All Chapters of 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~: Chapter 11 - Chapter 20

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旅立ち、新生活スタート。 page4

「あの子ね、あたしと同室になったんだけど。それが気に入らないらしいんだよね。ったく、あたしだってゴメンだっつうの。あんな高ビーなお嬢がルームメイトなんて」「あの……?」 多少口は悪いけれど、突っ張っている風でもない彼女に愛美は完全に|気圧《けお》されている。「――あ、ゴメン! あたし、|牧村《まきむら》さやか。よろしくね。アンタは?」「あ、わたしは相川愛美。よろしく。『さやかちゃん』って呼んでもいい?」「うん、いいよ☆ じゃああたしは『愛美』って呼ぶね。あたしたち、部屋となり同士みたいだよ」「えっ、ホント? ――あ、ホントだ。よろしく」 部屋割り表を見れば、確かにそうなっている。  早くも友達になれそうな子ができて、愛美はますますこの高校での生活が楽しみになってきた。 その一方で、辺唐院珠莉と男性職員との口論はまだグダグダと続いていた。「あの……。よかったら、わたしと部屋代わる?」 見かねた愛美が、おずおずと珠莉に部屋の交換を申し出たけれど。「いいよ、愛美。そんな子のワガママに付き合うことないって。――ちょっとアンタ! あたしと同室なのがそんなに気に入らないの!?」 どうやらさやかは、言いたいことをズバズバ言うタイプの子らしい。(さやかちゃん……、そんなにはっきり言わなくても) 愛美は絶句した。これ以上話をこじれさせてどうするのか、と。  〈わかば園〉にいた頃はケンカらしいケンカもなかったので、愛美は基本的に平和主義者だ。人のケンカやもめ事に首を突っ込むのは苦手である。 けれど、この場では愛美も当事者なのだ。珠莉の|怒《いか》りの矛先が愛美に向くこともあるかもしれない。そうなった時の対処法を彼女は知らない。(わ……、なんかすごい人集まってる!) 愛美が驚いた。気づけば、「周りには大勢の新入生や在校生と思われる女の子たちが|騒《さわ》ぎを聞きつけて、「なんだなんだ」と集まってきていたのだ。「……同室? じゃあ、あなたが牧村さやかさん?」「そうだけど。なんか文句ある?」 仁王立ちで言い返すさやかに、珠莉は毒気を抜かれたらしい。というか、人前で悪目立ちしてしまったことが|格好《カッコ》悪かったらしい。
last updateLast Updated : 2025-02-14
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旅立ち、新生活スタート。 page5

「あの子ね、あたしと同室になったんだけど。それが気に入らないらしいんだよね。ったく、あたしだってゴメンだっつうの。あんな高ビーなお嬢がルームメイトなんて」「あの……?」 多少口は悪いけれど、突っ張っている風でもない彼女に愛美は完全に気圧(けお)されている。「――あ、ゴメン! あたし、牧村(まきむら)さやか。よろしくね。アンタは?」「あ、わたしは相川愛美。よろしく。『さやかちゃん』って呼んでもいい?」「うん、いいよ☆ じゃああたしは『愛美』って呼ぶね。あたしたち、部屋となり同士みたいだよ」「えっ、ホント? ――あ、ホントだ。よろしく」 部屋割り表を見れば、確かにそうなっている。 早くも友達になれそうな子ができて、愛美はますますこの高校での生活が楽しみになってきた。 その一方で、辺唐院珠莉と男性職員との口論はまだグダグダと続いていた。「あの……。よかったら、わたしと部屋代わる?」 見かねた愛美が、おずおずと珠莉に部屋の交換を申し出たけれど。「いいよ、愛美。そんな子のワガママに付き合うことないって。――ちょっとアンタ! あたしと同室なのがそんなに気に入らないの!?」 どうやらさやかは、言いたいことをズバズバ言うタイプの子らしい。(さやかちゃん……、そんなにはっきり言わなくても) 愛美は絶句した。これ以上話をこじれさせてどうするのか、と。 〈わかば園〉にいた頃はケンカらしいケンカもなかったので、愛美は基本的に平和主義者だ。人のケンカやもめ事に首を突っ込むのは苦手である。 けれど、この場では愛美も当事者なのだ。珠莉の怒(いか)りの矛先が愛美に向くこともあるかもしれない。そうなった時の対処法を彼女は知らない。(わ……、なんかすごい人集まってる!) 愛美が驚いた。気づけば、「周りには大勢の新入生や在校生と思われる女の子たちが騒(さわ)ぎを聞きつけて、「なんだなんだ」と集まってきていたのだ。「……同室? じゃあ、あなたが牧村さやかさん?」「そうだけど。なんか文句ある?」 仁王立ちで言い返すさやかに、珠莉は毒気を抜かれたらしい。というか、人前で悪目立ちしてしまったことが格好(カッコ)悪かったらしい。
last updateLast Updated : 2025-02-14
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旅立ち、新生活スタート。 page6

「……いいえ。別に、気に入らないわけじゃないけど。もういいですわ。私は二人部屋で」 プライドが高そうな珠莉は、こんな下らない理由で目立ってしまったことを恥じているらしく、あっさりと折れた。「――で、あなたが一人部屋を使うことになった相川愛美さん? お部屋はあなたにお譲りするわ」「え……? う、うん。ありがとう」 これって喜ぶべきところなんだろうか? 愛美は素直に喜べない。というか、上から目線で言われたことが癪(シャク)に障(さわ)って仕方がない。「――ま、これで部屋問題は解決したワケだし。早く自分の荷物、部屋まで運ぼうよ」 さやかが愛美と珠莉の肩を叩いて促す。 ……のはいいとして、愛美は荷物が少ないからいいのだけれど。二人の荷物はかなり多い。どうやって運ぶつもりなんだろう? 愛美は首を傾げた。「牧村さん、辺唐院さん。カートがありますから、使って下さい。後で回収に回りますから」「「ありがとうございます」」 二人がカートに荷物を乗せてから、愛美も合流して三人で二階の部屋まで移動した。 幸い、この建物にはエレベーターがついているので、荷物を運ぶのはそれほど大変ではなかった。   * * * *「じゃ、改めて自己紹介するね。あたしは牧村さやか。出身は埼玉(さいたま)県で、お父さんは作業服の会社の社長だよ」「えっ? さやかちゃんのお父さん、社長さんなの? スゴーい☆」 愛美はさやかの父親の職業を知ってビックリした。こんなに姉御(アネゴ)肌でオトコマエな性格の彼女も、実は社長令嬢だったなんて……!「じゃあ、さやかちゃんもお嬢さまなの?」 「いやいや。そんないいモンじゃないよ、あたしは。お父さんの会社だってそんなに大きくないし。〝お嬢さま〟っていうんなら、珠莉の方なんじゃないの? ね、珠莉?」「えっ、そうなの?」 確かに、珠莉は初めて見た時から、住む世界の違う人のように感じていたけれど。「うん。だってこの子、超有名な〈辺唐院グループ〉の会長さんのご令嬢だもん。そうだよね、珠莉?」「ええ。確かに私の父は〈辺唐院グループ〉の会長だけど」「へえ……。っていうか、〈辺唐院グループ〉って?」 山梨の山間部で育ち、しかも施設にいた頃はあまりTV(テレビ)を観る機会もなかった愛美にはピンとこない。「旧(きゅう)財閥(ざいばつ)系の名門グループだよ
last updateLast Updated : 2025-02-14
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旅立ち、新生活スタート。 page7

「――ねえ、愛美さんはどちらのご出身ですの? ご両親は何をなさってる方?」「…………え?」(ああ……、一番訊かれたくないことなのに) 珠莉がごく当たり前のように質問してきて、愛美の表情は曇った。 その様子に気づいたさやかが、助け船を出してくれる。「ちょっと珠莉! ちょっとは空気読みなよ! 人には答えにくいことだってあるんだから!」(さやかちゃん……、わたしに気を遣ってくれてる) 愛美はそれを嬉しく思う反面、彼女に対して申し訳ない気持ちになった。「……さやかちゃん、いいの。――わたしは山梨の出身。両親は小さいころに亡くなってて、中学卒業まで施設にいたの」「施設? あー……、そりゃあ大変だったねえ。じゃあ、学費とかは誰が出してくれてんの? 施設?」 愛美を気遣うように、さやかが言う。けれど、それは同情的な言い方ではなかった。 施設で育ったことを卑下(ひげ)していない愛美は、「かわいそうだ」と同情されるのが嫌いだ。県内の公立高校に進みたくなかったのも、中学時代の同級生から同情を広められるのがイヤだったから。 〈わかば園〉には、両親が健在でも様々な事情で両親と一緒に暮らせない子も何人かいた。涼介もそのうちの一人だ。 彼は実の両親からネグレクト、つまり育児放棄を受けていて、児童相談所に保護されたのちに〈わかば園〉で暮らすことになったのだ。「ううん、施設にはそんな余裕ないって。でもね、施設の理事さんの一人が援助を申し出てくれたんだって。その人がいなかったら、わたし高校に入れないところだったの」   「そうなんだ……。よかったね」「うん。名前は教えてもらってないんだけどね。その代わり、わたしはその人の秘書っていう人に毎月手紙を出すことになったの」「へえ……、そうなんだ。――あ、着いた。じゃあまた、晩ごはんの時にねー」「はーい」 部屋に着くまで、珠莉はほとんど愛美に話しかけてこなかった。 愛美にそれほど興味がないのか、それとも一人部屋を愛美に取られたことをまだ根に持っているのか……。(まあ、いいんだけど。わたしは気にしないし) 珠莉に興味を持たれなくたって、さやかとは仲良くなれそうだからいいか。愛美はそう自分に言い聞かせた。 一歩部屋に足を踏み入れると、愛美は室内をしげしげと見回す。 ベッドや勉強机・椅子、クローゼットなどの大き
last updateLast Updated : 2025-02-14
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旅立ち、新生活スタート。 page8

 愛美はいったんスーツケースをフロアーに置き、ベッドにダイブした。 低反発のマットレスに、ふかふかの寝具一式。寝心地もよさそうだ。〈わかば園〉では畳の部屋に布団を敷いて寝ていたので、ベッドで寝るのが愛美の憧れでもあった。「――あ、そうだ。小包み開けよう」  愛美はガバッ起き上がり、スーツケースを開いた。部屋に入るまでのお楽しみに取っておいたのを、ふと思い出したのだ。「田中さんは何を送ってくれたのかな……?」 ワクワクしながらダンボール箱を開けると、クッション材が詰め込まれた中に大小一つずつの箱が入っている。小さい方の箱に書かれているのは携帯電話会社のロゴマーク。 もう一つはB4サイズくらいの箱で、こちらは少し重量がある。「わあ……! スマホだ! ……あ、手紙も入ってる」 横長の洋封筒に入っている手紙を、愛美は開いた。『相川愛美様  ささやかな入学祝いの品をお送りいたします。 料金は田中太郎氏が支払いますので、安心してお友達とのコミュニケーションツールとしてお使い下さいませ。 もう一点は作家を目指される愛美様のために、田中様が購入したものでございます。どうぞお役立て下さいませ。 改めまして、高校へのご入学おめでとうございます。 久留島栄吉』「――どこまで太っ腹なんだか。田中さんって人」 入学祝いにスマホをプレゼントして、しかも料金まで支払ってくれるなんて……!「もう一つの箱は……ノートパソコンだ。この寮、Wi―Fi(ワイファイ)ついてるんだよね。さっそくセッティングしちゃおっと♪」 愛美はよく施設の事務作業を手伝っていたので、パソコンの扱いには慣れているのだ。壁紙やパスワードなどの初期設定は簡単にできてしまった。 ――ところが、ここで一つ問題が起きた。「スマホって、どうやって使うんだろう?」 パソコンの扱いには慣れているけれど、スマホどころか携帯電話自体を持つのが初めての愛美には、使い方が分からないのだ。 こういう時は説明書、と箱の底の方まで見てみても、入っているのは薄っぺらいスターターガイドだけ。読んでも内容がチンプンカンプンだ。(使い方くらい、手紙に書いといてくれたらいいのに) 八つ当たり気味に、愛美は思う。けれど、それもあえて書かなかったのだろうか? 愛美がこういう時、どうするのかを試すために。「う~ん……、
last updateLast Updated : 2025-02-14
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旅立ち、新生活スタート。 page9

「いいよ、教えてあげる。愛美の部屋に行ってもいい?」「うん! ありがと、さやかちゃん!」 愛美は大喜びで、さやかの両手を握った。さやかは成り行き上ルームメイトになった珠莉に一声かける。「じゃあ珠莉、あたしちょっと隣りに行ってくるから」「あらそう。どうぞご自由に」 珠莉は素っ気ない返事をしただけ。――まあ、まだ知り合ったばかりだし、そう簡単に打ち解けるわけがないだろうけれど。「何あれ? カンジ悪~! ……まあいいや。行こう、愛美」「う、うん」 戸惑う愛美を連れ、さやかは愛美の部屋へ。「おっ、パソコンあるんだ。でもスマホは使えないの?」「うん……。さやかちゃん、分かる?」「スマホって、手に持ってるそれ? ちょっと貸して?」「うん」 愛美が手渡すと、さやかは自分のスマホと見比べる。「あ、これ、あたしのとおんなじ機種だ。だったら何とかなるかも」「ホント?」 さやかは手際よく、いくつかの操作をして愛美にスマホを返した。「とりあえず、取扱説明書のアプリ入れといたから。困った時はそれ開くといいよ。あと、あたしと珠莉のアドレスも登録しといたから」「ありがとう、さやかちゃん」「いいってことよ☆ 友達じゃん、あたしたち」 友達……。まだ今日出会ったばかりなのに、さやかは愛美のことをそう言ってくれた。「うん……、そうだよね」 高校生活スタートの日に、早くも友達が一人できた。愛美は早速、この喜びを〝田中太郎〟氏に手紙で知らせようと思った。 ――夕食と大浴場での入浴を済ませると、愛美は机の前に座った。 ちなみにこの寮にはそれぞれの部屋にも浴室があり、どちらで入浴しても自由なのだけれど、それはともかく。 新品の横書き便箋の表紙をめくり、ペンを取ってしばし悩む。(手紙ってどう書いたらいいんだろう?) 考えてみたら、愛美はこれまでに手紙らしい手紙を書く機会がほとんどなかった。そのため、ちゃんとした書き方を知らないのだ。 悩んだ末、思ったことをそのまま書こうと結論づけ、便箋にペンを走らせた。
last updateLast Updated : 2025-02-14
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旅立ち、新生活スタート。 page10

****『拝啓、心優しい理事さま 横浜の茗倫女子大付属高校に到着しました。ここに来るまでは初めての経験が多くて、ワクワクしました。 この学校は大きくて、まだどこにどんな建物があるのか把(は)握(あく)しきれていません。ちゃんと分かったら、お知らせしたいと思います。 そして、学校生活についても。今はまだ土曜日の夜です。入学式は月曜日ですが、「これからよろしくお願いします」とまずは一言ご挨拶したくてこの手紙を書き始めました。 このお話を聞いてから半年間、わたしはあなたのことをずっと考えてきました。「一体どんな人なんだろう?」って。 でも、あなたに関する情報がほとんどないので困っています。偽名だって、〝田中太郎〟なんて「いかにも偽名です!」みたいなお名前でしょう? 他に知っていることといえば……。 ・長身だということ ・お金持ちだということ ・どうやら女の子が苦手らしいということ の三つだけなんです。 というわけで、他の呼び方をわたしなりに考えてみました。 まずは「女性恐怖症さん」。でも、これじゃわたしの自虐になってしまいますね。本当にそうなのかもわかりませんし。 次に「リッチマンさん」。でも、これじゃあなたがお金持ちだということを皮肉っているみたいですよね。この不景気で、どれだけ頭の切れる人だって投資や株で失敗しますから。 でも、長身だということだけはずっと変わらないと思うので、わたしはあなたのことを「あしながおじさん」とお呼びすることにしました。勝手に決めてしまってすみません。お気を悪くしないで下さい。親しみをこめたニックネームですから。 最後に、スマホを送って下さってありがとうございます。早速できたばかりのお友達に使い方を教わりました。 もうすぐ消灯時間です。寮という一つの建物で大勢で生活していくんですから、ルールはきちんと守らないと。 では、失礼します。これからよろしくお願いします。  かしこ四月三日  双葉寮二〇六号室       相川 愛美田中あしなが太郎さま  P.S. こうしてきちんとルールを守っているの、偉いってほめて下さいますか? 施設で長く暮らしてきたの、伊達(だて)じゃないんですよ。』                         **** ――〝あしながおじさん〟こと田中太郎氏の住所は聡美園長から
last updateLast Updated : 2025-02-14
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恋の予感…… page1

 ――愛美の高校生活がスタートしてから、早や一ヶ月が過ぎた。「愛美、中間テストの結果どうだった?」 授業が終わった後、二〇六号室に遊びに来ていたさやかが愛美に訊いた。 最初は殺風景だったこの部屋も、さやかと二人で買い揃えたインテリアのおかげで過ごしやすい部屋になった。 カーテンにクッション、センターラグに可愛い座卓。三年生が開催していたフリーマーケットで安く買えたものばかり。さやかのセンスはピカイチだ。「うん、よかったよ。学年で十位以内に入った」「えっ、マジ!? スゴいじゃん!」 愛美やさやかの学年は、全部で二百人いる。その中の十位以内というのだから、大したものだ。「そうかなあ? でもね、あしながおじさんが援助してくれなかったら、わたし住み込みで就職するしかなかったんだ」「へえ、そうなんだ……。じゃあ、そのおじさまにはホントに感謝だね」 さやかにも珠莉にも、あしながおじさんのことは打ち明けてある。二人とも、愛美のネーミングセンスは「なかなか個性的だ」と言っている。 ……もっとも、このニックネームの出どころがアメリカ文学の『あしながおじさん』だということは話していないけれど。「うん、ホントにね。――ところで、さやかちゃんと珠莉ちゃんの方はどうだったの? 中間テスト」「…………う~~、ボロボロ。というわけで明日、補習あるんだ。二人とも」「あれまぁ、大変だねえ……」「そうなのよ~。高校の勉強ってやっぱ難しくなってるよね」 さやかだって、中学まではそれほど成績も悪くなかったはずだ。……珠莉の方はどうだか知らないけれど。「でもさ、愛美は勉強はできるけど流行には疎(うと)いじゃん? こないだだって『〝あいみょん〟ってこの学年の子?』って訊いてたし。タピオカも知らなかったでしょ?」 さやかが愛美のやらかしエピソードを暴露した。 人気シンガーソングライター〝あいみょん〟を「この学年の子?」と言ってしまったのは、入学して間もない頃のことである。その話が学年全体に広まってしまったせいで、愛美は〝ボケキャラ〟認定されてしまったのだ。「あれは……、ボケとかじゃなくてホントに知らなかったの! 施設にいた頃はあんまりTVも観られなかったし、近くにコンビニもなかったから」 流行に疎い愛美は、周りの子たちの会話になかなかついて行けない。さやかがいてくれな
last updateLast Updated : 2025-02-14
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恋の予感…… page2

「っていうか、部屋にパソコンあるんだからさ、そっちでも調べものできるじゃん?」「あ、そっか。そうだよね」 言われてみればそうだ。パソコンにも検索機能はついているのに、愛美はまだうまく活用できていない。「――ところでさ。夏休みの予定ってもう決まってる? 行くとこあんの?」 さやかが唐突に話を変えた。まだ五月の半ばだというのに、早くも夏休みの話題を持ち出す。「ううん、まだ何も。おじさまに相談しようとは思ってるけど……。施設に帰るわけにもいかないし」「だよねえ」 どうやらさやかも、愛美がそう答えるらしいことは予想していたようだ。「? 何が訊きたいの、さやかちゃん?」「いや、せっかく女子高生になったのにさあ、女子校だと出会いがないなあと思って。夏休みになれば、恋のチャンスもあるかなーって」「恋……」 愛美の口からは、それ以上の言葉が出てこない。何せ、恋の経験が全くないのだから。「ねえ、愛美のいた施設って男の子もいたよね? そこから恋に発展したりは?」「ええっ!? ないよぉ。施設にいた男の子はみんな兄弟みたいなもんだったし」「じゃあ、中学までの同級生とかは? 男女共学だったんでしょ?」 さやかはなおも食い下がる。「それもないよ。だって、学校の男の子たちからは同情しかされなかったもん。わたし、施設で育ったからって同情されるの大っキライなの」「そうなんだ……。じゃ、今まで一度も恋したことないの?」「うん、まあそうなるよね。……でも、初恋がまだって遅いのかな? 世間的には」 自分が世間的にズレていることは愛美自身も分かっていたし、ずいぶん気にしてもいた。 中学時代の友達の中には、好きな人どころか「彼氏がいる」という子もいた。愛美は「自分は自分、焦る必要なんかない」と自分に言い聞かせていたけれど、やっぱり少しくらいは焦るべきだったんだろうか?「まあ、それは人それぞれでしょ。気にすることないよ。あたしもおんなじようなもんだし」「えっ、そうなの?」「うん。なんかねえ、同世代の男ってガキっぽく見えるんだよね。だから異性に興味なかったの」 さやかはクールに答えた。 確かに愛美も、同じ年代でも女子の方が考え方が大人で、男子の方が子供っぽいと雑誌か何かで読んだことがあったかもしれない。「そっか。でも、そうだね。これから先、わたしたちにもいい出
last updateLast Updated : 2025-02-14
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恋の予感…… page3

「わたしも着替えなきゃ」 愛美も制服のままだったので、長袖のカットソーとデニムパンツに着替えると、勉強机の上に国語の宿題を広げる。(……そういえば今日、国語の先生に褒(ほ)められちゃったな……) 宿題を片付けながら、愛美は思い出し笑いが止まらない。 それは、この日の国語の授業が終わった後のこと。愛美は国語の教科担当の女性教諭に呼び止められたのだ。 ――『相川さん、ちょっといい?』 『はい。何でしょうか?』 女性教諭はニコニコしながら、愛美にこう言った。 ――『中間テストの最後の問題に出したあなたの小論文なんだけど、着眼点が面白かったわ。なかなか独創性豊かだったわよ。あなたは確か、小説家になるのが夢だったわね?』『はい、そうですけど』『やっぱりね。だからなのね、発想がユニークなのは。あなたになら、面白い小説が書けそうね。私も楽しみだわ』『ありがとうございます!』 定年間近の女性教諭は、どことなく〈わかば園〉の聡美園長に似ている。愛美のお気に入りの先生の一人だ。 そんな先生から期待されたら、愛美にもますます「頑張ろう!」という意欲が湧いてくるというものである。「よぉーっし! これからもっと文章力磨くぞー♪」 愛美は俄(が)然(ぜん)やる気になったのだった。   * * * * ――その翌日。六限目までの授業が終わり、愛美がスクールバッグを持って寮に戻ろうとしていたところ。「――ええっ!? 今からいらっしゃるんですの!?」 スマホで誰かと電話をしているらしい珠莉の戸惑う声が、廊下から聞こえてきた。(……珠莉ちゃん? 誰と話してるんだろう?) 愛美は首を傾げた。でも、誰か珠莉の知り合いがこれからこの学園を訪ねてくるらしいことだけは何となく分かる。「もう近くまで来てらっしゃる!? ムリですわ! 私、これから補習授業がありますのに!」 珠莉は相当困っているらしい。 補習を受けなければならないのは中間テストの成績が思わしくなかったからで、それは自業自得なのだけれど。相手は珠莉の都合などお構いなしのようで、愛美としてもちょっと彼女がかわいそうに思えてきた。「……分かりましたわ。私は案内して差し上げられませんけど、誰かに代わりをお願いします。それでも構いません? ……ええ、そうですか。じゃあ、失礼致します」 通話を終えた珠莉は、
last updateLast Updated : 2025-02-14
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