All Chapters of 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~: Chapter 51 - Chapter 60

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作家への第一歩 page6

「ねえねえ、百円ショップと本屋さんに寄らせてもらっていい?」 原稿用紙とペンなら文房具店で買うよりも百均の方が安上がりだし、本は図書館で借りるよりも買ってしまった方が返却する手間が省(はぶ)ける。「いいよ。じゃ、十二時に食堂に集合ね」「うん、分かった」   * * * *「――それにしても、スゴい荷物だねえ……。愛美、重たくないの?」 すべてのショッピングを終えて寮に帰る途中、重そうな袋をいくつも抱えた愛美に、さやかが心配そうに訊ねた。「うん……、大丈夫!」 愛美は気丈に答えたけれど、本当はものすごく重かった。 五十枚入りの原稿用紙が五袋とペンが入っている百円ショップの袋と、資料にしようと買い込んだ本が何冊も入っている書店の紙袋、それプラス洋服や靴などが入った紙袋。 重いけれど、どれも必要なものだから愛美は自分で持って帰りたいのだ。「あたし、どれか一つ持ってあげようか? ムリしなくていいから貸してみ」「…………うん、ありがと。お願い」 少し迷った末、愛美はさやかの厚意に甘えることにした。本の入った紙袋を彼女に手渡す。「愛美ってば、友達に意地張ることないじゃん。こういう時は、素直に頼ればいいんだよ」「うん……。でもわたし、『周りに甘えてちゃいけない』って思ってるの。だから、今のこの状況も実は不本意なんだよね」 愛美には身寄りがない。〝あしながおじさん〟だって元を質(ただ)せば赤の他人。いつまでも頼るわけにはいかない。――だから彼女は、「早く自立しないと」と思っているのだ。「んもう! 愛美はいいコすぎるの! まだ子供なんだから、もっとワガママ言っていいんだよ? 『ツラい』とか『淋しい』とかさあ。あたしたちにはどんどん弱音吐いちゃいなよ」 さやかが姉のように、愛美を諭(さと)す。 彼女は頼られる方が嬉しいんだろう。だから、もっと愛美に「頼ってほしい」と思っているのかもしれない。「そうですわよ、愛美さん。困っている時に誰かを頼ったり、甘えたりできるのは子供だけの特権ですわ」「それに、おじさまだって愛美に『甘えてほしい』って思ってるかもよ? わが子も同然なんだし」「……うん、そうだね」 と頷いてはみたものの。これまで培(つちか)われてきた性格というのは、なかなか直らないものである。 そして彼女の〝甘え下手な性格〟が、この先彼女
last updateLast Updated : 2025-02-14
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作家への第一歩 page7

「ぇえっ!? まだ何にも決まってないよ、ホントに!」 恋愛小説なんて、今の愛美に書けるわけがない。今まで恋愛経験が全くないんだから。「あー、そっか。今が初恋だったね。でもさ、これで恋愛小説も書けるようになるんじゃないの?」「…………まあ、そのうちね。考えとく」 さやかに食い下がられ、愛美はそう答えた。 今も想像でなら、書けないこともないかもしれないけれど。とりあえず今は自分の気持ちだけでいっぱいいっぱいで、この経験を小説にしようなんて発想は浮かばないのだ。「うん……、そっか。まあ、今回はどんなの書くかわかんないけどさ、頑張ってね。書けたらコンテストに出す前に、あたしたちに一回読ませてよ」「私も読んでみたいわ。楽しみにしてますわよ」「うん、もちろん!」 小説というのは、自己満足で終わってはいけないと愛美は思っている。 自分では「いい作品が書けた」と思っていても、客観的に読んで評価してくれる人に一度は読んでもらわないと、それが本当に〝いい作品〟かどうか分からないのだ。 親友になりつつある二人が最初の読者になってくれるなら、これ以上喜ばしいことはない。「その代わり、忖度(そんたく)ナシでズバズバ批(ひ)評(ひょう)させてもらうから。覚悟しといてね」「ええ~~~~!? お手柔らかにお願いっ!」「ハハハッ! 冗談だよ、冗談っ! ――さ、帰ろっ」 愛美のブーイングをさやかが笑って受け流し、三人は改めて寮への帰路(きろ)についた。   * * * * 寮のさやかたちの部屋でお茶を飲み、自分の部屋に帰ってきた愛美は、荷物をすべてしまい終えると机に向かった。 開いたのは買ってきたばかりの原稿用紙……ではなく、ネタ帳兼メモ帳として使っているあのノート。開いたページには、夏休みに千藤農園で書き留めてきた小説のネタがビッシリだ。「よしっ! 書こう」 まずは真新しいノートに、プロットを作成する。 書こうと決めたのは、子供時代の純也さんのエピソードをもとにした短編である。都会で育った男の子が、あるキッカケで農園で暮らすことになり、そこで色々な初めての〝冒険〟をする、というストーリーだ。 愛美があの時に感じたドキドキ感を、そのままこの小説の主人公に投影しようと思ったのだ。……もっとも、愛美自身は元々都会っ子ではないのだけれど。(このプロットがひと段
last updateLast Updated : 2025-02-14
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作家への第一歩 page8

****『拝啓、あしながおじさん。 お元気ですか? わたしは今日も元気です。 夏休みも終わって、寮に帰ってきました。そして今日から二学期です。 先生たちが「二学期から勉強が難しくなるよ」って言ってたので、わたしもほんのちょっとだけ不安です。本当に、ほんのちょっとだけ。 おじさまに、わたしから一つご報告があります。さやかちゃんの勧めで、わたしは毎年この学校の文芸部が行ってる短編小説コンテストに挑戦することにしました! いよいよわたし、作家への一歩を踏み出したんです! このコンテストは文芸部員じゃなくても応募できるそうで、わたしも部員じゃないけど出すことにしたんです。入選したら、賞金も二万五千円出るそうです。 題材は、千藤農園でお世話になってる時に書き溜めておきました。 豊かな自然、農園での生活風景、農作業、それから子供の頃の純也さんのこと。これを全部組み立てたら、「都会育ちの男の子が初めて暮らすことになった農園での冒険」のお話ができました。 まだプロットができたところですけど、これから頑張っていい小説にします。 書きあがったら、まずはさやかちゃんと珠莉ちゃんに読んでもらうことになってますけど、ぜひおじさまにも読んで頂きたいです。 また進み具合をお知らせしますね。ではまた。    かしこ    九月一日             愛美           』 ****  ――それからあっという間に二ヶ月半が過ぎ、十一月の終わり頃。「よしっ! 書けたぁ!」 夕食後の部屋で、愛美は達成感の中、原稿を書いていたペンを置いた。 授業の合間や夜の自由時間、学校がお休みの日に少しずつ書き進めていたので、原稿用紙三十枚分の短編を書くのに二ヶ月もかかってしまった。 でも、かかった時間と引き換えに「いい作品が書けた」という満足感が得られるなら、この時間も無駄ではなかったと思える。 文芸部の短編小説コンテストの応募締め切りは十一月末なので、何とかギリギリ間に合ったようだ。『――ねえ。愛美は小説、パソコンで書かないの?』 書き始めの頃、愛美はさやかからそう訊かれたことがある。『今回のコンテストは手書き原稿のみの受け付けだったから。でも、普段はパソコンでも書くよ』 愛美はそう答えた。 部屋には〝あしながおじさん〟がプレゼントしてくれたパソコンがあ
last updateLast Updated : 2025-02-14
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作家への第一歩 page9

「どしたの?」「あのね、小説できたから。まずは約束通り、二人に読んでもらいたくて。で、感想とか、アドバイスとかもらえたらなーって」 そう言いながら、愛美はダブルクリップで綴(と)じた原稿を、二人が寛(くつろ)いでいるテーブルの上に置いた。「そっか、書けたんだ。頑張ったね! 分かった。さっそく読ませてもらうね」 原稿を取り上げたさやかは、テーブルの向かいにいた珠莉を手招き。「珠莉もこっち来て。一緒に読もうよ」「ええ、いいですわよ。愛美さん、私も僭越(せんえつ)ながら、読ませて頂くわ」「うん。じゃあわたし、自分の部屋で待ってるから」「えー? いいじゃん、ここにいなよ。ここにあるミルクティー、飲んでていいからさ。お菓子もあるし」 一度部屋に戻りかけた愛美を、さやかが部屋に引き留める。 愛美としては、誰かに自分の小説を読んでもらう時、その場にいると落ち着かないので離れていたいのだけれど……。「……うん、分かった」 自分がお願いしたことだし、こう手厚い待遇だと「イヤ」とも言いづらいので、この部屋に留まることにした。(っていうか、この寮のルールでお菓子の持ち込みってどうなってたっけ?) 原稿を読む二人をチラチラ気にしながら、テーブルの上のクッキーをつまんでいた愛美は小首を傾げた。 多分、「お菓子の持ち込みはなるべく控(ひか)えましょう」くらいしか書いていなかったような気がする。もし見つかっても、人に迷惑さえかけなければ寮母の晴美さんも何も言わないだろう。 ――小説は原稿用紙三十枚ほどの短編なので、読み終えるのに三十分もかからなかった。「――ねえ、どう……だった?」 さやかが原稿を置いたタイミングで、愛美はおそるおそる彼女に訊いてみた。 本物の編集者とかなら、ここはもったいぶって間を作るところだけれど。さやかはド素人なので、すぐに感想を言った。「いいじゃん! 面白いよ、コレ。コレならコンテストでもいいところまで狙えるんじゃない?」「えっ、ホント!?」「うん。あたし、難しいことはよく分かんないけどさ。愛美らしさが出てていいんじゃないかな。文章で大事なのって、他の人には書けない文章かどうかってことだと思うんだよね。個性……っていうのかな。この小説には、それがちゃんと出てる」「そっか。ありがと。――このお話はね、子供の頃に、私が夏休みにお
last updateLast Updated : 2025-02-14
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作家への第一歩 page10

 さやかには夏休みが終わる前に話して聞かせたけれど、珠莉には話す機会がなかった。さやかから彼女の耳に入っているかな……とも思ったけれど、どうやらそれもないようで。 「純也叔父さまが? ――そういえば、私もお父さまからそのお話聞いたことがありますわ。純也叔父さまは子供の頃、喘息持ちだったって」「うん、そうらしいの。その頃はまだ農園じゃなくて、辺唐院家の別荘だったらしいんだけどね。そこのおかみさんが昔、辺唐院家の家政婦さんだったんだって」 それで、純也が病気の療養のために長野に滞在する際(さい)、彼女も同行していたのだと愛美は話した。「へえ……、そうでしたの。その家政婦さん、多恵さんっておっしゃったかしら? 私が物心ついた頃にはもういらっしゃいませんでしたけど」「なんかね、五十代でお仕事辞めて、ご夫婦で長野に移住されたらしいよ。せっかくあの家と土地を純也さんが譲って下さったから、って」 千藤夫妻には子供がいない、と愛美は聞いた。我が子も同然の純也さんから譲り受けたあの広い土地を、早く有効活用したいと思った多恵さんの気持ちは、愛美にも分かる。「確か純也さん、中学卒業まではよく多恵さんたちに会いに行ってたって聞いたよ。その頃にはもう、農業始めてたんじゃないかな」 珠莉が生まれたのが十六年前。その頃にはもう辺唐院家(あの家)にいなかったということは、純也さんが中学生になった頃にはもう長野に移住していたことになる。「……私、愛美さんが羨ましいですわ。私の知らない叔父さまのことをご存じなんだもの。……あっ、別に嫉(しっ)妬(と)じゃありませんわよ!? ただ単に姪として羨ましいだけですわ!」(珠莉ちゃん……、なんか可愛い) 顔を真っ赤にして、ムキになって言い訳する彼女に、愛美は好感が持てた。 いつもはツンとしていて澄ましているけれど、こういう姿を見ると「やっぱり彼女も一人の女の子なんだな」と思うから。「――で、珠莉ちゃん。小説の感想は?」「えっ? ええ、面白かったですわよ。私、あなたにこんな文才があったなんて驚きましたわ」「あ……、ありがと。二人とも、読んでくれてありがと! わたし、さっそく明日の放課後、コレ文芸部に出してくるね!」「そっか。あ、じゃああたしも付き合ったげるよ。一人じゃ心(こころ)許(もと)ないっしょ?」「いいの? さやかちゃん、
last updateLast Updated : 2025-02-14
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作家への第一歩 page11

   * * * * ――そして、翌日の放課後。「じゃあ、さやかちゃん。ちょっと行ってきます!」 文芸部の部室の前で、愛美は原稿が入った茶封筒を抱え、付き添ってくれたさやかに宣言した。「うん、行っといで。あたしはここで待ってるから」 さやかに背中を押され、部室のスライドドアを開けようとするけれど、ためらってしまう。(うわぁ……、緊張するなあ。でも、頑張れわたし!) 深呼吸して、もう一度スライドドアに手をかけた。「……失礼しまーす」「はい? ――あ、入部希望者?」 出てきたのは、ポニーテールの落ち着いた感じの女の子。多分、三年生だと思われる。彼女の左腕には〝部長〟と刺しゅうが入った白い腕章がある。「あ……、いえ。入部の予定はないんですけど。――あの、わたし、一年三組の相川愛美っていいます。コレ、短編小説のコンテストに出したいんですけど……」 緊張でしどろもどろになりながら愛美は答え、抱えていた封筒を文芸部の部長に差し出す。「ああ、コンテストの応募ね。ご苦労さま。確かに受け付けました」 彼女は愛美から原稿を受け取ると、笑顔でそう言った。「部外の人の応募って珍しいのよねー。応募要項には書いてあるんだけど、なかなかハードル高いみたいで。あなたの勇気、心から歓迎するわ。結果は一月に出るから、少し待っててね」「はいっ! よろしくお願いしますっ! じゃ、失礼します」 部室を出た愛美は、書き上げた時以上の達成感を感じながら、意気揚々(ようよう)とさやかの元へ。「おかえり。――ちゃんと渡せた?」「うん! ちょっと緊張したけど、なんとか」「そっか、お疲れ。よく頑張ったね、愛美! じゃあ帰ろ」 実は、初めて上級生と話したのでものすごく勇気が要ったのだ。そんな愛美は、自分の頑張りをさやかが労(ねぎら)ってくれたことがすごく嬉しかった。 「結果は一月になるんだって」 ――寮に帰る途中、愛美はさやかに文芸部の部長さんから聞いたことを伝えた。「そっか。楽しみだねー」「うん……。でもちょっと不安かな。だって、部外の人からの応募って珍しいらしいもん。いつも部活で書いてる人たちに比べたら、わたしなんか素人だよ」 部長さんも言っていた。「部外の人からの応募はハードルが高いみたいだ」と。だから、結果が貼り出された時、その中に自分の名前があるという光景が
last updateLast Updated : 2025-02-14
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作家への第一歩 page12

「そんなことないよ。文芸部の部員っていったって、プロってワケじゃないっしょ? みんなアンタとおんなじ高校生なんだからさ。文章書くのが好きなのは変わんないじゃん。もっと自信持ちなって」「……うん、そうだね」 愛美は頷く。 この高校に入れることになったのだって、〝あしながおじさん〟が自分の文才を認めてくれたからだった。それを、愛美自身が「自信がない」と言ってしまうと、彼に人を見る目がなかったということになってしまう。 愛美が自分の文才に自信を持つということはつまり、「〝あしながおじさん〟の目は正しかったんだ」と肯定(こうてい)することになるわけで。(こうして目をかけてもらった以上、ちゃんと認めてもらいたいもんね。おじさまだって、期待してくれてるワケだし) 愛美だって、期待には応えたい。だからといって、その才能に驕(おご)るつもりはない。もちろん、ずっと努力は続けていくつもりでいるけれど――。「まあ、やれるだけのことはやったからね。あとは運任せってことかなー」「そうなるね。あたしも、愛美が入選できるように一生懸命(けんめい)祈っとくよ。珠莉にも言っとくから」「……うん、ありがと。そこまでしてくれなくてもいいけど、気持ちだけもらっとくね」 ちなみに、さやかはクリスチャンでも何でもないらしい。珠莉はどうだか知らないけれど。
last updateLast Updated : 2025-02-14
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冬休みの素敵なプレゼント page1

 ――それから数週間が過ぎ、十二月半ば。世間ではクリスマスの話題で溢れかえっていた。「二学期の期末テストも終わったし、やれやれって感じだね―」「……うん。っていうか、さやかちゃんってそればっかりだよね」 ある日の放課後、テストの緊張感から解放されたさやかが教室の席で伸びをしていると、それを聞いた愛美が吹き出した。 ちなみに、短縮授業期間に入っているので、学校は午前で終わり。解放感に満ち溢れているのは何もさやかや愛美だけではない。「まあねー。でも、今回は結構よかったんだ、テストの結果。珠莉も前回より順位上がってたみたい。愛美はいいなー、いっつも成績上位で」「それは……、援助してもらって進学した身だし。成績悪いと叔父さまをガッカリさせちゃうから。最悪、愛想(あいそ)尽かされて援助打ち切られちゃうかもしれないもん」 もちろん、中学の頃の愛美は成績がよかったけれど。高校の授業は中学時代よりも難しくて、ついていくのは簡単なことじゃない。それでも成績上位をキープできているのは、「おじさまをガッカリさせたくない」と愛美が必死に努力しているからなのだ。「愛美の考えすぎなんじゃないの? 本人からそう言われたワケでもないんでしょ? もっと肩の力抜いたらどう?」「うん……」 確かに、それはあくまでも愛美の勝手な想像でしかない。「成績が悪いと援助が打ち切られる」というのは、杞(き)憂(ゆう)なのかもしれない。 でも……、愛美は〝あしながおじさん〟という人のことをまだよく知らないのだ。ある日突然、手のひらを返したように冷たく突き放されてしまう可能性だってないとも限らない。(……わたし、まだおじさまのこと信用できてないのかな……?) 彼女にとっては、たった一人の保護者なのに。信用できないなんて心細すぎる。 「――愛美、どしたの? 表情暗いよ?」 ずーんと一人沈み込んでいる愛美を見かねてか、さやかが心配そうに顔を覗き込んできた。「……あー、ううん! 何でもない」(ダメダメ! ネガティブになっちゃ!) 愛美は心の中で、そっと自分を叱りつける。さやかは心の優しいコだ。余計な心配をかけてはいけないと、自分に言い聞かせた。「そう? ならいいんだけどさ。――そういえば、愛美は冬休みどうすんの? 夏休みみたいにまた長野に行くの?」「う~ん、どうしようかな……。冬場は
last updateLast Updated : 2025-02-14
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冬休みの素敵なプレゼント page2

「うん、モチのロンさ☆ ウチの家族がね、夏にあたしのスマホの写メ見てから、愛美に会いたがっててね。特にお兄ちゃんが、『一回紹介しろ』ってもううるさくて」 ちなみに、さやかが言っている〝写メ〟とは入学してすぐの頃に、クラスメイトで関西出身の藤堂(とうどう)レオナがさやかのスマホで撮影してくれたもので、真新しい制服姿の三人が写っている。「……お兄さんが? って、この写メに写ってるこの人だよね?」 肩をすくめるさやかに、愛美は自分のスマホの画面を見せた。その画面には、夏休みに彼女が送ってくれた家族写真。そのちょうど中央に、大学生だという彼女の兄が写っているのだ。「うん、そうそう。ウチのお兄ちゃん、治(はる)樹(き)って名前で早稲(わせ)田(だ)大学の三年生なんだけど。写メ見ただけで愛美に一目ぼれしちゃったらしくてさあ」「…………え?」 愛美は絶句した。一目ぼれなんてされること自体初めての経験で、しかも直接会ったこともない人からなんて。 ……確かに、自分でも「わたしって可愛いかも」と少々うぬぼれているかもしれないけれど。「もう、ホントしょうがないよねえ。あたし、『愛美には好きな人いるよ』って言ったんだけど。『本人から聞くまでは諦めない』って言い張って。もう参ったよ」「ええー……?」 そこまでいくと、立派なストーカー予備軍である。愛美の恋路の妨(さまた)げになりそうなら、さっさと諦めてもらった方が平和だ。「……ねえ。お兄さん、早稲田に通ってるってことは、東京に住んでるんだよね?」「うん。実家からでも通えないこともないんだけど、大学受かってからは東京で一人暮らししてるよ。――そういえば、純也さんも東京在住だったっけ」 そこまで言って、さやかはようやく愛美の質問の意図(いと)を理解したらしい。「愛美は……、もし東京でウチのお兄ちゃんと純也さんが出くわすことがあったら、って心配してるワケね?」「うん。だって、わたしが片想いしてる人と、わたしに好意持ってる人だよ? 明らかに修羅(しゅら)場(ば)になるよね」 愛美は実際の恋愛経験はないけれど、本からの知識でそういう言葉だけはよく知っているのだ。「考えすぎだよー。お互いに顔も知らないじゃん。街で会ったって誰だか分かんないって。東京だって広いしさ、住んでるところも全然違うだろうし」 「そうだよね……。
last updateLast Updated : 2025-02-14
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冬休みの素敵なプレゼント page3

「――ところで、珠莉は冬休みどうすんの? また海外?」 さやかがやっと思い出したように、珠莉に話を振った。「いいえ。我が家は毎年、クリスマスから新年まで、東京の家で過ごすことになってますの。一族のほぼ全員が屋敷に集まるんですのよ」 愛美はその光景を想像してみた。――〈辺唐院グループ〉の一族、その錚々(そうそう)たる顔ぶれが一堂に会する光景を。(……うわぁ、なんかスゴい光景かも) でも、その中にあの純也さんがいる光景だけは、どうしても想像できない。「……ねえ珠莉ちゃん。純也さんも来るの?」「いいえ、純也叔父さまはめったに帰っていらっしゃらないわね。叔父さまは一族と反りが合わないらしくて。タワーマンションで一人で暮らしてらっしゃるわよ」「へえ……、一人暮らしなんだ」 彼がひとクセもふたクセもありそうな(あくまでも、愛美の想像だけれど)辺唐院一族の中にいる姿も想像できないけれど、タワーマンションでの暮らしぶりもまた想像がつかない。(ゴハンとかどうしてるんだろう? もしかして、料理上手だったりするのかな?) まあ、お金持ちだからそうとも限らないけれど。外食とかケータリングも利用しているだろうし。「ウチはねえ、毎年お正月は家族で川崎(かわさき)大師に初(はつ)詣(もうで)に行くんだよ。愛美も一緒に行けたらいいね」「うん」 初詣といえば、愛美も〈わかば園〉にいた頃には毎年、園長先生に連れられて施設のみんなで近所の小さな神社に行っていた。 おみくじもなければ縁起物もない、露店すら出ていない、本当に小さな神社だった。でも、そこにお参りしなければ新しい年を迎えた気がしなくて、愛美もそれがお正月の恒例行事のように思っていた。「――さて、お腹もすいたし。そろそろ寮に帰ろっか」「そうだね」 ――寮の部屋で着替えて食堂に行き、お昼ゴハンを済ませると、愛美はさっそくさやかの家に招かれたことを報告する手紙を〝あしながおじさん〟宛てに認(したた)めた。
last updateLast Updated : 2025-02-14
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