若子は修が手を緩めた隙に、その手を強く振り払った。「どれだけ時間をくれてやっても、私たちはもう終わりよ。修、私を何だと思ってるの?あなたが離婚したいと言えば離婚して、復縁したいと言えば、私は全てを捨てて従うとでも?」「全てを捨てる?」修は苛立ちを露わにして問い返した。「お前の言う全てって、まさか遠藤のことか?あいつが、お前の全てなのか?」若子は修と言い争う気力も失い、ただその場で黙り込んだ。ちょうどその時、病室から主治医が出てきた。彼は沈んだ表情で修に告げた。「藤沢さん、桜井さんの容体ですが、あと数日持てばいい方でしょう。移植用の心臓については、適合するドナーの情報がまだありません。見通しは暗いですが、できる限り痛みを和らげる処置を続けます」修は呆然とした表情で、何もない空間を見つめているようだった。若子はその様子を横目で見ながらも、何も言わなかった。皮肉も、冷たい言葉も、ましてや慰めの言葉も浮かばない。ただの無関心がそこにあった。雅子がどうなろうと、若子にとっては何の感情も湧かなかった。復讐の達成感すら覚えない。「分かりました」修は重々しくうなずき、低い声で言った。「彼女の苦痛をできるだけ減らしてあげてください」その時、修の秘書である矢野が慌ただしく駆けつけ、大きな箱を抱えていた。「藤沢総裁、これがご注文のウェディングドレスです。桜井さんにお見せしますか?」修は眉をひそめ、横目で若子の方を見た。彼女の目は冷ややかで、皮肉を込めた視線が突き刺さるようだった。その視線に、修の心が鈍く痛んだ。「病室に置いておけ」修は短く言い放った。「雅子はまだ意識がない。目を覚ましたら、見せるよ」矢野はうなずき、彼女がここにいることに少し驚いたようだったが、何も聞かずにその場を去った。「若子」修は若子に向き直り、懇願するように言った。「雅子がもうすぐ死ぬんだ。だから、彼女のことは許してやってくれないか?」若子は顔を上げ、冷たい声で答えた。「許すも何も、私は彼女に関心なんてない。これはあなたたちの問題よ」若子の冷たい眼差しに、修の心は鋭く刺された。彼女の目には嫉妬も怒りも、もう何も映っていないように見えた。「彼女の体調では、もう結婚式は無理だ。でも、このドレスを着せて送り出すのが、俺にできる最後のことだ」修は苦しげに続け
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