All Chapters of 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~: Chapter 141 - Chapter 150

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ホタルに願いを込めて…… page26

「キレイ……! 純也さん、ホタルってこんなにキレイなんですね……」 あちらこちらで、黄色くて淡い光がすぅーっと飛び交っていて、明かりのないこのエリアを儚(はかな)げに照らしている。「知ってる? ホタルって、亡くなった人の魂(たましい)が生まれ変わったものだって言われてるんだ」「はい。何かの本で読んだことがある気がします」 だからホタルの寿命は短くて、その命は儚いのかもしれない。「もしかしたらこの中に、君の亡くなった両親もいるかもしれないね」「純也さん……。うん、そうかもしれませんね」 今からここで純也さん(好きな人)に想いを伝えようとしている我が子の背中を押すために、彼らはここにいるはずだ。(……告白するなら今だ! 今なら言えるかもしれない) そして、彼の優しさに心動かされた愛美は、繋いだ手に少し力を込めた。「……? 愛美ちゃん?」「――純也さん、わたし……。あなたのことが好きです。出会った時から、初めて話をしたあの時からずっと」 途中で一度ためらって、それでも最後まで言葉を紡(つむ)いだ。 初めての告白だし、ちゃんと伝えられたかどうかは分からない。ちゃんとした告白になっているかどうかも分からない。でも、今の彼女に言える精一杯の気持ちを言葉にした。 「純也さん……?」 彼の顔を直視できずに(というか、ヒールを履いているとはいえ四十センチ近くもある身長差のせいで見えないのだ)告白したけれど、彼からの返事が早く聞きたくて、愛美はもう一度呼びかけてみる。「僕も好きだよ、愛美ちゃん」「…………えっ?」 彼の表情が見えない。聞き間違いかと思い、愛美は訊き返す。「好きなんだ。君と初めて言葉を交わしたあの時から……多分ね」 すると純也さんは、今度は愛美の目をまっすぐ見てはっきり言った。「好きだ」と。「ホントに?」「ホントだよ。僕がこんなことでウソつける男かどうか、愛美ちゃんも知ってるだろ?」「それは……知ってますけど。だってわたし、十三歳も年下で、まだ未成年ですよ? それに、姪の珠莉ちゃんの友達で――」「それでもいい。好きなんだ。だから、僕と付き合ってほしい」 愛美はまだ信じられなくて、純也さんが断りそうな理屈を引っぱり出してみたけれど、それでも彼は引かなくて。 でも、愛美に断る理由なんてひとつもない。彼が自分の想いを受け止
last updateLast Updated : 2025-02-15
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疑いから確信へ page1

  ――純也さんとの恋が実った夜。愛美は自分の部屋で、スマホのメッセージアプリでさやかにその嬉しい報告をしていた。『さやかちゃん、わたし今日、純也さんに告白したの! そしたら純也さんからも告白されてね、お付き合いすることになったの~~!!!(≧▽≦)』「……なにコレ。めっちゃノロケてるよ、わたし」 打ち込んだメッセージを見て、自分で呆れて笑ってしまう。『っていうか、純也さんはもうわたしと付き合ってるつもりだったって!  さやかちゃんの言ってた通りだったよ( ゚Д゚)』 愛美は続けてこう送信した。二通とも、メッセージにはすぐに既読がついた。 ――あの後、千藤家への帰り道に、純也さんが自身の想いを愛美に打ち明けてくれた。   * * * *『実はね、僕も迷ってたんだ。君に想いを伝えていいものかどうか』『……えっ? どうしてですか?』 愛美がその意味を訊ねると、純也さんは苦笑いしながら答えてくれた。『さっき愛美ちゃんも言った通り、君とは十三歳も年が離れてるし、周りから「ロリコンだ」って思われるのも困るしね。まあ、珠莉の友達だからっていうのもあるけど。――あと、僕としてはもう、君とは付き合ってるつもりでいたし』 『えぇっ!? いつから!?』 最後の爆弾発言に、愛美はギョッとした。『表参道で、連絡先を交換した時から……かな。君は気づいてなかったみたいだけど』『…………はい。気づかなくてゴメンなさい』 さやかに言われた通りだった。あれはやっぱり、「付き合ってほしい」という意思表示だったのだ!『君が謝る必要はないよ。初恋だったんだろ? 気づかないのもムリないから。こんな回りくどい方法を取った僕が悪いんだ。もっとはっきり、自分の気持ちを伝えるべきだったんだよね』『純也さん……』『でも、愛美ちゃんの方が潔(いさぎよ)かったな。自分の気持ちをストレートにぶつけてくれたから』『そんなこと……。ただ、他に伝え方が分かんなかっただけで』『いやいや! だからね、僕も腹をくくったんだ。年齢差とか、姪の友達だとかそんなことはもう取っ払って、自分の気持ちに素直になろうって。なまじ恋愛経験が多いと、余計なことばっかり考えちゃうんだよね。だからもう、初めて恋した時の自分に戻ろうって』 純也さんだってきっと、自分から女性を好きになったことはあるんだろう。
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疑いから確信へ page2

   * * * * そんなやり取りを思い出しながら、愛美は幸せを噛みしめていた。 すると、さやかからメッセージの返信が。『やったね! 愛美、おめ~~☆\(^o^)/ っていうかノロケ? コレ聞かされたあたしはどうしたらいいワケ??(笑)』 「さやかちゃん……、ゴメン!」 文面からは、さやかが喜んでいるのか(これは間違いないと思うけれど)怒っているのか、はたまた困っているのか読み取れない。 でも夏休み返上で寮に残って部活に励んでいる彼女には、ちょっと面白くなかったかも……と思ったり思わなかったり。「あとで電話した方がいいかも」 こういう時は文字だけのメッセージよりも、電話で生の反応を聞いた方が分かりやすい。「――そういえば純也さん、まだ起きてるのかな」 愛美はスマホで時刻を確認してみた。九時――、まだ寝るのには早い時間だ。 帰ったら小説を読ませてほしい、と純也さんは言っていた。もしかしたら、起きて待っていてくれているかもしれない。 辛口の批評はできれば聞きたくないけれど、「彼に自分の原稿を読んでもらえるんだ」という嬉しい気持ちもまぁなくもない。ので。「緊張するけど、約束だし。早い方がいいもんね」 愛美は書き上がっている四作分の短編小説の原稿を持って、リラックスウェアのまま部屋を出た。そして、純也さんのいる隣りの部屋のドアをノックする。「はい?」「あ……、愛美です。今おジャマして大丈夫ですか?」「大丈夫だよ。入っておいで」 純也さんの許可が出たので、愛美は「おジャマしまーす」と言いながら室内へ。 彼はノートパソコンを開いて、何やら険しい表情をしていたけれど、愛美の顔を見ると笑顔になってパソコンを閉じた。「ゴメンなさい。お仕事中でした?」「いや、今終わったところだよ。急ぎの件があったから、メールで指示を出してたんだ。――ところで、どうしたの?」「小説を読んでもらおうと思って。約束だったから」 愛美は大事に抱えていた原稿を、彼に見えるように掲(かか)げて見せた。原稿はひとつの作品ごとにダブルクリップで綴じてあって、一枚ずつ通し番号も振ってある。「ああ、そうだったね。……ところでさ、女の子がこんな夜に、男の部屋に来るってことがどういう意味か分かってる? しかも、そんな無(む)防(ぼう)備(び)な格好で」「…………えっ?」
last updateLast Updated : 2025-02-15
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疑いから確信へ page3

「……なんてね、冗談だよ。からかってゴメン! そうやってあたふたする愛美ちゃんが可愛いから、つい」「~~~~~~~~っ! もうっ!」 愛美はからかわれたと知って、あたふたした自分が恥ずかしくなった。この「もう!」は純也さんにではなく、自分自身に対してである。「とにかく座りなよ。っていっても、ベッドしか座る場所ないけど」「え…………」 まだ警戒心が解けない愛美は、座るのをためらったけれど。「大丈夫だって。僕は紳士だから。何もしないから安心して」「……はい」 愛美は「ホントかなぁ?」と訝(いぶか)りつつ、シンプルなベッドに腰を下ろした。実はけっこう根に持つタイプなのだ。「――じゃあ、原稿読ませて」「はい」 純也さんが手の平を見せたので、愛美は原稿を全部彼に手渡した。「ありがとう。どれどれ……」 原稿に目を通し始めた彼を、愛美は固唾(かたず)をのんで見守る。 もし全滅だったら……と思うと、何だかソワソワして落ち着かない。「……あの。下のキッチンでカフェオレでも淹れてきましょうか?」 読んでもらっている相手に気を利かせて、というよりは、この緊張感から少しの間でも離れていたくて、愛美は提案した。「ありがとう。そうだな……、全部読み終わるまでには時間かかりそうだし。愛美ちゃんもここにいたって落ち着かないよね」 そんな愛美の心境を察して、純也さんは「じゃあ頼むよ」とその提案に乗ってくれた。 ――十分後。愛美は二人分のマグカップとクッキーのお皿が載ったお盆を手にして、純也さんの部屋に戻ってきた。「カフェオレ淹れてきました。どうぞ」 愛美の声に気づき、純也さんは原稿から顔を上げた。「ありがとう、愛美ちゃん。ちょっと待って」 彼はアウトドア用品の詰め込まれたスーツケースから、折り畳み式の小さなテーブルを出して室内に設置してくれた。「お盆はここに置きなよ」 愛美がそこにお盆を置くのを見ながら、彼は何やら考え込んでいる。「うーん……、この部屋にはテーブルも必要だな」「そうですよね……」 愛美も頷く。たまたま純也さんがアウトドア用のテーブルを持ち込んでいたからよかったものの、やっぱりテーブルはないと不便だ。「よし。東京に帰ったら、家具屋で小さなテーブルを買ってこっちに送るとしよう」 けっこう真剣に純也さんが言うので、愛美は吹き出し
last updateLast Updated : 2025-02-15
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疑いから確信へ page4

 愛美はしばらくカーペットの上に座り、クッキーをつまみながらカフェオレをすすって、原稿を読む純也さんの姿を見ていたけれど。何となく手持ち無沙汰になってしまった。 スマホは自分の部屋に置いてきたし……。「――ねえ純也さん。まだかかりますよね?」「うん、多分ね。どうして?」 原稿から目を離さず、純也さんが答える。「ちょっと、さやかちゃんに電話してこようかと思って。――いいですか?」「いいよ。行っておいで」「じゃあ……、ちょっと失礼して。そんなに長くはかからないと思います」 ――愛美は自分の部屋に戻ると、スマホでさやかに電話をかけた。『ああ、愛美。メッセージ見たよ』「うん、知ってる、ちゃんと返信来てたし。――今大丈夫? もうすぐ消灯でしょ?」『大丈夫だよ。長電話しなきゃね』 それなら大丈夫だと、愛美は返事をした。そんなに長々とするような話でもないし。「あのね、さやかちゃん。……もしかして、怒ってる?」『はぁ? 別に怒ってないよ。なんで?』「なんか、さっきもらった返事が……。なんていうか、『リア充爆発しろ!』的な感じだったから。ちょっと違うかもしんないけど」 愛美がそう言うと、さやかはギャハハと笑い出した。『違うよー。あたし、マジで嬉しかったんだから。愛美の初恋が実って、親友としてめっちゃ嬉しかったんだよ。それはアンタの考えすぎ』「ああ、なんだ。よかったぁ。でも、やっぱりさやかちゃんの言う通りだったね」『純也さんがもう告ったも同然だってハナシ? だって、見りゃ分かるもん。純也さん、愛美にゾッコンだったじゃん。……あれ? アンタは気づかなかったの?』「……うん、あんまり。そうじゃないかって薄々思ったことはあるけど、わたしの思い過ごしだと思ってたから」 全然、といったらウソになる。でも、自分に限って……と考えないようにしていたというのが本当のところで。『おいおい、アンタどんだけ自分に自信ないのよ。誰が見たって純也さんの態度は、好き好きオーラ出まくってたって』「…………う~~」『んで? 両想いになってどうした? もうキスとかしちゃってたり?』「まだしてないよ! さやかちゃん、面白がってない?」 〝まだ〟は余計だったかな……と思いつつ、愛美はさやかに噛みついた。……まあ、純也さんはいきなりがっついてくるような人じゃないと思うけれ
last updateLast Updated : 2025-02-15
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疑いから確信へ page5

「純也さん、そろそろ読み終わった頃かな」 もう一度彼の部屋を訪ねてみると、ちょうど彼は最後の原稿を机の上に置いたところだった。「愛美ちゃん、ちょうどよかった。今、全部読み終わったところだよ」「そうですか。……で、どうでした?」 「うん……、そうだな……」 そう言うなり、腕組みをして長~い溜めを作った純也さんに、愛美はものすごくイヤな予感がした。「もしかして、全滅……?」「……いや。確かに、この中の三作はちょっと、箸にも棒にもかからないと思った」「はあ」 彼の評価は思っていた以上に辛口で、愛美は絶望的な気持ちになった。 四作中三作がボツをくらったら、ほとんど全滅のようなものである。……けれど。「でも、この一作はなかなかいいんじゃないかな。応募したら、けっこういいところまで残ると思うよ」 純也さんは表情を和らげながら、愛美に原稿を返した。「えっ、ホントですか!? コレ、一番最後に書き上げたんです」 純也さんが唯一褒めてくれた作品は、昨日書き上げたばかりのノンフィクション作品。愛美が実際に、今の学校生活で経験したことをもとにして書いたものだった。「ああ、やっぱり。短編っていうのはね、数を多く書くことで内容もよくなっていくんだって。愛美ちゃんのもそうなんだろうね。全部の原稿を読ませてもらってそう気づいたよ」「純也さん、ありがとう! わたしもこれで自信がつきました。この一作で勝負してみます!」 これだけ手厳しい彼に褒められたんだから、きっといい結果が出ると思う。「うん、頑張って! ――そういえば、愛美ちゃんってパソコン使えるんだね。原稿、てっきり手書きだと思ってた」「使えますよ、施設にいた頃から。そんでもって、この原稿はおじさまから入学祝いに贈られた自分のパソコンで書きました。ここにも持ち込んで」「そっか、ここもネット環境整ってるからね。――ところで愛美ちゃん、僕に何か相談したいことがあるって言ってたね。今ここで聞かせてもらっていいかな?」「はい」 愛美は原稿を傍らに置き、冷めたカフェオレを一口で飲み干すと、純也さんに話し始めた。「わたし、卒業後はこのまま大学に進もうかどうしようか迷ってたんです。で、担任の先生から奨学金の申請を勧められて。申請したんですけど」「うん」「奨学金が受けられるようになったら、これから先の学費はかか
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疑いから確信へ page6

「うん。……えっ? それが僕に相談したいこと?」 ここまでの話だと、むしろ喜ばしいことなんじゃないかと純也さんは思ったようだけれど。「あ、ううん。そうじゃなくて……。わたしは逆に、コレでいいのかなぁって思っちゃって。せっかくのおじさまの厚意を途中でムダにして、おじさまのメンツっていうか……立場を潰しちゃったりしないかな、って」「ああ、なるほどね。君は田中さんに対して遠慮があるわけだ。『せっかく援助を申し出てくれた彼に申し訳ない』って」「はい……。こんなの、わたしのワガママじゃないかな……と思って」 愛美は純也さんの解釈に頷く。 別に、純也さんにどうこうしてほしいわけじゃないけれど。聞いてもらうだけで気持ちが軽くなるということもあるわけで。「僕の知る限りじゃ、彼はそんなことで気を悪くするような人物じゃないけど。むしろ、喜んで申請用紙も書いてくれたんじゃないかな」「えっ? ……はい。秘書さんもそう言ってました。あと、わたしが恋をしてることも、おじさまは嬉しく思ってるって」「愛美ちゃん……、もしかして僕のことも田中さんに?」「はい、手紙では何度も。――何かマズかったですか?」「…………いや、別に」(純也さん、今の溜めはナニ?) 愛美はちょっと首を傾げた。もしかして純也さんは、愛美と付き合うことになったので、彼女の保護者にあたる〝あしながおじさん〟と顔を合わせづらくなるんじゃないかと心配している? それとも……。(やっぱり彼が〝あしながおじさん〟本人で、この先わたしとの関係がこじれることを心配してる?) そう思うのは、愛美の考えすぎだろうか?「実はこの話、純也さんと両想いになれるまではするのやめとこうって思ってたんです。どうしてもあなたのことに触れなきゃいけなくなるし、告白する前に話しちゃったらわたしの気持ち、あなたにバレちゃうから」「うん、なるほど。だから話すのが今日になったわけだね? っていうか僕は、君の気持ちにはだいぶ前から気づいてたけど」「え……。もしかして、珠莉ちゃんから聞いたんですか? それともわたし、思いっきり態度に出てました?」 初めて恋をして一年やそこらでは、恋心を顔に出さないというスキルは簡単には身に着かないんだろうか?「ふふふ。まぁ、それはノーコメントってことで」「え~……? なんかズル~い!」 純也さんも
last updateLast Updated : 2025-02-15
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疑いから確信へ page7

「僕〝なんか〟なんて卑下して言わないで下さい。わたしは純也さんがいてくれて、すごく心強いです。――じゃあ、そろそろ失礼します。おやすみなさい」 純也さんも疲れているだろうし、あまり長居しても申し訳ない。愛美が原稿を持って、ベッドから腰を上げると……。「あ、待って愛美ちゃん」「……えっ?」 純也さんに呼び止められた。そして彼は顔を赤真っ赤に染めて、愛美のコットンワンピースの裾をつかんでいる。「どうしたの? 純也さん」 困惑して、思わず敬語が飛んでしまった愛美に、純也は照れ隠しなのかボソッと問うた。本当に、聞こえるか聞こえないかくらい小さな声で。「あの。…………キスしていいかな?」「……は?」(大(だい)の大人が何を言い出すのかと思ったら、そんなこと?) 愛美は面食らった。そんなの、本人に断りを入れる必要もないだろうに。「その……、相手は未成年だし。一応、ひとこと断りを入れた方がいいかと思って」 彼の弁明を聞いて、愛美はクスクス笑い出した。(純也さんって、ホントに律儀な人だなぁ) 三十歳にもなった男の人が、まるで中学生の男の子みたいに見えて、なんだか微笑ましかった。 そして愛美は、笑顔のままで頷いた。「はい……!」 純也さんは愛美をもう一度ベッドに腰かけさせると、自分もその隣りに腰を下ろした。座ることにしたのは、自分と愛美との身長差を考えてのことのようだ。 愛美はそっと目を閉じた。実際の経験はないものの、小説やTVドラマなどでキスシーンの時にはそうしているのを知っていたから。 そして、純也さんは愛美の唇に優しくそっと自身の唇を重ねた。 愛美にとって初めてのキスは、ものの数秒で終わったけれど。彼女はそれだけで何だか幸せな気持ちになった。 でも心臓はバクバクいっているし、同時にかぁっと顔が火照(ほて)っていくのも感じていた。「ありがと、愛美ちゃん。じゃあ、おやすみ」 愛美の柔らかい黒髪を指先で撫でながら、純也さんがそう言うのが彼女には聞こえた。「……おやすみなさい」 愛美はしばらく金魚みたいに口をパクパクさせていたけれど、やっとそれだけ言って自分の部屋に戻っていった。 自分の部屋のベッドでしばらくゴロゴロと寝返りを打っていた愛美だけれど、まだ心臓の鼓動はおさまらず、なかなか寝付けない。「う~~~~っ、寝られない……」
last updateLast Updated : 2025-02-15
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疑いから確信へ page8

****『拝啓、あしながおじさん。 今日はわたしにとって、忘れられない日になりました。特に夜から色々あって……。さて、何から書こう? 夕食後、わたしは純也さんと二人で近くの川にホタルを見に行きました。 純也さんはその時、わたしに言ってくれました。「ホタルっていうのは、亡くなった人の魂が生まれ変わったものなんだ」って。「だから、ここにいるホタルの中に、わたしの亡くなった両親がいるかもしれないね」って。 わたしもそう思いました。きっと、わたしの両親もあの場所にいて、わたしのことを見守ってくれてたんだって。 そしてわたしは、そこで思いきって純也さんに告白しました。男の人に自分の想いを伝えるなんて初めてだったから、最初はどう伝えていいか分からなくて途中で詰まってしまったけど、でもちゃんと最後まで伝えられました。 そしたらね、おじさま。純也さんもわたしに「好きだよ」って言ってくれたんです! 「付き合ってほしい」って! もちろん、わたしはOKしました。初めての恋が、ついに実ったんです! やったぁ☆ わたし今、すごく幸せです!! そして彼は、なんと五月からわたしと付き合ってるつもりだったって言うんです! さやかちゃんからは「そうなんじゃないか」って言われてましたけど、まさかその通りだったなんて……! わたし、ビックリしました! 夜九時ごろになって、わたしは純也さんのお部屋を訪ねました。公募に出す小説一作を、純也さんに決めてもらうためです。 心配しないで、おじさま。純也さんは誠実な人だから、わたしが夜にお部屋を訪ねて行ってもいきなり押し倒すようなことは絶対にしません(わたしをからかって、あたふたするわたしを見て楽しんではいましたけど……)。おじさまは彼と知り合いなんだから、それくらい分かってますよね? わたしの小説に対する彼の評価は、本当に辛口でした。でも、一番最後に書き上げた短編のノンフィクションは「なかなかいい」って言ってくれたから、わたしはその原稿で挑戦することに決めました。明日、この手紙と一緒に郵便局で出してきます。 それでね、おじさま。……これは、おじさまに打ち明けていいのか分からないんですけど。純也さんはわたしがお部屋を出る前に、わたしにキスしてくれました。もちろん、わたしにとってはファーストキスです。 その後のわたしは幸せな気持ちと、心臓
last updateLast Updated : 2025-02-15
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疑いから確信へ page9

「――ホント、すごい厚み……」 折り畳んだ便箋を封筒に収めた後、愛美はフフッと笑った。純也さんが来るまでの間にも、〝あしながおじさん〟に伝えたい色んな体験をしていて、愛美はそれを毎日日記のように便箋に綴っていたのだ。 スタンドライトの明かりだけがついている机の上にはもう一通、A4サイズの茶封筒が置いてある。この夏に愛美が執筆し、四作ある中から純也さんに選んでもらった文芸コンテストへの応募作品だ。(明日これを郵送したら、あとは運を天に任せるだけ……。お願い、入選させて! 佳作でもいいから!) 願かけするように、愛美は封筒の表面をひと撫でした。「――さてと。ボチボチ寝られるかな……」 手紙を書いているうちに、少しずつ眠気が戻ってきた。気持ちが落ち着いてきたからかもしれない。 愛美はスタンドの明かりを消すと、再びベッドに潜り込んだのだった。   * * * * ――翌日の朝。愛美は八時になってやっとダイニングまで下りてきた。「おはようございます。――すみません、多恵さん! 朝ゴハンの支度お手伝いするつもりだったのに、寝坊しちゃって」 農家の朝は早い。愛美も普段は朝早くに起きて、多恵さんや佳織さんと一緒に朝食の準備を手伝っているのだけれど。昨晩はなかなか寝付けなかったので、朝目が覚めるのも遅くなってしまったのだった。「あらあら。おはよう、お寝坊さん。いいのよ愛美ちゃん、たまには朝のんびり起きてくるのも。誰だって、早く起きられない日くらいあるものね」「ええ、まぁ……」 愛美はテーブルに純也さんもついていることに気づき、頬を染めた。 彼とキスをしてまだ数時間しか経っていないので、ちょっとばかり気まずい。「愛美ちゃん、おはよう」「……おはようございます」 けれど、純也さんはいつもとまったく変わらない調子で挨拶してくれたので、愛美はまだ少し照れながら挨拶を返した。「ゆうべはあんまり寝られなかった?」「えっ? ……まぁ。だから、しばらく起きてました」 彼と面と向かって言葉を交わしているだけで、愛美には昨晩の出来事がありありと思い出せる。今もまだ、あの時の延長線上にいるような気持ちになるのだ。「そっか……。なんか僕、君に悪いことしちゃったな」「そっ……、そんなことないです! わたしは別に、あれで困ってるワケじゃ……」 申し訳なさそうに頬
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