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第457話

Author: 夜月 アヤメ
「無理に強要しているわけじゃない。ただ、ちゃんと話し合おうとしているだけだ」

「話し合うも何もないわ!あなたが言ってるのは、西也の心臓を桜井のために使えってことでしょ?はっきり言うけど、絶対に無理!」

若子のその断固とした口調を聞いて、修の瞳には複雑な感情が浮かぶ。「どうして無理なんだ?お前が西也を守りたいからか?それとも、俺への怒りで雅子を助けないと決めたのか?わざと彼女を死なせようとしてるのか?」

もし後者なら―修は怒りを感じながらも、心の奥底では密かに喜んでしまいそうだった。若子が自分のことを想っている証拠になるからだ。彼女が嫉妬してくれるなら、それは自分の存在が彼女にとって重要である証明でもある。

それはまるで、修自身が西也に嫉妬する感情に似ていた。もし西也が死ねば、自分には悪いことなんて何もない。

「ちょっと、何言ってるの?」花が怒りを露わにして叫ぶ。「お兄ちゃんの心臓を、愛人なんかのために使うだなんて!絶対に許さない!」

「お前の許可なんて関係ない!」修は若子の肩をぐっと掴む。「全てはお前の一存だろう?お前は彼の妻で、最優先の決定権を持っているんだ。約束するよ、もし同意書にサインしてくれたら、俺は一生雅子には会わない。お前が望むことは何でもする。俺はお前のそばにずっといる!」

実際、修は既に心の中で決めていた。雅子が生きようが死のうが、自分は若子と一緒にいると。もう、自分に嘘をつくことはやめたかった。

だが、その言葉は他人の耳には到底受け入れられないものだった。

「このクズ男が!」花は怒りを爆発させた。「若子は今や私のお姉さんであり、兄ちゃんの妻よ!どうしてお前なんかが彼女のそばにいられる権利がある?お前が兄さんを死なせたいだけじゃない!」

「お前の兄は死ぬんだ。それでも彼女を未亡人にさせるつもりか?」修が鋭い声で応じる。

「この......!」花は怒りで震える手を持ち上げる。「この......!」

「もういいわ」若子が二人の言い争いを遮った。修の手を振り払うと、静かながらも冷徹な声で言った。「花の言う通りね。あなたはただ西也を死なせたいだけ。そんなことを当然のように口にする資格なんてあると思うの?離婚したいって言った時は私も黙って従ったわ。サインして離婚した。けど今度は、あなたが私を欲しいと思ったら、また黙って従うべきだって?修
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    花の言葉は、一見すると西也を咎めているようだった。 だが、実際には「もしノラくんが悪ふざけをしなければ、お兄ちゃんも手を出さなかったはず」と言っているのと同じだった。 西也はそんな短気な男ではない。 つまり、ここまで怒らせたノラにも、それ相応の原因があるはずだった。 西也はちらりと花を見て、軽くため息をつく。 そして、若子が口を開くよりも先に、静かに言った。 「......悪かった。俺の怒りっぽい性格のせいだ。手を出そうとしたのは、俺の落ち度だ。 だから、もう怒るな」 ノラは小さく唇を尖らせながら、ちらりと若子を見た。 そして、少し控えめな声で言う。 「お姉さん、お兄さんも謝ってくれましたし、許してあげたらどうですか?まぁ、めちゃくちゃ怖かったですけど......でも、お姉さんがすぐ来てくれたおかげで、怪我もしなかったですし」 ―その言葉は、一見すると「許す」というものだった。 だが、裏では「西也がどれほど恐ろしいか」「若子が間に合わなかったらどうなっていたか」を遠回しに強調していた。 若子は小さくため息をついた。 「......西也、ノラ。あなたたちはお互いに相性が悪いみたいね。 無理に会っても、また同じことになるだけだわ。 だから、もう『兄弟ごっこ』はやめましょう。これ以上、無駄に衝突するのは避けたいもの」 「若子、もう二度とこんなことはしないって誓うよ!」 西也はすぐに弁解しようとするが― 「もういいの」 若子の言葉は、どこか疲れ切っていた。 「正直、もう怒る気力もないわ」 彼女の目には、深い疲れが滲んでいた。 やっとの思いで修に会いに行ったのに、結局会えなかった。 そして病室に戻ればこの騒ぎ。 心が重くなるばかりだった。 「......もうベッドから降りていいわよ」 長い間ベッドに閉じ込めてしまったのは、若子自身だった。 二人がずっと従っていたのは、結局、彼女の気持ちを尊重していたからだ。 それを思うと、少しだけ怒りも和らいだ。 西也は安堵したように息を吐き、すぐにベッドを降りる。 ノラもゆっくりと体を伸ばしながら言った。 「お姉さん、どこへ行っていたんですか?もう戻ってこないのかと思いましたよ。 僕、今日はこのままここで寝よう

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    病室内― 西也は何度もあくびをしながら、天井を見つめた。 若子はどこへ行ったんだ?なんでこんなに帰りが遅い? 花のやつ、一体どこに連れて行ったんだ? 考えれば考えるほど、不安になってくる。 ―もしかして、藤沢に会いに行ったのか? もしそうなら、修は現場で起きたことを彼女に話したのだろうか? そして、若子はそれを信じるのか......? 胸の奥がざわざわと騒ぎ、心臓が無駄に速く鼓動する。 部屋の隅では、付き添いの介護士がうつらうつらと居眠りをしていた。 西也はソファの上にあるスマホに目を向ける。 ―電話をかけよう。 そう決意し、そっとベッドから降りようとした、その瞬間― 「お兄さん、動いちゃダメですよ?」 不意に腕を掴まれた。 西也が振り向くと、ノラがにこやかに微笑んでいた。 「僕、お姉さんに言いつけちゃいますよ?」 「このクソガキ......!」 西也は怒りを押し殺しながら、低く唸った。 その瞬間― バッ! ドアのそばでうたた寝していた介護士が、突然目を覚まし、警戒態勢に入った。 「はい、じゃあ離しますね」 ノラは素直に手を放す。 「でも、お兄さんがベッドから降りたら、お姉さんにすぐ報告しますよ?」 「......!」 「僕、お姉さんにとって一番大切な弟だから。もちろん、お姉さんの味方です」 ノラの頑固そうな表情を見て、西也は心底イライラした。 「......俺はただ、トイレに行きたいだけだ。お前もそろそろ行きたくなるだろ?」 「僕は大丈夫ですよ。水をあまり飲んでないので、まだ我慢できます」 ノラは大きくあくびをしながら、のんびりとした口調で言った。 「それより、そろそろ寝ましょう。誰かと同じベッドで寝ることなんて滅多にないですし、ましてや今日できたばかりの『新しいお兄さん』と一緒なんて、不思議な気分ですね」 そう言うと、彼は突然長い腕を伸ばし― 西也の体をぎゅっと抱きしめた。 「......っ!?」 西也の眉間にピキッと青筋が浮かぶ。 「おい、気持ち悪いぞ!離せ!」 「やだなぁ、お兄さんってば。こうしてると安心するんですよ」 ノラは意地悪そうにニヤリと笑いながら、さらに強く抱きついてくる。 ―こいつ、わざとやっ

  • 夫の元カノが帰国!妊娠隠して離婚を決意した私   第725話

    若子と西也が従兄妹だという事実― それを、どうやって彼女に伝えればいいのか、花には分からなかった。 今、若子は藤沢家の人間として生きている。 だが、もし彼女が自分の本当の血筋を知ったら? 自分が村崎家の私生児であり、しかも従兄と結婚してしまったと知ったら―? そんな未来、花は想像したくもなかった。 「花?どうしたの?」 若子は不思議そうに尋ねた。 彼女が疑問に思うのも無理はない。 つい最近まで、花はむしろ二人を応援する立場だったのに― 今はまるで、彼女たちの結婚を否定するような態度を取っているのだから。 ―何があったの? 若子はそう思って当然だった。 「いや......ただ、もしお兄ちゃんが離婚しないって言い続けたら、本当にずっとこのままなの?いずれ、本当の夫婦になるつもり?」 花の声は、どこか硬かった。 考えれば考えるほど、気が遠くなりそうだ。 最初は、兄が若子を好きなことを微笑ましく見ていた。 彼が彼女を見つめる目には、愛が溢れていて、それが純粋に「尊い」と思っていた。 でも今は、兄妹になっちゃったせいで、もう見てられない...... 同じ出来事なのに、立場が変わるだけでこんなにも印象が違うなんて、なんかもうツラい。 「花......」 若子は少し考え込んだあと、小さく息を吐いた。 「もし私と西也が離婚したら、彼は傷つくわ。それなら、この結婚が彼を幸せにするなら......私はそれでいい。 ちゃんと話してあるの。彼は私の意思を尊重してくれるって。 それに、記憶が戻れば、彼も自分で答えを出すでしょう」 「......じゃあ、もし記憶が戻っても、彼が『お前と一緒にいたい』って言ったら?」 花の問いかけに、若子は驚いたように彼女を見つめた。 「花......あなた、本当に私と西也を別れさせたいの?」 「えっ......」 しまった― 花は自分の焦りが表に出てしまったことに気づき、すぐに誤魔化すように言う。 「別に......ただ、あなたが幸せじゃないんじゃないかって思って。だって、あなたはお兄ちゃんを愛していないでしょ?そんな人と結婚生活を続けても、苦しいだけじゃない?」 ―本当は、もっと別の理由があるのに。 でも、それを言うわけにはいか

  • 夫の元カノが帰国!妊娠隠して離婚を決意した私   第724話

    雨は止んでいた。 それでも、車の中で若子はずっと泣き続けていた。 胸の奥から込み上げる悲しみは、いくら抑えようとしても止まらなかった。 花は何度も慰めようとしたが、彼女の涙は止まらない。 「もう泣かないで。お腹の子によくないわ」 「......分かってる。でも......どうしても止まらないの」 「若子、気持ちは分かる。でも、言うべきことは全部言ったでしょ?あとは彼がどう思うかだけよ。それはあなたがどうこうできる問題じゃない。 でも、あなた自身のことは、あなたが決められるわ。明日は手術なんだから、まず目の前のことをしっかり終わらせましょう。未来のことは、その後に考えればいい。今、一番大切なのはお腹の赤ちゃんよ」 若子は震える手で涙を拭い、深く息をついた。 「......分かった。ありがとう、花。本当に感謝してる。わざわざこんな遠くまで付き合ってくれて......正直、あなたが修を嫌ってると思ってたから、私が彼に会うのを反対するかと思ってた。でも、最後に助けてくれたのは、あなたなのね」 花は笑って肩をすくめた。 「だって、私たち友達でしょ?あなたがこんなに辛そうなのに、放っておけるわけないじゃない。それに、私は藤沢のことは好きじゃないけど、あなたのことは大好きだから」 「......ありがとう、花」 若子は心から感謝した。 まさか、この一番大事な瞬間を助けてくれたのが花だったなんて。 修に会えなかったのは残念だったけど― 少なくとも、彼に伝えるべきことは全部伝えた。 ただ一つ、修が何も返事をしてくれなかったことだけが、心に重くのしかかる。 「ねえ、若子。ちょっと聞いてもいい?」 「何?」 「あなたとお兄ちゃんは『偽装結婚』してるわよね?もしお兄ちゃんが記憶を取り戻して、あなたと離婚したら......藤沢とやり直すつもりはある?」 花は率直に尋ねた。 正直、今の若子を見ていると、簡単に「絶対にない」とは言い切れない気がしていた。 以前は、彼女が修と復縁するなんて考えもしなかった。 でも今の彼女を見ていると、その可能性もゼロではないと思えてしまう。 ―人の心は、いつだって変わるものだから。 若子は少しの間、沈黙した。 花は気を遣い、「答えたくないなら無理に言わなくて

  • 夫の元カノが帰国!妊娠隠して離婚を決意した私   第723話

    「修......私はあなたを恨んだこともあるし、あなたに失望したこともある。でも、今はただ、あなたに会いたい。それだけでいいの。お願い、少しだけでも会って。せめて......この子に触れてほしいの」 若子は必死に訴えた。 しかし― 病室の中は、静まり返ったままだった。 若子の声が届いているはずなのに、修は何の反応も示さない。 その沈黙に、若子は焦りを覚えた。 彼女は思わず立ち上がろうとする。 「待って」 花がすぐに肩を押さえ、小さな声で制止した。 「座って。どんな話でも、座ったままでできるでしょう?」 若子は、花と約束していた―感情的にならず、彼女の言うことを聞くと。 仕方なく、彼女は再び車椅子に座り直した。 「修......お願い。会いたくないなら、それでもいい。だけど、一言だけでも返事をして。あなたはもう、お父さんなのよ。 あなたが今、これを知ってどれだけ怒っているか、想像できるよ。だって、あなたの子なのに、私はずっと隠してきたんだから......でも、今なら分かる。私は間違ってた。 修......お願い、声を聞かせて。どんなに私を恨んでもいい。でも、子どもには罪はないわ。 本当にごめんなさい。もっと早く言うべきだった。でも、約束する。子どもが生まれたら、最初にあなたが受け取るのよ。あなたはずっと、この子の父親よ。この事実は、誰にも変えられない。 私たちが離婚しても、子どもは二人で育てるわ。この子が『パパ』と呼ぶのは、あなたしかいない」 若子の涙が次々とこぼれ落ちる。 それを見た花は、すぐにバッグからティッシュを取り出し、そっと彼女の涙を拭った。 「若子、落ち着いて。約束したでしょ?深呼吸して」 花は彼女が泣き崩れることを心配していた。 このままでは、お腹の子にも影響が出てしまう。 それに、明日は手術だ。 花は、自分の判断で若子をここへ連れてきた。 もし彼女の体調が悪くなれば、その責任は自分にある。 若子はティッシュを受け取り、何度か深呼吸を繰り返した。 「......花、修はどうして何も言わないの?」 「たぶん......考えてるのよ。どう答えればいいのか、分からないのかもしれない」 「......」 「若子、今日は帰ろう?」 花は静かに提案

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