All Chapters of 恋の罠にかかったら社長の愛から逃れられません: Chapter 11 - Chapter 20

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第11話

広瀬雫はペンを持つ手を止め、彼のほうは見ずに言った。「私と一緒に帰ってくれなくていいわ。帰ったらお義母さんに私から説明しておくから」「なにを説明するって?」有賀悠真は顔を曇らせ、目を細めた。「広瀬雫、まさか怒ってるんじゃないだろうな?おまえはこんなことで駄々をこねるような女じゃないと思っていたが」駄々をこねる?広瀬雫は目を閉じた。じゃあどのような人がそうではないというのだろうか?「私の夫は先に愛人と一緒に服を買いに行って、それから私を迎えに来て一緒に家に帰るって。有賀悠真、あなた本当に自分がひどい人間じゃないって思ってるの?」今や自分もデザイン原稿に集中することができないと分かり、広瀬雫はいっそのことペンを置き、目線を目の前の絶世のイケメンのほうに移した。彼は実際にとてもルックスが良い。高く整った鼻、薄い唇にその瞳。優しくなれば、彼に見つめられたいと思う女性は世界中にいるだろう。このような男性を好きにならない女性はこの世にいるだろうか?「これ以上用がないのであれば、有賀社長、お先にどうぞ。私はまだ仕事がありますので、あなたに構ってる時間なんてないんです」広瀬雫は彼に出て行けと言わんばかりに告げた。有賀悠真はすでに怒りが頂点に達していた。彼は凍るような冷たい目線で広瀬雫を睨み、最後にふんと鼻を鳴らし去っていった。「勝手にしろ!」広瀬雫は有賀悠真が去っていく背中を見つめ、しばらく深く呼吸をして気持ちを整えた後、ようやく窒息しそうな感覚が和らいできた。携帯が鳴り、彼女はその着信相手を見ると顔色が一気に青くなり、出らずにそのまま電話を切ってしまった。そして携帯を適当に机の上に放り投げ、広瀬雫は目の前のデザイン原稿を見つめ呆然としていた。......退勤時間となり、春日部咲はおめかしをして先に会社を出て行った。広瀬雫は無表情で彼女が去っていく後ろ姿を眺めていた。彼女は会社に残り、そのままデザイン画の修正を行った。風間湊斗の個人資料を調べて見たことがある。彼が昔どのような不動産プロジェクトに関わったのか、その中から有用な情報を引き出したかったのだ。例えば、彼はどのようなスタイルの建築に興味を持っているかを理解し、それを自分の作品に取り入れようと思っているのだ。そして偶然、彼に関する動画を目にした。そ
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第12話

クラブルミナスにて。広瀬雫は店員の案内でようやくロビーの片隅にひっそりといた長谷川優花を見つけだした。彼女が近づいていった時、長谷川優花はつまらなさそうに、自分の前にあるレモンジュースをシャンパンの中に入れながら、頻繁に頭を上げてそのコーナーのすぐ横にある一本の廊下のほうをチラチラと見ていた。「何を見てるのよ?」広瀬雫は彼女の向かい側にある椅子に座ると、ようやくモヤモヤとしていた頭が少しだけスッキリするのを感じた。長谷川優花は彼女が来たのを見ると、瞳がすぐにキラキラと輝きだした。彼女は広瀬雫に手招きをし、少し興奮した様子で声のトーンを抑えて尋ねた。「あなた、風間家の三男坊を知ってる?」広瀬雫は彼女のその言葉の意味をはっきりと理解した。ただ今日の彼女は体の調子が悪く、元気がなかったので淡々と彼女に注意した。「優花、元カレと別れてまだ一週間しか経っていないでしょう」「それでも別れたことに違いはないじゃない!」長谷川優花は太ももを叩き、少し広瀬雫の言った言葉に不満そうに白目で一瞥した。そして我慢できずにこう続けた。「あのね、今回は私本気なのよ!ある日、市役所のロビーで彼をひと目見た時......白シャツに黒のスーツでさ、重苦しい色なのに彼がそのスーツを着たとたんに、エレガントで高貴な雰囲気に......本当に天使が舞い降りたかのようだったのよ!絶対的な紳士!彼の一つ一つの動作が、もう私を虜にしちゃったわ......雫、私は絶対彼を追いかけて、結婚してやるんだから!」「あなたが今までに結婚すると言った男性は、ここからあなたの家まで並べるほどたくさんいるけど」広瀬雫は一口レモンジュースを飲み、長谷川優花の話を真面目に捉えて聞いてはいないようだった。長谷川優花は広瀬雫の幼馴染で、芸能界では有名な移り気な女王様で知られていた。男性をまるで服のように取っ替え引っ替えし、広瀬雫とは全く正反対の恋愛歴だ。ただ、毎回彼女がある男性を追いかける時、必ずその男性と結婚するという考えに重きを置いているのだが、今でも彼女はまだ独身のままだった......「雫、いつも私のやる気をなくさせるわよね。どうりで私の恋愛がいっつも失敗に終わるわけだわ」長谷川優花の表情は一気に曇り、撮影現場ではない演技が始まり、彼女は目を真っ赤にさせ涙をぽろぽろと流した。広瀬雫は少し
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第13話

ただ彼女は長谷川優花ではない。すでに完全に絶望しているのに、心の奥底ではやはりこの男に対して少しの期待を持っているのだ。彼女自身、自分が救えない人間だと分かってはいたが、ただこの数年間の努力が水の泡として消えてしまうのがただ悔しかったのだ。これでは彼女の愛情は一体何だったというのか?口角を引き締め、広瀬雫は近くで足元をわざとふらつかせてイケメン男性の懐に飛び込む長谷川優花を見て、深く息を吐き出し、立ち上がってその場を離れた。クラブルミナスのロビーにて、横山太一はさっきクラブ駐車場のサービス員に車の鍵を渡したところだった。クラブのロビーに入ってすぐ、広瀬雫がぼうっとしながら外へ出て行くのを見かけ、彼は少し驚き、すぐにそそくさと中へと入っていった。......クラブルミナスのプライベートVIP個室ルームにて。この個室はルミナスにある他の個室とは違っていて、神田裕介のプライベートな娯楽場であり普通の個室よりももっと落ち着いた雰囲気と豪華さがある部屋だ。この時の個室内は、タバコの煙で霞んでいて、麻雀をしたり、歌を歌ったり、叫んだりする者もいて、あらゆる娯楽が揃っていた。目利きがある者なら、この個室にいる人物はみんなB市でかなりの身分のある大物ばかりだと気づくだろう。もしこの中の誰か一人でも怒らせれば、今後B市に居続けられるとは思わないほうがいい。横山太一はいつも通りの慣れた動きでドアをノックし、個室の中へと入っていくと、部屋の隅のほうへそのまま歩いていった。隅のライトは薄暗く、スタイルの良い男性がそこに座っているだろうことだけが分かった。唇は少しオレンジよりの赤で、タバコの煙が柔らかい絹物のように上にあがっていた。横山太一に気づき、その人物は体を少し前かがみにした。白シャツに黒スーツ姿のラインが美しいそのスラリとした姿と、その絶世の美形の顔がライトに照らされて、だんだんはっきりとしてきた。そして最後にあの冷たく感情のこもっていない瞳が現れてきた時、横山太一の目つきと所作は自然と厳粛なものへと変わった。「風間社長、サニーヒルズプロジェクトで競い合う三つのデザイン会社が決まりました。有賀、浅野、足立グループの三つです」男性は無表情のまま、襟元のネクタイを緩め、頷いた。彼の横で、途中から風間湊斗に強制的に入れ替わりさせら
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第14話

今日解熱剤を飲んでそれが効くかどうかは分からない。広瀬雫がクラブルミナスから出てきた時には頭がフラフラしていたので、帰るのはやめてロビーにある休憩所へと戻りそこに座って休んでいた。彼女が額を触ってみると、さっきよりも熱が出てきているようだった。少し休んでから帰ろうと思っていたら、この時、あるグループがクラブルミナスに入ってきた。その一番前を歩いていたのはグレーのスーツを着て、もみあげ部分の髪を普段よりかっちり決めて厳しさを増した無表情の美形男性だった。広瀬雫がよく知っている顔だ。思いもよらず、この時有賀悠真が幼馴染たちを連れてクラブルミナスにやってきたのだ。彼らはこのクラブルミナスの常連客のようで、それぞれ腕の中にセクシーなドレスを来た女性を抱きしめ入ってきた。有賀悠真の胸の中にいたのは少し内気な感じの白いドレスに薄化粧の女性で、まるで小鳥が拠り所を求めているように彼の胸の中に縮こまっていた。広瀬雫は胸が張り裂ける思いで「ガタン」と音をたて立ち上がった。振り返る間もなくグループの中の一人に気づかれてしまった。その人物が有賀悠真に何を言ったのか分からないが、有賀悠真は顔を曇らせ胸の中の女を離すと、不機嫌そうな顔で広瀬雫のほうへ向かって来た。広瀬雫はソファに置いていたハンドバッグを持ち、彼が向かってくる方向とは逆方向へクラブルミナスから出ていこうとしたが、後ろから手を掴まれ引っ張られた。「ここで何をしている!」有賀悠真はすでに彼女の後ろに来ていた。彼の声はとても冷たく、広瀬雫は自分の手がじんじんと痛むのを感じた。彼女は無表情で彼のほうへ振り向くと、視界の端にやりきれない顔で彼らを見つめるあの白いドレスを着た女が見えた。彼女のあの表情を見ると、まるで雫が彼女たちの結婚をめちゃくちゃにした浮気相手のように見える。広瀬雫は自嘲の笑みを浮かべた。「あなたはここに来ていいのに、私は来ちゃダメだとでもいうわけ?」有賀悠真の顔色が一気に変わり、瞳にも陰りが見えた。「おまえは今夜用事があると言っていたな、それはここに来てふざけた真似することだったのかよ!?」ふざけた真似?広瀬雫は笑い、涙が滲んできた。「なに、あなたはここで酒を飲んで女遊びしてもいいけど、私はここに来て遊んじゃダメだとでも言うわけ?」「有賀悠真、あんたは毎日女を
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第15話

「実はですね、本来は私が風間社長をマンションまで送る予定だったのですが、さっき病院から電話がかかってきまして、私の彼女が交通事故で病院にいるから来てくれと言うんです。他に頼める人がいなくて、さっきクラブルミナスでちょうど広瀬さんをお見かけしたもので、もしご迷惑でなければ、社長を私の代わりに家まで送っていただけないでしょうか?社長は少し酒に酔っていまして、車の運転ができないんです。他の人に頼むのもちょっと安心できなくて」「......」広瀬雫は深くひと呼吸し、額を触って少し困っていた。「でも......」「お願いします、広瀬さん。病院からあまり状況がよくないと言われて、早く病院に行きたいんです。本当にご迷惑をおかけしますが、彼女になにかありでもしたら!」横山太一の彼女の怪我がどの程度なのか分からず、このような状況で広瀬雫は横山太一のお願いを断るのも申し訳ない気がした。それにサニーヒルズプロジェクトの件で、できれば横山に悪い印象を残したくもなかった。「......分かりました。今どこにいらっしゃいますか?」「駐車場のAエリアXXX番で、車のナンバーはXXXXXです」そう言い終わると、横山太一は直接電話を切った。これ以上続けると、自分はぼろが出てしまいかねない!広瀬雫は携帯を見て、ため息をつき、さっき横山秘書が言っていた方へと重たい足どりで歩き出した。横山太一の言った場所に着いた時、彼は手に携帯を持ち、シルバーのベントレーミュルザンヌの前でソワソワと行ったり来たりしていた。彼女に気づくと、彼はほっとした様子で急いで彼女のほうへとやってきた。「広瀬さん、本当にありがとうございます。今後広瀬さんが何か困ったことがありましたら、全力でお助けいたします!車の鍵は中にあります。風間社長の家の住所はXXXXXです。広瀬さん、風間社長は少し飲みすぎましたので、社長を家まで送り届けたら、申し訳ないのですが、酔覚ましにスープでも作って飲ませてやってもらえませんか?どうもありがとうございます!」そう言い終わると、広瀬雫が何かを言う暇もなく、彼は駐車場の外に向かって走っていった。「......」広瀬雫は横山太一の逃げるように去っていく後ろ姿を見て、少しおかしいと思った。そして彼女は車のほうに向き、ベントレーの後部座席に目をやった。風間湊斗は相
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第16話

夜の車の流れはスムーズで、一時間くらいで市の中心にあるオルキデアメゾンに到着した。オルキデアメゾンはB市の一等地にある高級マンションだ。そこは一般的な金持ちが住めるような場所ではなく、普通に権力があるだけでは手に入れられるような場所ではない。ここは風間グループが二年前に開発したもので、計画の段階ですでに完売したと聞いている。当時、有賀恭子も彼女と有賀悠真の新居にと考えていたが、残念なことにそのときには部屋は完売で手にいれることができなかった。広瀬雫はさっき有賀悠真から電話がかかってきて、それを自分が切った後、彼が再びかけてくることはなかったので、自嘲して笑った。セキュリティが広瀬雫が運転している車を見ると、いそいでゲートを開けたので車は停止する必要なくそのまま駐車場へと入っていった。駐車した後、広瀬雫は少し気を揉んでいた。風間湊斗は180センチ以上ある長身男性だ。体格は見た感じそこまで逞しいというわけではないが、着痩せするタイプらしく脱いだら筋肉がある男性だ。言うまでもなく、この時の彼はひどく酔っていて、彼自身に歩けるような力はなさそうだったのだ。駐車場にある車はどれも高級車だったが、そこには一つも人影はなかった。広瀬雫は彼一人ここに残して誰かを呼びに行く勇気もなく、仕方なく後ろのドアを開け、唇を噛み、風間湊斗を支えて車から降りた。幸いにも、風間湊斗はベロベロに酔っ払っていたが、それでも少しは意識があるようだった。広瀬雫が彼の体を支えた時に、彼も車を降りることが分かっているようだった。両足が地面に着いた時、二人とも少しよろけてしまった。広瀬雫はもう片方の手で急いで車につかまり、ギリギリ立ち姿勢を保つことができた。「私、こんなに苦労しても文句一つ言わないんですから、サニーヒルズの件を私に任せてくださったら、有賀グループに多く利益をくださいます?」風間湊斗が聞こえていないのをいいことに、広瀬雫は小声でブツブツとつぶやくと、足を車のドアの端にかけて閉めた。この時、本来目を閉じていたはずの無表情の男性の口角がひそかに上がっていることに気がついていなかった。「重たい......」広瀬雫は風間湊斗を支えながら数歩歩き、車に鍵をかけてエレベーターのほうへ向かっていった。以前、風間湊斗の体に少し触れたことがあったが、この時
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第17話

太ももあたりなので、ポケットの中は少し熱かったが、嫌な気持ちはしなかった。広瀬雫はしばらくポケットの中を漁っていたが、鍵は見つからず額には汗が浮き出てきた。男性のふとももの筋肉は硬くしっかりしていて、彼女が極力気をつけていても接触は避けられなかった。彼女の顔は熱のせいか恥ずかしさのせいか、耳まで真っ赤になっていた。そして仕方なくもう片方のポケットを探すとようやく鍵が見つかった。そのもう片方のポケットは手を伸ばすには少し距離があり、しかも今向いている方向からは届きにくかったので、広瀬雫は何度も手探りをしなければならず、恥ずかしさのあまり窒息してしまいそうだった。そして最後にようやく鍵を見つけることができた。彼女の錯覚なのか、男性の体が少し硬直したのを感じた。彼女は深く息を吸い込み、目は閉じていても神様でも嫉妬するほど美形の男性を見て、顔が熱くなった。坂本美香が毎日つぶやいている言葉を思い出し、彼女は耐え切れず小声でつぶやいた。「もし坂本さんが今夜のことを知ったら、言い訳のしようがないわね」言い終わると、鍵を差込み玄関のドアを開け、男性を支えながら中へ入った。部屋には階段があり一階と二階に分かれた形になっていた。広瀬雫はもう完全に力がなく、そのまま彼をソファの上に座らせて額の汗を拭き取るとキッチンへと入っていった。冷蔵庫の中にはありとあらゆるものが揃っていた。広瀬雫は有賀悠真と結婚してから、ちゃんとした妻になれるように専門的に料理を習いに行ったことがある。彼女は酔い覚まし用のあさりの味噌汁をてきぱきと作り、テーブルの上に置いた。この時、彼女はようやく風間湊斗の家をじっくりと見回してみた。部屋はとてもスッキリとしてきれいで、まさに男一人暮らしの部屋といった感じだ。全体的に色は暗めのトーンで、白黒の現代風スタイルだった。細かく見てみると、風間湊斗の私生活はとても健全なもののようだ。女性の影は全く見られず、長い髪の毛一本も見当たらなかった。B市にある名家は少なくない。有賀悠真と彼の幼馴染たちを見れば分かることで、このような上流階級にいる男たちはプライベートでは男女関係が乱れていた。その身分や立場から言えば、風間湊斗がこんなに愛情に深い人間であることは想像しにくいのだ。彼女はソファで眠っている男性のほうを向いた。目を閉じているので
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第18話

南区郊外にある別荘にて。黒いビロードのカーテンが開けられ、月明かりが窓ガラスに透けて床を照らした。窓から外を見下ろすと、遠くのB市の煌びやかな夜景が瞳に飛び込んできた。春日部咲はこの場所をとても気に入っていた。有賀悠真が一度ここへ連れてきてからというもの、彼らが密会する時は必ずここを選んでいた。有賀悠真は春日部咲の隣から身を起こし、ガウンを手に取り体にかけるとベッドの端に座った。そしてすぐにタバコの匂いが部屋に漂った。月はとても美しかった。彼の顔にはいかなる感情も現れていない。春日部咲はタバコの煙で少しむせて二回咳をした。水のように流れるしなやかな体を有賀悠真の肩に絡ませ、目の前のハンサムな男性をじっと見つめた。「悠真、何か悩みでもあるの?」部屋に入ってから、彼がベッドの上で話した言葉を除いて、まともな話を彼女としていない。冷ややかな顔はずっとこわばっていて、彼の機嫌の悪さがはっきりと見て取れた。有賀悠真は少し頭をかしげ、春日部咲と目を合わせた。月光の下、彼女の瞳は宝石ようで、笑った時にはキラキラと光輝いていた。それは記憶の中のあの瞳と特に似ていた......彼は少しぼんやりして、そして深くタバコの煙を吸い、横に置いてあった灰皿にタバコを押し付けて火を消した。「今後は、広瀬雫とトラブルを起こすなよ」彼がはっとした時、この言葉が口から出ていた。彼の声は低く、少し冷ややかだった。それを聞いて春日部咲は少し驚き、自分の聞き間違いじゃないかと思った。しかし、有賀悠真の冷たい表情を見て、彼女の瞳には嫉妬の色がちらつき、悲しそうにこう言った。「悠真......誤解しないで。今日は確かに広瀬雫がサニーヒルズプロジェクトの功績を独り占めしたもんだから、腹が立って彼女のところに行ったの。あなただってこのプロジェクトは私と彼女二人が責任者だって知ってるでしょ。まさか広瀬雫があんな人だったなんて、私――」「君と彼女が共同責任者だって言うが、デザイン原稿作成に君は関与したのか?」春日部咲がひたすら責任逃れする言葉を聞き、有賀悠真は眉間にしわを寄せ、そのまま立ち上がった。この時、心の中には言い表せない苛立ちが湧き上がり、彼は一秒でもこの場に居たくないと思った。春日部咲は驚き、彼が行ってしまうと思い慌てて走り寄り彼を抱きしめた。「悠真
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第19話

大塚賢仁は目の前のこの光景、彼ら仲間内で最も女っ気のない稀有な存在が、今正に『優しく』懐の女性を抱きしめている姿を見つめていた。もし自らの目で見ていなかったら、彼はこれはおとぎ話かなにかかと思うところだった。「湊斗、この女性に注射を打ちたいんだが」大塚賢仁は唾を飲み込み、薬を入れた注射器を男の前にチラつかせて見せた。しかし、その男の顔は一気に沈んだ。「彼女は熱を出してるんだ。これが一番早い解熱方法だよ」大塚賢仁はそれ以上は注射器の針をチラつけせず鼻をさすって自分には罪はないと釈明していた。ただの注射だろ、別におおごとじゃないんだぞ!この四男坊の彼女を大事にしている様子からすると、彼の懐にいる女性を少しでも傷つけようなら、自分に明日は来ないような感じだ!風間湊斗は少しだけ女性を自分の懐から離し、大塚賢仁に早くしろと示した。注射針が刺さって、懐にいる女性の体が一瞬こわばったのを見て、風間湊斗は自分も痛みを感じたかのように薄い唇をきつく閉じた。彼の雰囲気で寝室も冷たい空気になった。大塚賢仁は冷や汗をかき背中を濡らしていた。注射をし終わると、注意事項を述べて彼は迅速に道具を片付けマンションから去っていった。マンションから出てすぐ、彼は携帯を取り出すと、さっきこっそりと撮った二人の写真を仲間内のLINEグループに送信した。やはり、写真が送信されると、鳴りを潜めていた奴らが湧き出てきた。神田裕介:「マジか、これって伝説の湊斗兄の片想いの相手!?」大塚賢仁:「見たところそうだろうな。滅茶苦茶大事そうにしてたし、彼女に注射する時の湊斗の目つきといったら、俺を死刑にでもしたいような目つきだったんだぜ!」神田裕介:「こえぇ!!!一体どこぞのお嬢様だよ。はやくはっきり映った写真を!」竹内晃:「こいつのどこに真正面から撮りに行く勇気があるんだよ。でも......なんだか広瀬さんというお嬢さんに似ている気がする......」......大塚賢仁もなんとなく見覚えがあると思った。ただすぐには思い出せなかったのだ。彼は携帯をなおし、また風間湊斗のマンションのゲートを見つめ、頭を振ってその場を後にした。寝室では、風間湊斗は下を向いて懐にいる女性を見つめ、彼女が起きていない時だけ積極的に近寄り、少しかすれた声で笑った。
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第20話

「あ、それは私がやりました」酒井さんはとても親切そうに微笑んだ。「汗をとてもかいていらしたから、着替えないといけませんでしたからね。お腹がすいたでしょう。起きて朝食を召し上がってください。そうだ、洗面所に歯ブラシなど必要なものは揃えておきました。ピンク色のを使ってくださいね」広瀬雫はどうも奇妙な感覚だった。朝、知り合いとはいえ、そんなに親しくない男性の部屋で目を覚ましたのだから、どう考えても、おかしいだろう。でも、昨晩は熱を出してやっぱり記憶がなかった。彼女は少しためらって尋ねた。「風間社長は......今どちらにいらっしゃいますか?」「ジョギングに行かれましたよ。もう少ししたら戻って来られます」広瀬雫はそれを聞いてビクッとし、すぐに起き上がった。後で風間湊斗にどんな顔で会えば良いのか分からないので、彼が戻るまでにこの場を去ってしまいたかったのだ。彼女は頭も昨日のように目眩もせず、体調がかなり良くなったのを感じた。自分の服に着替え、洗面所に入ったところでまた呆気にとられた。洗面台の上には2つの歯ブラシセットが置かれていて、紺色とピンクが並んでいた。セットが2つあるのは別におかしいことではない。さっき酒井おばさんも言っていたことだし、ピンクのほうは彼女のために用意してあるものだからだ。それはいいのだが、問題はこのセット2つが置かれている位置である......うがい用のコップはぴったりとくっついて並び、歯ブラシは2つが寄り添う形で置かれている。2枚あるタオルは交差して置かれていた......ものすごくカップル用だ......それを見て広瀬雫の顔が火照った。そして急いでこのようなおかしな考えを振り払った。おそらく酒井おばさんがこのように置いていたほうが見た目が良いと思っただけだろう。タオルを使うのは気が引けたので、歯ブラシだけ使わせてもらい、その後適当に顔を洗って振り向いた時、そばにあった黒い下着に目が吸い込まれた。豪華で風格のある洗面所の真ん中に異様な姿の一本線が引かれてあった。そこには黒いブリーフが干してあったのだ......広瀬雫の顔は血よりも真っ赤に染まり、慌てて視線をそれから外すと、逃げるように風間湊斗の寝室に出て行った。酒井さんは彼女に朝食を食べるように勧めたが、彼女はそれをやんわりと断った。彼女は少し片付け
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