海斗が一年生に上がる前までに、入籍と引っ越しを完了する予定でいる。 それまではバタバタな日々が続くが、師走ともなると仕事の方も慌ただしくなった。相変わらずギリギリで出社した紗良は、フロア内がざわめいていることに気がついた。 小さな人だかりができていて女性たちの黄色い声が耳に届く。「紗良ちゃん」輪の中心にいた人物が紗良に声をかける。「わあ! 依美ちゃん!」紗良は驚いて目を丸くした。 依美は長かった髪をバッサリ切って、腕には小さな赤ちゃんを抱えている。 切迫早産の危険があり入院していたが、無事、十月に出産したのだ。 赤ちゃんは三ヶ月になろうとしているがまだ小さくふにゃふにゃだ。「うわあ、可愛い」「よかったら抱っこしてみる?」紗良が手を差し出すと依美は赤ちゃんをそっと乗せる。 思ったよりも軽く、そうっと触らないと壊れてしまいそうなほどに繊細だ。 海斗とは比べものにならないくらい柔らかい。 そう思うと、海斗は大きくなったんだなと改めて感じた。「ああ、あとさ……」「うん?」口を開いた依美は躊躇いながら一旦口を閉じる。 紗良は首を傾げながら抱いていた赤ちゃんを依美に返すと、依美は赤ちゃんを大事そうに抱きしめた。 そして今にも泣き出しそうな顔で紗良を見る。 言いづらそうにしていたが、やがて重い口を開いた。「私、紗良ちゃんに謝りたくて……」「えっ? 何かあったっけ?」「うん……。前に……結構前のことなんだけど、紗良ちゃんに対して、自己犠牲に酔ってるなんて言ってごめん。子供ができてわかった。何より大事だよね。私、あのとき無神経だった」本当にごめん、と依美は瞳を潤ませた。 紗良はつい最近も身近でこんなことがあったようなと記憶を辿る。――紗良に出会って海斗と接したり紗良のお母さんと話をして、ようやく気づけたというか……(あ、これって杏介さんと一緒だ……)経験を経て、その立場になってみてようやくわかること。 紗良が海斗のことを一番に考えていた気持ち。 それを依美は自身が妊娠することによって得たのだった。「急に入院してそのまま退職しちゃったからさ、皆には迷惑かけたなと思って、挨拶がてらお菓子配りに来たの」「そうだったんだ」「特に紗良ちゃんには迷惑かけちゃってごめんね。私の仕事やってくれてたんでしょ? あと、メッセージも返
最終更新日 : 2025-02-16 続きを読む