All Chapters of 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~: Chapter 21 - Chapter 30

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恋の予感…… page4

(この流れだと、もしかして……) 「ねえ愛美さん。あなたは今日、これで学校終わりよね?」「えっ? ……あー、うん。補習受けなくていいし」(やっぱり) 愛美の予想は的中したようだ。珠莉はどうやら、愛美に叔父の案内役を頼むつもりらしい。「なになに? 何のハナシ?」  いつの間にか、さやかも廊下に来ていた。「じゃあ、あなたに叔父の案内をお願いするわ。補習は四時半ごろ終わる予定だから、その頃に私を電話で呼んで下さいな」「ちょっと珠莉! 愛美にだって断る権利くらいあるでしょ!? そんな一方的に――」 さやかが愛美を擁(よう)護(ご)する形で、二人の間に割って入った。「いいよ、さやかちゃん。珠莉ちゃん、わたしでよかったら引き受けるよ」 とはいえ、嫌々でもなかった愛美は快(こころよ)く珠莉の頼みを受け入れた。 実は内心、珠莉の叔父という人物がどんな人なのか興味があったのだ。「いいの、愛美? 引き受けちゃって」「うん、いいの。今日は宿題もないし、部屋に戻っても本を読むくらいしかやることないから」「あら、そうなの? ありがとう、愛美さん。じゃあお願いね。――さやかさん、補習に遅れますわ。行きましょう」「え? あー、うん……。いいのかなあ……?」 さやかは少々納得がいかないまま、後ろ髪をひかれるように珠莉に補習授業の教室まで引っぱっていかれた。  愛美は一旦部屋に戻ると、私服――デニムのシャツワンピース――に着替え、寮の管理室の隣にある応接室のドアをノックした。「失礼しまーす……」 中に入ると、そこにいたのは寮母の晴美さんと、スラリとした長身らしい三十歳前後の男性だった。 整った顔立ちをしていて、落ち着いた雰囲気の持ち主だ。高級そうなベージュのスーツをキッチリと着こなしている。彼が珠莉の叔父という人だろうと愛美には分かった。「あら、相川さん。いらっしゃい」「晴美さん、こんにちは。――あの、珠莉ちゃんの叔父さま……ですよね? わたし、珠莉ちゃんの友人で相川愛美といいます」「ああ、君が珠莉の代わりか。僕(ぼく)は辺唐院純(じゅん)也(や)です。珠莉の父親の末の弟で、珠莉とは十三歳しか歳が離れてないんだ」 彼の爽やかな笑顔からは、とてもイヤなセレブ感は感じ取れない。(なんかステキな人だなあ……。珠莉ちゃんとは似てないかも)「愛美ちゃん…
last updateLast Updated : 2025-02-14
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恋の予感…… page5

「――ところで、純也さんってすごく背がお高いんですね。何センチくらいあるんですか?」 まず彼女が訊ねたのは、彼の身長のこと。 応接室のソファーに腰かけていた時の座高も高かったけれど、こうして並んで歩いていると四十センチはありそうな彼との身長差に愛美は驚いたのだ。「百九十センチかな。ウチの家系はみんな背が高くなる血筋みたいでね」「ああ、分かります。珠莉ちゃんも背が高いですもんね」 ちなみに、珠莉の身長は百六十三センチらしい。「わたしは百五十しかなくて。だから珠莉ちゃんが羨ましいです」 愛美はよく、「小さくて可愛い」と言われるけれど。本人はあまり嬉しくない。「せめてあと五センチはほしい」と思っているのだ。「まだ成長途(と)上(じょう)だろう? これからまだ伸びるんじゃないかな。だから気にすることないと思うけどな、僕は」「はい……。そうですよね」「ご両親も小柄な人だったの?」「さあ……。わたし、施設で育ったんです。両親はわたしがまだ物心つく前に亡くなったらしくて」  「そっか……。何だか悪いこと聞いちゃったみたいだね。申し訳ない」「いえ! そんなことないです。わたしが育った施設はいいところでしたから」 純也に謝られ、その口調から同情が感じられなかったので、愛美は笑顔でそうフォローした。 そしてこう続ける。「その施設を援助して下さってる理事のお一人が、わたしが中学の宿題で書いた作文を気に入って下さって。その方のおかげでこの学校に入れたんです、わたし。小説家になるっていう夢も応援して下さってるみたいで」「小説家を目指してるの?」「はい。幼い頃からの夢なんです。わたしが書いた小説を一人でも多くの人に読んでもらって、『面白い』って感じてもらえたら、と思って。――あ、すみません! つまらないですよね、こんな話」 つい熱く自分の夢を語ってしまった愛美は、ハッと我に返った。(からかわれるかな、コレは……) もしくは呆(あき)れられるだろうか? 「そんな夢みたいなこと言ってないで、現実を見た方がいい」とか。 ――ところが。彼の反応は愛美のどちらの予想とも違っていた。「いや、ステキな夢だね。僕も読書が好きだから、君の夢が叶う日が楽しみだよ」(え……?) いかにも現実的そうな珠莉の叔父なのに、純也も自分の夢を応援してくれるらしい。――愛美の
last updateLast Updated : 2025-02-14
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恋の予感…… page6

   * * * * ――学校内の広い敷地を歩き回ること、三十分。「愛美ちゃん、この学校は広いねえ。ちょっと疲れたね。どこか休憩できる場所はないかな?」 純也が愛美を気遣(づか)い、そう言ってくれた。 実は愛美も、少し休みたいと思っていたところだったのだ。「はい。じゃあ……、あそこの松並木の向こうにカフェがあるんで、そこでお茶にしませんか? 行きましょう」「うん」 純也が頷き、二人は歩いて三分ほどのところにあるカフェに入った。「――なんか、今日は空(す)いてるね。いつもこんな感じなの、ここは?」 月半(なか)ばのせいか、店内はガラガラに空いていた。「いえ。多分、月半ばだからみんな金欠なんじゃないですか。お家から仕送りがあるの、大体二十五日以降ですから」「ああ、なるほど」(そういうわたしのお財(サイ)布(フ)の中身も、そろそろピンチなんだけど) 愛美は自分の財布を開け、こっそりため息をつく。 〝あしながおじさん〟から今月分のお小遣いが現金書留で送られてくるのも、それくらいの頃なのだ。「愛美ちゃん、支払いのことなら心配しなくていいよ。ここは僕が払うから」「えっ? ……はい」 またも表情を曇らせていた愛美を気遣い、純也はそう言ってくれたけれど。全額彼に払ってもらうのは愛美も気が引けた。 金額次第では、自分の分くらいは自分で……と思っていたのだけれど。「すみません。ここのオススメは何ですか?」 純也はテーブルにつくなり、女性店員に声をかけた。「そうですね……。季節のフルーツタルト、シフォンケーキ、あと焼き菓子やアイスクリームなんかも人気ですね」「いいね、それ。じゃ、イチゴタルトとシフォンケーキと、マドレーヌとチョコアイスを二人分。あと紅茶も。ストレート……でいいのかな?」「あ……、はい」 愛美は訊かれるまま返事をしたけれど、メニューも見ないでドッサリ注文した純也に肝が冷えた。 店員さんはオーダーを伝票に書き取り、さっさと引き上げていく。(えーっと、コレ全部でいくらかかるの?) 彼女はメニューに書かれた価格とにらめっこしながら、頭の中で電卓を叩いてみた。(イチゴタルトが六百五十円、シフォンケーキが四百円、マドレーヌが百五十円、チョコアイスが二百円、紅茶が四百五十円。これを二倍すると……、三千七百円! 一人前で千八百五十
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恋の予感…… page7

「いや、いいよ。高校生がカフェインを摂(と)りすぎるのはよくないし、あまり姪(めい)には気を遣わせたくないんだ」「あの……、それ言ったらわたしも同じ高校生なんですけど」 今日知り合ったばかりの相手なのに、ついツッコミを入れてしまう愛美だった。「……ああ、そうだったね。でも、それは建前(たてまえ)で、本当は僕、あの子が苦手でね」「えっ、そうなんですか? 身内なのに?」 純也の思わぬ言葉に、愛美は目を丸くした。仮にも姪の友人に対して、何というカミングアウトだろう。「うん。珠莉は小さい頃からワガママで、僕の顔を見るなり小遣いの催促をしてきて。その頃から『可愛くない子だな』と思ってたんだ」(……やりそう。あの珠莉ちゃんなら) 入寮の日の一件を目の当たりにしていた愛美である。自分の部屋が一人部屋ではないことが気に入らないと、学校職員にかみついていた彼女なら、幼い頃からワガママだったと聞いても納得できる。 ……けれど。「そんなこと、わたしに言っちゃっていいんですか?」 愛美の口から、珠莉の耳に入るかもしれないのに。「ハハハッ! マズいかな、やっぱり。珠莉にはこのこと内緒で頼むよ」「はい、分かってます」 純也は話していると楽しい人物のようだ。愛美も自然と笑顔になった。 そして何故か、愛美は彼に対して妙な懐かしさのような感情をおぼえた。「――でも、いいなあ。その年でもうやりたいことがあるなんて。正直羨ましいよ。僕は経営者の一族に生まれたせいで、夢なんて持たせてもらえなかったからね」 注文したものがテーブルに届き、紅茶をストレートで飲みながら、純也がしみじみと言った。「えっ? じゃあ純也さんも社長さんなんですか? そんなにお若いのにスゴいですね」 〈辺唐院グループ〉の一員ということは、当然そうなるだろう。――もっとも、ここにいる彼は一見そう見えないのだけれど。「いやあ、僕はそんなに大したもんじゃないよ。グループの一社の経営を任されてるだけでね。でも、僕の好きなようにはさせてもらってるよ。身内はうるさいけどね」 彼は淡々(たんたん)と語っているけれど、それって他の親族たちから浮いているということじゃないだろうか? 疎(そ)外(がい)感を感じたりしないのだろうか? ――愛美はそう考えた。(ある意味、この人もわたしと同じなのかも)「そもそも、
last updateLast Updated : 2025-02-14
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恋の予感…… page8

「珠莉から教えてもらったんだけど、愛美ちゃんの名前って〝愛されて美しい〟って書くんだよね? そんなキレイな名前、君のことを大事に思ってなければ付けられないよ、きっと」「……はあ」「ほら、『名前は両親が我が子に与える最初の愛情だ』っていうだろう? 〝愛美〟って名前、すごくステキだね。僕は好きだな」「あ…………、ありがとうございます」(なんか……すごく嬉しい。お父さんとお母さんのこと、こんなに褒めてもらえて) それに……、愛美は純也に初めて会った時から、心が妙にザワザワするのを感じていた。 まだ名前も分からないこの感情は、一体何なんだろう――? と。「こんなに可愛い一人娘を遺して亡くなってしまって。ご両親はさぞ無念だったろうなあ……」「…………可愛いだなんて、そんな。でも嬉しいです」(――あ、まただ。何だか胸がキュンって。コレって何? わたし、どうなっちゃってるの?) 彼に優しい言葉をかけられるたび、笑いかけられるたびに、愛美の心はザワつく。 でも、それは決して不快ではなくて。むしろ心地よい感覚だった。   * * * * ――信じられないことに、注文した品を二人がすっかり平らげてしまった頃。「すみません、純也さん。わたし、ちょっとお手洗いに」「ああ、うん。どうぞ」  ――ものの数分で愛美が戻ってくると、純也はスマホに誰かからの電話を受けていたようで、せわしなく通話を終えようとしているところだった。「愛美ちゃん、すまない。僕はここの支払いを済ませたら、急いで帰らなきゃならなくなったんだ。だから今日、珠莉に会う暇がなくなった」「えっ、そうなんですか? 大変ですね」 純也は急いで席を立つと、レジで二人分の支払いをしてくれた。愛美も後ろからついていく。「愛美ちゃん、今日はありがとう。楽しかったよ。珠莉によろしく伝えておいてくれるかな?」「はい、もちろんです」「よろしく頼むよ。じゃあまた」「……はい。また」 純也は車が迎えに来るらしく、駆け足で校門の方まで行ってしまった。(…………また? 〝また〟ってどういうこと?) 彼をポカンと見送っていた愛美は、首を捻った。 普通に考えたら、今日は会えなかった姪の珠莉に会うために〝また〟来るという意味だろう。でも、もしもそういう意味じゃないとしたら……。
last updateLast Updated : 2025-02-14
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恋の予感…… page9

(……なんて考えてる場合じゃなかった! 珠莉ちゃん待たせてるのに!) しかも、彼女に会わずに純也は帰ってしまった。どちらにしても、怒られることは予想がつく。けれど、彼女の元に戻らないわけにもいかない。(はぁー……、珠莉ちゃんになんて言い訳しよう?) 足取り重く、愛美が寮に帰っていくと、ちょうど補習授業を終えたさやかと珠莉も戻ってきた。「愛美ー、おつかれ。補習終わったよー」「愛美さん、今日はどうもありがとう。ムリなお願いをしてごめんなさいね。――ところで愛美さん、純也叔父さまはどちらに?」(う……っ!) 珠莉に痛いところを突かれ、言い訳する言葉も思いつかない愛美はしどろもどろに答える。「あー……、えっと。なんか急に帰らないといけなくなったっておっしゃって、ついさっき帰っちゃった……よ」「はあっ!? 『帰られた』ってどういうことですの!? 私、言いましたわよね。補習が終わる頃に知らせてほしい、って」(ああ……、ヤバい! めちゃくちゃ怒ってる!) 怒られる、と覚悟はしていた愛美だったけれど、予想以上の珠莉の剣幕(けんまく)にはさすがにたじろいだ。「純也叔父さまはあの通りのイケメンですし、気前もいいしで女性からの人気スゴいんですのよ! あなた、叔父さまを横取りしましたわね!?」「別にそんなワケじゃ……。珠莉ちゃんには連絡しようとしたの。でも、純也さんに止められて」「純也さん!?」「まあまあ、珠莉。もしかしてアンタ、叔父さまにお小遣いねだろうと思ってたんじゃないの? だからそんなに怒ってるんだ?」 さやかは、珠莉が怒っている原因を「彼女自身が疚(やま)しいからだ」と見破った。「そ……っ、そんなんじゃありませんわ! さやかさん、何をおっしゃってるんだか、まったく」(こりゃ図星だな) さやかの読みは多分当たっているだろうと愛美も思った。「言っとくけど、純也さんとは学校の敷地内歩きながらおしゃべりして、カフェでお茶しただけだから。――おごってもらっちゃったけど」「なんですって!?」「はい、どうどう。――それより愛美、アンタ顔赤いよ? どしたの?」 さやかはまだ怒り狂っている珠莉をなだめつつ、愛美の変化にも気がついた。「えっ? ……ううん、別に何もないよ?」 慌ててごまかしてみても、愛美の心のザワつきはまだおさまらなかった。(ホン
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恋の予感…… page10

「お帰りなさい。相川さん、現金書留が来てますよ」「わあ! 晴美さん、ありがとうございます!」 愛美は満面の笑みでお礼を言い、晴美さんから封筒を受け取った。開けてみると、中身はキッチリ三万五千円!「コレでやっと金欠から脱出できる~♪」 何せ、財布の中には千円札が二・三枚しか入っていなかったのだから。「――あ、それから。辺唐院さんには荷物が届いてますよ」「はい? ……ありがとうございます。――あら、純也叔父さまからだわ」 珠莉が受け取ったのは、レターパック。差出人は純也らしい。「えっ、純也さんから? 何だろうね?」 愛美もワクワクして、珠莉とさやかの部屋までついていった。彼女も中身が気になるのである。 何より、理由は分からないけれど気になって仕方がない純也(あいて)からの贈り物なのだから。……自分宛てじゃないけれど。「あら、チョコレートだわ。三箱もある。しかもコレ、ゴディバよ! 高級ブランドの」 開封するなり、珠莉が歓声を上げた。「えっ、マジ!? 一粒五百円もするとかいう、あの!? っていうか、なんであたしの分まで」「あ、待って下さい。メッセージカードが付いてますわ。――『金曜日はありがとう。珠莉と愛美ちゃんにだけお礼を送るのは不公平だと思って、珠莉のルームメイトにも送ることにした』ですって」「なぁんだ、義理か。でもあたし、チョコ好きだし。ありがたくもらっとくよ。でもコレ、もったいなくていっぺんには食べられないね。……ね、愛美?」「…………えっ? あー、うん。そうだね」 さやかに話を振られ、愛美の反応が1(ワン)テンポ遅れる。そこをさやかが目ざとくツッコんできた。「やっぱりヘンだよ、愛美。どうしちゃったのよ?」「うん……。ねえ、さやかちゃん。わたしね、金曜日からずっと純也さんのことが頭から離れないの。夢にも出てくるし、授業中にもあの人のことばっかり考えちゃって。……この気持ち、何ていうのかな?」 さやかはその言葉を聞いて、全てを理解した。「それってさあ、〝恋〟だよ。愛美、アンタは純也さんに恋しちゃったんだよ」「恋? ――そっか、これが〝恋〟なんだ……」 愛美もそれでしっくり来た。生れてはじめての感情なのだから、誰かに教えてもらわなければこれが何なのか分からないままだったろう。「にしても、初恋の相手が友達の叔父で、十三歳も
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恋の予感…… page11

「大丈夫だって、愛美! アンタに打算なんてないでしょ? 彼がお金持ちだからとか、名家の御曹司(おんぞうし)だからって好きになったんじゃないでしょ?」「うん。それはもちろんだよ」 お茶代だって、金欠でなければ自分の分は払うつもりでいたのだから。 「だったら可能性あるよ、きっと。だから自信持ってよ」「うん! ありがと、さやかちゃん!」 愛美は大きく頷くと、チョコレートの箱を大事そうに抱えて自分の部屋に戻った。 ――初めての恋。このドキドキの体験を、〝あしながおじさん〟に知ってもらいたい。愛美は便箋を広げ、ペンを取った。****『拝啓、あしながおじさん。 お元気ですか? わたしは今日も元気です。  この学校に入学してから早いもので一ヶ月半が経ち、学校生活にもだいぶ慣れてきたところです。 わたしは勉強こそできますが、どうも流行には疎いらしくて、クラスの子たちの話題になかなかついていけません。そんな時はさやかちゃんに訊いたり、スマホで調べたりするようにしてます。 ところでおじさま、聞いて下さい。わたし、どうも初めて恋をしてしまったみたいです。 お相手の方は、珠莉ちゃんの親戚で辺唐院純也さんという方。珠莉ちゃんのお父さまの一番下の弟さんだそうで、手短にいえば珠莉ちゃんの叔父さまにあたる人です。 彼はおじさまと同じくらい背が高くて、優しくて、ステキな方です。ご自身も会社の社長さんらしいんですけど、お金持ちであることをまったく鼻にかけたりしないんです。「むしろ、自分は一族の中で浮いてるんだ」なんておっしゃってたくらいで。 金曜日、学校を訪れた彼を、補習があって抜けられない珠莉ちゃんに代わってわたしが案内してさしあげて、学園内のカフェでお茶もごちそうになりました。 本当はわたし、自分の分だけでも払いたかったんですけど、残念ながら金欠で。一人分で千八百五十円もかかったんですもん。  ところが、彼は珠莉ちゃんに会う前に急にお帰りになることになっちゃって。わたしに「またね」っておっしゃって行かれました。 多分、本当は珠莉ちゃんに会いたくなかったんじゃないかとわたしは思ってるんですけど。どうやら彼は、珠莉ちゃんのことが苦手らしいので。 珠莉ちゃんは叔父さまに会えなかったから、わたしが叔父さまを横取りしたってめちゃくちゃ怒ってました。 あの叔父さまはもの
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恋の予感…… page12

 それ以来、珠莉ちゃんはわたしと口もきいてくれなかったんですけど。今日純也さんから「金曜日のお礼に」って高級なチョコレートが三箱届いて(さやかちゃんの分もありました)、すっかり彼女の機嫌は直ったみたいです。 わたしはというと、あの日からずっと純也さんのことが頭から離れなくて。夜眠れば夢に出てくるし、授業中もついついあの人の顔が浮かんできて、得意なはずの国語の授業中に先生の質問に答えられなくて注意されました。 こんなこと、生まれて初めての経験で。「これはなんていう感情なの?」って二人に訊いたら、さやかちゃんが教えてくれました。「それは〝恋〟だよ」って。 恋をするって、こういうことだったんですね。本では読んだことがあったけど、実際に経験するのはまた別の感覚です。ドキドキしてワクワクして、フワフワした気持ちです。 もちろん、おじさまはわたしにとって特別な存在です。なので、いつかおじさまもわたしに会いに学校まで来て下さらないかな。校内を案内しながらおしゃべりしたり、お茶したりして、わたしとおじさまの相性がいいのか確かめたいです。それで、もしも相性が悪かったら困っちゃいますけど、そんなことないですよね? おじさまはきっと、わたしを気に入って下さるって信じてます。 では、これで失礼します。大好きなおじさま。                   五月二十日  愛美より  』**** 手紙の封をし終えると、愛美は純也が送ってくれたチョコレートを一粒口に運んでみた。「美味しい……。こんな美味しいチョコ食べたの初めてだ」 それが高級ブランドのチョコレートだからなのか、好きな人からの贈り物だからなのかは分からない。 でも、愛美はできれば後者であってほしいと思った――。 
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ナツ恋。 page1

 ――六月。横浜もすっかり梅雨(つゆ)入りしており、茗倫女子大付属の制服も夏服――リボン付きの白い半袖ブラウスにグレーのハイウエストのジャンパースカート――へと衣替えした。「はい、愛美。じっとして、動かないで!」 ここは〈双葉寮〉の二〇七号室。さやかと珠莉の部屋である。 放課後のひととき、長い黒髪が自慢(?)の愛美は、さやかの手によってそのロングヘアーをいじられ……もといアレンジされていた。「――はい、できた! 愛美、鏡見てみなよ。すごく可愛くなったから」「えっ、どれどれ? ……わあ、ホントだ!」 さやかから差し出されたスタンドミラーを覗き込んだ愛美は、歓声を上げた。 鏡に写っている愛美の髪形は、プロの美容師がやってくれるような編み込みが入った可愛いヘアスタイルになっている。TVの中のアイドルや女優・モデルなどがよくしているのを、愛美も見ていた。「スゴ~い、さやかちゃん! 手先、器用なんだね。もしかして美容師さん目指してるの?」「ううん、そんなんじゃないんだけどさ。ウチ、小さい妹がいてね。中学時代はよく妹の髪いじってたんだ」 さやかの口から、父親以外の家族の話題が出たのは初めてだ。 「妹さん? 今いくつ?」「今年で五歳。この春から幼稚園に通ってるよ」「へえ……。可愛いだろうね」 愛美はそう言って、山梨にある〈わかば園〉の幼い弟妹たちに思いを馳(は)せた。 施設を出るまで、愛美がずっと世話してきた可愛い弟妹たち。みんな元気かな? 今ごろみんなどうしてるんだろう――?「――っていうかさ、愛美。たまには違うヘアースタイルにするのもいいもんでしょ? いつも下ろしてるから。暑くなってきてるしさ」「うん。たまにはいいかもね。だってわたし、中学の頃はずっと三つ編みかお下げしかしてなかったんだよ」「え~、もったいない。こんなにキレイな髪してるのに。好きな人もできたことだしさ、ちょっとはオシャレに気を遣ってもいいかもよ?」 さやかが茶化すように言って、ウシシと笑う。〝好きな人〟というフレーズに、愛美の顔が赤く染まった。 まだ恋を自覚して半月ほどしか経っていないのだ。しかも初恋なので、この状況に慣れるにはまだまだ時間がかかるのである。「もうっ! さやかちゃん、からかわないでよっ! わたし、まだ恋バナとか慣れてないんだから!」
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