「九くん、高橋社長の車から薬を取ってきて」と清水さんがすぐに言った。雅浩が立ち上がろうとした時、智哉に制された。「車に薬が何本もあって、どれがどれだか分からないんです。前は藤崎秘書が管理していたので、彼女に付き添ってもらえませんか」佳奈には智哉の意図が見え透いていた。しかし、清水家の夫婦の前では指摘するわけにもいかず、渋々と言った。「清水さん、奥様、失礼いたします。高橋社長の薬を取りに行ってきます」「ええ、早く行ってあげて」立ち上がろうとした瞬間、智哉に手首を掴まれた。彼も立ち上がり、清水家の夫婦に軽く頭を下げた。「体調が悪いので、ご家族の食事の邪魔をこれ以上するのは控えさせていただきます。失礼します」そう言うと、片手で胃を押さえ、もう片方の手で佳奈の手を引き、苦しそうに部屋を出て行った。部屋のドアが閉まるのを見た清水夫人は、すべてを見透かしたような目で雅浩を見つめた。「お母さんは昔気質な人間じゃないし、相手の恋愛歴なんて気にしたこともないけど、佳奈の件は、あなたが考えているほど単純じゃないわ。智哉の彼女への想いは並々ならぬものよ」せっかくの食事が智哉に台無しにされ、雅浩の表情は良くなかった。彼は鬱々と言った。「二人は以前付き合っていましたが、今は別れています」清水夫人は息子の肩を優しく叩きながら笑った。「お母さんは分かってるのよ。あなたが何年も彼女のことを想い続けてきたって。でも恋愛は両想いでなきゃダメ。あなたが一方的に想いを寄せるだけじゃ駄目なの。だから、佳奈の気持ちも考えないと。あの子はあなたのことをそういう目では見ていないみたいよ。今のあなたは少し考えが偏っているわ。他の人と付き合ってみたら?そうすればこの想いも徐々に薄れていくかもしれないわ」雅浩はお酒を一口飲み、苦悩の表情を浮かべた。「試してみなかったわけじゃありません。留学したての一年目、同じように考えて彼女を作りました。半年付き合いましたが、結局別れました。佳奈のことが忘れられなかったから。だから今回は三年前のように、簡単には諦めたくありません」息子の決意に満ちた眼差しを見て、清水夫人は微笑んだ。「あなたがどんな決断をしても、私たちは支持するわ。ただし、佳奈を困らせたり、自分を惨めな立場に追い込んだりしないで。引き際も大切よ」
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