All Chapters of 泡沫の恋は儚く揺れる〜愛した君がすべてだから〜: Chapter 91 - Chapter 100

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あなたがいい-02

「ごめん紗良、常識ない時間だった」「ううん、大丈夫。どうしたの?」「これ、海斗にと思って」杏介はコンビニで買った袋を紗良に手渡す。 ずっしりと重い袋の中には数種類のゼリーとヨーグルトが入っている。「こんなにいっぱい?」「熱だとあんまり食べれないかもと思って」「ありがとう。海斗がすっごく喜ぶと思う」「海斗、大丈夫? もう寝てる?」「まだ起きてるよ。お熱が下がらなくてなかなか寝れないみたい。アニメ見てる」「そっか。紗良も気をつけて。何かあったらすぐ連絡して。俺にして欲しいことはない?」「大丈夫だよ」紗良はニッコリと笑う。 いつも一人で抱え込む癖のある紗良は、どうしたって弱音を吐かない。 それを杏介もわかってきているため、困ったように眉尻を下げた。「お母さんそろそろ一般病棟に移るんじゃないのか?」「うん、明日移るって」「行った方がいいんだろ?」「そうなんだけど、さすがに行けないかなって。風邪のウイルス持ち込むわけにはいかないもの」「じゃあ俺が行く。紗良の代わりに」「でも杏介さん仕事――」「そういうのは言いっこなしな」紗良の言葉を途中で遮り、杏介は強引に決める。紗良のためだけではない。 杏介にとっても紗良の母親は大切な存在だ。 自分の母と上手く接することができなかった杏介を非難することなく受け入れてくれ、なおかつ自分を息子の様に気遣ってくれる。そして石原家は、杏介が焦がれた家族のあたたかさを教えてくれる大事な場所なのだ。
last updateLast Updated : 2025-01-27
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あなたがいい-03

杏介は交換するタオルやパジャマ一式を紗良から受け取ると、「じゃあ」と言って踵を返す。「あっ、杏介さん」「うん?」「あ、えと、おやすみなさい」杏介は紗良の髪をひと撫でする。 サラサラの髪の毛はふわりとシャンプーが香り、杏介の胸をドキンと揺らして引き留めようとした。 最近では以前にも増して頻繁に会っているというのに、どういうわけか胸の高まりは押さえられそうにない。おもむろに肩を引き寄せればポスンと杏介の腕の中におさまる紗良。「おやすみ、紗良」そっと耳元で囁いてから頬にキスを落とす。 お互い名残惜しさを感じつつも笑顔で別れた。部屋に戻れば海斗がまだ真っ赤な顔をしつつも元気そうに寄ってくる。「だれかきてたー?」「うん、先生からお見舞いもらったよ。何か食べる?」「ヨーグルトたべる。かいともせんせーにあいたかった」「先生も会いたがってたよ。でも風邪うつったら困るでしょ」「はやくほいくえんいきたい」「熱が下がったらね。ヨーグルト食べたら頑張って寝よっか」ずっしりと重たい袋から海斗の好きなアロエヨーグルトを取り出す。 奥の方には紗良の好きなとろけるプリンが入っていた。「私も食べようかな……」紗良は海斗と並んでとろけるプリンをいただく。 甘くてなめらかで口の中でつるんと溶ける優しい味わいに胸がいっぱいになった。
last updateLast Updated : 2025-01-28
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あなたがいい-04

翌日、杏介は一人で病院を訪れていた。「杏介くんにまで迷惑かけちゃってごめんねぇ」一般病棟に移った紗良の母は相変わらず元気でニコニコと笑う。 一時失語症があったとは思えないくらいに回復していた。「お母さんには早く元気になってもらわないと」「これからリハビリも始まるのよ。見てよ、まだ全然左側が動かないの。わたし、呂律も回ってるかしら?」「ええ、ちゃんと聞き取れますよ」杏介は持ってきたタオルやパジャマを棚に片づける。 洗濯物としてまとめられていたビニール袋を持ってきたバックに代わりに入れた。 こうやって親のために何かをすることは初めてな気がして杏介は少し緊張した。 もちろん本当の親ではないけれど、それでも自分の母親と同世代の紗良の母の世話をすることはなんだか感慨深いものがある。「ねえ、 杏介くんから見て紗良って無理してない?」「無理してますね」「やっぱり? あの子意外と頑張り屋さんなのよ。一人で何でもやろうとしちゃって」「そう思います。僕も紗良さんの力になりたいんですけど、全然頼ってもらえなくて」杏介は頷く。 今日ここに杏介が来ることになったのも、遠慮した紗良を遮って杏介が強引に決めたことなのだ。 「ねえ杏介くん、紗良のこと好いてくれてありがとうね。親はいくつになっても子供のことが気になっちゃってねぇ」ふふふ、と紗良の母は笑う。 その表情はとてもやさしくて、眩しく見えた。「いえ、羨ましい……気がします」「そういえば杏介くんはあまり親と上手くいってないんだっけ?」「そうですね。僕が避けているというか……」言葉を濁すと母はぶはっと吹き出した。「あはは! 親はいなくとも子は育つってね。いいんじゃない、そういう人生もありよね」「そうですか? 僕はちょっと後悔もしていたりして――」「あら、そうなの?」「……出来れば仲良くやりたかったですね。今更ですけど」「そっかぁ。でも今からでも遅くないかもね? まあ頑張りなさいって」母は動く右手で杏介の腕をバシンと叩いた。 とても病人とは思えない力強さに驚くと共に勇気づけられるようだ。「お母さん、お元気でなによりです。すぐ退院できるといいですね」「そうでしょう? 元気だけが取り柄なのよ、私。動かないのが利き手じゃなくてよかったわ」紗良の母は明るく笑う。 杏介はその笑顔を見ている
last updateLast Updated : 2025-01-29
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あなたがいい-05

二日ほどして海斗の熱は下がり、元気いっぱい保育園へ行く日々が戻ってきた。 数日、朝の時間を気にせず寝ていたためか、なかなか起きることができなかった海斗を引きずるように保育園へ連れて行き、紗良は時間に追われながら会社へ急ぐ。「おはようございますっ」「おはよう。大丈夫? 石原さん声かすれてない?」「そうですか? 走ってきたからかな?」今日もギリギリの時間になってしまい駐車場から思い切り走った。 海斗と一緒にダラダラと休日を過ごしたためだろうか、体がギシギシと音を立てている気がする。(運動不足だわ……)はぁ、と息を吐きながらたまっている仕事に手を付けた。 相変わらず仕事量は多い。 それに加えて、海斗の体調不良で一日休暇を取ってしまったため、その分も積みあがっている。パソコンに向かってカタカタとデータを打ち込んでいたが、昼になるにつれてどうにも喉に違和感を覚えた。 いがらっぽいと思っていたのだが、それはだんだんとチクチクイガイガと刺さるような痛みに変わっていく。(……海斗のうつったかもなぁ。今日は早く寝よ)と余裕だったのだが、海斗を迎えに行って家に帰る頃にはクタクタになっていた。 先ほどから寒気もするし、もしかしたら熱が出るのかもしれない。
last updateLast Updated : 2025-01-30
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あなたがいい-06

重い体を引きずりながら夕飯を作り、海斗とお風呂に入る。 自分もささっとシャワーだけ浴びて海斗を追うように浴室を出た。体を拭きながらクラクラと目の前がまわり、次第に立っていられなくなる。 体に力が入らないのだ。 かろうじてパジャマには着替えることができたが、その場から動くことができなくなってしまった。先に出てテレビを見ていた海斗が、紗良がなかなかリビングに来ないのでひょこっと様子を覗きに来る。「さらねえちゃんー?」そこには床に横たわった紗良が浅く息を吐いていた。「どうしたの? だいじょーぶ?」ただならぬ様子に海斗は紗良を覗き込む。「……ごめん、海斗。お姉ちゃんの……スマホ取って」朦朧とする意識の中、タップした名前は杏介。 何度目かのコールのあと、留守番電話に切り替わる。「さらねえちゃん?」杏介のシフトは把握していないけれど、留守番電話に切り替わるときはたいてい仕事中だ。紗良は繋がらないスマホを放り出した。 体がだるくて起き上がる気力がない。 横で海斗がさらねえちゃんと呼ぶ声が聞こえているのに、それに返事をする元気さえない。とにかくダルい。 きっとシャワーを浴びたことで体力を消耗してしまったのだろう。 思った以上に紗良は体調不良だったことに今さらながら気づくが、こうなってしまったからにはもう遅い。もうこのまま目を閉じて意識を手放してしまいたいとさえ思った。
last updateLast Updated : 2025-01-31
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あなたがいい-07

杏介が仕事を終えロッカールームで身支度を調えていると、着信を知らせるランプが点灯しているのに気づいた。見れば、紗良から留守電が入っている。聞いてみればしばらく無音で、間違い電話かはたまた海斗がいたずらでもしたのかと思った。 だが、メッセージが終わる直前、わずかに海斗が「さらねえちゃん」と呼んだ声が聞こえた。 それも、慌てた様子で。杏介はすぐに紗良に電話をかけた。 だがいくらコールしても出ない。嫌な予感しかせず、杏介は眉間にしわを寄せる。「杏介~飯でも食ってこうぜ……って、どした? 怖い顔して」「ごめん、また今度」バタンとロッカーを閉めるとカバンを引っ掴んで慌てて外へ出る。「あっ、先輩、お疲れ様で……す?」リカが声をかけるも、杏介は目もくれず飛び出していった。職場から石原宅へは車で十分ほどの距離だが、今日はずいぶんと遠く感じる。 何事もなければいいのだが、と思いながらも気持ちばかりが焦って仕方がない。紗良に何かあった? それとも海斗に? いや、母親か?自分の思い過ごしならそれに越したことはない。 自宅前には紗良の車が止まっており、カーテンの隙間から光が漏れている。 杏介はインターホンを鳴らす。しばらく待つも、しんと静まり返って誰も出てこない。 紗良に電話をかけてみるもやはり反応はない。「紗良? 海斗?」電気が点いているリビングの方へ行ってみようかと思っていると、おもむろにガチャリと玄関が開いた。「海斗!」「せんせー……」飛び出してきた海斗は杏介の足にしがみつく。 今にも泣き出しそうな顔だ。「どうした? 紗良は?」「ねてる」「寝てる?」「ねてるけど、おねつあるって」「熱?!」海斗に連れられて上がり込み、こっち、と案内された場所は階段の下だった。「紗良?!」床の上に寝そべった紗良の上には薄い布団が掛けられている。 近くにはぐっしょりと濡れたタオルも無造作に置かれていた。「紗良! 紗良!」杏介が呼びかけると紗良はうっすらと目を開ける。 杏介さん……、と消えそうな声でつぶやいた。「どうした? 熱があるって? 倒れたのか?」「ううん、床……きもちいいから……」そう答える紗良の息はずいぶんと荒れていてつらそうだ。 首もとを触れば計らずとも熱があるのだとわかる。「杏介さんの手、冷たくてきもち
last updateLast Updated : 2025-02-01
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あなたがいい-08

杏介は紗良を背に抱えて二階の寝室へ運んだ。 三つ折りにされていた布団を海斗が手慣れた手つきで敷いていく。布団に寝かされた紗良は「イルカさん」と手を伸ばして胸に抱え込んだ。 水族館で杏介からプレゼントされたぬいぐるみだ。 それを見て杏介は目を細める。「海斗ももう寝ようか?」「せんせーかえっちゃう?」「海斗が寝るまでここにいるよ」「あさまでいてほしい……」海斗は杏介の手を握る。 小さな手で杏介を自分の布団に引きずり込むと、杏介の体にぴっとりとくっつく。 隣では紗良がイルカのぬいぐるみを抱きしめて、すーすーと小さな寝息を立てていた。この小さな手に、どれだけの責任がのしかかっていたのだろうか。 頼る人がいなくて不安だっただろう。 考えるだけで心が痛むようだ。「おやすみ、海斗」 腕で包むようにして海斗の背中をトントンしてやると、しばらくして海斗も寝息を立て始めた。薄暗い部屋には二人の規則的な寝息だけが静かに響く。 紗良の容態に変化はなく、やはり先日の海斗の風邪をもらってしまったことで間違いなさそうだ。杏介はそうっと部屋を抜け出し、一階に下りた。 勝手知ったる我が家とまではいかないが、何度もお邪魔している石原家。あれこれ手を出すのはよくないと思いながらも、放置されているタオルやびしょ濡れになった床を軽く片付ける。 キッチンのシンクには夕飯の洗い物がまだ残っており、 風呂場や洗面所の電気も点けっぱなしのことから紗良の体調の悪さがうかがえた。(もっと早く気付いてやれたら……)着信履歴が示すように、紗良は杏介に助けを求めたのだ。 それにすぐに応えられなかったことが悔やまれて仕方がない。せめてもの罪滅ぼしというように、杏介は洗い物など目の届く範囲の家事をこなしていった。 日頃紗良がいかに頑張って海斗を育てているのかが少しだけわかったような気がした。
last updateLast Updated : 2025-02-02
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あなたがいい-09

深夜に目を覚ました紗良はもぞもぞと起き上がった。 まだ熱っぽいものの、ぐっすりと眠ったためかずいぶんと体が楽になっている気がする。 隣では海斗が寝相悪く転がっており、やれやれと布団をかけてやった。(杏介さん、いない……) ぐるりと見渡すがそれらしき人影はない。 つらくてどうしようもなく、 海斗がいろいろと世話を焼いてくれていたのは記憶にある。 そのあとに杏介が来てくれ、その姿を見ただけでどれだけ救われたことだろうか。 安心して急に眠気に襲われ、すぐに寝てしまったのだけど。一階へ下りればリビングから明かりが漏れていて、電気を消そうと紗良は顔を出す。 と 、ソファに杏介が横たわっていた。「……杏介さん?」「紗良、どうした?」「えっと、お水飲みたくて……」「ちょっと待ってて」杏介は立ち上がると紗良をソファに座らせる。 キッチンから水を持ってくると、紗良にグラスを手渡した。杏介は紗良の額や首もとに手を当て 「まだちょっと熱いな」 と体温を確認する。 気遣いが嬉しくて紗良は胸がぎゅっとなった。「来てくれてありがとう」「いや、すぐ気づいてやれなくてごめん」「そんなことない。 杏介さんはいつも私のこと……気遣ってくれて、優しくて……」言いながら胸が詰まる。 視界がぼやけてきてポロリと涙がこぼれた。
last updateLast Updated : 2025-02-03
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あなたがいい-10

「紗良?」「……ずっといてくれたの?」「そりゃ、二人を置いて帰るわけにはいかないだろ?」柔らかく微笑む杏介は涙に暮れる紗良をぐっと引き寄せ自分の胸に押しつける。 紗良は杏介のシャツを握りコテンと身を預けた。「……私、熱出して弱ってるのかな?」「俺は紗良が弱ってるときに側にいることができてよかった。こうして涙も拭ってあげられるし、抱きしめることもできる」杏介の手が紗良を優しく撫でる。 背中を撫でられるたび、頭を撫でられるたび、もっともっとしてほしいと体が欲する。紗良はゆっくりと頭を上げるとまっすぐに杏介を見る。 その視線を、杏介は大切に受け止めた。「わたし……本当は寂しいの。杏介さんがいないと、寂しくてたまらない。ずっと側にいたい」「ずっと側にいるよ。海斗が俺を受け入れてくれるなら、結婚しよう。もし受け入れてくれなかったら、その時は恋人になろう」「……いいの?」紗良の頬をまた涙が伝った。 杏介は親指で涙をすくい上げる。「何を今さら。俺はずっと紗良が好きなんだから。気持ちは変わらないよ」「……うん」「俺は紗良がいいんだよ」「私も……杏介さんが好き」自然と二人の距離が近くなる。 吐息が聞こえそうなほどに近づくのは、相手を自分のものにしたいから。「……風邪、うつるよ」「うん、そんなのどうでもいい」ボソリと呟いた杏介が紗良の唇を塞ぐまでにそう時間はかからなかった。ほんのり熱を帯びた唇は甘くて柔らかくて愛おしい。 ようやく気持ちが通い合えたことに胸がいっぱいになり、たまらなく幸せを感じた。
last updateLast Updated : 2025-02-04
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あなたがいい-11

母の入院が長いことと杏介の勧めもあり、紗良はラーメン店でのアルバイトを辞めることに決めた。 約二年間お世話になった店は店長始め従業員がとても優しく、恵まれた環境で働かせてもらっていたと改めて感じる。杏介が海斗を見ていてくれるというので、紗良は小分けのお菓子を持ってバイト先へ挨拶に出掛けた。「せんせー、なにしてあそぶ?」「そうだなぁ。何しようなぁ?」「オレねー、ほいくえんであやとりおぼえた」「あやとりなんて子供の頃やったきりだな」海斗は最近一人称が「海斗」から「オレ」になりつつある。 身長も伸びたしひらがなも読めるようになった。 順調に成長していく海斗。 もう今となっては海斗のことを他人の子とは思えないほどに杏介の中で愛しさが膨らんでいる。 紗良のことも海斗のことも大事にしたいという気持ちは変わらない。「なあ海斗、先生と一緒に住んでもいい?」「え、どうして?」「紗良姉ちゃんと結婚したいんだ」海斗はきょとんとして首をかしげる。「それって、せんせーがオレのおとーさんになるってこと?」「ん……、まあ、そういうことだな」改めて言われると心臓がドキリとする。 杏介にその気はあるが、海斗が受け入れてくれなければ引かなくてはいけないのだ。 それが紗良との約束だから。
last updateLast Updated : 2025-02-05
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