拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~의 모든 챕터: 챕터 131 - 챕터 140

260 챕터

ホタルに願いを込めて…… page16

「――あ、多恵さん。いいお知らせです。純也さん、今年の夏はこちらに来られるそうですよ」「あら、坊っちゃんが? でも、ウチには連絡なかったわよ。ねえ、お父さん?」 驚いた多恵さんは、首を傾げて夫である善三さんを見た。「ああ、電話はなかったねぇ。愛美ちゃんはどうして知ってるんだい?」「実はわたし、五月から純也さんと個人的に連絡取り合えるようになったんです。で、わたしが先月かな、お電話した時にそうおっしゃってたんで」「そうなの? 知らなかったわ。でも、あの坊っちゃんが女の子と個人的に連絡を取るようになるなんて……。愛美ちゃんは、よっぽど坊っちゃんに気に入られてるのね。――で、坊っちゃんのご到着はいつごろになるの?」「あ……、それはまだ分かんないです。お忙しいのか、その後連絡がなくて。さっき、わたしからもメッセージ送ってみたんで、そのうち折り返しがあると思います」 純也さんが、愛美からの連絡を無視するはずがない。連絡がないのは、本当に多忙だったからだろう。 愛美はスポーツバッグのポケットからスマホを取り出した。メッセージアプリを開いてみると、新幹線の車内から送ったメッセージはちゃんと既読になっている。(純也さん、ちゃんと見てくれたんだ……。よかった)  彼はきっと、今日も仕事に追われているんだろう。社長は社長で、それなりに忙しいものだ。 それでも、愛美からのメッセージにはちゃんと目を通してくれている。愛美はそれだけで嬉しかった。****『拝啓、あしながおじさん。 長野の千藤農園に着いて、十日が過ぎました。 わたしは今年も農作業のお手伝いにお料理に学校の宿題に、それから公募用の原稿執筆にと忙しい夏休みを過ごしてます。そのおかげで、毎晩クタクタになってベッドに入っちゃうので、おじさまに手紙を書く時間もなくて。 多恵さんは最近手作りパンにこってるらしくて、わたしも毎日、佳織さんと一緒にお手伝いしてます。生地をこねたり、多恵さんが買ったばかりのホームベーカリーでパンがふっくら焼けるのを、お茶を飲みながら待ったり。すごく楽しいです☆ そして、焼きたてのパンはすごく美味しいです! おじさまにも食べて頂きたい。きっと喜んで下さると思います。 純也さんからは、まだ連絡がありません。わたしが送ったメッセージは見て下さったみたいなんですけど……。きっと忙しく
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ホタルに願いを込めて…… page17

「――愛美ちゃん! 佳織ちゃんと一緒にパン作り手伝ってー!」「はーい! 多恵さん、今行きまーす!」 夏休みが始まって三週間余り。 この日の午後も、愛美はキッチンで多恵さんのパン作りのお手伝い。最初はド素人丸出しだった生地のこね方も、だいぶ板についてきた。今では愛美も、この時間が楽しみになっている。「……あ、そうだ。スマホは持って行っといたほうがいいかな」 純也さんから、そろそろ連絡がくるかもしれない。愛美はスマホを自前のチェックのエプロンのポケットに入れて、キッチンへ下りていった。「――わぁ! 愛美ちゃん、生地こねるのうまくなったね。あたしなんか、そうなるまでにあと一ヶ月はかかりそうだよ」 佳織さんが粉まみれになってパン生地を相手に悪戦苦闘しながら、愛美の手つきを惚れ惚れと眺めて言った。「そうですか? まあ、元々お料理も好きだったし、楽しいと上達もしますよ」 手作りパンの経験はないし、もちろんパン屋さんで働いたこともないけれど。この後美味しいパンが食べられると思えば、こんなの苦労でも何でもない。「――さ、こね方はこれくらいでいいでしょう。冷蔵庫で三十分くらい発酵させましょうね。二人とも、手を洗って」「「はい」」 愛美が先に手を洗わせてもらい、タオルで手を拭いていると……。 ♪ ♪ ♪ ……   愛美のエプロンのポケットで、スマホが着信を告げる。五秒以上鳴っているので、電話の着信らしい。「――あ、純也さんからです。もしもし? 愛美です」『愛美ちゃん? 純也だけど、今大丈夫かな?』「はい、大丈夫です。今、キッチンで多恵さんと佳織さんと三人で、パン作りしてるんです」『パン作り?』 純也さんがオウム返しにした。どうして多恵さんが急にそんな趣味にはしったのか、多分頭の中にクエスチョンマークを飛ばしているんだろう。「はい。去年の冬くらいからハマってるらしいですよ。そのためにわざわざホームベーカリーまで買っちゃったって」『……そうなんだ。善三さんも大変だな』 電話の向こうで、純也さんが苦笑いしている。 ホームベーカリーは決して安い買いものではないので、ねだられた善三さんに男同士の身として同情しているらしい。「そうですね。――あ、多恵さんとお話しますか?」『うん、代わってもらえるかな?』「はーい。ちょっと待って。スピーカーにし
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ホタルに願いを込めて…… page18

「坊っちゃん、多恵です。お元気そうで安心いたしました」『うん、元気だよ。そっちは楽しそうだね。僕も混ぜてほしいくらいだ。東京はすっかり猛暑でね。ホント参ってるよ』「愛美ですけど。純也さん、こっちにはいつごろ来られそうですか? 夏休みの初日にメッセージ送ったのに、既読スルーされちゃってるから」 愛美はちょっと口を尖らせて彼に訊ねた。まだ付き合ってもいないのに(と、愛美本人は思っている)、これじゃ彼氏に知らん顔されている彼女みたいだ。『あー、ゴメン! 仕事に忙殺されてて、ついうっかり返信するの忘れてたんだ。明日から休暇を取ったから、明日の……そうだな、午後にはそっちに着くと思う。ドライブがてら、車で行くから』「分かりました。坊っちゃん、こちらではゆっくりおできになるんですか?」とは、多恵さんの言葉。『さあ、どうだろう? それはそっちに着き次第かな。でも、愛美ちゃんもいるならすぐに東京に帰っちゃうのはもったいないな』 つまり、純也さんはできるだけ長い時間を愛美と一緒に過ごしたいということだろうか。「……そんな、もったいないお言葉です。じゃあ明日、お待ちしてますね。失礼しまーす」 愛美は通話終了のボタンを押した後も、ドキドキしていた。(明日、純也さんがこの家に来る……)    * * * * パン作りが終わってから、千藤家は愛美も含めて総動員で家の大掃除をして、翌日の何時ごろに純也さんが来ても大丈夫な状態になった。 そして翌日の午後二時ごろ。準備万端整った千藤家の前に、一台の車が停まった。国産のシルバーのS(エス)R(アール)V(ブイ)車。 その運転席から颯爽(さっそう)と降りてきたのは――。「やあ、愛美ちゃん!」「純也さん! いらっしゃい!」 笑顔で片手を挙げた大好きな男性(ひと)を、玄関先で待っていた愛美も満面の笑みで迎えた。 純也さんは大きなスーツケースと、これまた重そうなボストンバッグを持っている。愛美の荷物ほどではないにしても、男性にしては荷物が多い気がするけれど……。 「愛美ちゃん、悪いんだけど車のトランク開けてもらっていいかな? 今ロックを外すから」「えっ? ……ああ、はい」 愛美は戸惑いながらも、彼のお願いを聞いた。(……もしかして、まだ荷物が?) 愛美がトランクを開けると、そこには信じられないものが積まれてい
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ホタルに願いを込めて…… page19

「――あらあら! 純也坊っちゃん、いらっしゃいまし! まあまあ、こんなにご立派になられて……」 そこへ、多恵さんも飛んできた。家の中で家事でもしていたのか、エプロンを着けたままだ。「多恵さんも、元気そうだね。急な頼みをしてすまないね。僕の部屋は空いてるかな?」「はい、もちろんでございます! いつ坊っちゃんがいらっしゃってもいいように、ずっとそのままにしてございますよ。さあさ、坊っちゃん! お上がり下さいまし!」 多恵さんはもみ手しながら、純也さんを家の中へと促した。「……どうでもいいけど。多恵さん、僕のことを『坊っちゃん』って呼ぶの、いい加減やめてくれないかな? もう三十なんだけど」 純也さんは困惑気味に、多恵さんに物申していた。 いくら相手が元家政婦さんでも、アラサーの男性が「坊っちゃん」呼ばわりされるのは恥ずかしいんだろう。「何をおっしゃいます! 私と夫にとっては、坊っちゃんはいつまでも坊っちゃんのままですよ。ええ、私はやめませんよ! いくら坊っちゃんのお願いでも」「……ダメだこりゃ」 やめるどころか、多恵さんの「坊っちゃん」呼びは余計にひどくなっている。もう意地なのかもしれない。「多恵さんはきっと、いくつになっても純也さんが可愛くて仕方ないんですね。ほら、お子さんいらっしゃらないでしょ? だから純也さんのこと、自分の息子さんみたいに思ってるんですよ」「はあ。そんなモンかね」 愛美の意見に、純也さんは困ったように肩をすくめてみせた。 善三さんと多恵さんの夫婦に子供がいないことは、愛美も去年の夏休みに聞いていた。それも、本人から聞くのは忍びなくて、佳織さんから聞き出したのだ。――多恵さんは昔、病気によって子供ができない体になってしまったんだ、と。 だから余計に、昔自分がお世話をしていた、我が子くらいの年頃の純也さんのことを今でも息子のように思っているんだろう。「純也さん、暑かったでしょ? お部屋に上がる前に、ダイニングで冷たいものでもどうですか? っていっても麦茶しかないですけど」「悪いね、愛美ちゃん。ありがとう。じゃあもらおうかな」「はい!」 ――愛美はキッチンへ行くと、お客様用のグラスによく冷えた麦茶を注(つ)ぎ、「どうぞ」と言ってダイニングの椅子に座っている純也さんの前にそっと置いた。「ありがとう。いただくよ」「坊
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ホタルに願いを込めて…… page20

「まったく! 多恵さんは僕の世話を焼きたくて仕方ないんだな。もう子供じゃないのに」「ふふふっ。とか言って純也さん、全然迷惑そうじゃないですよ」 ブツブツ文句を言いながらも嬉しそうな純也さんの向かいに座り、愛美もつられて笑った。 何だかんだ言っても、多恵さんにあれこれと世話を焼かれるのはイヤではないらしい。「ん、まぁね。僕の母親は――珠莉の祖母ってことだけど、自分で進んで子育てするような人じゃなかったから、僕の世話はシッターの女性か家政婦だった多恵さんに押し付けてたんだ。だから僕にとっても、多恵さんは実の母親以上に〝お母さん〟なんだよ」「……なんか信じられない、お金持ちって。自分がお腹痛めて産んだ子なのに、自分では育てようとしないなんて。子供に対する愛情ないのかなぁ」「愛美ちゃん……」 愛美は純也さんの話に、自分自身のこと以上に胸を痛めた。 愛美の両親みたいに、我が子の成長を最後まで見届けられなかった親もいる。でも両親は、確かに最後まで愛美のことを愛してくれていたと思う。 そして愛美も、両親のいない自分の境遇を「不幸だ」と思ったことはない。亡くなった両親と同じくらい、施設の園長や先生たちに愛情を注いでもらっていたから。「愛美ちゃん……、君が怒ることないよ。僕は別に、母のこと恨んじゃいないし、もう大人だから気にしてもいない。『ああ、そういう人なんだ』って思ってるだけでね。ただ、多恵さんには申し訳ないと思ってるから、できるだけ彼女の思い通りにしてあげたいんだよ」「純也さん……」「でも、愛美ちゃんは僕の代わりに怒ってくれたんだよね? ありがとう」「いえ、そんな。お礼を言われるようなことは何も!」 愛美はただ、純也さんの境遇にちょっと同情的になっていただけだ。自分は同情されるのがキライなくせに――。(わたしって勝手だな) でも、純也さんはさすが大人だなと思う。子育てをほとんど放棄していたような自分の母親を恨まず、「そういう人なんだ」と達観しているなんて。「ううん、愛美ちゃんは優しいね。今まで僕が出会った女性の中には、そんな風に怒ってくれた人はいなかったから。一人もね」「そうなんですか……」 その女性たちにとって大事だったのは、純也さんが〝辺唐院家の御曹司〟という事実だけで、彼がどんな境遇で育てられてきたのか、どんな気持ちでいたのかはどう
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ホタルに願いを込めて…… page21

「心配ご無用。僕が教えてあげるし、〝ビギナーズラック〟って言葉もあるからね」 彼はおどけながら、愛美の心配を払拭(ふっしょく)してしまった。「じゃあ……、お願いします!」「うん。じゃ、上に行こうか」 ――愛美は純也さんと一緒に、二階へ。彼の部屋は、なんと愛美の部屋のすぐお隣りだった!「ここが純也さんのお部屋……」 そこは、愛美が使わせてもらっている部屋とはだいぶ違う空間だった。 シンプルなクローゼットとベッド、そして机と椅子があるだけ。照明器具も他の家具もシンプルで、本当に、眠るか仕事をするかだけの部屋という感じだ。「うん。殺風景な部屋だろ? 特に、ここ数年はあまり来てなかったから、あんまり荷物は置いてないんだ」 そう答えながら純也さんは荷物を下ろし、机の上にノートパソコンを置いて電源に繋いだ。「それ……、お仕事用のパソコンですか? でも今休暇中なんじゃ……」「そうなんだけどねぇ。どうしても急がなきゃいけない案件だけは、こっちにメールで送ってもらうことにしたんだ。社長って大変だよ」「そうなんですか。じゃあ、あんまりわたしとは遊べないですね」 愛美はガックリと肩を落とした。彼が休暇でここに来ているなら、一緒に過ごせる時間もたっぷりあると思ったのに……。 (でも、お仕事があるなら仕方ないか。ここに来てくれただけで、わたしは嬉しいもん)「そんなことはないよ。仕事は夜になってから片付けるし。遊べる時は思いっきり遊ぶ。オンとオフの切り換えがきっちりできることも、一流の経営者の条件なんだから」「えっ?」「それに、愛美ちゃんは何か僕に相談したいことがあるって言ってたろ? それもちゃんと聞いてあげるよ」「はい。……ちゃんと覚えて下さってたんですね」 愛美は胸の中がじんわり温かくなるのを感じた。一ヶ月も前に、電話で話した内容なんてもう忘れられていると思っていたのだ。「もちろんだよ。僕は、一度した約束は絶対に忘れないからね」「ありがとうございます! ――でもあの件は、あの後もうほとんど解決しちゃってて……」「それでもいいから、とにかく話してごらんよ」「はい……。でも長くなりそうだから、別の日にゆっくり聞いてもらいます」「分かった」 純也さんの返事を聞いた愛美は、「ところで」と彼の大きなスーツケースの中身(ファスナーは開けてあるのだ)
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ホタルに願いを込めて…… page22

「釣りって、生きた虫をエサに使うんじゃないんですね。もしそうだったら、わたしどうしようかと思ってました」「さすがに初心者の、それも女の子にいきなりそれはかわいそうだからね。明日教えるのはルアーフィッシングだよ。この時期は、イワナが釣れるはずなんだ」「イワナかぁ。あれって塩焼きにしたら美味しいんですよね」 実は愛美も、実際にイワナの塩焼きを食べたことがない。これは本から得た雑学である。「そうそう! 特に釣りたては新鮮でね」「わぁ、楽しみ! じゃあ、明日は早起きして、多恵さんと佳織さんと一緒にお弁当作りますね」 釣りの話で盛り上がる中、愛美はあることに気がついた。「そういえば、服とかはどこに入ってるんですか?」 スーツケースの中には、それらしいものはほとんど入っていない(釣り用のウェアや長靴などは別として)。「ああ、普段の服はそっちのボストンバッグの中。男の旅行用の荷物なんてそんなモンだよ」「へぇー……」 確かに、服や洗面用具などの〝普通の〟旅行用の荷物は少ない。けれどその代わり、彼の場合は他の荷物の方が多いともいえる。「片付けは自分でやっとくから、愛美ちゃんは下で多恵さんたちの手伝いをしておいで」 はい、と頷いて、愛美は一階のキッチンへ下りていく。そろそろパン作りの準備を始める頃だからだった。   * * * * ――そして翌日。少し曇っているけれど、それほど暑くなく、釣りにはもってこいのお天気になった。 愛美は純也さんと一緒に、車で千藤農園から少し離れた渓流まで、約束通りルアーフィッシングに来た。 多少濡れてもいいように、二人ともフィッシングウェアに身を包み、ゴム長靴を履いての完全防備。……ただし、夏場にこの格好はちょっと蒸し暑い。「――愛美ちゃん、かかってるよ! ゆっくりリールを巻きながら、タックルをちょっとずつ引き上げて」「はいっ! ……こうですか?」「そうそう。ゆっくりね。慌てたら逃げられるから、落ち着いて」「はい」 ルアーフィッシングというのは、コツをつかむまでが難しい。ルアーを本物のエサのように動かさないと、魚がかかってくれない。 生きたエサを使う代わりに、こういう技術が必要になるのだ。「――あっ、釣れた! 釣れましたぁ! やった!」 それでも、愛美はそのコツをつかむのがわりと早かった。釣りを始めて一時間
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ホタルに願いを込めて…… page23

「調理は僕に任せてよ。アウトドアは好きだし、家でも自炊してるからね」 純也さんは手早く火をおこし、魚焼き用の網を用意してくれた。「ここはやっぱり、シンプルに塩焼きかな」 純也さんはそう言うと、リュックから取り出した小さなタッパーに入れてきた塩を一つまみ、網に並べた魚に振りかける。「――あ、そうだ。お弁当作ってきたんですよ。おにぎりと玉子焼きと、夏野菜のピクルス」 愛美も、提げてきた保温バッグから二人分のお弁当箱を取り出した。何だかちょっとしたピクニックみたいだ。「おっ、うまそうだね! イワナもそろそろいい感じに焼けてきたよ」 純也さんが焼けたイワナをお弁当箱に乗せてくれて、二人は豪華なランチタイム。「焼きたてでまだ熱いから、ヤケドに気をつけてね」「はい、いただきます☆ ……あっ、熱(あ)ふっ!」「ほら見ろ。だから言ったのに」 案の定、熱々の焼き魚を頬張ってハフハフ言っている愛美を見て、純也さんは楽しそうに笑った。「じゃあ、僕も頂こうかな。……ん! 美味い!」 釣りたてのイワナは、純也さんがキチンとハラワタの処理をしてから焼いてくれた。魚のハラワタの苦みが苦手な愛美も、そのおかげで美味しく食べることができた。 初めて食べたイワナの塩焼きは身にほどよく脂が乗っていて、焼くとふっくらして美味しい。純也さんが言った通り、シンプルな味付けが一番素材の味を引き立たせている。「この玉子焼きも美味しいね。多恵さんの味だ」「……それ作ったの、わたしです」「ええっ!? ……いや、多恵さんの味そのまんまだよ。驚いたな」 純也さんは愛美の料理の腕――というか再現度の高さに舌を巻いた。「そんなに驚かなくても……。でも何より、こんなに空気の美味しい場所で食べられることが、一番のごちそうですよねー」 昼食を平らげた愛美は、その場で伸びをした。 「うん、そうかもしれないな。何年ぶりだろう、こんなにのんびりできたの」 純也さんはしみじみと言う。 彼は普段、東京という大都会で時間に追われた生活を送っている。経営者には経営者なりの忙しさというものがあるんだろう。「――あ、そういえば。去年の夏、わたし屋根裏部屋で、純也さんが子供の頃に好きだった本を見つけたんです」 四月に寮に遊びに来てくれた時にも、五月に原宿へ行った時にも、純也さんに屋根裏部屋の話はし
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ホタルに願いを込めて…… page24

「うわ……。愛美ちゃん、見せなくていいって! なんか恥ずかしいから!」「そうですかぁ? でもわたしにとっては、コレも純也さんの大事な成長の記録です。純也さんにもこんな時代があったんだなーって思ったら、楽しくて」 黒歴史を暴露されたようで、慌てふためく純也さん。でも、愛美が楽しそうに話すので、彼女の笑顔を見るといとおしそうに目を細める。「……まぁいいっか。――その本、面白いだろ? 愛美ちゃんも気に入ってくれてよかった。僕が読書好きになった原点だからね」「はい。何回読んでも飽きないです。わたしもこんな小説が書けるようになりたいな。……あ」「……ん?」「わたし、文芸誌の公募に挑戦することにしたんです。で、短編を四作書いたんですけど、どれを応募しようか迷ってて……。純也さん、読んで感想を聞かせて下さいませんか? それを参考にして、応募作品を決めたいんで」「いいけど、僕はけっこう辛口だよ?」 ――なるほど、珠莉の言っていたことは正しいようだ。やっぱり純也さんの批評は厳しいようである。「……分かってます。でも、できる限りお手柔らかにお願いしたいな……と」「了解。できる限り……ね」 純也さんはニッコリ笑った。けれど、ちょっと怖い。(どうか全滅だけはまぬがれますように……!) 一応、自分の文才は信じている愛美だけれど、ここは祈るしかなかった。書き手が「面白い」と思う作品と、読み手が「面白い」と感じる作品が必ずしも同じとは限らないのだ。「――あ、そうだ。ホタルはいつ見に行く?」「えっ、ホタル?」 愛美は戸惑った。彼との電話でもメッセージのやり取りでも、一度もその話題には触れたことがなかったのに。強いて言うなら、春に彼と寮の部屋でお茶会をした時、「好きな人と見たい」と言ったくらいだった。 〝あしながおじさん〟への手紙には、確かに「純也さんとホタルが見たい」と書いたことがあったけれど。どうしてそのことを、彼が知っているんだろう……?「あー……、えっと。……田中さん! そうだ、田中さんから聞いたんだよ! 愛美ちゃんが僕とホタルを見たがってるってね」「ああ、おじさまから聞いたんですね。なるほど。そういうことならぜひ一緒に見に行きたいです」「じゃあ見に行こう。えーっと、今夜の天気は……」 純也さんがスマホで天気予報を検索し始めたので、愛美もそれに倣(
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ホタルに願いを込めて…… page25

   * * * * ――翌日。この日は朝からよく晴れていて、暗くなってからもそのいいお天気は続いていた。「わあ! キレイな星空……。ここから手を伸ばしたらつかめそう」 ホタルが見られるという川辺まで歩いていく途中、愛美は満天の星空に歓声をあげた。 一年前にもこの土地で同じように星空を眺めたけれど、今年の夏は好きな人と一緒。だからキレイな星もより光り輝いて見える。「ホントだね。僕もこんなにキレイな星空、久しぶりに見たな」 純也さんも頷く。 東京ではこんなにキレイな星空は見えないだろうし、仕事に忙殺されていたら星空を見上げる心のゆとりもないのかもしれない。 ――そして、愛美はこの時、ちょっとしたオシャレをしていた。(純也さん、気づいてくれるかな……?) 原宿の古着店を回って買った、ブルーのギンガムチェックのマキシ丈ワンピースに白い薄手のカーディガン。――愛美は小柄なので、サイズが合うものがなかなか見つからなくて苦労したのだ。 足元はこれまた古着店で見つけた、ブルーのサンダル。少しヒールが高いので、若干歩きにくい。でも身長が高い純也さんに釣り合うように、どうしても履きたかった。「――あれ? 愛美ちゃん、その服って原宿で買ってたヤツだよね?」(やった! 純也さん、気づいてくれた!) 愛美は天にも昇るような気持ちになったけれど、それをあえて顔には出さずにはにかんで頷く。「はい。気づいてました? ……どうですか?」「可愛いよ。よく似合ってる。愛美ちゃんは自分に似合う服がよく分かってるんだな。いつ見てもセンスいいよね」「え……。そんなことないと思いますけど」 愛美は謙遜した。「センスがいい」なんて言われたのは初めてだ。 ただ自分の好きな色や、この低い身長に合う服を選んだら、たまたま似合うだけなのだ。「そういう控えめなところも可愛いんだよなぁ、愛美ちゃんは」「…………」 愛美はリアクションに困った。純也さんは時々、真顔でこんなキザなことを言ってのけるのだ。しかも、それが全然イヤミにならないのだ。「…………。もうそろそろ着くかな」「……そうですね」 なんとなく純也さんの方が気まずくなったと感じたのか、彼は取ってつけたようにごまかした。 それから一分くらい歩くと、街灯ひとつない暗い川辺に人だかりができている。「わぁ、スゴい人……
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