All Chapters of 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~: Chapter 41 - Chapter 50

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ナツ恋。 page12

****『拝啓、あしながおじさん。 お元気ですか? わたしは今日も元気です。 ついさっき、長野県の千藤農園に着きました。まだ荷解(ほど)きもしてないんですけど、ここに無事に着いたことをおじさまに知らせたくて。 ここは自然がいっぱいの場所で、昼間の今でも冷房なしですごく涼しいです。横浜の暑さがウソみたい。同じ日本の中とは思えません。 ここで三年働いてる天野さんのお話によると、中心部は観光地で、スキー場に近いので冬はスキー客で賑わうそうです。でも、夏場はホタルの見物客くらいしか来ないみたいです。あと、星空もキレイなんだそうです。 すごくロマンチックでしょう? わたしもいつか、純也さんと一緒にホタルが見られたらいいな……。 あ、そうそう。〝純也さん〟で思い出しました。わたし、おじさまにお訊きしたいことがあって。 おじさまはどうやって、この農園のことをお知りになったんですか? もしくは、秘書さんかもしれませんけど。 どうして知りたいかというと、こういうことなんです。 この農園の土地と建物は元々、辺唐院グループの持ち物で、純也さんの別荘だったそうです。 で、千藤さんの奥さまの多恵さんは昔、辺唐院家で家政婦さんとして働いていらっしゃって、家政婦さんをお辞めになる時に純也さんからこの家と土地をプレゼントされて、ご夫婦でこの農園を始められたそうなんです。 まさか、ここに来て純也さんの名前を聞くとは思わなかったんで、わたしは本当にビックリして。「もしかして、純也さんが〝あしながおじさん〟!?」とか思っちゃったりもしたんですけど……。まさか違いますよね? だってそれじゃ、『あしながおじさん』の物語そのままですもんね? とにかく、自然がいっぱいのここの環境は、山で育ったわたしには居心地がよさそうです。千藤さんご夫妻が、農業のこととか色々教えて下さるそうで、わたしはそれがすごく楽しみです。 おじさま、こんなステキな夏をわたしにプレゼントして下さって本当にありがとうございます! 感謝の気持ちを込めて。     かしこ                  七月二十一日    愛美』**** ――荷解きをしているうちに、夕方の六時を過ぎていた。「愛美ちゃん、ゴハンにしましょう!」 多恵さんが二階の部屋まで、愛美を呼びに来た。「はーい! 今行きます!」 す
last updateLast Updated : 2025-02-14
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ナツ恋。 page13

「愛美ちゃん、食器棚はコレ。スプーンは左の引き出し、フォークは真ん中ね」「はい。――えっと、平川佳織さん……ですよね? 天野さんとお付き合いしてるっていう」 人数分のカトラリーを取り出しながら、愛美がそれとなく訊いてみると。「……んもう。あの人ってば、もう愛美ちゃんに喋っちゃったんだ?」 佳織さんは、顔を真っ赤に染めてそう言った。どうやら、天野さんの話は本当らしい。「あたしと彼の関係は、ご主人とおかみさんには内緒なの。……まあ、気づいてらっしゃるかもしれないけど。彼はあたしより三つ年上なんだけど、農業に対する姿勢とか、そういうところがステキだなって思ったんだ」「それで恋しちゃったんですね。天野さんも、佳織さんも」 佳織さんは照れながらも、「うん」と頷いた。「恋する気持ちだけは、誰にも止められないからね。――愛美ちゃんは、好きな人いるの?」「……はい。実は、純也さんなんです。ここの元の持ち主だった」「えっ!? そうなの? うーん、そっか。頑張ってね」「はいっ!」 まさかこの場で、ガールズトークが盛り上がるとは。愛美は佳織さんのことを、この短時間で身近に感じられるようになった。「――さて、早く夕飯の支度終えないと。テーブルでウチの腹ペコどもが騒ぎ出しちゃうね」「そうですね。じゃあサラダとコレ、お盆に載せて運びます」「うん、お願い」   * * * * ――夕食のメニューは夏野菜たっぷりのカレーライスとサラダ、デザートにはこの農園の果樹園で採れたフルーツ入りのヨーグルト。 そして、農業が初体験の愛美のおかしな質問によって、とても賑やかで楽しい食卓となった。 「――多恵さん。昔の純也さんのお話、もっと聞かせてもらえませんか?」 多恵さんと佳織さんと一緒に、食後の洗いものの片付けを手伝いながら、愛美は多恵さんに頼んでみた。 「えっ、坊っちゃんの話?」「はい。わたし、大人になってからの純也さんのことしか知らないから。もっとあの人のこと知りたいんです。多恵さんなら色々ご存じなんじゃないかと思って」 好きな人のことなら、何でも知りたい。そして、ここには昔のあの人のことをよく知っていそうな元家政婦さんがいる。「いいわよ。じゃあ、ここが片付いたら私について来てちょうだいな」「いいんですか? ありがとうございます!」 多恵さんは愛美
last updateLast Updated : 2025-02-14
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ナツ恋。 page14

   * * * * ――愛美が多恵さんに連れられて来たのは、この家の屋根裏部屋だった。「純也坊っちゃんはね、子供のころ喘息(ぜんそく)を患(わずら)ってらして。十一歳くらいの頃の夏に、ここでご静養なさってたの。私も一緒にここに滞在して、坊っちゃんのお世話をしてたのよ」「えっ? 喘息……」 つい最近会った純也さんからは、そんな様子は感じ取れなかったけれど。「今はもう何ともないそうよ。それに、発作さえ起きなければ、普段はお元気そうだったし。冒険好きのお子さんでね、ほとんど毎日外を走り回ってらしたわ。それで、泥だらけになって帰ってらしたの」「へえ……、そうなんですか。子供らしいお子さんだったんですね。……っていうのもヘンな言い方ですけど」 愛美の言い方は、ある意味的を射(い)ていたのかもしれない。 お金持ちのお坊っちゃん、それもあの辺唐院家の子息なら、もっとツンケンしていて大人びている子供でもおかしくなかったはずなのに。珠莉を知っているから、余計にそう思うのだろうか。「そうね。正義感もお強かったし、それでいていたずらっ子なところもおありだったわ。でも、そこが憎めないのよ。私も、母親になったみたいな気持ちで坊っちゃんのお世話をさせて頂いてたわ」「フフフッ。多恵さん、純也さんが可愛くて仕方なかったんですね」 愛美は微笑ましくその話を聞いていた。これが実の母親だったら、なんという親バカだろうか。(なんか、今でもここに純也さんがいそうな感じがする。それも、無邪気な子供時代の) ――泥んこになるまで遊びまわって、帰ってきたら多恵さんに「お腹すいたー! おやつま~だ~?」とねだっている純也少年の姿が、愛美の脳(のう)裏(り)に浮かんだ。「中学を卒業されてからは、ここにはあまり来られなくなったんだけど。最近はきっと、お仕事がお忙しいのかしらねえ」「そうですか……。でも、連絡は来るんでしょう?」 彼はきっと、情に厚い人のはず。昔お世話になった恩人に連絡をしないわけがない。「ええ。毎年、夏になるとお電話を下さるわよ。でも今年はまだだわね」「そうなんですか。――多恵さん、色々教えて下さってありがとうございました」 これだけ話を聞かせてもらえれば、愛美は満足だ。彼の幼い頃を知ったおかげで、彼のことをもっと好きになれる気がしたから。「いえいえ、どういた
last updateLast Updated : 2025-02-14
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ナツ恋。 page15

「多恵さん、わたしはもうちょっとここに残っててもいいですか? 多恵さんは先に下りて休んで下さい」 愛美は彼女にそう言った。 幼い頃の純也さんと、もう少し〝二人きりで対話〟したくなったのだ。彼の人となりをもっと知りたい。そして持ち前の想像力で、自分なりにその頃の彼のイメージを膨らませたい。「ええ、どうぞ。じゃあ、私は先に休ませてもらうわね。愛美ちゃん、おやすみなさい」 ――多恵さんが下の階に下りていくと、愛美は広い屋根裏部屋の隅から隅まで歩き回ってみた。「……ん? 何だろ、コレ? 本……かなあ」 手に取ったのは、ホコリを被った小さなテーブルの上に無(む)造(ぞう)作(さ)に置かれていた一冊のハードカバーの本。タイトルは聞いたことがないけれど、どうも海外の冒険小説の日本語翻訳版らしい。 表紙を開き、見開きの部分に見つけたおかしな落書きに、愛美は思わず笑ってしまった。 そこには、子供が書きなぐったような字でこう書かれていた。『この本が迷子になってたら、ちゃんと手をひいてぼくのところに連れて帰ってきてほしいです。辺唐院じゅんや』「やだ、なにコレ? 可愛い」 ここで静養していた頃に、純也が気に入って読んでいた本らしい。もうページはどこもクタクタだし、あちこちに小さな手形がついている。「純也さんって、子供の頃から読書好きだったんだ……」 初めて学校で愛美に会った時に、彼は「読書好きだ」と言っていたけれど。その原点がここにあったとは。 この屋根裏に残されている彼の痕跡(こんせき)は、これだけではない。水鉄砲、飛行機の模型、野球のボールやグローブ……。男の子が外で喜んで遊びそうなものがたくさんある。(わたしも、子供の頃の純也さんに会ってみたかったな……。そうだ! 今度会った時、ここのこと彼に話してみようかな) 彼はどんな顔をするんだろう? 照れ臭そうにするかな? それとも得意そうに微笑むのかな……? 愛美は本を手にしたまま、自分の部屋に戻った。彼が夢中になって読み耽っていた本。その面白さを共有したいと思った。 ――そしてその夜、愛美が昼間に書いた手紙には続きが書き足された。****『おじさま、今は夜の九時です。 この手紙は午後に一度書き上げてましたけど、あのあと書きたいことが増えたので少し書き足します。 夕食の後、多恵さんから純也さん
last updateLast Updated : 2025-02-14
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ナツ恋。 page16

 ――夏休みが始まって約一ヶ月が過ぎた。 愛美も農作業にすっかり慣れ、夏野菜の収穫や採れた野菜での簡単なピクルスの作り方などをマスターした頃。千藤家に一本の電話がかかってきた。「――はい、千藤でございます」『もしもし、多恵さん? 僕だよ。純也だよ』「純也坊っちゃん! お元気そうで何よりです。――あ、今こちらに相川愛美さんがいらしてるんですよ。ちょっと代わりますね」 多恵さんは大はしゃぎで答えたあと、キッチンで手伝いをしていた愛美を手招きした。「愛美ちゃん、純也坊っちゃんから。ハイ」 リビングで彼女から受話器を受け取った愛美は、嬉しさと緊張半々で電話に出た。「……も、もしもし。愛美です。あの、お久しぶりです」 何せ、彼と言葉を交わすのは五月以来のことなんだから。『うん、久しぶり。元気そうだね。そっちでの夏休みは楽しい?』「はい! すごく楽しいし、色々と勉強になってます。千藤さんも多恵さんもよくして下さってるし」 電話に出るまでは緊張していたのに、彼の声を聞いた途端にそれはすぐに解(ほぐ)れてしまう。『そっか、それはよかった。――あのさ、愛美ちゃん。僕は今年の夏も仕事が立て込んでてね。悪いけどそっちには行けそうもないんだ。そう多恵さんに伝えてもらえるかな? 申し訳ないんだけど』「……はい、お忙しいんじゃ仕方ないですよね。分かりました。伝えておきます。――もう一度、多恵さんに代わりましょうか?」 すぐ側(そば)で、多恵さんがまだ話したそうにソワソワと待っている。『うん、そうしてもらえる? 悪いね』「いえいえ。――多恵さん、純也さんがもう一度多恵さんに代わってほしいそうです」 愛美は受話器の通話口を押さえ、多恵さんに受話器を差し出したのだった。 
last updateLast Updated : 2025-02-14
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作家への第一歩 page1

 ――夏休みが終わる一週間前、愛美は〈双葉寮〉に帰ってきた。「お~い、愛美! お帰り!」 大荷物を引きずって二階の部屋に入ろうとすると、一足先に帰ってきていたさやかが出迎えてくれて、荷物を部屋に入れるのを手伝ってくれた。「あ、ありがと、さやかちゃん。ただいま」「どういたしまして。――で、どうだった? 農園での夏休みは。楽しかった?」 さやかはそのまま愛美の部屋に残り、愛美の土産(みやげ)話を聞きたがる。 愛美はベッドに腰かけ、座卓の前に座っているさやかに語りかけた。「うん、楽しかったよ。農作業とか色々体験させてもらったし、お料理も教えてもらったし。すごく充実した一ヶ月間だった」「へえ、よかったね」「うん! いいところだったよー。自然がいっぱいで、空気も澄んでて、夜は星がすごくキレイに見えたの。降ってくるみたいに。あと、お世話になった人たちもみんないい人ばっかりで」「星がキレイって……。アンタが育った山梨もそうなんじゃないの?」 〝田舎(いなか)〟という括(くく)りでいうなら、長野も山梨もそれほど違わないと思うのだけれど。――ちなみに、ここでいう〝田舎〟とは「〝都会〟に対しての〝田舎〟」という意味である。「そうかもだけど。ここに入るまでは、星なんてゆっくり見てる余裕なかったもん」 施設にいた頃の愛美は、同室のおチビちゃんたちのお世話に職員さんのお手伝い、学校での勉強に進路問題にと忙しく、心のゆとりなんてなかったのだ。「あ、そうだ。あのね、わたしがお世話になった農園って、純也さんとご縁があったの。昔は辺唐院家の持ちもので、子供の頃に喘息持ちだった純也さんがそこで療養してたんだって」 彼の喘息が完治したのは、あの土地の空気が澄んでいたからだろう。「でね、純也さんと電話でちょっとお話できたんだ♪」「へえ、よかったじゃん。……で? 愛美はますます彼のこと好きになっちゃったんだ?」「……………………うん」 さやかにからかわれた愛美は、長~い沈黙のあとに頷いて顔を真っ赤に染めた。思いっきり図星だったからである。(ヤバい! また顔に出ちゃってるよ、わたし! もうホントにスルースキルが欲しいよ……) 純也さんとは電話で話しただけだったけれど、あの時でさえ胸の高鳴りを抑(おさ)えられなかった。もしも本人と対面して話していたら……と思うと、何だ
last updateLast Updated : 2025-02-14
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作家への第一歩 page2

「――あ、ねえねえ。このノートなに?」 荷解きを手伝い始めたさやかが、愛美のスポーツバッグから一冊のノートを取り上げた。「ああ、それ? 小説のネタ帳っていうか、メモっていうか。これから小説書くときに参考になりそうなこと、色々と書き溜(た)めてきたの」「小説? 愛美、小説書くの?」 さやかが小首を傾げる。(……あ、そういえばさやかちゃんにも珠莉ちゃんにも、まだ話してなかったっけ。わたしが小説家目指してること) 入学してそろそろ五ヶ月になるのに、自分の大事な夢をまだ友達に話していなかったのだ。「うん。実はわたし、小説家になりたくて。中学時代も文芸部に入っててね、三年生の時は部長もやってたんだよ」「へえ、そうなんだ? スゴイじゃん! 頑張って! 愛美の書く小説、あたしも読んでみたいなー」 夢とかいうとバカにされるこのご時世に、さやかはバカにすることなく、素直に応援してくれた。「うん! いつか読ませてあげるよ。わたし、頑張るね!」 純也さんに夢を応援してもらえることも嬉しかったけれど、親友のさやかというもう一人のファンができたこともまた、愛美は同じくらい嬉しかった。(よし、頑張ろう! 二人に喜んでもらいたいもん) 夏休み前まではこの学校に慣れること・流行に追いつくことで精いっぱいで、小説を書くヒマなんてなかった。 でも、半年近く経った今は少し時間的にも心にもゆとりができてきたから、書き始めるにはちょうどいい時期かもしれない。「――あ、そうだ。ご家族の写真、送ってくれてありがとね」 さやかは夏休みの間に、約束通り愛美のスマホにメッセージをくれた。キャンプ先で撮った、家族全員の写真を添付して。『これがウチの家族全員だよ('ω')』 そんなメッセージとともに送られてきた写真には、さやかと彼女の両親・大学生くらいの兄・中学生くらいの弟・幼い妹・そして祖母(そぼ)らしき七十代くらいの女性が写っていて、「さやかちゃん家(ち)ってこんなに大家族なんだ!」と愛美は驚いたものだ。「いやいや、約束してたからね。ウチ、家族多くて驚いたでしょ?」「うん。今時珍しいよね。あれで全員なの?」「そうだよ。あと、ネコが一匹いる」「へえ……、ネコちゃんかぁ。可愛いだろうなぁ」 ちなみに祖母は父方の祖母で、祖父はすでにこの世にいないらしい。「わたし、普通の家庭
last updateLast Updated : 2025-02-14
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作家への第一歩 page3

「まあ……、そうだけど。さやかちゃんのとこだって兄弟多いじゃん。お兄さんいるんでしょ?」 愛美は施設を卒業する時、一番上のお姉さんだったのだ。下の年齢の子たちの面倒を見るのは、楽しかったけれど大変でもあった。 上にもう一人兄弟がいる彼女(さやか)はまだ恵まれている、と愛美は言いたかったのだけれど。「まあ、いるにはいるんだけどさあ。頼(たよ)んないんだもん。二番目のあたしの方が、一番上のお兄ちゃんよりしっかりしてるってどうよ? って感じ」「…………あー、そうなんだ……」(さやかちゃん……、わたしにグチられても……) 兄弟のグチをこぼされてもどう反応していいか分からない愛美は、苦笑いで相槌を打つしかなかった。「――あれ? さやかちゃん、そういえば珠莉ちゃんは?」 愛美は話題を変えようと、さやかのルームメイトであるお嬢さまの名前を持ち出した。 彼女がなかなか自分の部屋に戻ろうとしないのは、珠莉がいないからだろうと思ったのである。(最初は仲悪そうだったけど、この二人って意外と気が合うんだよね……) この半年近く、隣室の二人を見てきたからこその、愛美の感想だった。「ああ、珠莉? 帰国は明後日(あさって)になるらしいよ。さっき本人からメッセージ来てた。コレね」 さやかはデニムのハーフパンツのポケットからスマホを取り出し、珠莉から届いたメッセージの画面を表示させる。『さやかさん、お元気? 私は今、ローマにおりますの。日本に帰国するのは明後日になりますわ。でも二学期のスタートには間に合わせます』「……だとさ。だからあたし、明日まで部屋で一人なの! ねえ愛美、お願い! 明後日の朝まで、この部屋に泊めてくんない?」「えー……? 『泊めて』って言われても」 さやかに懇願(こんがん)された愛美はただただ困惑した。 「わたしは……、そりゃあ構わないんだけど。いいのかなぁ? 勝手にそんなことして。晴美さんに怒られない?」 もちろん、愛美自身は親友の頼みごとを聞き入れてあげたい。けれど、寮のルールでは「他の寮生の部屋に泊まってはいけない」ことになっているのだ。 真面目な愛美は、そのルールも破るわけにはいかないのである。「だよねえ……。でもさ、晴美さんの許可が下りれば……って、下りるワケないか」 寮母の晴美さんは普段は気さくな人柄で、温厚な性格から寮生
last updateLast Updated : 2025-02-14
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作家への第一歩 page4

(……あ。もしかしたら、珠莉ちゃんも「さやかちゃんと同室がいい」って言うかも。そしたら三人部屋か……) ちなみに、一年生の部屋が並ぶこの階には三人部屋はないけれど、二年生から上の学年のフロアーには三人部屋が何室かあるらしい。(ま、いっか。賑やかな方が楽しいし) 愛美は来年度、三人部屋になる可能性を前向きに考えた。 彼女は元々、どちらかといえばポジティブな方なのだ。落ち込むことがあったとしても、すぐにケロリと立ち直ることができる。愛美の自慢の一つである。「――んじゃ、あたしはそろそろ部屋に戻るわ。荷解き、あとは一人で大丈夫?」 さやかは愛美の荷物をしまうのをだいぶ手伝ってくれ、ほとんど片付いた頃にそう訊ねた。「うん、ありがとね。助かったよ。―あ、そういえばさやかちゃん。夏休みの宿題、もう終わった? わたしは全部終わらせたけど」「それがねぇ……、数学の宿題が全っっ然分かんなくて。愛美、明日でいいから教えて?」「いいよ。わたしでよければ」「サーンキュ☆ じゃあ、また晩ゴハンの時に食堂でね」 愛美が頷くと、さやかは淋しそうにルームメイトがまだ戻っていない自分の部屋に帰っていった。 ――一人になった部屋で、愛美は半袖のカットソーから伸びた自分の細い腕をまじまじと眺めた。「わたし、あんまり焼けてないなあ」 幼い頃から愛美は色白で、夏に外で遊んでもあまり日焼けしなかった。それが元々の体質のせいなのか、育った環境によるものなのかは彼女自身にも分からない。 夏休みに海へ行ったという友達は真っ黒に日焼けしていて、「健康的でいいなあ」と愛美は羨んだものである。 農園へ行って毎日健康的に夏を過ごせば、自分もこんがりいい色に日焼けすると思っていたけれど――。「……まあいっか。日焼けはオンナのお肌の天敵だもんね」 あとからシミやそばかすとして残ることを思えば、焼けない方がよかったのかもしれない。「――さて、片付けが終わったらまたあの本読もうっと。それまでもうひと頑張りだな」 愛美は腰を上げ、残りの荷物の片付けに取りかかった。   * * * * ――その二日後に無事珠莉がイタリアから帰国し、九月。二学期が始まった。「――いやー、助かったぁ。愛美が宿題教えてくれたおかげで、あたしも恥かかずに済んだわ。ありがとね」 三限目終了のチャイムが鳴るなり、
last updateLast Updated : 2025-02-14
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作家への第一歩 page5

「あたしはどっちでもいいけど……。愛美がそうしたいんなら、あたしもそうするよ。ねえ、珠莉も行く?」 さやかはいつの間にか近くに来ていた珠莉にも話を振った。「お二人が行くのなら、もちろん私もご一緒するわ」 珠莉という子は初対面の時はツンケンしていて、あまり好きになれないタイプだと愛美は思っていたけれど。半年近く付き合ってきて分かった気がする。 本当の彼女は、淋しがり屋なんだと。――そう思うと、彼女に対する反感とか苦手意識がなくなってきた。「うん。じゃあ三人で行こう」「しょうがないなぁ。愛美がそう言うんなら」 さやかもやっぱり、なんだかんだ言っても愛美と仲良しでいたいし、珠莉との距離も縮めようと努力しているんだろう。 ――というわけで、この日の放課後は三人で、街までショッピングに繰り出すこととなった。 三人は教室を出て、寮に向かうべく校舎二階の廊下を歩いていく。 その途中、文芸部の部室の前を通りかかると――。「……ん? 見て見て、愛美! コレ!」 さやかが一枚の張り紙の前で立ち止まり、愛美に呼びかけた。「どしたの、さやかちゃん? ――『短編小説コンテスト、作品募集中』……」 愛美の目も、その張り紙に釘付けになった。 それは、この学校の文芸部が毎年秋から冬にかけて行っている短編小説のコンテストの張り紙。よく読んでみると、「部員じゃなくても応募可」とある。 そして、原稿は手書きのみ受け付けます、とも書かれている。「ねえ愛美、ダメもとで出してみなよ。どうせ小説書くんなら、何か目標あった方が張り合いあるでしょ? チャレンジしてみて損はないと思うよ」「そうねえ。愛美さんのお書きになる小説を読んでもらえる、いいキッカケになるかもしれないわよ?」 二人の友人に勧められ、愛美は考えた。(わたしの書いた小説を、読んでもらえる機会……) 中学時代は文芸部に入っていて、部誌に作品を載せていたから、多くの人の目に自分の作品が触れる機会があった。そのおかげで〝あしながおじさん〟の目にも止まり、愛美は今この学校に通えている。 それに、施設の弟妹たちに向けてもお話を書いて読ませてあげていた。 高校に入ってから約半年、やっと巡(めぐ)ってきた機会だ。乗るかそるか、と訊かれれば――。(もちろん、乗るに決まってる!)「うん。――さやかちゃん、珠莉ちゃん。
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