All Chapters of 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~: Chapter 111 - Chapter 120

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恋する表参道 page20

「ホントはソーダみたいなサッパリしたドリンクの方が合うんだけどね。色もキレイだから映えるし」「えっ、そうなの? じゃあ、そっちにすればよかったかな」 炭酸が入っている方が、後味スッキリで飲みやすかっただろう。「でも、コレはコレでいい記念になったから、まあいいかな」 一ついい勉強になったからよしとしようと愛美は思った。「タピオカミルクティーは甘ったるい」と。(それに、大好きな純也さんと一緒に飲めたし) 思い出とは〝何を〟飲んだり食べたりしたかではなく、〝誰と〟が大事なんだと思う。大好きな人と、同じ経験を共有できたことが何よりの思い出になるのだ。「――ふーっ、お腹いっぱいになったね。じゃあ純也さん、あたしたちそろそろ帰ります。今日はお世話になりました」「叔父さま、今日はありがとうございました」 原宿駅の前まで純也さんに送ってもらい、三人はそこで彼と別れた。 さやかと珠莉は彼にお礼を言い、すぐにでも帰りそうな雰囲気だったけれど、愛美は彼との別れがまだ名残(なごり)惜しかった。「愛美ちゃん、今日は楽しかったね。連絡先、教えてくれてありがとう」「……はい」「じゃあ、また連絡するよ」「はい! ……あ、じゃなくて。わたしから連絡してもいい……ですか?」 恋愛初心者にしては大胆なことを、愛美は思いきって言ってみた。 今度こそ、引かれたらどうしよう? ――愛美は言ってしまってから後悔したけれど。「うん、もちろん。待ってるよ」「はぁー……、よかった。じゃあ、また」「うん。気をつけて帰ってね」 愛美は純也さんに大きく頭を下げ、二人の親友と一緒に改札口へ。「――さやかちゃん、珠莉ちゃん。今日、すっごく楽しかったね」 帰りの電車の中で、愛美は二人のどちらにとなく話しかけた。「うん、そうだね。初めて好きな人にプレゼントもらって、初めて劇場に行って、好きな人と連絡先交換してもらって、そんでもって初タピ? 盛りだくさんじゃん」「……もう! さやかちゃんってば、列挙しないでよ」 一つ一つはいい思い出だけれど、順番に挙げられると色々ありすぎて目まぐるしい日だった。 特に愛美自身、大胆すぎると思った言動が多すぎて、思い出しただけでも顔から火を噴きそうなのだ。「でも、そのおかげで恋も一歩前進したじゃん。よかったんじゃない?」「う……、それは……まあ
last updateLast Updated : 2025-02-14
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恋する表参道 page21

「純也さんが、愛美の気持ちに気づいてたとしたらどう?」「えっ? どう……って」 愛美はグッと詰まる。もしもそうなら、両想いということで、彼が愛美との交際をためらう理由はなくなるわけだけれど……。「案外、そうかもしれませんわよ?」 電車に乗り込んでからずっと黙り込んでいた珠莉が、ここへきてやっと口を挟んだ。「……珠莉ちゃん、何か知ってるの?」 もしかしたら、彼女は叔父から彼の愛美への想いを打ち明けられているのかもしれない。愛美は淡い期待を込めて、珠莉に訊ねた。「知っていても、私からは言えないわ。それはあなたが叔父さまご本人から聞かなければ意味がないことじゃありませんの?」「……うん、そうだよね」 珠莉の言うことはごもっともだ。でも、だからといって純也さん本人に「わたしのこと好きなんですか?」と訊く勇気は愛美にはない。「――あー、やっぱり寮に着く頃には六時半回りそうだな、こりゃ」 神奈川県に入った時点で、さやかがスマホで時間を確かめて呻く。すでに六時を過ぎていた。「とりあえず、学校の最寄り駅に着いたら晴美さんに連絡入れとくよ。『あたしたちの晩ゴハン、置いといてほしい』って」「そうだね。やっぱりクレープだけじゃ、夜お腹すくもんね」 ――さやかはその後、最寄り駅に着くと、言っていた通り寮母の晴美さんに連絡したのだった。   * * * * ――その日の夜。愛美は部屋の共有スペースで、スマホを持ったまま固まっていた。「う~~~~ん……、なんて書こうかな……」 せっかく純也さんと連絡先を交換したので、さっそく彼に連絡しようと思い立ったのはいいものの。この時間、電話は迷惑かも……と思い、メッセージアプリを開いたのはいいけれど、文面が思いつかないのだ。男の人にメッセージを送るのは初めてだし……。(とりあえず、無難に今日のお礼でいいかな……) よし、と気合を入れ、キーパッドを叩いていく。『純也さん、今日はありがとうございました。すごく楽しかったです('ω') 東京にはまだまだ面白そうなスポットがありそうですね。また案内してほしいです。』 勢い込んで送信すると、すぐに「既読」の表示が出て――。『メッセージありがとう。 僕も楽しかったよ。愛美ちゃんたちと一緒にいると、何だか若返った気分になった(笑) また一緒にどこかに行こうね。……今
last updateLast Updated : 2025-02-14
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恋する表参道 page22

****『拝啓、あしながおじさん。 お元気ですか? わたしは今日も元気いっぱいです。 先月のお手紙でもお知らせした通り、今日は純也さんからのお招きでさやかちゃん・珠莉ちゃんと一緒に東京の原宿に行ってきました。 朝からいいお天気で、絶好のお出かけ日和でした。 東京って、というか原宿って、楽しい街ですね! 色んなお店や場所に行きました。ミュージカルを鑑賞した劇場、オシャレなカフェ、可愛い雑貨屋さん、古着屋さん、クレープ屋さんに高級ブランドのショップ、レインボーわたあめのお店……。 どこも面白くて、何から書いていいか分からないくらいです。 純也さんとは、午後一番でJR原宿駅の前で待ち合わせしてました。いつもはスーツ姿の純也さんも、今日はちょっとカジュアルな私服姿。でも背が高いので、モデルさんみたいでカッコよかったです! わたしたち四人は、まずは駅前のオシャレなカフェでランチを頂きました。 食後はミュージカルの開演時刻まで時間があったので、竹下通りを散策してました。その時に、雑貨屋さんでさやかちゃんが見つけてくれた三人お揃いの可愛いスマホカバーを、純也さんがプレゼントしてくれました!  わたしの誕生日が先月の四日だったことを知らなかった純也さんは申し訳なさそうに、「知ってたら、先月寮に来た時に何かプレゼントを用意してたんだけど」っておっしゃってました。でも、わたしは一ヶ月遅れの誕生日プレゼントでも、すごく嬉しかったんです。男の人からのプレゼントなんて初めてだったから(あ、おじさまがお見舞いに送って下さったお花は別です)。 その後、バッタリ治樹さんに会いました。さやかちゃんはお兄さんとの遭遇にちょっと迷惑そうでしたけど、珠莉ちゃんが何だか治樹さんのこと気に入っちゃったみたいで……。わたしには分かる気がします。もしかしたら、珠莉ちゃんは治樹さんに恋してるんじゃないかって。 ミュージカルが上演された劇場は、渋谷駅の近くにあります。わたしは劇場に入ったのが初めてで、すごくワクワクしてました。 上演されたプログラムは、わたしがまだ読んだことのない小説が原作になってる作品でしたけど、すごくいい作品でした。 歌もダンスもお芝居も、そしてキラキラした舞台装置も素晴らしくて、夢を見てるみたいでした。そして何より、お話の内容にも魅了されました。 プロの俳優さんっ
last updateLast Updated : 2025-02-14
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恋する表参道 page23

 劇場を出た後は、お買いものタイム! わたしも古着屋さんを数軒回って、夏物の洋服とか靴を安く買いました。珠莉ちゃんなんか、両手にいっぱい紙袋を抱えて、それでもまだ買いたいものがあるって言って、セレクトショップへさやかちゃんを引っぱって行きました。 でもそれは、わたしを純也さんと二人きりにしようっていう二人の作戦みたいで、わたしはその後しばらく純也さんと二人で行動することになりました。 わたしたちは一緒に本屋さんに行って、表参道駅の近くで休憩。純也さんとは色んなお話をして、連絡先も交換してもらいました。純也さんがそうしたかったらしくて。彼はどうも、珠莉ちゃんに気兼ねすることなくわたしと連絡を取りたかったそうです。わたしの方が、「本当にいいの?」って思っちゃいました。 最後に四人でクレープを食べて(そのお店では、わたしと純也さんの二人がタピオカ初体験でした!)、それから原宿駅で純也さんとお別れしました。 珠莉ちゃんはリッチだから、金額なんて気にしないで欲しいものをホイホイ買うことができますけど。わたしは横浜に来てすぐにそれで失敗してるので、キチンと値段を確認して、お財布の中身と相談して安く買えるものは安く買うっていう工夫ができるようになりました。やっぱり、ムダ遣いはよくないし。自分の力で生活できるようになった時に困らないように、〝節約する〟ってことも覚えなきゃ! そうでしょう、おじさま? 話が逸(そ)れちゃいましたね。今日のお出かけで、わたしの恋は一歩前進したと思います。 純也さんはわたしに、「出会えてよかった」っておっしゃってくれました。さやかちゃんによれば、それは告白されたも同じことだ、って。 それはわたしも同じです。わたしも、純也さんに出会えてよかったって思ってます。でも、はっきり「好きだ」って言われたわけじゃないから、彼の気持ちがまだちゃんと分かりません。それでも、わたしと純也さんはお付き合いしてるってことになるんでしょうか? 初めてのことだから、よく分からなくて。 長くなっちゃいましたね。今日はここまでにします。おじさま、おやすみなさい。                   五月三日    愛美    』****
last updateLast Updated : 2025-02-14
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ホタルに願いを込めて…… page1

 ――愛美たちの原宿散策から一ヶ月が過ぎ、横浜は今年も梅雨入りした。「――愛美、あたしこれから部活だから。お先に」 終礼後、スポーツバッグを提げたさやかが愛美に言った。「うん。暑いから熱中症に気をつけてね」 梅雨入りしたものの、今年はあまり雨が降らない。今日も朝からよく晴れていて蒸し暑い。屋外で練習する陸上部員のさやかには、この暑さはつらいかもしれない。「あら、さやかさんもこれから部活? 私もですの」「アンタはいいよねー。冷房の効いた部室で活動できるんだもん」「そうでもないですわよ? お茶を点(た)てるときのお湯は熱いし、着物も着なくちゃならないから」  珠莉は茶道部員である。さすがに活動のある日、毎回和装というわけではないけれど、定期的に野(の)点(だて)を開催したりするので、大変は大変なのだ。「へえー、そういうモンなんだぁ。どこの部も、ラクできるワケじゃないんだねー。――愛美も今日は部活?」「ううん。文芸部(ウチ)は基本的に自由参加だから、わたしは今日は参加しないよ」「え~~~~、いいなぁ。……じゃあ行ってくるね」「うん。行ってらっしゃい」 親友二人を見送り、自分も教室を出ようと愛美が席を立つと――。「相川さん、ちょっといいかしら?」 クラス担任の女性教師・上村(うえむら)早苗(さなえ)先生に呼び止められた。 彼女は四十代の初めくらいで、国語を担当している。また、愛美が所属している文芸部の顧問でもあるのだ。「はい。何ですか?」「あなた、今日は部活に参加しないのよね? じゃあこの後、ちょっと私に付き合ってもらってもいい? 大事な話があって」「はあ、大事なお話……ですか? ――はい、分かりました」(大事な話って何だろう? まさか、退学になっちゃうとか!?) 愛美は頷いたものの、内心では首を傾げ、イヤな予感に頭を振った。 (そんなワケないない! わたし、退学になるようなこと、何ひとつしてないもん!) とはいうものの、先生から聞かされる話の内容の予想がまったくできない愛美は、小首を傾げつつ彼女のあとをついて行った。   * * * *「――相川さん、ここで座って待っていてね。先生はちょっと事務室でもらってくるものがあるから」「はい」 通されたのは職員室。上村先生は、その一角の応接スペースで待っているように愛美に伝
last updateLast Updated : 2025-02-15
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ホタルに願いを込めて…… page2

「――お待たせ、相川さん。あなたに話っていうのはね、――実は、あなたに奨(しょう)学(がく)金(きん)の申請を勧めたいの」「えっ、奨学金?」 思ってもみない話に、愛美は瞬いた。「ええ、そうよ。あなたは施設出身で、この学校の費用を出して下さってる方も身内の方じゃないんでしょう?」「え……、はい。そうですけど」 上村先生(この先生)は何が言いたいんだろう? 保護者が身内じゃないなら、それが何だというんだろう?「ああ、気を悪くしたならゴメンなさい。言い方を変えるわね。……えっと、あなたは入学してから、常に優秀な成績をキープしてるわ。そしてあなた自身、『いつまでも田中さんの援助に頼っていてはいけない』と思ってる。違うかしら?」「それは……」 図星だった。愛美自身、〝あしながおじさん〟からの援助はずっと続くわけではないと思っていた。いつかは自立しなければ、と。 そして、ちゃんと独り立ちできた時には、彼が出してくれた学費と寮費分くらいは返そうと決めていたのだ。「この奨学金はね、これから先の学費と寮費を全額賄(まかな)える金額が事務局から出るの。大学に進んでからも引き続き受けられるから、保護者の方のご負担も軽くなるんじゃないかしら。大学の費用は、高校より高額だから」「はあ……」 大学進学後も受けられるなら、愛美としては願ったり叶ったりだ。大学の費用まで、〝あしながおじさん〟に出してもらうつもりはなかったから。そこまでしてもらうくらいなら、大学進学を諦める方がマシというものである。「まあ、一応審査もあるから、申請したからって必ず受けられるものでもないんだけれど。あなたの事情や成績なら、審査に通る確率は高いと思うの。これが申請用紙よ」 上村先生はそう言って、ローテーブルの上に一枚の書類を置いた。「あなたが記入する欄だけ埋めてくれたら、あとは事務局から保護者の方のところに直接書類を郵送して、そこに必要事項を記入・捺印(なついん)して送り返して頂くから。それで申請の手続きは完了よ」「分かりました。――わたしが書くところは……。あの、ペンをお借りしてもいいですか?」「ええ、どうぞ」 愛美は上村先生のボールペンを借りて、本人が記入すべき箇所(かしょ)をその場で埋めていく。「――先生、これで大丈夫ですか?」「書けた? ……はい、大丈夫。じゃあ、すぐに相
last updateLast Updated : 2025-02-15
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ホタルに願いを込めて…… page3

「そうね。それは相川さんに任せるわ。私からの話は以上です」「はい。先生、失礼します」 ――職員室を後にした愛美は、寮までの帰り道を歩きながら考え込んでいた。(奨学金……ねぇ。そりゃあ、受けられたらわたしも助かるけど……。おじさまは気を悪くしないのかな……?) 彼はよかれと思って、厚意で愛美の援助に名乗りを上げたのだ。他に手助けしてくれる人がいないのなら、自分が――と。 それに水を差されるようなことをされて、「もう援助は打ち切る」と言われてしまったら……?(もちろん、奨学金でもわたしのお小遣いの分までは出ないから、それはこの先もありがたく受け取るつもりでいるけど) 今までのようにはいかなくても、お小遣いの分だけでも愛美が甘えてくれたなら、〝あしながおじさん〟も自分のメンツが保てるんだろうか?「こんなこと、純也さんに相談してもなぁ……」 彼とは一ヶ月前に連絡先を交換してから、頻繁に電話やメッセージのやり取りを続けている。「困ったときには何でも相談して」とも言ってくれた。 でも、こればっかりは他人の彼が口出ししていい問題ではない気がする。「っていっても、もう手続きしちゃってるし。今更『やっぱりやめます』ってワケにもいかないし」 本校舎から〈双葉寮〉まで帰るには、途中でグラウンドの横を通る。グラウンドでは、さやかが所属する陸上部が練習の真っ最中だった。「――わあ、さやかちゃん速~い!」 百メートル走のタイムを測っていた彼女は、十二秒台を叩き出していた。「暑い中、頑張ってるなぁ」 本人に聞いた話では、五月の大会でも準優勝したとか。この分だと夏のインターハイへの出場も確実で、今年は夏休み返上かもしれない、とか何とか。「さやかちゃ~ん! お疲れさま~!」 愛美は親友の練習のジャマにならないように、その場から大声で声援を送った。すると、タオルで汗を拭きながらさやかが駆け寄ってくる。「愛美じゃん! さっきの走り、見てくれた?」「うん! スゴい速かったねー」 愛美は体育は得意でも苦手でもないけれど(強(し)いて挙げるなら、球技は得意な方ではある)。さやかは体育の授業で、どんな種目も他のコたちの群を抜いている。 中でも短距離走には、かなりの自信があるようで。「でしょ? この分だと、マジで今年は夏休み返上かも。あ~、キャンプ行きたかったなぁ」
last updateLast Updated : 2025-02-15
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ホタルに願いを込めて…… page3

「仕方ないよ。部活の方が大事だもんね」「まあね……。ところで愛美、今帰り? ちょっと遅くない?」 部活に出なかったわりには、帰りが遅いんじゃないかと、さやかは首を傾げた。「うん。あの後ね、上村先生に呼ばれて職員室に行ってたから。大事な話があるって」「〝大事な話〟? ってナニ?」 さやかは今すぐにでも、その話の内容を知りたがったけれど。「うん……。でもさやかちゃん、今部活中でしょ? ジャマしちゃ悪いから、寮に帰ってきてから話すよ。珠莉ちゃんも一緒に聞いてもらいたいし。――そろそろ練習に戻って」「分かった。じゃあ、また後で!」 さやかは愛美にチャッと手を上げ、来た時と同じく駆け足で他の部員たちのところへ戻っていった。   * * * *「――えっ、『奨学金申し込め』って?」 その日の夕食後、愛美は部屋の共有スペースのテーブルで、担任の上村先生から聞かされた話をさやかと珠莉に話して聞かせた。「うん。っていうか、その場で申請書も書いた。わたしが書かなきゃいけないところだけ、だけど」「書いた、って……。愛美さんはそれでいいんですの?」 珠莉は、愛美が自分の意思ではなく先生から無理強いされて書いたのでは、と心配しているようだけれど。「うん、いいの。わたしもね、おじさまの負担がこれで軽くなるならいいかな、って思ってたし。いつかお金返すことになっても、その金額が少なくなった方が気がラクだから」「お金……、返すつもりなんだ?」「うん。おじさまは望んでないと思うけど、わたしはできたらそうしたい」 愛美の意思は固い。元々自立心が強い彼女にとって、経済面で〝あしながおじさん〟に依存している今の状況では「自立している」ということにはならないのだ。 もし彼がその返済分を受け取らなくても、愛美は返そうとすることだけで気持ちの上では自立できると思う。「それにね、奨学金は大学に上がってからも受け続けてられるんだって。大学の費用まで、おじさまに出してもらうつもりはないから」「それじゃあ、あなたも私たちと一緒に大学に進むつもりなのね?」「うん。そのことも含めて、おじさまには手紙出してきたけど。さすがにこんな大事なこと、わたし一人じゃ決めらんないから」 愛美はまだ未成年だから、自分の意思だけでは決められないこともまだまだたくさんある。そういう点では、彼女は〝
last updateLast Updated : 2025-02-15
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ホタルに願いを込めて…… page4

「おじさまが賛成して下さるかどうかは分かんないけどね。一応おじさまが保護者だから、筋は通さないと」「律儀だねぇ、アンタ。何も進学のことまでいちいちお伺い立てなくても、自分で決めたらいいんじゃないの?」「それじゃダメだと思ったの。誰か、大人の意見が聞きたくて。……でも、誰に相談していいか分かんないから」「でしたら、純也叔父さまに相談なさったらどうかしら?」「えっ、純也さんに!? どうして?」 何の脈絡もなく、この話の流れで出てくるはずのない人の名前が珠莉の口から飛び出したので、愛美は面食らった。「ええと……、そうそう! 叔父さまは愛美さんにとって、いちばん身近な大人でしょう? きっと喜んで相談に乗って下さいますわ。愛美さんの役に立てるなら、って」「そ、そう……かな」 珠莉は何だか、取って付けたような理由を言ったような気がするけれど……。他に相談相手がいないので、今は彼女の提案に乗っかるしかない。「じゃあ……、電話してみる」 愛美は二人のいる前でスマホを出して、純也さんの番号をコールしてみた。〝善は急げ〟である。『――はい』「純也さん、愛美です。夜遅くにゴメンなさい。今、大丈夫ですか?」『うーん、大丈夫……ではないかな。ゴメンね、今ちょっと出先で』 純也さんは声をひそめているらしい。出先ということは、仕事関係の接待か何かだろうか?「あっ、お仕事ですか? お忙しい時にゴメンなさい。後でかけ直した方がいいですよね?」『いや、僕一人抜けたところで、何の支障もないから。――それよりどうしたの?』「えっ? えーっと……」 純也さんも忙しいようだし、あまり長話はできない。愛美は簡潔に要点だけを伝えることにした。「……実は、純也さんに相談に乗って頂きたいことがあって。電話じゃ長くなりそうなんで、ホントは会ってお話ししたいんですけど。何とか時間作って頂けませんか?」 電話の向こうで純也さんが「う~~ん」と唸り、十数秒が過ぎた。『そうだなぁ……、しばらく仕事が立て込んでるからちょっと。でも、夏には休暇取って、多恵さんのところの農園に行けそうだから、その時でもいいかな? ちょっと先になるけど』「はい、大丈夫です! 急ぎの相談じゃないから。――いつごろになりそうですか? 休暇」 この夏は、純也さんと一緒に過ごせる! それだけで、愛美の胸は躍るよ
last updateLast Updated : 2025-02-15
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ホタルに願いを込めて…… page5

   * * * * ――その数週間後。すでに七月に入っていたある日。「相川さん、ちょっと」 短縮授業期間のため、午前の授業を終えて帰り支度をしていた愛美は、上村先生に手招きされた。「――先生? どうしたんですか?」「あなたの保護者の方から、今さっき奨学金の申請書が送り返されてきたそうよ」「えっ、そうなんですか? それで、必要事項は――」 もしも白紙で(愛美が埋めたところ以外は、という意味で)戻ってきたのなら、〝あしながおじさん〟は愛美が奨学金を受けることに反対。キチンと書かれていたのなら、反対はされなかったということなのだけれど。「キチンと埋められていたそうよ。というわけで、奨学金の申請はこれで無事に終わり。審査の結果は夏休み中に分かるはずだから、事務局からあなたに直接連絡があると思うわよ」「そうですか……。分かりました。知らせて下さってありがとうございます」 愛美は半信半疑ながらも、担任の先生にお礼を言った。(おじさま、反対しなかったんだ。――あれ? でも『あしながおじさん』のお話の中では……) あの物語の中では、ジュディが奨学金を受けることに〝あしながおじさん〟は猛反対で、何度も何度もグダグダと文句を書き連ねた手紙を秘書に出させていた。――あれは、彼女が自分の手を離れるのがイヤでやったことだと思うのだけれど……。(じゃあ、わたしの方のおじさまには、わたしの自立を後押ししたいって気持ちがあるってことなのかな?)「――ところで、今日は午後から文芸部の活動があるけど。相川さんは出られる?」 上村先生は、今度は文芸部顧問の顔になって愛美に訊ねた。「はい、出るつもりです。この夏に、ちょっと応募してみたい文芸コンテストがあって。その構想を練ろうかな、って」「そうなの? その年で公募にまでチャレンジするなんて、さすが小説家志望はダテじゃないわね」「……はあ。でも、他の部員の人たちもそうなんじゃないですか? みんな書くのは好きみたいだし」「そんなことないわよ。ほんの趣味程度にやってる子がほとんどね。プロの作家を目指してる子の方が珍しいくらいよ」 今年入ったばかりの一年生はまだどうか分からないけれど、二年生から上の部員はみんな文才がある。前年、部の主催で行われた短編小説コンテストでも、愛美以外の入選者はみんな文芸部の部員だった。「文才
last updateLast Updated : 2025-02-15
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