All Chapters of 高杉社長、今の奥様はあなたには釣り合わないでしょう: Chapter 681 - Chapter 690

夜の帳が都市を包み込み、静寂に苛立つほどの長い夜が過ぎていく。 輝明は救急室の前を何度も行ったり来たりしながら、一瞬たりとも座ることができなかった。 小林院長が一度出てきて以降、何の進展もなく、救急室の扉は固く閉ざされているままだった。祖母の状態がどうなっているのか、誰にもわからない。 秀美は泣き疲れ、何度も気を失いかけていた。俊安は心の中で母を案じつつも、秀美を宥めるのに忙しい。 輝明は目を伏せ、スマホ電話の画面を睨んだ。 しかし、森下からの連絡は一向に来ない。 段田綿――段田綿―― この名前が棘のように彼の心に刺さり、そこから深く根を下ろしていくようだった。 彼女を見つけられるのか？ もし見つけたとして、祖母が万が一の事態になれば、それも無駄に終わるのではないか？ 小林院長が先ほど名前を挙げたのは、もしかすると今すぐ段田綿を見つけ、一緒に救急室で救命処置に当たらせたいという意図だったのかもしれない。 だが、今の輝明の頭の中は混乱そのものだった。 彼がどうにもならない焦燥感に駆られていると、遠くから複数の人影がこちらに向かってくるのが見えた。 その中に、青い防護服を着て、顔のほとんどをマスクで隠している人物がいた。目元だけが見えるその女性に、輝明の目が止まった。 女性はちらりと輝明を見た後、数人に囲まれるようにして救急室に入っていった。 その姿に秀美の不安はさらに膨らんだ。 彼女は近くにいたスタッフを引き止めて尋ねた。 「この方は？」 「ご安心ください。心臓外科の医者です」 スタッフはそう説明し、急いで救急室の中に消えていった。 輝明は閉じられる救急室の扉をじっと見つめながら、先ほどの女性の目を思い返した。 冷たく、感情の読めない瞳――どこかで見たことがあるような気がした。 「もし今回、母さんが……」 俊安の低い声が、輝明の思考を遮った。 「最高の規模で葬儀を執り行う」 彼は眉をひそめ、声には重々しさが滲んでいる。 「お父さんのときは、周囲の目を気にして大規模な葬儀を避けた。だが、今度ばかりは絶対に盛大に送る」 「そんな不吉なこと、今は言わないで！」秀美が彼の言葉を遮った。 輝明は何も言わず、視線を

「院長、段田綿をご存知ですか？」 輝明が疑問を投げかけると、小林院長は微笑みながら答えた。「もちろん知りませんよ。ただ、噂ではとても優秀な医師だとか。彼女を見つけられれば、お祖母様の病状にもより良い治療ができるでしょう」 輝明は眉をひそめ、再び尋ねた。「先ほど手術室から出てきたあの人、院長の助手ですよね？彼女が段田綿なんですか？」 小林院長が手にしていたカップを少し強く握って、冷静に否定した。「違います」 「もし段田綿をご存知なら、直接紹介していただけませんか？彼女を探し出すのは非常に困難ですから」輝明は率直に訴えた。もし知り合いなら、紹介してくれたらいいのに。 「先ほどの者は段田綿ではなく、当院に新しく来た医師です」小林院長は断固として否定した。 「わかりました」輝明は無言でその場を立ち去り、廊下に出る際に深い視線を小林院長のオフィスの扉に投げかけた。 ちょうどその時、森下から電話が入った。輝明はエレベーターに乗り込みながら応答する。「話してくれ」 「段田綿に連絡がつきました、社長」森下の声は慎重だ。「ですが、彼女は最近予定が詰まっていると言って、依頼を断ってきました」 輝明は電話を握りしめ、深く息を吸い込んだ。「料金は彼女の言い値でいい、祖母の世話を頼めないか？」 「既に説得を試みましたが、興味がない様子です。ただ、社長……彼女はお祖母様の病状を気にかけていると言っています」 その言葉を聞いて、輝明は眉を寄せた。依頼は断る一方で、お祖母様の様子を気にする？ 「必要な報酬は支払うつもりだ。ただ一つ条件がある。彼女に直接会いたい」輝明の声は毅然としていた。 ちょうどその時、エレベーターが十階で止まり、一人の黒い服に身を包んだ人物が乗り込んできた。サングラスにマスクを付け、身元を完全に隠している。 その人物が輝明を一瞥した瞬間、ほんの一瞬だけ動きが止まったが、すぐに何事もなかったかのように振る舞い、エレベーターに乗り込んできた。 電話の向こうから森下の声が続く。「社長、段田綿はお祖母様を診ることに同意しています。ただし、一つ条件があります。彼女は決して姿を現さないってことです」 「どうして？」輝明の声は冷たく低かった。 その人物はうつむき、エレベーター内の静寂が一

綿は頬杖をついて窓の外を眺めていたが、雅彦にはまったく取り合わなかった。たとえ雅彦が自宅まで送り届けたとしても、結局また研究院へ向かうつもりだ。研究院を引き継いだ以上、責任を持たなければならない。彼女が一日でも勤勉に働けば、研究成果が一日でも早く出るのだから。 「そうだ、もし高杉さんがまた報酬のことを言い出したら、どう伝えればいい？」雅彦は綿に尋ねた。 綿は顔を上げた。報酬？輝明は考えが深く、直球で来るタイプの人間だ。彼が決めたことを他人が変えるのは難しい。 「彼からの連絡は全部私に回して。これからは私が直接やり取りする」 「了解。でも、今のところは森下さんが対応してる」雅彦が補足した。 綿は軽くうなずき、「分かった」と答えた。 間もなく桜井家に到着し、綿が車を降りようとしたところ、雅彦が引き留めた。「俺はここで待つからね。研究院に行くつもりなら諦めた方がいい」 綿は無言で雅彦をじっと見つめた。 雅彦は続けた。「ボス、週末はソウシジュエリーの展示会に行くんでしょ？そんなボサボサ頭で顔色も悪く、目が充血した状態で行くの？ソウシジュエリーには名家のお嬢様や若旦那、有名人がたくさん来るよ。ボスも今やそれなりの立場にいるんだから、みんなに『疲れた顔してる』とか言われたくないでしょ？」 綿は気にしない様子だった。誰が何を言おうと、勝手に言わせればいい。 彼女がドアを開けようとした瞬間、雅彦が最後の一手を繰り出した。 「もしメディアが記事にしたらどうなる？他の人は『美しい』『カッコいい』って絶賛されるのに、綿ちゃんだけ『情緒不安定』とか『状態が悪い』とか書かれるんだよ！しかも、『高杉社長と揉めたせいで元気がなくなった』とか勝手に言われちゃうよ」 綿は黙り込んだ。雅彦をにらみつけたが、彼の言うことに一理あると思わざるを得ない。今の状態で展示会に行けば、離婚後の悲惨な姿として書かれるかもしれない…… 「雅彦、ほんとあなたには負けるわ」綿は指をさして言った。 雅彦は笑みを浮かべた。それでいい、大事なのは彼女がちゃんと休むことだ。 綿はため息をつき、「分かった、休むよ。これで満足でしょ？」と言って車を降り、勢いよくドアを閉めた。 「バタン！」と大きな音がして、明らかに

陽菜が出て行った後、綿はデータの研究を続ける準備をした。ついでに柏花草に関するすべての情報を調べ始めた。SH2Nの研究に柏花草が役立つことは分かっているが、その具体的な効能についてはまだ十分に把握していなかった。 綿がソファでデータを確認しようとしたその時、大楼内に突然警報が鳴り響いた。 「……何？」 警報は激しく鳴り、全フロアに響き渡り、恐怖を引き起こすほどの勢いだった。 綿は眉をひそめ、ふとさっき出て行った陽菜のことを思い出した。 陽菜？彼女が出て行った時から、外が不気味な感じがしていた。まさか、陽菜に何かあったのでは？ 綿は急いで研究院全体の照明を点灯させ、オフィスを飛び出すと、階下に向かった。 1階のホールに到着すると、遠くから「助けて……助けて！」という叫び声が聞こえた。 照明が研究院全体を明るくすることはできない。それでも、白いタイルの床に点々と血痕が残っているのが見えた。 陽菜は明らかに刺され、引きずられていったようだ。 綿の顔は一瞬で冷たくなり、そばにあった花瓶を手に取り、慎重に声の方へ向かった。 血痕をたどると、暗がりに立つ黒い服の男が目に入った。 その男は全身黒尽くめで、帽子とマスクで顔を完全に隠している。薄暗い照明の中では、その姿をはっきりと確認することができなかった。 男は少し小太りで、じっと綿を見つめ、冷たく言い放った。「彼女とお前を交換しろ。でなければ彼女を殺す」 男の声ははっきりだった。 陽菜は口を塞がれたまま、恐怖の表情で綿を見ていた。 綿は高鳴る鼓動を抑え、冷静な口調で言った。「ここは研究院よ。この全体が警報を発してるから、警察はすぐに駆けつける。もし賢明なら、早く彼女を放してここを出ることね」 そう話しながら、綿は陽菜の状態を観察していた。 陽菜の体に目立った外傷は見当たらない。彼女の着ている白いダウンジャケットの袖には血痕が付着しているものの、ダウンジャケットそのものには傷がない。 この血は……もしかしてこの男のもの？ 綿は男の様子をじっと観察した。男の手には血が付いたナイフが握られている。彼が後退した際、足が震えているのが分かった。 綿は目を細めた。本当に彼が怪我をしているのか？ 陽菜

「そんな大袈裟な、怖がるわけないでしょ？こんな小細工、私なんかに――」 陽菜が強がりを口にするやいなや、スマホ電話が突然鳴り響いた。その音に驚いて「きゃっ！」と叫び声を上げた。雅彦からの電話だった。 彼女の尖った悲鳴が耳に刺さり、綿は耳を抑えてチラリと彼女を見た後、冷笑を浮かべた。 「怖くない」と言いながら、あんなに大声で叫ぶとは。しかし、その声量を見る限り、彼女は特に問題ないようだ。元気いっぱいじゃないか。 綿はスマホを手に取り、通話に出た。「どう？」 「追跡は続いている。途中で車を止めて、ある男がその車に乗り込んだ。今、M基地から向かっている。もうすぐその車に追いつけると思う」 綿は軽く「うん」と相槌を打った後、言った。「彼が誰の指示を受けたか突き止めて。もし嬌の指示なら、その口を割らせて、彼女の名前を白状させなさい」 これで堂々と陸川家に仕返しできるというものだ。嬌のことは、これまで何度も目に余る行動をしてきた。綿はこの件を見逃すつもりはない。 「了解、ボス」 電話を切ると、綿は陽菜の方を向いた。 陽菜は眉をひそめ、綿を見る目に少し戸惑いが混じっていた。 先ほどの電話中の綿の様子と話し方は、普段の彼女とは明らかに違っていた。何とも言えない圧倒的なオーラを放っていて、それが陽菜を呑み込むかのようだった。 綿……ひょっとして彼女には別の顔があるのだろうか？ 「人を呼んだから、病院に連れて行ってもらいなさい」綿は陽菜の驚きを察しながらも、淡々と話した。 陽菜は理解が追いつかない様子で尋ねた。「じゃあ、あんたはどうするの？」 「仕事に戻る」綿は平然と答えながら外へ向かった。 「病院に行かなくていいの？それに、まだここに残るつもり？」陽菜は急いで綿の後を追いかけた。 この研究院はもう安全とは言えない。先ほどの恐ろしい出来事の後で、よくも平然としていられるものだ。 「これくらい何でもないわ」綿は興味深そうに陽菜を見て、冗談交じりに言った。「私なんて誘拐事件を何度も経験してるのよ」 「は？」陽菜はまだ恐怖心が残っているのか、頭がぼんやりしている様子だった。 綿は笑い、彼女の様子が可愛らしくも思えた。「いいから、まずは病院に行って検査してきなさい。明