「ああ、玲奈は今夜用事があって来られないのよ」綿は秋年に向かって答えた。秋年の顔には少し残念そうな表情が浮かんだ。玲奈は大忙しの人で、会うのも一苦労だ。「君たちの契約、もう結んだのか?公式発表はまだ見ていない気がするけど」と綿が秋年に尋ねると、秋年はうなずいて答えた。「契約は結んだよ、でもまだ宣伝用の写真は撮ってないんだ。玲奈が最近忙しいらしくて……」「確かに忙しいわね。もうすぐ年末だし、彼女もいくつもパーティーに出席しなきゃならないの。少し待ってあげて」綿は微笑みながらさらに続けた。「玲奈もそのうちマネージャーに予定を調整させるわ」「大丈夫さ。僕も急ぎで契約を結んだからね。玲奈もすぐに調整してくれると言っていたよ」と秋年が言い終えると、向こうで秋年を呼ぶ声が聞こえた。秋年はその場を離れる前に、炎をさっと連れ出した。彼はどうしても炎と綿を二人きりにしたくなかった。綿は確かにとても美しく、そして今夜は特別に着飾っている。炎は南城に戻ってきたばかりで、もし綿に惹かれでもしたらどうする?なにしろ二人は一度顔を合わせているのだ。立ち去る際に秋年は小声で炎に囁いた。「あれは輝明の前妻だぞ。恋に落ちるのは絶対にダメだ」炎は一度振り返り、彼の言葉を噛みしめた。今夜の綿は、彼を助けた時の冷淡で穏やかな綿とは随分違っていた。今夜の綿にはどこか寂しさと魅惑が漂っている。彼女には側に誰かが必要な気がする。炎の心にはそんな思いが浮かんだ。「そうだろう、前妻だろう?」炎は秋年の言葉を繰り返した。秋年は驚いた顔で言った。「おい、その言い方は何だよ。まさか本当に綿を狙ってるのか?輝明が知ったら、お前を叩きのめすぞ」「もう離婚したんだし、前妻に誰が近づこうが、もう関係ないだろ?」炎は無邪気そうな顔で秋年に問い返した。秋年は口を開いたものの、言葉に詰まった。理屈ではそうかもしれないが、幼い頃から一緒に育った兄弟が、もう一人の兄弟の前妻を好きになるなんて、どう考えても違和感がある。「頼むから,いい加減にしとけよ。後でお前らがケンカして、俺が板挟みになるのはごめんだ」秋年は炎の腕を軽く叩きながら言った。炎は気怠そうに笑って、綿にもう一度視線を送った。ふむ、兄弟の前妻か。どうやら、もっと面白くなってきたようだ。炎の
最終更新日 : 2024-12-07 続きを読む