杉野マネージャーと千奈津と三人で会場を出ると、風が冷たい。コートを前に引っ張り震えながら駅を目指して歩いた。家に着いてシャワーを浴び終えると二十三時を過ぎている。大くんとの約束通り着信拒否を解除した。なんだか落ち着かない。もしかしたら、電話を掛けてくるのではないかとハラハラしてしまい、携帯を見つめてしまう。気を紛らわそうとテレビを見たり、本を読んだりするけどドキドキして息苦しい。もう、二十九歳になった大人な女なのに……いつまでも過去の恋にとらわれるなんて、情けない。今なら、大くんと大人な恋愛をすることはできるのだろうか。ベッドに横になってウトウトしていると、スマホがブーブーと音を立てた。ビクッとして画面を確認すると「紫藤大樹」の文字が浮かんでいる。本当に……かけてきた。出なきゃ。手が震えてうまく画面をタッチできない。「あ、切れちゃった……」なんとなく寂しい気持ちになって小さなため息をついた。すぐにかかってきた。今度は気持ちを落ち着かせて出る。「もしもし」『美羽? ごめん。寝てた?』「……ウトウトしてたけど、大丈夫」心臓がバフバフ言っている。『ごめん。やっぱりどうしても今日中に連絡したくて。ねぇ、今日はなんの日か覚えてる?』十一月三日――。付き合いはじめた日。『忘れちゃったかな。付き合いはじめた日だよ』「覚えてるよ。まさか、大くんが覚えていてくれるなんて思わなかったから、驚いちゃった」『そんな大事な日に再会できたってことは、俺らはやっぱり、切っても切れない糸で結ばれているんじゃないかな』頭を過るのは、新入社員だった頃の会話だ。
最終更新日 : 2025-01-16 続きを読む