藤堂沢が会社の仕事を終えたのは、午前7時だった。彼は簡単に身支度を整えると、帰ろうとした。田中秘書は藤堂沢の顔を見て、少しばかり不公平だと感じた。同じように徹夜したというのに、彼女は何度化粧直しをしても顔色が悪かったが、藤堂沢は相変わらず元気そうだった。会議室には、まだ数人の役員が残っていた。田中秘書は藤堂沢と親しい関係をアピールするために、彼に近づき、親しげな口調で言った。「社長、朝食はいかがですか?それとも、お帰りになりますか?社長の大好きなももやまを、注文しておきました」ももやま......藤堂沢は甘いものが好きではなかった。唯一美味しいと言ったのは、九条薫の手作りももやまだった。しかし、田中秘書はそれを知らず、勝手に麒麟閣のシェフが作ったものだと思い込み、何度も買ってきたのだ。毎回、藤堂沢は運転手にそれを食べさせていた。今、田中秘書がまたももやまの話を持ち出したので。藤堂沢は九条薫が、もう長い間、自分のためにお菓子を作ってくれていないことに気づいた。以前は、彼が書斎で仕事をしていると、九条薫はよく新しいお菓子を作って持ってきてくれた。いつも、嬉しそうな顔をしていた。きっと、褒めてもらいたかったのだろう。しかし、彼はいつも冷淡で、一口食べると、それ以上は手をつけなかった。すると九条薫は、がっかりした顔をしていた............藤堂沢がぼんやりしていると、田中秘書は「社長?」と声をかけた。藤堂沢は我に返り、期待している田中秘書の顔を見て、「これで終わりだ」と冷淡に言った。その言葉に、田中秘書は恥をかかされたと感じた。しかし、藤堂沢は彼女の気持ちを気にすることはなかった。彼は専用エレベーターで地下2階の駐車場へ行き、車に乗り込んだ。体は疲れていたが、どうしても病院に行って九条薫に会いたかった。30分も経たないうちに、藤堂沢は藤堂総合病院の特別病室に到着した。廊下は静まり返っていた。九条薫の病室のドアは少しだけ開いていて、中から彼女の小さな声が聞こえてきた。「おばさん、私は元気よ」「外で演奏してるの。ええ、報酬はいいわ......安心して......沢は、私に何もしてないから」......九条薫は佐藤清と少し話した後、電話を切った。藤堂沢はドアを開けようと
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