All Chapters of 泡沫の恋は儚く揺れる〜愛した君がすべてだから〜: Chapter 111 - Chapter 120

134 Chapters

愛した君とここから-07

海斗が一年生に上がる前までに、入籍と引っ越しを完了する予定でいる。 それまではバタバタな日々が続くが、師走ともなると仕事の方も慌ただしくなった。相変わらずギリギリで出社した紗良は、フロア内がざわめいていることに気がついた。 小さな人だかりができていて女性たちの黄色い声が耳に届く。「紗良ちゃん」輪の中心にいた人物が紗良に声をかける。「わあ! 依美ちゃん!」紗良は驚いて目を丸くした。 依美は長かった髪をバッサリ切って、腕には小さな赤ちゃんを抱えている。 切迫早産の危険があり入院していたが、無事、十月に出産したのだ。 赤ちゃんは三ヶ月になろうとしているがまだ小さくふにゃふにゃだ。「うわあ、可愛い」「よかったら抱っこしてみる?」紗良が手を差し出すと依美は赤ちゃんをそっと乗せる。 思ったよりも軽く、そうっと触らないと壊れてしまいそうなほどに繊細だ。 海斗とは比べものにならないくらい柔らかい。 そう思うと、海斗は大きくなったんだなと改めて感じた。「ああ、あとさ……」「うん?」口を開いた依美は躊躇いながら一旦口を閉じる。 紗良は首を傾げながら抱いていた赤ちゃんを依美に返すと、依美は赤ちゃんを大事そうに抱きしめた。 そして今にも泣き出しそうな顔で紗良を見る。 言いづらそうにしていたが、やがて重い口を開いた。「私、紗良ちゃんに謝りたくて……」「えっ? 何かあったっけ?」「うん……。前に……結構前のことなんだけど、紗良ちゃんに対して、自己犠牲に酔ってるなんて言ってごめん。子供ができてわかった。何より大事だよね。私、あのとき無神経だった」本当にごめん、と依美は瞳を潤ませた。 紗良はつい最近も身近でこんなことがあったようなと記憶を辿る。――紗良に出会って海斗と接したり紗良のお母さんと話をして、ようやく気づけたというか……(あ、これって杏介さんと一緒だ……)経験を経て、その立場になってみてようやくわかること。 紗良が海斗のことを一番に考えていた気持ち。 それを依美は自身が妊娠することによって得たのだった。「急に入院してそのまま退職しちゃったからさ、皆には迷惑かけたなと思って、挨拶がてらお菓子配りに来たの」「そうだったんだ」「特に紗良ちゃんには迷惑かけちゃってごめんね。私の仕事やってくれてたんでしょ? あと、メッセージも返
last updateLast Updated : 2025-02-16
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愛した君とここから-08

紗良は小さく首を横に振る。「ううん。私の方こそ……。私、あのとき依美ちゃんにそう言ってもらわなかったら自分の本当の気持ちを押し殺したままだった」あの時は目先なことしか考えていなかった。 海斗を立派に育てなければという使命感のみが紗良を支配していた。 依美の言葉は紗良を深く傷つかせたけれど、同時に自分のことを考え直すきっかけにもなった。「あのね、実は私、結婚するの」「いい人と出会ったんだ?」「うん、プール教室の先生」「えっ? もしかしてあの映画とか一緒に行ってたプールの先生ってこと?」「うん。だからね、依美ちゃんは私にきっかけをくれたんだ。自分の幸せを考えるきっかけ。本当に、ありがとね」「紗良ちゃぁ~ん」ズビズビと泣き出す依美に紗良も思わずほろりとする。 依美にハンカチを差し出せば「うええ」と更に泣き出した。「依美ちゃんって泣き虫だったんだ?」「違うの。なんかね、子ども産むと涙もろくなっちゃって」「そうなんだ?」コクコクと依美は頷く。 その経験は紗良にはないもので、何だか不思議に思う。 けれどきっと依美もそんな感じだったのだろう。「でも、本当におめでとう。自分のことのように嬉しい」「うん、ありがとう。依美ちゃんも、結婚と出産おめでとう」「ありがとう~」紗良と依美はふふっと微笑む。人はみな、違うのだ。 だからこうやって、意見が違えたりある日突然わかり合えたりするのだろう。
last updateLast Updated : 2025-02-17
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愛した君とここから-09

◇年も明け、紗良と杏介は婚姻届を提出するため役所を訪れていた。ドキドキとしながら書いた婚姻届は、あまりの緊張に二枚ほど書き損じてしまった。 年末には再び杏介の実家を訪れ、証人欄に名前を記入してもらった。 杏介の本籍は実家にあるため、そちらで戸籍謄本も取った。着々と準備が進むごとに結婚するんだという実感がじわじわとわいてくる。 そして今日という日を迎えた。「おめでとうございます」窓口に提出すると職員がにこやかに対応してくれる。 不備がないかなど確認し、滞りなく受理された。 案外あっけなく終わり紗良と杏介は時間を持て余したため、以前訪れたことのある公園まで足をのばした。まだ北風冷たく春になるにはもうしばらく先。 杏介は紗良の手を握り、自分のコートのポケットへ入れた。 吐く息は白いけれど、くっついていれば寒さなど感じないくらい手のひらからお互いのあたたかさを感じる。小高い丘の上にある展望台までのぼるとちょうど飛行機が通り抜けていった。 以前来たときはまわりの木々には緑の葉が生い茂っていて葉々を揺らしたが、今は冬のため枝がむき出しの状態だ。ところどころライトが付けてあることから、夜にはちょっとしたイルミネーションが見られるのだろう。「そういえば、本当に結婚式はしなくていいの?」「うん、だって家も建てるし海斗の卒園式もあるし、やってる暇なんてないよ。お金もないし」「紗良がいいならそれでいいけど……」杏介は顎に手を当ててうむむと考え込む。 あまりにも悩んだ表情をするため、紗良は自分の考えばかり押しつけていたのかもと思い焦る。「もしかして杏介さん、結婚式したかった?」「ああ、いや、そうじゃなくて、紗良のウェディングドレス姿を見てみたいと思っただけで。だって絶対可愛いし」「ええっ? そんなこと言ったら、杏介さんのタキシード姿だって絶対かっこいいよ」お互いにその姿を想像してふふっと笑う。
last updateLast Updated : 2025-02-18
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愛した君とここから-10

紗良が望めば結婚式だって何だって杏介はするつもりでいた。だが紗良はあっさりと、しなくていいと言った。三月には新居も完成予定で引っ越し作業が待っている。そして四月になれば海斗は小学一年生になる。何かと慌ただしい日々。これ以上予定を詰め込むのは難しい。なにより、杏介と結婚できたという事実が一番嬉しいため今は結婚式にまで頭が回らない。「紗良、好きだよ」「……杏介さん」「前は断られたからリベンジ」杏介は照れくさそうに笑う。ポケットにこっそりと忍ばせていたマリッジリングを取り出し、紗良の左薬指にはめる。マリッジリング自体は二人でデザインを決めて購入した。けれどそれを杏介が持ってきていただなんて――。紗良は喜びで胸がいっぱいになる。薬指にはまった指輪はダイヤモンドが複数並んでおり、揺れるような光沢はまるで水面のようにキラキラと輝いた。「杏介さん、私のこと好きになってくれてありがとう。ずっと待っててくれてありがとう」「こちらこそ。俺のこと信じてくれてありがとう。見捨てないでいてくれてありがとう。これからもずっと紗良のことを愛し続けるよ」「……ずっとだよ?」「うん、ずっと。約束する」「私も、杏介さんのこと愛し続けるって約束する」「……まるで結婚式みたいだな」「確かに。セルフ結婚式だね」ふふっと微笑む二人は自然と唇を寄せる。甘く優しい口づけは冬の寒さなど微塵も感じない。あの時とは違う胸の高鳴りが聞こえてくる。たくさんのことを乗り越えて季節をまたぎ、次の春がまたやって来る。愛した君とここから始まるのだ。二人の進む未来は明るく輝いていた。【END】
last updateLast Updated : 2025-02-19
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番外編① 泡沫の恋心-01

ドキドキと心臓が音を立てる。 聞こえないはずなのに耳に響いてくるよう。「き、杏介さんっ」「ん?」さっきから杏介さんは私の頭を撫でたり頬を撫でたりと手つきが優しい。……というよりあやしい。 そのたびに私はビクッと体が反応してしまって……。あああ、嬉しいんだけどこの先に待ち受けてるコトを想像して体が熱くなる。 っていうか、落ち着け私。こんな初心者丸出しで大丈夫だろうか。 上手くできなくて杏介さんに幻滅されないだろうか。「紗良……」杏介さんに名前を呼ばれ顔を上げる。 甘くて艶を含んだ瞳で見つめられ、より一層心臓がドキンと音を立てる。ギシッとベットが歪んで私は押し倒される寸前。あわわわわっ。 えっと、えっと、どうしてこうなったんだっけ?杏介さんと結婚すると決めてから、いろいろなことを同時進行しながら準備をしていた。 お母さんはまだ入院しているし海斗もいるし、杏介さんとはなかなか休みも合わなくて。 だけど杏介さんが「二人で指輪を買いに行こう」って誘ってくれて。そんなわけで私が平日に休暇を取って、海斗を保育園へ預けた直後からデートしていたわけなんだけど――。無事に指輪も選んでウキウキとしていたら、「紗良、俺のマンション来る?」って言われて「うん」って答えた。そういえば杏介さんの家に行ったことなかったし、一人暮らしってどんな感じなんだろうって興味もあったし。だけど杏介さんのマンションに近づくたびに、「あ、もしかして……」と気づいちゃった私。 むしろなんで今まで気づかなかったんだろうって、自分の鈍感さを恨んだ。そしたらもう、心臓バクバクしてきてやばい。 口から出そうになってた。
last updateLast Updated : 2025-03-04
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番外編① 泡沫の恋心-02

私だってもう大人なんだから、杏介さんが求めてきてるのはわかるし(いや、途中で気づいただけなんだけど)、私だって杏介さんとイチャイチャしたいって思ってたけど。けどっ……!こっ、心の準備がっ! だっ、だって、だって、まさか今日そんなことになるなんて思わないじゃない。 いや、むしろ察しろ私。 二人でデートなんだから予想できたでしょうに。こんなことなら可愛い下着を身につけてくるべきだったと、嘆いてももう遅い。杏介さんとキスする寸前。 キスしちゃったら、私、絶対そのまま流される自信ある。 あるけど、あるけどっ。大丈夫なの、私?そういうことちゃんと調べておけばよかった。 無頓着にもほどがあるだろ、わたしぃぃぃ。 毎日イルカのぬいぐるみ抱きしめて、海斗と一緒に早寝してる場合じゃなかった。「……紗良? 緊張してる?」キスする直前、杏介さんがふとそんなことを聞いてくるものだから、私の頬は一気に赤く染まった気がする。 熱い、頬が熱い。「……緊張……してるよ。だって、私……は、初めて……だし……」って何言ってるんだろう。 そんなことを申告してしまったら、余計に恥ずかしさが増して杏介さんをまっすぐ見られなくなった。 私はふいと視線をそらす。と、急に塞がれる唇。「んぐっ!」突然すぎて可愛くない声が出てしまった。 だけど杏介さんは今までより深く口づけたかと思うと、ついにそのまま私を押し倒した。 まるでスローモーションのようにベッドへ身が沈む。
last updateLast Updated : 2025-03-05
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番外編① 泡沫の恋心-03

「ぷはっ……」ようやく唇が離れたかと思えば、私を見下ろす杏介さんと目が合う。「紗良は本当に可愛い」「ど、どこがっ……さっきも可愛くない声が出ちゃったのに……」「うん? じゅうぶん可愛かったけど、もしかしてもっと可愛い声を聞かせてくれるの?」そう言われて一気に想像が膨らんだ私は、声にならない声を出して固まる。「き、き、き、杏介さんのエッチ!」「まだキスしかしてないのに、何か想像しちゃってる紗良の方がエッチだろ?」と杏介さんはクスクスと笑う。た、確かにそうかも――。って納得してる場合ではなかった。 どうしよう、どうしよう。「紗良、俺も緊張してるよ」「……うそ?」「ほんと」杏介さんは私の手を取り、自分の心臓へ持っていく。 トクントクンと刻む鼓動は確かに速い……気がする。 目をぱちくりさせると、杏介さんは柔らかく笑う。「ずっと紗良を抱きたいって思ってたんだから、夢だったらどうしようって思ってる。だからすごく緊張してる」「あ……わ、わたしも……夢みたいで……。それに、もっと可愛い下着付けてこればよかったとか、杏介さんをガッカリさせちゃったらどうしようとか、思っちゃって……」「はあー、紗良。ほんと、これ以上可愛いこと言うのやめて。俺の理性が吹き飛ぶ」「……吹き飛ぶ?」「そう、吹き飛ぶ」「んっ!」チュッと音を立てて食べられた唇。 優しくなぞられる体。どうしようなんて散々考えていたのは杞憂で、それでいて滑稽なことだったと、この後たっぷりと実感したのだった。
last updateLast Updated : 2025-03-06
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番外編① 泡沫の恋心-04

◇海斗のプール教室は、いつも弓香さんと一緒に観覧席から見守っている。 全面ガラス張りなのでほとんどすべてが見渡せ、海斗のみならず別のクラスを担当している杏介さんの姿もしっかりと確認できる。「うちも海ちゃんと一緒に同じクラスに上がれてよかったわ」「一緒だとやる気も上がるしいいよね」「でも先生が代わっちゃったのがちょっとなー。どうせなら小野先生がよかったわ」「弓香さん、小野先生推しだもんね」私は杏介さん推しだけど、なんて心の中で唱える。 チラリと視線を海斗から杏介さんに向ければ、逞しい体が目に入った。……急に思い出してしまう。あの日のことを。あの逞しい体に、抱かれたんだよね。 すごくかっこよくて、何度もキスをしてくれて、何度も紗良って名前を呼んでくれて、幸せで胸が張り裂けそうになった。初めてはすっごく痛かったけど、でもそれ以上に、杏介さんとひとつになれたことが嬉しくてたまらなかった。私、こんなにも杏介さんのことを好きで愛していたんだって改めて実感した。「おーい、紗良ちゃん? 紗良ちゃーん」「は、はいっ!」「どした? 推しでも見つけた?」「いや、なんでもないよっ」あまりにも杏介さんのことを見ていたからだろう、弓香さんが不思議そうに首をかしげる。前はプール教室の先生なんて全員同じ顔に見えていたし、推しだなんて考えたこともなかった。 だけど今はもう、全員違う顔に見える。当たり前だけど、杏介さんが一番かっこいい。もうちょっとしたら、弓香さんにもちゃんと報告しよう。 杏介さんと結婚しますって。 そしたら何て言うだろう? 驚くかな?その時のことを考えて、私はまたドキドキと心を揺らした。 【END】
last updateLast Updated : 2025-03-07
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番外編② ある日の朝の出来事-01

微睡みのなか目を開けると、一番に目に飛び込んできた顔に、紗良は一気に目が覚めた。「きっ……」杏介さんと叫びそうになって慌てて口を閉じる。目覚まし時計のアラームはまだ鳴っていない。まだほの暗く静かな部屋の中。杏介と、反対側にいる海斗の規則的な寝息だけがすーすーと聞こえてくる。イルカのぬいぐるみを抱いた紗良は、なぜか杏介に包まれるようにして寝ていたようで、しばし思考が止まる。(……なんで?)というのも、海斗を真ん中に三人で川の字になって寝たはずである。それなのにどういうわけか海斗は紗良の背中側におり(しかも寝相が悪すぎて布団からはみ出ている)、紗良は杏介にぴっとりとくっついている状態。紗良の腰には杏介の腕が巻きついている。要するに、イルカのぬいぐるみを抱いている紗良を杏介が抱いている、という形になるわけだが。(……抱きしめられてる)それを理解した瞬間、紗良の心臓はバックンバックンと騒ぎ出した。結婚して四ヶ月ほど経つというのに、隣に杏介が寝ているというだけでドキドキとしてしまう。間近に見る杏介の寝顔は、男性なのに綺麗で可愛いと感じる。長い睫毛や通った鼻筋、形の良い唇。そのどれもが愛おしく感じて胸が騒ぐ。
last updateLast Updated : 2025-03-08
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番外編② ある日の朝の出来事-02

触れたい――。そう思うのに、いつも自分からは触れられない。 杏介がきてくれるから応えるだけ。 それはそれで嬉しくてたまらないのだけど。 やっぱり自分からも積極的に……と思いつつ結局勇気が出ないまま流れに身を任せている状態。もう恋人じゃない、夫婦なのだから、何となく今までとは違う付き合いになるのではなんて思っていたけれど、まだまだ恋人気分が抜けないでいる。そもそも、恋人期間があったのかどうなのか、微妙なところではあるけれど。紗良はそっと手を伸ばす。 杏介の髪に触れるとさらっと前髪が流れた。少しだけ体を起こして杏介に近づく。 吐息が感じられる距離に心臓をバクバクさせながら、ほんのちょっとだけ唇にキスを落とす。ん……と杏介が身じろいだ気がして紗良は慌てて身を隠した。杏介が目を開けると、目の前にはイルカのぬいぐるみ。いつも紗良が抱きしめて寝ているあれだ。 そのイルカのぬいぐるみに身を隠すようにして紗良が丸まっている。この寝相は新しいなと思いつつ紗良の頭を撫でると、紗良はビクッと体を揺らした。 完全に起きていることがバレるくらいの動じ方だ。「……紗良、起きてるの?」「……起きてません」なぜそこで否定を……と思いつつ、目を覚ます前に感じた唇の感触を思い出して杏介は寝ぼけて回らない頭を無理やり動かした。(あれは夢じゃなくて、もしかしてキスだった?)
last updateLast Updated : 2025-03-09
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