておかしいんじゃないの?」明日香はそう言ったが、朱莉と言う邪魔者がいない翔との旅は想
last updateLast Updated : 2025-03-05
Read more

2-4 明日香の企み 2

翌朝――翔が出社するとすぐに明日香は朱莉にメッセージを送った。『おはよう、朱莉さん。大事な話があるの。今すぐ私達の部屋へ来てくれるかしら? 部屋番号は1902号だから。待ってるわ』それだけ打つと明日香は朱莉からのメッセージを待った。わざと私達の部屋と、朱莉にとってチクリとする言葉を取り入れる事を忘れなかった。すると5分も経たないうちに朱莉から返信が来る。『分かりました。すぐに伺います』明日香はそのメッセージを見ると、満足そうに笑みを浮かべた――――ピンポーン部屋にインターホンの音が響き渡る。――ガチャリドアを開けて、明日香は朱莉の余りの変貌ぶりに驚いてしまった。茶色がかかった二重瞼の大きな瞳。彫りの深い顔立ち、ふんわりと柔らかく波打つウェーブの髪……。最初に会った野暮ったい朱莉とは雲泥の差だった。明日香は内心の動揺を押さえつつ、言った。「あ、あら。貴女垢抜けしたみたいじゃない。中々似合っているわよ」「ありがとうございます」素直に頭を下げる朱莉に何故か明日香はイラついてしまう。(フン。何よ……スカした態度取ってくれちゃって……。どうせ私の事馬鹿にしてるんでしょう?)「まあいいわ。中に入ってちょうだい」明日香は朱莉を部屋の中に案内した。明日香と翔の部屋は生活感が溢れていた。同じ間取りなのに全くの別の部屋に見えてしまうから不思議だ。「そこにかけて」朱莉は明日香に勧められるまま応接セットのソファに腰を下ろす。朱莉が座るのを見届けると自分も座り、いきなり話を切り出した。「朱莉さん……。貴女モルディブへは行かないそうね?」「はい。病院に入院している母が心配なので……」朱莉は少し俯き加減に言うが、明日香には朱莉の嘘をすぐに見抜いた。(嘘ね。きっと翔に何か言われたんだわ。おおかた現地に着いたら自由に過ごしていいとでも言われたんじゃないかしら?)明日香は意地悪そうな笑みを浮かべた。「ねえ、貴女……自分の立場を分かってるの?」「え?」「貴女の役目は周囲を騙して偽装妻を演じる事よね?」「は、はい……そうですけど……?」「祖父は貴女が本当にハネムーンへ行ったのか、証拠写真を送れと言ってくるかもしれないわ。それに日程まで指定して来たと言う事は祖父もモルディブへ来るかもしれないって考えに至らない?」明日香の話に朱莉は顔色を変えた。確
last updateLast Updated : 2025-03-05
Read more
PREV
123456
...
13
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status