All Chapters of 夫の元カノが帰国!妊娠隠して離婚を決意した私: Chapter 781 - Chapter 790

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第781話

西也は振り向いた瞬間、成之の冷たい声が背後から響いた。 「西也、俺は真剣に言っているんだ。これは相談じゃない。お前は若子と離婚しなければならないんだ」 西也は足を止め、顔に抑えきれない怒りが湧き上がった。 「なんで?」 彼は振り返り、顔を険しくしながら続けた。 「理解できません。父さんですら何も言わないのに、どうして急に俺と若子を引き裂こうとするんですか?」 成之はしばらく黙った後、冷静に答える。 「お前たちは一緒にいるべきじゃないんだ」 「なぜ?」 西也はその理由を聞きたかった。成之が何も言わないのを見て、思わず言葉を続けた。 「叔父さん、もしかして、若子が前夫の子を妊娠していることが気に入らないんですか?」 「違う」 「じゃあ、どうして?」 成之はため息をつき、ゆっくりと切り出す。 「西也、お前、記憶を取り戻したのか?」 その言葉に、西也は拳をぎゅっと握りしめた。手のひらが汗ばんでいる。 「完全には戻っていません、大部分はまだ覚えていません」 成之は半信半疑で聞いていた。 彼が半信半疑でいるのも、西也が自分の甥だからこそ。もし他の人間なら、疑う余地もない。 「西也、離婚はお前たち二人にとっても良いことだ。そうしないと、後で後悔することになる」 「もう十分です!俺と若子はちゃんと話したんです。俺たちが結婚した理由が何であれ、俺が離婚を言い出さない限り、若子は俺と離婚しないって決めたんです。彼女はずっと俺の妻でいたいと言っています」 「なんだと?」成之は前に進み、西也に迫った。 「彼女はずっとお前の妻だって?それを彼女が言ったのか?」 「はい、もし信じられないなら、彼女に確認してみてください。若子は俺がこの世界で最も彼女にとって良い男だって言ってくれました」 西也は心の中で、ようやく辛い時期を乗り越え、希望を感じていた。 でも、その矢先、叔父が突然、彼らを離婚させようとしているなんて、まったく不条理だ。 彼は、適当に相槌を打つことすらしなかった。聞き流すどころか、完全に拒絶するように表情を引き締めた。 彼は理屈を通すことに決めた。 「西也、お前は変わったのか、それとも最初からお前の本当の姿を見誤っていたのか、どっちだ?」 成之は心の中で、もし西也が記憶
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第782話

曜は、もう我慢できなかった。光莉が突然、離婚したいと言ってきた。そして、彼が何度も電話をかけ、メッセージを送っても、光莉は一切返信しなかった。 仕方なく、彼は自分の母親に頼ることにした。 「母さん、光莉が離婚したいって言うんだ。どうしてこんなことになったのか、わからない。電話もメッセージも無視されてるんだ。助けてくれ」 曜が部屋に入ると、すぐに母親の手を握った。華はその騒がしさに頭を抱えた。 「はいはい、曜、あんたももう三十過ぎでしょ。もう少し落ち着いてくれない?」 「母さん、俺は......」 突然、曜は言葉を失った。 母親が「三十過ぎ」と言った瞬間、彼は自分の耳を疑った。 「母さん、俺の年齢、今なんて言った?」 「自分の年齢もわからないの?まさかまだ三歳だと思ってるの?」華はあきれたように頭を振った。「あんたに何度も言ったでしょ、光莉にはもっと優しくしなさいって。外の女と関わるのをやめなさいって。言うことを聞かないからこんなことになるんじゃない」 「母さん、それはもうずっと前の話だよ」 「ずっと前って、どれくらい前よ?修はまだ十歳でしょ。あんた、この数年、全然父親らしいことしてないじゃない。今更、妻に許してもらおうなんて、そんな簡単にはいかないわよ」 母親のあからさまな嫌悪感を見て、曜は数年前のことを思い出した。 母親はいつも、こうやって自分に厳しかった。 でも、それはもうずっと前のことだ。 それに、母親が言った「修は十歳」って、どういうことだろう? 「母さん、修、今年で十歳って言った?」 華は手を上げ、曜の頭を軽く叩いた。 たとえ息子がどれだけ大きくなっても、母親にとっては子供のままだった。 「自分の息子の年齢もわからなくなったの?曜、言わせてもらうけど、あんた本当にいい加減よ。どうしてそんなに無頓着でいられるの?妻や子どもに対して、もっとちゃんとしなさい。私、本当にあんたにはがっかりしてるわ」 曜は口を開きかけたが、その時、少し離れたところにいた執事が彼に向かって目配せしているのに気づいた。 「母さん、ちょっとトイレに行ってくる」 「はいはい、行ってきなさい。まったく、いくつになっても母親を心配させるんだから」 曜は立ち上がり、執事に連れられて人目のない場所へ移動した
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第783話

翌日。 光莉は曜に電話をかけた。 冷たい声で、ただ一言だけ告げる。 「今日、役所の前で待っているわ。忘れないで。もし来なかったら、裁判に訴えるわよ。あんたの浮気の証拠はすべて揃っているから」 そう言って、光莉は通話を切った。 それから1時間もしないうちに、二人は役所の前で顔を合わせた。 曜は息を切らしながら駆け寄る。 「光莉、一体どういうことだ?ちゃんと理由を聞かせてくれ」 「理由なんて必要ない。ただ、もうあんたと一緒にいたくないの」 「でも、お前は十分自由にしてるじゃないか。もう一緒に住んでるわけでもない。ただ、時々会うだけだろう?」 「それでも嫌なのよ」光莉は冷たく言い放つ。「もうあんたの顔を見たくない。私は離婚して、あんたと完全に縁を切りたいの」 「もし俺が離婚を拒んだら?本当に訴えるつもりか?」 「ええ。私はもう、あんたのどんな脅しにも屈しない」 曜は拳を強く握りしめ、悔しさと悲しみに目が赤く染まる。 まるで血の涙を流しそうなほどに。 光莉は、その目を直視することができなかった。 ―正直に言えば、曜は変わった。 彼は戻ってきたあと、光莉に対してはひたすら従順だった。 何を言われても、何をされても文句ひとつ言わず、ただ彼女のそばにいることを望んだ。 何ヶ月も放置されても、一度も無理に会おうとしなかった。 たったひとつの笑顔を向けられるだけで、曜はそれだけで幸せそうにしていた。 時々、光莉も思った。 ―このまま彼を許してしまってもいいのではないか、と。 彼は本当に反省し、もう二度と過ちを繰り返さないとわかっているのだから。 ―だが、10年分の傷をどうすれば埋められる? 人生には、何度もやり直せるほどの時間なんてない。 高峯でさえ、彼女を傷つけたのはたった2年だった。 しかし曜は、10年だ。 その年月の重みを、光莉は受け止めきれなかった。 「曜、私はもう変わったよ。昔の私じゃないの」 「俺はそんなこと気にしない」曜は真剣な眼差しで見つめる。「光莉、お前はずっと俺が愛する人だ」 「そう?」光莉は皮肉めいた笑みを浮かべる。「じゃあ聞くけど、あんたは他の女と寝たことがある?」 「ない」曜は即答した。「お前の元に戻ってからは、お前だけだ」 「
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第784話

曜と光莉は、再び華のもとを訪れた。 屋敷に足を踏み入れると、いつになく慌ただしい空気が漂っていた。 使用人たちが掃除に追われ、あちこちで家具を動かしている。 「そこのテーブルは向こうに移して」 「この花瓶、ここじゃ映えないわね。あっちに置きなさい」 華が指示を飛ばしている最中、「ガシャン!」と大きな音が響いた。 一人のメイドが花瓶を落としてしまい、驚いて泣き出してしまった。 「まあ、なんて不注意なの!」 華は眉をひそめながらも、すぐにメイドの前へ歩み寄る。 「次からはもっと気をつけなさいよ」 「申し訳ございません、奥様。本当にすみません......!」 「いいから、ケガはない?」 「い、いえ......」 「ならいいわ。片付けて、次から気をつけなさい」 「はい......!」 華は少し厳しい口調だったが、それ以上責めることはなかったし、弁償を求めることもなかった。 そんな母の活気あふれる姿を見ながら、曜は思わず声をかける。 「母さん、何をしてるんだ?」 「あら、見てわからないの?掃除よ」 曜は周囲を見回す。 「なんで急に?」 「掃除に理由なんているの?」華は笑う。「曜、昨日も来たのに、また来たの?」 曜は驚いた。 母が、昨日自分が訪れたことを覚えている。 「光莉も来たのね」 華はにこやかに近づき、光莉の手を優しく握った。 「ちょうどいいわ、見てちょうだい。この配置、どうかしら?」 「......お義母さん」 光莉はじっと華を見つめた。 曜から聞いた話とは違う。 目の前の彼女は、まるで何の問題もないように見える。 「どうしたの?」華は穏やかに微笑む。「何か話したいことがあるの?」 「......」 光莉は言葉を詰まらせた。 「まさか、曜がまた何かしたの?」 華は光莉の手を離し、曜の前に立つ。 「曜、また光莉を困らせたのね?何度言ったらわかるの?」 「違うよ、母さん!」曜は慌てて否定する。 「いいえ、お義母さん。曜は何もしていません」 光莉がすぐにフォローを入れる。 「今日は、ただお義母さんの様子を見に来ました。最近、お身体の調子はいかがですか?」 「元気よ、とてもね。二人が心配してくれるなんて、嬉しいわ」
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第785話

病室の外の廊下で、光莉は険しい表情の曜を見つめていた。 「お義母さんは大丈夫よ、きっと」 思わず、光莉はそう言ってしまった。 曜は小さくため息をつく。 「光莉、俺、本当に嘘なんてついていないんだ。母さんは本当に......」 「わかってる」 光莉は曜の言葉を遮った。 「もう信じるわ」 目の前で華が倒れたのだ。 ここまできて、疑う余地などなかった。 ―その後、華はCTとMRIの検査を受けた。 結果が出ると、医師が検査結果を示しながら説明を始める。 「患者さんの側脳室の拡大と脳溝の広がりが確認できます。また、前頭葉には明らかな萎縮が見られます。そして、この冠状断のMRI画像をご覧ください。海馬の萎縮も明らかです」 曜は詳しい医学の知識はなかったが、それが何を意味するのかは理解できた。 「つまり......母さんは、認知症なんですね?」 医師は静かに頷く。 「現時点での検査結果を見る限り、その診断になります」 曜は椅子に座っていたが、まるで身体が崩れ落ちるように、横に傾いた。 ―一方では、光莉との離婚問題。 ―もう一方では、母の認知症。 二重の衝撃に、彼の心は押し潰されそうだった。 光莉はすぐに曜の肩を支える。 曜はぼんやりと彼女を見つめ、そっと彼女の手の甲を軽く叩いた。 「......ありがとう」 二人は医師の部屋を出て、そのまま病室へと戻った。 ちょうど華が目を覚ましたところだった。 彼女は二人の沈んだ顔を見て、不思議そうに眉を寄せる。 「どうしたの?二人とも浮かない顔して。誰かに意地悪でもされた?」 曜は微笑みながら、母のそばへ寄る。 「母さん、入院してるのに、俺たちが笑ってるわけないだろ?」 「私は大丈夫よ」華は明るく笑う。「もうすっかり元気だから、家に帰りましょう」 「ちょっと待って」曜は彼女の肩を押さえた。「もう少し入院しよう。ちゃんと検査を受けてから退院しないと」 「でも、私は本当に平気よ」 「母さん、お願いだから、俺たちを心配させないでくれ」 曜は、母を今すぐ家に帰すのがどうしても不安だった。確かに家には世話をする人がいるが、それでも病院には及ばない。もしまた急に倒れたりしたら?病院なら医師や看護師がすぐに対応
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第786話

「それもそうね」 華は頷きながら微笑んだ。 「やっぱり二人の意思が大事よね。でも、私はきっとあの子たちは結婚すると思うのよ。お互いに好意を持っていることはわかるし、何しろ幼馴染なんだから」 そう言いながら、華の顔には期待の色が浮かんでいた。 けれど、ふと大きなあくびを漏らす。 曜はすぐに声をかけた。 「母さん、眠いのか?なら、横になって休んだほうがいいよ」 「そうね、少し寝ようかしら。年を取ると、どうにも疲れやすくなるわ」 華は自嘲するように笑う。 「そんなことないよ、母さんはまだ若い。きっとあと何十年も元気でいられるさ」 「ははは、何十年も生きられるかしらね。そんなに生きたら、妖怪になっちゃうわ」 軽口を叩きながらも、華はベッドに横たわった。 曜と光莉は彼女の様子を見守りながら、そっと病室を出る。 「修に電話するわ」 光莉はスマホを取り出しながら言った。 曜は少し眉を寄せる。 「修、電話に出るか?」 昨夜、光莉は曜にメッセージを送り、修が無事であることを伝えていた。 たとえ光莉が曜との離婚を望んでいても、修は二人の息子だ。 彼のことは、きちんと曜とも共有するつもりだった。 「出なくても、出させるわ」 光莉自身も、修が電話を取るかどうか確信がなかった。 しかし、しばらくコール音が続いた後、ようやく電話がつながった。 「......母さん、ちょっと一人で考えたいんだ。だから今は―」 「おばあさんが倒れたわ」 光莉は、修の言葉を遮った。 「......何だって?」 修の声が、一瞬で変わった。 「どういうこと?」 「認知症よ。色々なことを忘れてしまっているの。あなたと若子がまだ結婚していないと思っているくらいにね」 「今、おばあさんはどこの病院に?」 修の声が、焦りに満ちていた。 ......村上允は昼食を用意し、テーブルに並べていた。 しかし、修はすでに服を着替え、出かける準備をしていた。 「どこへ行くんだ?昼食ができたぞ」 「......おばあさんが倒れた。病院に行かないと」 そう言って数歩進んだ瞬間、修は胸を押さえ、ふらついた。 ここ数日の無理がたたり、怪我がまだ完全に癒えていなかったのだ。 允はすぐに彼の肩を支
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第787話

修は母に手を止められ、顔を上げた。 「母さん、どうした?」 光莉は静かに彼を見つめる。 「あんた、ずっと若子を避けてたのに、どうして今になって連絡しようとするの?」 「......それは、今とは状況が違うからだ。おばあさんが倒れたんだ。彼女には知らせるべきだろ」 本当の理由を、彼は口にできなかった。 どれだけ彼女に拒絶されようと、どれだけ彼女が西也を選ぼうと、それでも彼は若子に会いたいと思ってしまう。 それが、どれほど愚かでも。 ―彼女のことを、忘れられるはずがない。 光莉には、それがわかっていた。 これは単なる口実だ。 修は、本当はただ若子に会いたいだけ。 けれど、若子は手術を終えたばかり。 そんな彼女が、おばあさんの病気を知ったら、きっとショックを受ける。 それは、彼女自身にとっても、お腹の子にとっても良くない。 しかし、修にそのことを言うわけにはいかない。 彼が若子の妊娠を知ったら― 彼女の手術のこと、自分がその間ずっと何も知らなかったことを知ったら― 彼はどれほどの後悔と苦しみに苛まれるだろうか。 それに、もし彼が若子の妊娠を知ったら、きっと彼は離れようとしない。 彼の子供。 彼女と西也、そして二人の子供。 そこに曜や高峯まで絡んで、状況はさらに複雑になるだろう。 ―もう十分、事態は混乱している。 「母さん?」 修が不審そうに光莉を見つめる。 「......何か言いたいことがある?」 「あるわ」 光莉ははっきりと言った。 「私から若子に連絡する。でも、あんたは彼女に連絡しないで」 「......なんで?」 そう言ったのは、修ではなく曜だった。 光莉は曜の問いには答えず、そのまま修に向き直った。 「あんた、本当に彼女とやり直せると思ってる?」 修は無言のまま、強くスマホを握る。 「......おばあさんのことに、それは関係ないだろ」 「関係あるわ」 光莉はきっぱりと否定した。 「あんたたちは、おばあさんを見舞いに来る。でも、認知症の彼女は時間の感覚が狂ってる。あんたと若子の関係だって、今みたいにこじれているとは思っていない。 そんな二人が顔を合わせたら?感情的になって言い争いになるかもしれない。何かしらのト
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第788話

華が目を覚ますと、修はすぐに病室へ入った。 彼の憔悴した顔を見て、華はすぐに尋ねる。 「修、どうしたの?病気じゃないでしょうね?」 修は胸の傷がまだ痛むのを感じながらも、笑顔を作った。 「おばあさん、ちょっと疲れているだけです。最近よく眠れていなくて......でも、大丈夫です」 華はため息をついた。 「おばあさんは、今まであんたに厳しくしすぎたね......あんたはこんなに頑張ってきたのに、いつも怒ってばかりで、本当に申し訳なかったよ。でも、あんたは本当に良い子だ」 華の声は、どこか柔らかくなっていた。 もしかすると、自分の病気を理解し始めているのかもしれない。 「おばあさん、気にしないでください。厳しくしてくれたおかげで、俺はダメな人間にならずに済んだんです」 「そんなことはないよ」華は首を振った。「修、あんたはもともと立派な子だよ。おばあさんが厳しくしなくても、あんたはちゃんとした大人になった。小さい頃から努力家で、誰よりも早く大人にならなければならなかった。でも、本当は辛かったろう?」 修は何も言えなかった。 それは、まるで幼い頃の自分の心を覗かれたようだった。 華はふと寂しげに微笑む。 「修......もし、おばあさんがある日、あんたのことを忘れて忘れてしまっても......どうか恨まないでね。今のうちに謝っておくわ」 華がこう口にしたのは、自分がいつか認知症になり、すべてを忘れてしまうかもしれないからだ。 修にしてきたことも、過去の過ちも、すべて記憶から消えたら―もう謝ることさえできなくなる。 それが何よりも怖かった。 もしも、昔の自分に戻ってしまったら? そうなる前に、せめて今のうちに謝っておきたかった。 「おばあさん......謝らないでください。俺は、おばあさんを恨んだことなんて一度もありません。むしろ、もっと早く顔を見せに来るべきでした......」 もし、自分がもっと早く異変に気づいていたら? もっと頻繁に会いに来ていたら? そうすれば、おばあさんに何かできることがあったのではないか。 そんな後悔ばかりが募る。 「おばあさんは、あんたがここにいてくれるだけで嬉しいよ」 そう言いながら、ふと表情が固まる。 視線の先にいる孫を見つめながら、胸
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第789話

光莉は、ただ華を安心させるためだけにこの嘘をついた。 それがわかっていながらも、曜の胸にはわずかな期待が芽生えてしまう。 彼はそっと光莉の手を握った。 その手のひらから、ほんの少しでも温もりを感じたくて。 ―たとえ、ほんの一瞬でも。 この女性が少しでも自分を受け入れてくれるなら、それだけで幸せで、何日も眠れなくなるほどだった。 「本当に?」 華は驚き、そして心から嬉しそうな表情を浮かべた。 「光莉、ようやく曜を許してくれたのね!」 光莉は静かに華のそばに寄り、優しく微笑む。 「はい、お義母さん。私は彼を許しました」 しかし、華はすぐに表情を曇らせる。 「でもね、光莉......本当に無理していない?もし、ただ私を安心させるためなら、そんなことしなくていいのよ。曜がどれだけ酷いことをしてきたか、ちゃんとわかってる。だから、もしあんたが本当に彼と一緒にいたくないなら、私はちゃんとあんたの味方をするわよ」 「違うんです。これは、私が自分で決めたことです。 彼は間違いを認めて、ずっと償おうとしてきました。私も、もう過去を責め続けたくはありません。だから、これからは一緒に生きていこうと思います」 曜の目がじわりと熱くなる。 もし、これが現実なら、どんなに幸せだっただろう。 だが、これはただの嘘。 彼女は、ただ華を安心させるために、そう言っただけなのだ。 「......光莉、あんたが幸せなら、それでいいのよ」 華はそっと彼女の手を握った。 「どんな決断をしても、あんたはずっと家族よ」 そう言って、華は曜に向き直る。 「曜」 曜はすぐに彼女のそばへ行く。 「もし、また光莉を傷つけたら、その時はもう私を母だなんて思わないで。私もあんたを息子とは思わないわ」 曜は喉の奥が詰まり、かすれた声で答えた。 「......わかった。二度と光莉を傷つけない。彼女に怒られても、罵られても、何も言い返さない。絶対に、彼女のそばで償い続けるよ」 華は満足そうに微笑む。 「そう、それでいいのよ。大の男が泣くなんて情けないわね。息子もいるのだから、ちゃんと見本になりなさいよ。修が将来、あんたみたいな男になったらどうするの?」 その言葉に、光莉の視線が自然と修へと向かう。 「
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第790話

修は病室で華ともう少し一緒に過ごした後、光莉に呼ばれた。 「修、今日はもう帰って休みなさい」 「母さん、大丈夫だ。もう少しおばあさんと一緒にいたい」 「あんたあんたの気持ちは分かる。でも、自分の体も大事にしなきゃ。見てごらんなさい、すっかり痩せてしまって......おばあさんも心配しているのよ。だから今日は帰って、ちゃんと休んで」 修は確かにやつれていた。 体調が万全とは言えない状態なのは、一目で分かる。 曜も口を挟む。 「修、彼女の言う通りだ。しっかり休め。お前、ひどい怪我をしたばかりなんだぞ。おばあさんを安心させるためにも、まずは自分の体を労れ」 「そうよ」光莉も続ける。 「あんたが帰ったら、私が若子に連絡して来てもらうわ」 その言葉に、修は微かに苦笑する。 「母さんは、本当に俺と若子を会わせたくないんだね?」 光莉はそっとため息をつき、彼の肩を軽く叩いた。 「修......若子はずっと苦しんでいたの。今はあんたも苦しんでいる。だけど、二人が会ったところで、どうなるの? あんたは、本当に復縁できると思ってる?もし、復縁できないのなら、また傷つくだけよ」 修の目の前が、ぼんやりと歪んで見えた。 彼は理解していた。 誰も、彼と若子が元に戻れるとは思っていない。 母でさえ、彼を励ますことはなく、ただ現実を突きつけるだけだった。 ―誰も、俺の味方をしてくれないんだな。 彼はふと、友人たちの顔を思い浮かべた。 彼らもきっと、こう思っているのだろう。 「自業自得だ」と。 ......その通りだ。 自分が、すべてを壊したのだから。 修は、静かに目を閉じた。 そして、深く息を吐き出しながら言う。 「......分かった。帰りるよ」 重たい足取りで、彼は病院を後にした。 光莉はその背中を見送りながら、寂しそうにため息をつく。 曜がそっと彼女の肩に手を置いた。 「光莉......どうして、修と若子を会わせたくないんだ?本当に、二人を別れさせたいのか?」 曜は、ずっと疑問に思っていた。 けれど、光莉が強く反対した以上、自分が口を挟む立場ではないと思い、黙っていた。 しかし、修が去った今、彼はようやく口を開いたのだった。 光莉は、目元の涙を指で拭い
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