秘めた過去は甘酸っぱくて、誰にも言えない のすべてのチャプター: チャプター 81 - チャプター 90

287 チャプター

第二章 再会は最悪で最低25

杉野マネージャーと千奈津と三人で会場を出ると、風が冷たい。コートを前に引っ張り震えながら駅を目指して歩いた。家に着いてシャワーを浴び終えると二十三時を過ぎている。大くんとの約束通り着信拒否を解除した。なんだか落ち着かない。もしかしたら、電話を掛けてくるのではないかとハラハラしてしまい、携帯を見つめてしまう。気を紛らわそうとテレビを見たり、本を読んだりするけどドキドキして息苦しい。もう、二十九歳になった大人な女なのに……いつまでも過去の恋にとらわれるなんて、情けない。今なら、大くんと大人な恋愛をすることはできるのだろうか。ベッドに横になってウトウトしていると、スマホがブーブーと音を立てた。ビクッとして画面を確認すると「紫藤大樹」の文字が浮かんでいる。本当に……かけてきた。出なきゃ。手が震えてうまく画面をタッチできない。「あ、切れちゃった……」なんとなく寂しい気持ちになって小さなため息をついた。すぐにかかってきた。今度は気持ちを落ち着かせて出る。「もしもし」『美羽? ごめん。寝てた?』「……ウトウトしてたけど、大丈夫」心臓がバフバフ言っている。『ごめん。やっぱりどうしても今日中に連絡したくて。ねぇ、今日はなんの日か覚えてる?』十一月三日――。付き合いはじめた日。『忘れちゃったかな。付き合いはじめた日だよ』「覚えてるよ。まさか、大くんが覚えていてくれるなんて思わなかったから、驚いちゃった」『そんな大事な日に再会できたってことは、俺らはやっぱり、切っても切れない糸で結ばれているんじゃないかな』頭を過るのは、新入社員だった頃の会話だ。
last update最終更新日 : 2025-01-16
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第二章 再会は最悪で最低26

『ねえ、果物言葉って、知ってる?』『くだものことば? 知らないです』『誕生花や花言葉みたいなものよ。果物言葉は、時期や外観のイメージ・味・性質をもとに作ったものでね。果物屋の仲間達が作ったんだって』調べた日は十一月三日。誕生果はりんごで相思相愛と書かれていた。今でも大くんは私のこと思ってくれているのだろうか。『美羽。会いたい』「……………」切羽詰まったような大くんの声に、今すぐ会いたいと私の心も震え出す。『美羽の家にお邪魔しちゃ駄目かな』「い、今から?」『もう十二時過ぎちゃうし夜中だから、美羽が出てくるのは危ないし。美羽に会いたい。お願い』家を教えてしまうと過去のように、何度も訪ねてくるのではないだろうか。ズルズルとした付き合いをしてしまって、結婚もできないで人生を終えていくのかもしれない。「ショートメッセージで送るね」『ありがとう。タクシーで向かう』電話が切れた。結局人生のリスクよりも、大くんに会えることを選んでしまったのだ。両親がこのことを知ったら、ものすごく怒るだろうな。そして、悲しませてしまうかもしれない。親孝行ができない娘でごめんなさい。Vネックのセーターとジーンズに着替えて髪をとかす。軽くリップを塗って鏡を見つめると、今にも泣きそうな顔をしていた。怖い。これから、どんなことが起きるのか。想像もできなくて物凄く恐ろしい。でも、もう逃げないでちゃんと話したい。嘘をつかないで素直にすべてを打ち明けようと思う。チャイムが鳴った。さっと壁時計を確認すると深夜一時を迎えようとしている。「はい」『俺』「どうぞ」オートロックを解除した。深く息を吸い込んでドアの前に立っていると、足音が聞こえてきてピタッと止まった。チャイムが鳴るまでに間があってふたたび鳴ったからドアを開けると、大くんが立っている。サングラスをかけてキャップを深くかぶったスタイルだった。玄関の中に入るとサングラスを外して、射貫かれるようにじっと見つめられる。「ただいま、美羽」昔と同じように言って笑顔をくれた。「鍵、かけるよ」ガチャ。鍵のかかる音がやたらと大きく感じたのは、私の心の問題なのだろうか。いよいよ、二人きりの空間がはじまる。今日は仕事ではなく、プライベートだ。「お邪魔するね」大くんは遠慮しないでどんどん入ってくる。背
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第二章 再会は最悪で最低27

「怖がらないで美羽。嫌なことはしないから。座っていい?」「ど、どうぞ」緊張しながらコーヒーを出した。ソファー座っている大くんの目の前にテーブルを挟んで腰を降ろす。何を話せばいいのだろうか。大くんは何を伝えたくてわざわざこんな深夜に訪ねてきたのかな。二人を包み込む空気は張り詰めていて重い。大くんが動き出したから、警戒して見ていると、バッグの中から何かを大事そうに出してテーブルに置いた。なんだろうと思って見ると、花のしおり。「はな……」久しぶりに「はな」に会えた気がして熱いものが込み上げてくる。思わず抱きしめた。「ごめんな…………」切ない声でつぶやいた大くんのお詫びの言葉には、色んな意味が込められているように聞こえる。子供の形見だと知っての謝罪。もう、私を愛せないとのお詫び。そんな風に聞こえたのは気のせいじゃないよね。今日、来てくれたからって期待をしては駄目なんだよね。「美羽と会うことができたら何から話せばいいんだろうって、ずっと考えてたんだ」すごく優しい声で言葉を紡いでいる大くんを、そっと見る。「真里奈さんに偶然会って、いろいろと事実を知ったよ。子供は堕ろしたんじゃないんだな。……産もうとしてくれてたんだってね」もう真実を知ってしまっている大くんに、隠すことは何もない。「うん……。大くんのこと、大好きだったから……どうしても、産みたかったの」クスっと切なげに笑われる。「過去形?」現在進行形と言ったところで、私と大くんの関係は変わるのだろうか。「事務所に送ってきた手紙には偽りはないの?」「あれは社長さんに、書けと言われたの。大くんの将来を台無しにするなと言われて……」言いづらいけどすべて言ってしまった。大くんの成功のため身を引こうと過去に決意したのに、いいのかなと迷いはあった。「社長らしいな」「実家に社長さんと、COLORのメンバーが実家に来て、赤ちゃんを産まないようにお願いされたの」「そっか。じゃあ、二人にも会ったことがあったんだね」うんとうなずいた。「才能の芽を私が潰してしまうなんてことできなかった。大くんが才能に溢れているのは、近くにいて痛いほどわかっていたから……。何度も会いに行こうって思ったけど、離れることを選んだの。憎まれ役でいいって決意したの」鼻を啜って涙を流すまいと耐えつつ、話を続ける
last update最終更新日 : 2025-01-16
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第二章 再会は最悪で最低28

「どうして、迎えに来てくれなかったの? もしも……大くんが来てくれたら駆け落ちするくらい覚悟はできていたんだよ」今更、責めてはいけないことなのだろうけど、思いが溢れてしまって聞かずにはいられなかった。大くんは眉の間に皺を寄せて、小さなため息をついた。「やっぱり、聞かされてなかったんだな。行ったよ。美羽のアパートに行ったら誰も住んでいなくて、実家に行ったんだ。でも、美羽は出掛けていてお母さんが対応してくれたんだ。美羽のお母さんは……堕ろしたと俺に言った。その時はいろいろと頭の中も混乱していて……裏切られたと思った。どうして美羽を信じ抜いてあげられなかったんだろう。愚かだった。ごめん」まさか、大くんが実家に来ていたなんて知らなかった。お母さんは大くんと私を近づけたくなかったのだろう。あの状況だったから、お母さんの気持ちはわかるけど、せめて家に来てくれたことを知りたかった。そうすればもっと心を軽くして、生きていけたかもしれない。「大くんは……あの時、本気で赤ちゃんを産んで欲しかった?」「当たり前だろ。俺と大好きな女の子供だったんだから」「そう。それを聞いてはなも喜んでいると思うよ。パパとママに愛されてたんだって自信を持ってくれたかな」立ち上がってベッドルームの方へ向かった私は「はなのお供えコーナーがあるの」と言って大くんを手招きした。はなのしおりを定位置に置くと、私は手を合わせる。ふと視線を感じて振り返ると、大くんは今にも泣きそうな切ない表情で私を見ていた。「……こうやってずっと……、手を合わせてたのか?」「うん。生まれていたらもう、十歳。きっといい子に育って可愛い子だったんだろうな。一緒に料理したり買い物をしたり。十歳なら、お洒落にも興味を持ちはじめるだろうから、ファッション誌を一緒に読んだりして、あーだこーだ話してさ。はなに、会いたかったな……」この世の中にいないし、きっとはなはどこかで新たな生を受けて生まれ変わっている気がしたけど、絶対に忘れられない。いつも生まれていたらって想像してしまう。「会えない間、辛い思いをさせてごめんな。本当にごめんなさい。許してほしい。一生かけて償うから」「そんな、謝らないで。お互い様だよ。大くんだって辛かったんだよね? もう、過去のことだから……ね。気にしないで」そう。過去のことなんだからお互いに
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第二章 再会は最悪で最低29

「美羽」「ん?」真剣に見つめられるから、動揺してしまう。どうしてそんなに熱を帯びた目で見てくるの……?「もう一度、俺の彼女になってもらえませんか?」「え」唐突な告白に驚いて目を丸くしてしまう。もしも……傷つけた過去の償いで付き合おうと考えるなら、やめてほしい。もっと深いところで傷ついてしまいそうだから。「美羽」あまりにも切ない声で名前を呼ばれるから、甘くて切ない感情が心に広がった。「何言ってるの? だって熱愛報道が出ているじゃない。モデルさんだっけ? 美男美女カップルでお似合いだと思うけど」ギロッと睨んでくる大くんから、怒りの気配が感じられる。図星だったから言葉に詰まっているのだろうか。「美羽は俺のこともう好きじゃないの?」「十年も前の話……だよ」過去をずっと引きずったままだったけれどあえて強がってみせる。久しぶりに会って過去を鮮明に思い出し、大くんは一時的な感情で告白してきたのかもしれない。ライブの後で打ち上げもあって精神状態が普通じゃないのかもしれない。きっと酔っ払っているんだ。「酔った勢いで言わないでよ。びっくりしちゃうじゃない」リビングの明かりが差し込んでいる寝室。薄暗い部屋にベッドと男女が二人。このまま流れでそういう関係になるのは嫌。私はリビングに戻ってカーペットに座った。ゆっくりと追いかけてきた大くんは、私の目の前に来てしゃがんだ。そして、手をぎゅっとつかんで大くんの左胸に手のひらを添えられた。ドクン、ドクンと激しく動いている鼓動がわかる。昔よりも逞しくなっている胸板に触れた手のひらは、だんだんと熱くなって汗をかいてしまう。「本気なんだけど。めちゃくちゃ心臓が暴れてるのわかるだろ?」五十センチほどの近い距離で視線を合わせられると、私の思考は正しく動かなくなる。テレビでよく見ている綺麗な顔が目の前にあって、頭の中が整理できない。私が大くんを好きとか嫌いとかの感情で分類する前に、芸能人としてのオーラがありすぎてめまいを起こしそうになる。「芸能人……が、いる」やっと絞り出せた言葉は、意味不明だった。「は?」
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第二章 再会は最悪で最低30

十年ぶりのプライベートでの至近距離に心と頭は大パニックを起こしてしまったのかもしれない。涙がポロポロ落ちてくる。私もCOLORのコンサートでアドレナリンが過剰に出てしまったのかもしれない。明らかにテンションがおかしいと自分でも感じている。「あのさ、俺は俺なんだけど……」「ぅ、ううっ。無理っ。怖い」「うーん……」明らかに困った表情の大くんは、手をそっと離してくれた。そして、親指で涙を拭ってくれる。優しい手つきにドキッとしてしまう。「泣かないで」甘い声で私をなだめるように言ってくれる。見つめた瞳は太陽のように温かい。「……ごめんなさい」「じゃあさ、友達からどう?」「友達……?」「時間ある時は会って食事したりしよう。それで距離を縮めていこうよ。俺も……いろいろと不安だし。あ、ちなみに熱愛報道は誤解だから。テレビや雑誌の言うことを鵜呑みにしないでくれない?」「え……あ、うん」大くんは私の隣であぐらをかいて、クスクスと笑っている。「誕生日がきて二十九歳になったんでしょ、美羽。スーツ着ている時はOLって感じで大人な女って思ったんだけど、プライベートで会うと美羽は昔のままだ。変わってなくて安心した」柔らかい表情を見ていると涙が落ち着いて、冷静さを取り戻す。大くんも昔と同じ。何も変わっていない。ただ、芸能人として成功したオーラはすごい。本人は気がついていないだろうけど。二人きりの空間。この空気感が懐かしくて、柔らかい気持ちになる。「眠い。寝てもいい?」「……ちょっと待って。お友達の関係でお泊りはおかしいんじゃない?」「手、出さなきゃいいじゃん」昔から大くんはマイペースだった。こんな流れで家に遊びに来ることが多くなったのだ。「じゃあ、恋人が異性の友人の家に泊まったらどう思う?」質問を投げかける。「それは無理。でも、今は完全にフリーだし」「そういう問題じゃないよ……」「美羽はいるの? 特定の男?」まっすぐ見つめられるので目のやり場に困った。「いるわけないでしょ」「俺と別れてから何人の男と触れ合った?」「は?」大くんは何人の女性と……そういうことをしたのだろう。お腹の底から嫉妬心が沸き上がってくる。私の大くんじゃないのに――。「俺以外の男が、美羽に触れたなんて考えたくないな」小さな声でつぶやいた。「なんで何も
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第二章 再会は最悪で最低31

大くんは私をじっと見つめてくる。だから、ついつい口から言葉がこぼれた。「……大くん以外、ないよ」一瞬、空気が止まったかのように、酸素濃度が薄くなって息苦しくなる――。「そうなんだ。ふーん」「……私は、簡単に誰とでもする女じゃないの……。って、もう二十九歳なのにね。笑えるでしょう? 交際もしなかった」「そんなことないよ。そうやってピュアで一途なところが、俺は好きだったよ」好きって言われるたびに、心地よい胸の高鳴りに支配される。目を丸くしていると、頭を撫でてくれた。「安心して。ね、美羽。襲わないから。ちょっと眠らせてね」ころんと横になった大くんは、私の太ももを枕にして、甘えてくる。温かい重みが心地いいから、強引に引き剥がせなくて戸惑ってしまう。このまま、時が止まってしまえばいいのに。「美羽の太もも気持ちいい……。ずっと、そばにいたい」甘えてくれる大くんにキュンキュンしていたのは、秘密。冷静なふりをしていたら、スースーと寝息が聞こえてきた。どうやら、本気で眠りに入ってしまったみたい。風邪をひかせてはいけないから、そっと頭を下ろして掛け布団を持ってきた。気持ちよさそうに眠っていて、安心している子供のような寝顔。綺麗な唇に整った顔……。ゴツゴツしているけど、綺麗な指が目に入り。その指に翻弄されていた甘いひとときを思い出して、一人頬を熱くしている。もう一度、大くんと恋愛をしても……いいのかな。こうやって会いに来てくれるということは、私を好きでいてくれてるの?それとも、過去が懐かしいのかな……。なかなか眠れなくて大くんの寝顔を朝方まで見つめていた。ふっと気がつくとベッドの上にいた。背中に人の体温を感じ、後ろから抱きしめられていることがわかった。大くんは添い寝して頭を撫でてくれている。心臓の鼓動がおかしくなる。耳が熱い……。息を潜めて眠ったふりをした。部屋はもう明るい。休みだからまだ眠っていてもいいのだけど、落ち着かない。「美羽。また来るからね」眠っていると思ったのか、大くんは優しい声でつぶやいてベッドから降りた。今日も仕事があるのだろうか。昔も眠っている私を起こさないように、そっと家を出て行ったことを思い出し、泣きそうになる。起き上がった。「大くん、お仕事?」驚いた顔をして私を見つめた大くんは「うん」と言って
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第三章 体が熱くなってくるのは、アルコールのせい1

第三章 体が熱くなってくるのは、アルコールのせい『今晩、歌番組に出るから、時間があれば見てね』金曜日、仕事を終えたのは十九時。今から家に戻ったらギリギリ間に合うかもしれない。大くんからのメールが届いたスマホをそっとデスクに置いた。家に突然訪れた日から一週間、毎日メールを送ってくれる。スマホに新着メールがあるかチェックするのが楽しみになりつつある私は、まるで好きな人からのメッセージを待っているピュアな女子高生のようだ。「終ったの?」千奈津が声をかけてきた。「うん。千奈津、今日は随分可愛い格好してるね」「ああ、うん」顔を赤くしてデートなんだ、と小さな声で教えた千奈津は、なんだか可愛い。好きな人と堂々と外を歩けるなんて羨ましい。そんなことを思いながら私は家に戻ったのだった。家に帰り慌ててテレビをつけると、番組はすでにはじまっていた。まだCOLORの出番ではないようだ。夕食を摂るのも忘れて画面に釘付けになって、大くんの姿を探していることに気がついてハッとした。やっぱり、私は大くんを愛しているのだと実感してしまう。そして、今度はいつ会えるのだろうかと、ついつい考えてしまうのだ。COLORが登場して名司会者とトークをし、曲紹介をされて歌い出す。仕事モードの甘いマスクをして歌っている大くんもいいけど、プライベートでの大くんのあどけないところも大好き……。なんて素敵なんだろうと惚れ惚れしている自分に、情けない気持ちになった。他の誰かと比べるのはあまり良くないことだけど、千奈津は今頃デートをしているのに、私は芸能人を見てはしゃいでいるいちファンにしか過ぎない。もう、二十九歳なのに何やってるんだろう……。もうそろそろ身を固めたいのに、恋心は一人勝手に動き出す。テレビ番組が終わってから一時間後、大くんから電話が来た。『美羽。見てくれた?』「うん。いい曲だったね」『ほんと? ありがとう。……あのさ、美味しい赤ワインもらったんだけど呑まない?』「いいね」『……今から、行くわ』「え?」
last update最終更新日 : 2025-01-17
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第三章 体が熱くなってくるのは、アルコールのせい2

『お願い。美羽に会いたくてたまらないんだ。待ってて。一緒にお酒呑もう』来ると言ったら絶対に来る。大くんは自分の言ったことを曲げないところがあるのだ。突然のことだったので動揺したけれど会えると思ったら嬉しくて私は急いで部屋を片付けた。「わ、こんなに買ってきたの?」チーズやら生ハムやらいろいろとワインに合いそうなものを買って来てくれた。「腹減ってさー」目が合うとニコッと笑ってくれる。さっきまでテレビに出ていた人が目の前にいるなんて、不思議な気分だ。「さ、食おう」「うん。あ、ワイングラスなんて無いな……。どうしよう」「いいよ。普通のコップで」「色気なくてごめんね」「気にしないさ。美羽と酒を呑めるだけで、俺は幸せだよ」くさいセリフなのに、大くんが言うと様になる。私と大くんはソファーに並んで座って、コップに注がれた赤いワインで乾杯する。「あ、美味しい」「美羽も酒の味がわかるほど、大人になったんだな」「うん」ゆっくり流れる優しくて温かい時間だ。大くんと一緒にいると幸せだと感じる。もっと、もっと、そばにいたい。ちらっと大くんの方を見ると目が合った。黒く光っている瞳に見つめられるだけで、溶かされてしまいそうな気持ちになる。この胸の高鳴りをどうやって落ち着かせたらいいのかな。「ね、美羽。キスしようか」「は……い?」顔が近づいてきて、髪の毛に手が差し込まれる。そして、私を引き寄せると、チュッと優しくキスをしてきた。逃げなきゃ……って思うのに、体は言うことをきかない。だんだんと体が熱くなってくるのは、アルコールのせいだよね?唇が離れたかと思うとくっついてきて、唇を挟むようなキスをしたじっと見つめられ、濡れた唇を親指でそっと撫でてくる。「美羽。逃げないんだね」「……逃げられるわけないでしょ」「どうして?」大くんは意地悪だ。私の気持ちはお見通しだろうに。そんな気持ちを込めて睨むと、大くんはとても優しい顔をした。「今度は、何があっても離さない。だから」「大くん。駄目だよ。結ばれる運命なら、きっと過去にも結ばれていたはずだし。赤ちゃんも産まれてくる運命ならここにいたはずだよ」「じゃあ、運命が決まっているとしたら変えてやればいいじゃん。これからの未来は二人で決めていくべきだと思う」ちょっとだけ強い口調で言った大くんは、私を抱きし
last update最終更新日 : 2025-01-17
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第三章 体が熱くなってくるのは、アルコールのせい3

   +「なんか、最近綺麗になった?」千奈津がランチ中に言ってきた。社員食堂は今日も混んでいたけど、窓際の席をゲットすることができた。「そ、そうかな……」定食の白身フライをサクッと音を立てて食べる。十二月になり、街はクリスマスムードなのだけど、大くんはクリスマス特番の収録があってかなり忙しいらしい。「彼氏ができたら教えてよね」「あ、うん」「まさか、杉野マネージャーじゃないよね?」「ないよ。尊敬する上司止まりかな」ハッキリした口調で言うと「尊敬されて上司として嬉しいよ」と噂をしていた杉野マネージャーが後ろから言ってきた。たまたま話をしているタイミングでランチに来たらしい。聞かれてしまって恥ずかしく顔が熱くなる。「あ、俺にも男ができたら教えろよ? 上司として助言してやる」クスっと笑ってトレーを持ちながら去って行く杉野マネージャー。千奈津は「ウケるね」と笑っていた。大くんともなかなかうまくやっているし、職場でも仕事や人間関係もいい感じだ。きっと、これからもいいことが続くって信じよう。仕事に戻り合鍵のことを考えていた。あまり料理は得意じゃないけど……手料理を作りに行こうかな。今日は大くんが司会をやっている番組の収録があると言っていた。帰りは二十三時過ぎるみたいだから、着替えを買って泊まっちゃおうかな。いきなりそんなことしたら大胆すぎる?でも、なるべく離れたくないし、近くにいさせてほしい……。仕事を終えると真っ直ぐデパートに行って、安くて会社に着ていけそうな服を買った。そして温かいものを食べてほしくて豚汁を作ることにした。大くんのマンションへははじめて訪れる。携帯のナビで歩いて行くと高級そうなマンションばかりが建っているところにたどり着いた。背の高いマンションを見上げる。すごいところに住んでるんだなー……。なんか、来ちゃいけなかった気がしてくる。でも、勇気を出して入ろうとした時、タクシーが止まった。中から降りてきたのはなななななんと、宇多寧々さんだ。大くんと噂になっている美人なモデルさん。もしかして、大くんに会いに来たのだろうか……。オドオドしてはいけないと思いつつ、その場から動けないでいると寧々さんが近づいてきた。「あなた……」意味深な声で言われた気がしたけど、気のせいだろう。寧々さんは、私にまっすぐと視線を向けて
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